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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第3章 ふたりの心が少しずつ近づいていく

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第4話 掲示板の向こうにある本音

 前回お見舞いに行ってから、もう一週間が経った。今日は放課後、クラス全員で壁新聞を作ることになっている。クラス委員である私は当然逃げられない役目だが、みんなの前で自分の意見を言うことを考えると、どうしても緊張してしまう。


「今回の壁新聞、ちょっと高級な材料を使ってみない? そうすればきっと審査員の目を引けると思うんだ」


 クラスの女子が嬉しそうに提案すると、周りからも賛同の声が次々と上がった。


 けれど、その言葉を聞いた私は胸がきゅっとなった。頭の中に別の考えが浮かんだものの、それを口にしようとすると喉の奥でつかえてしまう。


「どうしよう……反対意見なんて言ったら、嫌われちゃうかな?」


 でも、クラス委員の私が黙っていたら、それはそれで無責任じゃないだろうか。


 しばらく葛藤した末に、ようやく勇気を振り絞って深く息を吸い、小さな声で口を開いた。


「わ、私は……材料の値段よりも、大事なのはテーマが心に響くかどうかだと思うんです。テーマが先生や生徒に共感を与えて、私たちの思いを伝えられれば、高価な材料を使わなくてもきっと良い結果が出せるはずで……」


 言い終わった瞬間、私は思わずうつむき、頬が熱くなるのを感じた。教室は一瞬で静まり返り、自分の鼓動がやけに大きく響く。誰かに否定されるのが怖くて、空気が固まったように感じた。


 しかし、少しして周囲から小さな声が漏れ始めた。


「言われてみれば……たしかにそうかもな」


「だよね。材料が高いだけじゃ意味ないよな」


「そうそう、佐藤さんの言う通りだよ。大事なのはテーマだ」


 最終的に、クラスのみんなは私の意見を受け入れ、壁新聞のテーマとデザインの方針が決まった。私はほっと息をつき、肩の荷が少し軽くなった気がした。


 ――本気で意見を言うって、思っていたほど怖いことじゃないんだ。


 放課後、私は神崎さんと一緒に壁新聞の材料を買いに商店へ向かった。夕陽が空を赤く染め、私たちの影を長く伸ばす。頬をなでる風は涼しく、どこか心地よい空気が流れていた。


「佐藤さん、今日のあなたは本当に勇敢だったね」


 彼女は私を見て、真っ直ぐな称賛の色を瞳に浮かべながら微笑んだ。


「ちゃんと自分の考えを言えたから」


「本当は……すごく緊張してたんです。みんなに嫌われるんじゃないかって」


 私は視線を落とし、声がだんだん小さくなっていく。頬がまた少し熱を帯びた。


 昔の私は、こういう場面をいつも避けていた。自分の言葉や態度で誰かに嫌われたり、失望されたりするのが怖かったからだ。


「真心のこもった言葉は、そう簡単に嫌われたりしないよ」


 神崎さんはふっと笑みを浮かべ、すぐに私の方へ向き直る。


「昔のあなたは、それが怖くてずっと人との交流を避けてたんでしょ?」


 私は一瞬驚き、まるで心を見透かされたような感覚に息を呑んだ。そして小さく頷く。


「……はい、その通りです」


 私は彼女の横顔に落ちる淡い光と影を見つめながら、少し迷ってから思い切って口を開いた。


「神崎さんって、普段……人の期待に合わせようと、すごく頑張ってるんじゃない?」


 彼女の体がわずかに固まり、間を置いてから淡々と答える。


「もう……慣れちゃってるのかもしれないね」


 私はそっと神崎さんを盗み見る。その横顔には、いつも通りの完璧な笑みが浮かんでいて、胸の奥がちくりと痛んだ。あの日、彼女の家にお見舞いに行ったときに感じた距離感を思い出す。


 私は思わず口を開いた。


「……神崎さんの家って、ちょっと冷たい雰囲気だったりする?」


 彼女の反応をそっとうかがいながら。


「ごめん、私の勘違いだったら……」


 その言葉を聞いた神崎さんの笑顔が、一瞬だけはっきりと固まった。けれど、すぐにそれを覆い隠すように、わざと軽い口調で言った。


「そんなことないよ。ただ、両親が仕事で忙しくて、一緒に過ごす時間があまりないだけ」


 声は平静だったけれど、その瞬間、私は神崎さんの瞳の奥にかすかな寂しさを確かに見た気がして、胸の奥に冷たいものが広がった。


「……そっか」


 小さくそう返すと、空気が少しだけ重くなった気がした。


「そういえば、私はむしろあなたの生活の方が羨ましいよ」


 神崎さんはふいにこちらを見て、真剣な眼差しを向けた。


「すごく自由に見えるから」


 私は少し驚き、そして小さな声で答える。


「正直に言うと、やっと最近慣れてきたところなんだ。前はずっと難しいって思ってた……でも、神崎さんが背中を押してくれたおかげで、少しずつこういう日常を楽しめるようになったの」


 神崎さんは数秒のあいだ黙り、それから低い声で言った。


「それが、私があなたを羨ましく思う理由。誰かに合わせる必要もなくて、自分の好きなことだけをできる……その感じ、本当にいいなって思うの」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。完璧に見えるその笑顔の裏に、こんなにも重い孤独が隠されていて、誰にも気づかれないまま神崎さんが背負い続けてきた重さがあるのだと、はっきり気づいてしまった。


 短い沈黙のあと、私は静かに言った。


「もし……これから何かつらいことがあったら、私に話して。たぶん大したことはできないけど……それでも、私はずっとそばにいるから」


 彼女は少しだけ目を見開き、それからふわりとあたたかな笑顔を見せた。


「……うん、ありがとう」


 夕陽はゆっくりと西の空に沈み、秋らしい涼しさを含んだ風が頬を撫でる。この瞬間、私たちの距離はほんの少し縮まったような気がした。たぶん、これこそが壁新聞作りの――本当の収穫なのだろう。こうして交わした本音は、心をあたたかくし、そして私はますます神崎さんのことを知りたくなった。あの笑顔の奥に隠された物語を。

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