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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第4章 情熱の運動会と、雨に濡れた邂逅

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第6話 開かれるのを待つ心の扉

 運動会の日に、雨の中で一人座って静かに涙をこぼす神崎さんを見てから、もう一週間が経った。その間、私がどれだけ問いかけても、彼女は決して詳しいことを話そうとはしなかった。きっと、口にできないような悲しい出来事があったのだろう。でも、彼女は私に対して沈黙を選んだ。


 ――もしかしたら、私は彼女にとって、まだ心を開くほどの存在じゃないのかもしれない。


 学校では、相変わらず完璧な神崎星奈でいる。明るい笑顔を浮かべ、友達と軽やかに会話を交わし、少しの隙も見せない。あの日、冷たいベンチで肩を濡らしながら、声もなく泣いていた彼女は、まるで私が見た夢の中の人物だったかのようだ。


 けれど、それは夢じゃない。


 神崎さんはいつも、私の前で強がる。本当はもっと知りたいのに、悩みを打ち明けられる相手になりたいのに、肝心な瞬間になると、必ず私をその外側に置く。私はお節介すぎると思われているのだろうか。


 もともと私たちは別の世界の人間で、彼女が経験してきたことを私はきっと理解しきれない。だからこそ、話したところで何も変わらない、そう思っているのかもしれない……。


 そう考えて、私はわずかにうつむきながら廊下を歩き、頭の中でそのことばかりを繰り返し考えていた。そんなとき、耳に届いたのは聞き慣れた声だった。


「一緒にお昼どう?」


 神崎さんが声をかけてきた。いつも通りの軽やかな口調で、顔にはお手本のような笑みが浮かんでいる。


 私は一瞬きょとんとしてから、こくりと頷いた。


「うん、いいよ」


「じゃあ、あとでいつもの場所で」


 彼女はふわりと笑みを深め、くるりと背を向けた。


 いつもの場所――それは学校の屋上だ。


 ***


 屋上の空気は教室よりずっと澄んでいて、そよ風が神崎さんの長い髪を揺らし、昼下がりの陽射しも少しやわらいで感じられた。けれど今日の私たちは、どこかぎこちない。運動会のあと、なぜだかわからないけれど、目に見えない壁のようなものが間にできてしまった気がする。普段の私たちは、何も話さなくても居心地が悪くなることはないのに、今日の沈黙には言葉にできない距離感があった。


「この数日、何か特別なことなかった?」


 私は沈黙を破り、何気ないふうを装って尋ねた。


「別に、いつも通りだよ」


 その声は穏やかだったけれど、あまりにもそっけない返事に聞こえた。


「……ごめん、もしかして私のこと、怒ってる?」


 探るように問いかける。


 神崎さんはわずかに目を丸くし、不思議そうな表情を浮かべた。


「怒ってないよ。どうして?」


「だって……私、この前ちょっとお節介すぎたかなって」


 私は視線を落とし、不安げに言った。


「運動会の日、ベンチに座ってすごく悲しそうにしてるのを見て……本当に心配だったから、何があったのか知りたかった。でも、そのあと何度も聞いちゃって、うざかったかなって」


 少し驚いたようにしてから、静かに首を振った。


「ううん、ただあのときは、本当に話す気分じゃなかっただけ」


「そうなの? よかった……」


 私はほっと息をつき。


「だって、なんだかあまり話したくなさそうだったから」


「……嫌なわけじゃなくて、ただどう切り出せばいいのかわからないだけ」


 神崎さんの声はとても小さく、わずかなためらいを含んでいた。


「だって、今まで誰かに話したことなんてなかったから」


 その口調は淡々としていて、まるで大したことじゃない事実を述べているだけのようだった。けれど私の耳には、その言葉が胸を締めつけるように響いた。


「私はてっきり……私のことが嫌いだから、何も話してくれないのかと思ってた」


 私は小さな声でそう言い、口元にわずかな自嘲の笑みを浮かべた。


 神崎さんは一瞬きょとんとしたあと、ためらいなく答えた。


「そんなことない」


「じゃあ……学校であんなに人望があるんだから、話せる相手はいっぱいいるんじゃない?」


 私は彼女の考えを理解しようとして尋ねた。


「そういう人には話さないの?」


 彼女は少し黙ってから、静かに言った。


「……いないと思う」


「……え?」


「たしかに、みんな私のことを好いてくれるし、とても親切。でも……」


 神崎さんはそっと視線を弁当箱に落とした。


「私は、その関係に本当の感情を込めてないの」


「どうして?」


 私は思わず問い返す。


「そうする理由があるの?」


「……今の形が、私にとって一番生きやすいから」


 彼女は淡々と言った。


 私は彼女の横顔を見つめ、胸が少し詰まるのを感じた。


「でも、それってつらくない?」


 神崎さんは一瞬だけ目を見開き、それからふっと笑った。その笑みには、どこか軽く受け流すような自嘲が混じっていた。


「慣れたよ。どうせ私の人生は、ずっとこんな感じだったから」


 その言葉は、私の胸をぎゅっと締めつけた。みんなの目には完璧な人に映っているのに、そんな神崎さんは本当に幸せなのだろうか。


「……もしよかったら、私には話してほしい」


 私はそっと口にし、思わず懇願めいた響きを含ませてしまう。


「一人で全部を抱え込んでいるのを見ると、本当に気になって仕方ないんだ」


 神崎さんはすぐには答えず、静かに私を見つめたまま、やがてふっと笑みを浮かべた。


「できるなら、私も……でも、今この瞬間は、まだ無理かな」


「大丈夫」


 私は微笑み、はっきりとした声で言った。


「待ってるから」


 彼女の瞳がかすかに揺れ、それから小さくうなずいた。


「そういえば、サッカー部の先輩たちが佐藤さんに興味を持ってて、ぜひ入ってほしいって言ってたよ」


 神崎さんはふいに話題を切り替え、声色もいつもの軽やかさを取り戻した。


「今日の放課後、ちょっと会ってみない?」


「そんな急に?」


 私は少し驚いて彼女を見つめた。


「急ってほどでもないよ。もうすぐ学校代表の大会があるみたいで、佐藤さんが入ってくれたらきっと戦力アップになるはず」


「でも……もう長いことサッカーやってないし、技術だって落ちてる。それに……」


 私は一瞬ためらい、小さな声で続けた。


「子どもの頃に喘息があって、長時間は走れないんだ……そんな私でも受け入れてくれるかな」


「とりあえず行ってみなよ。あの人たち、本当に君のこと知りたがってたし」


 彼女は笑みを浮かべ、少しだけ背中を押すような口調で言った。


「チームメイトになるかどうかは、そのあとで決めればいいでしょ」


 私は彼女の真剣な表情を見つめ、最後には小さくうなずいた。


「……わかった。じゃあ、行ってみる」


 神崎さんは笑顔を見せ、その瞳はさっきよりもいっそう明るくなった。


 ――神崎さんの心の扉はまだ完全には開いていないかもしれない。それでも、こうして少しずつ私の前で本音を見せてくれるようになった。その距離は、きっと前より近づいている。

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