第3話 グラウンドでの全力勝負
秋の陽射しが熱を帯びて校庭に降り注ぎ、真紅のトラックを照らし出し、躍動する光をきらめかせていた。今、運動場は人の声で溢れ、歓声が途切れることなく響き渡り、空気には体育祭特有の熱気が満ちている。クラスメイトたちはトラックの周りに集まり、クラス旗を高く掲げながら、自分たちのチームに向けて大きな声で声援を送っている。競技に臨む選手たちは緊張した面持ちでウォーミングアップを続け、これから始まるレースの時を待っていた。
私は第四走者のスタートラインの横に立ち、両手をわずかに握りしめ、激しく脈打つ心臓の音を感じていた。
今回は、もう観客席から見ているだけじゃない。私は、トラックに立つ一員なのだ。それも、彼女のおかげで。神崎さんが私の生活に踏み込んできてから、私の世界は変わり始めた。人と話すことを学び、人混みを拒まなくなり、これまで考えもしなかったことに挑戦するようになった。そして今日、この校庭で、私は全力で走り、自分を証明する。
「佐藤さん、頑張れよ!」
クラスメイトが遠くから手を振り、声をかけてくれる。
「うん……」
私は軽くうなずき、深く息を吸い込んだ。
競技が始まる前、更衣室で服を整えながら気持ちを落ち着けようとした。ちょうどそのとき、神崎さんもそこにいた。
「どう? 緊張してる?」
靴紐を結びながら、神崎さんが軽やかな笑みを浮かべてこちらを見た。
「……まあ、平気かな」
私は平然を装って答える。
「ふふ、さすがはうちのチームのフィニッシャーだね」
彼女は私の肩を軽く叩き、少し励ますような声色で言った。
「あれだけ練習したんだし、相手に私たちの努力を見せつけよう!」
「一位、取り返してみせるよ」
そう口にしながらも、手のひらにはじんわり汗がにじんでいた。
彼女は意味深な笑みを浮かべ、「うん、信じてるから」と言った。
トラックに立つと、陽射しが全身に降り注ぎ、背後からは歓声と叫び声が響く。目の前には、私たちのレーン。不意に、第三走者の位置に立つ神崎さんがこちらを振り返り、目が合った瞬間、微笑んで手を振ってきた。心臓が、一拍遅れたように感じた。声は聞こえなかったけれど、唇の動きからその言葉がわかる――「頑張って!」。
私は大きく息を吸い、しっかりと頷き、拳を握りしめた。これは、私のレースであり、私たちのレースだ!
パンッ!
乾いた号砲が空気を裂き、第一走者たちが矢のように飛び出す! 視界の中でトラックがまっすぐに伸び、選手たちが炎天下を駆け抜ける。空気が切り裂かれ、残像のように姿が揺らめく。歓声が高まり、私の心拍もどんどん速くなる。第一走者から第二走者へ、そして次の走者へ、スピードはまったく落ちない。
そして神崎さんがバトンを受け取り、力強くこちらへと駆けてきた瞬間、私はすぐに姿勢を整え、体をわずかに前傾させて両手を伸ばし、最後のバトンを迎える準備をした。彼女は驚くほどの速さで、走るたびに黒髪が風になびき、その視線は鋭く集中し、まるでトラックの女王のようだった。
バトンが私の手に渡った瞬間、ためらいなど一切なく、私は前へと飛び出す!
トラックが足元から後ろへと流れ去り、耳元では風の音が唸りを上げる。世界には赤いレーンとゴールラインだけが存在しているかのようだった。勝ちたい! 神崎さんに、私の努力する姿を見せたい! 自分ができるということを証明したい!
しかし、ゴールが目前に迫ったその瞬間――足がもつれ、私は激しく地面に叩きつけられた! 世界が急にスローモーションになったように感じる。トラックのざらついた感触と、膝に走る鋭い痛みが一気に押し寄せ、呆然と前方を見つめた。ゴールラインはすぐそこ、あと数歩で届く距離……なのに、背後からは他の選手たちの足音が迫ってくる!
「立て……!」
心の奥で声が叫ぶ。止まっちゃだめだ! 歯を食いしばり、痛みをこらえて両手で地面を押し、もう一度立ち上がる。そして、全身の力を振り絞ってゴールへと駆け出した!
けれど結果は、私たちのチームは三位。胸が大きく上下しながら、私はゴール脇に立ち、歓声を上げる相手チームを見つめた。ほんの、あと少しだったのに……。
「佐藤さん!」
聞き慣れた声に顔を上げると、神崎さんが心配そうな表情で駆け寄ってくる。勝敗など二の次といった様子で、真っ先に私のケガを気遣ってくれた。
「足と手、擦りむいてる!」
神崎さんは私の前にしゃがみ込み、手を伸ばして支えようとする。
「立てる?」
「平気……」
私は腕と膝の傷を見下ろす。傷口からじわりと血がにじんでいたけれど、アドレナリンのせいか痛みはまだはっきり感じない。
「言われるまで気づかなかったくらいだし……」
「そんなこと言わないの。保健室行くよ!」
彼女の口調は強く、拒む余地を与えてくれない。
保健室には、ほのかに消毒液の匂いが漂っていた。私は椅子に腰掛け、神崎さんが慣れた手つきで消毒用品を手に取り、私の前にしゃがみ込むのを見つめる。その動作は一切の迷いがなく、傷口を丁寧に処置してくれた。
「……痛い?」
「……あっ! 痛っ!」
消毒液が触れた瞬間、思わず息を吸い込み、体がびくりと固まる。
「ふふっ、そんなに痛がりだったんだ?」
神崎さんは思わず笑みをこぼし、口元を少し上げる。
「笑わないで!」
私は睨み返すが、頬が少し熱くなる。
「だって、可愛いんだもん」
「……」
心臓の鼓動が、不意に乱れる。
神崎さんはそっと傷口に息を吹きかけ、絆創膏を貼った。その手つきはあまりにも優しく、胸の奥に温かさが広がっていく。
「レースのことは、本当に気にしなくていいんだよ」
彼女は顔を上げ、まっすぐに私を見つめる。
「あれはチーム競技だし、四人で力を合わせた結果なんだから。君のせいじゃないし、誰も責めない」
「……ありがとう」
彼女は軽く笑って立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「さ、戻ろうか」
その手に引かれて保健室を出ると、再び陽射しが私たちを包み込む。運動場はまだ賑やかだったけれど、その瞬間、胸の高鳴りはレース中よりもずっと強かった――だって、神崎さんがそばにいるから。




