第2話 私は、人付き合いが怖い
私は人と話すのが好きじゃない……いや、「嫌い」なんて言葉では、きっと軽すぎる。本当は、怖いのだ。この感覚は、心の奥底からじわじわと滲み出してくるような、自分でも説明のつかない恐怖。
誰かと話すたびに、胸のあたりを誰かに押さえつけられているような、息苦しさを覚える。言葉にできない圧迫感。そんなものが、いつも私の中にある。
学校では、自分から誰かに話しかけることなんてない。黒羽を除いて、私は誰ともまともに会話ができない。特に、顔見知りだけど親しくないクラスメイトに廊下でばったり出くわすと、そのたびに緊張してしまう。
何を言えばいいの? 挨拶したほうがいい? でも、相手が気まずそうに「……ああ、おはよ」って返してきたら、そのあとはきっと沈黙が続くだけで?
だから私は、そういう場面になると、思わず顔を背けて「気づかなかったふり」をして、その場をそそくさと離れてしまう。
授業中、答えが分かっていても、私は絶対に手を挙げない。ただノートを取るふりをして、俯いたまま黙っている。先生が「グループで話し合ってください」と言うたびに、私は机にしがみついたまま、誰かが声をかけてくれるのをひたすら待つ。自分から動き出す勇気なんて、持てないのだ。
こんな私は、どう言えばいいんだろう。本当に、どうしようもない人間なのかもしれない。
でも、その理由を深く考えてみると——もしかしたら、単なる人付き合いの「嫌い」じゃなくて……「恐怖」なのかもしれない。
この恐怖がどこから来ているのか、自分でもはっきりとは分からない。ただ、なんとなく思うのだ。きっと、「人の期待に応えられないかもしれない」という不安。「何か変なことを言って、相手に嫌われるかもしれない」という不安。「話題についていけず、空気を悪くしてしまうかもしれない」という不安。そういうものが、私をいつも追い詰めている。
だから私は、話すことから逃げ続けてきた。
そして、もっとも怖いのは、「第一印象」という存在だ。
人は誰かと出会った瞬間、その外見、話し方、しぐさ、ほんの一瞬の直感だけで、その人を判断しようとする。「この人と仲良くなれそうか」「関わらないほうがいいか」、そういう結論を、ほんの数秒で下してしまう。
もちろん、それが普通だということも分かっている。誰だって最初から全てを理解することなんてできない。でも、だからこそ、その「最初の印象」だけで切り捨てられてしまうのが、私はすごく怖いのだ。
地味で冴えない見た目、暗くてつまらない性格——そんな私に、わざわざ興味を持って近づいてくれる人なんて、きっといないよね。それに、私の趣味ってけっこうニッチだし……ラノベを読んだり、ゲームをしたり。そんな話、他の人からしたら退屈で仕方ないに決まってる。
もしも、思い切って話しかけてみたとして、その結果、「なにこの子、変じゃない?」なんて思われたら……?
想像しただけで、背中がぞくりと震えた。
私が本当に怖いのは、人付き合いそのものじゃない。他人の目に映る「変な存在」になってしまうことが、何よりも怖いのだ。特に……彼女と比べられる時が。
神崎星奈。学校中の人気者。完璧なルックスに、優秀な成績、そして私にはない自信を持っている。彼女はいつだって自然体で、誰とでも気軽に会話をして、たった一言交わすだけで、周囲の人たちの顔に笑顔を浮かべさせてしまう。まるで輝く星のように、どこにいても、誰よりも目立つ存在。
そんな彼女に、私は一ミリだって届かない。ただ静かに隅っこで、その光を遠くから見つめているだけ。まるで、ただの背景のように。
こんな私と、あんな彼女が交わるなんて——きっとありえない。
「やっと授業終わったー! 遥、今日わたし部活あるけど、一緒に帰る?」
元気いっぱいの黒羽の声が、私の思考を中断させた。
「うん。図書室で待ってるね」
私は小さな声でそう答える。
「はーい! じゃ、あとでね!」
黒羽は手を振りながら、調理室へと駆けていった。
私はゆっくりと荷物をまとめ、のんびりした足取りで図書室へ向かう。
正直に言うと、図書室こそが、学校の中で本当に私の居場所だと思える唯一の場所。ここは静かで、落ち着いていて、他人の視線を気にする必要もなければ、言葉を間違える心配もいらない。
好きなラノベを取り出して、静かにページをめくるだけで、私はすぐに自分だけの小さな世界に沈んでいける。誰にも気を使わなくていい。誰かの目を恐れる必要もない。
図書室は、私だけの小さな避難所。安心して、呼吸できる唯一の場所。