第2話 私は、人付き合いが怖い
私は、人と話すのが苦手だ。
いや、「苦手」というだけでは、きっと足りない。
――怖いんだ。
それは、心の奥底からじわじわと滲み出てくる、理由もはっきりしない恐怖。
誰かと話すたびに、言葉では説明できないプレッシャーを感じる。
まるで胸を押さえつけられているようで、呼吸すら苦しくなるほどに。
学校では、自分から誰かに話しかけることは滅多にない。
唯一の例外は、幼なじみの黒羽だけ。
たとえ知り合い程度のクラスメイトであっても、廊下ですれ違った瞬間、緊張で体が硬くなる。
――何を話せばいい?
――挨拶したほうがいい?
――もし「おはよう」って言っても、相手が仕方なく「うん、おはよう」って返しただけだったら?
――そのあと、沈黙が続いたらどうする?
そう考えただけで、もう駄目だ。
だから私はいつも、目を逸らして気づかないふりをして、その場からそっと立ち去る。
授業中、答えが分かっていても、決して手を挙げない。
黙ってノートを取るふりをする。
先生が「グループワークをしましょう」と言えば、誰かが声をかけてくれるのを期待しながら、ただ静かに席に座っている。
――自分から話しかけるなんて、とても無理だ。
こんな私は、もうどうしようもないのかもしれない。
***
けれど、よくよく考えてみれば、私は単に「人間関係が嫌い」なのではなく、たぶん「怖い」のだ。
この恐怖がどこからくるのか、自分でもよく分からない。
ただ、ぼんやりとした不安がある。
――期待に応えられなかったらどうしよう。
――間違ったことを言って、相手に嫌われたらどうしよう。
――会話についていけなかったら? その場の空気を壊してしまったら?
だから、私は逃げている。
自分がコミュニケーション下手だと分かっているからこそ、最初から関わらないようにしているのだ。
それに、私が最も怖いのは「第一印象」というものだ。
人は誰かと初めて会ったとき、顔や話し方、仕草、あるいは一瞬の直感で、その人を判断する。
もちろん、じっくり相手を知る時間なんて最初からあるわけじゃない。
だからこそ、その第一印象がすべてを決める。
――もし、私が「つまらない人間」だと思われたら?
――「変な子」と思われたら?
――「話しても面白くない」と決めつけられたら?
地味で平凡な外見。
冴えない性格。
こんな私に、わざわざ話しかけてくれる人なんて、きっといない。
さらに、私の趣味はあまり一般的ではない。
ライトノベルを読むことや、ゲームをすること。
そんな話題、興味のない人からすれば退屈なだけだろう。
もし勇気を出して話しかけても、「え、なんで?」って相手が怪訝そうな顔をしたら……?
……そんな光景を想像しただけで、背筋が冷たくなる。
結局のところ、私は社交そのものが怖いのではない。
「他人の目に映る自分」というものが怖いのだ。
***
特に――
彼女と比べてしまうと、なおさら。
神崎星奈。
学園の中心にいる、誰もが憧れる存在。
完璧な容姿、優秀な成績、そして何より私にはない「自信」を持っている。
彼女はどんな人とでも自然に会話し、気さくに笑う。
たった数言交わすだけで、その場の空気が和らぎ、周囲の人を笑顔にしてしまう。
彼女は、まるで空に輝く星のように、どこにいても人々の視線を惹きつける。
一方の私は?
どれだけ努力しても、彼女のようにはなれない。
私はただ、教室の片隅で息をひそめ、ひっそりと存在しているだけのモブキャラに過ぎない。
私と彼女が交わることなんて、絶対にない――はずだった。
***
「やっと授業終わったー! 遙、今日部活があるんだけど、放課後どうする?」
黒羽の弾む声が、私の思考を遮った。
「うん……図書館で待ってるね。」
「了解! じゃあ後でね!」
黒羽は元気よく手を振ると、料理室の方へと駆けて行った。
私は静かに荷物をまとめ、図書館へと向かう。
***
図書館――
それは、私にとって唯一の「避難場所」。
ここなら、誰の目も気にしなくていい。
誰かと話す必要もない。
ただ、本を開き、文字の世界に没頭するだけでいい。
誰にも気を遣わず、何も恐れる必要のない空間。
私が唯一、安心して呼吸できる場所。