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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第16章 傷の中で生まれた決意

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第8話 図書館内部会議

 翌日の昼休み、図書館の窓際の席に、私たち三人は並んで座っていた。その一角は普段から人が少ない場所だ。テーブルの上には文房具と分厚いメモ用紙、それに書架から急いで抜き取ってきた資料本が何冊も広げられている。斜めに差し込む陽の光が、静かで明るい一帯をつくり出していた。


 ほんの短い昼休みの時間のはずなのに、いつものような気楽なおしゃべりの空気とは違っていた。今日はどこか、はっきりとした真剣さが混じっている。呼吸まで自然と浅くなるようで、気づけば、小さな作戦会議みたいな雰囲気になっていた。


「まずは、今週の重点的な進捗を確認しようか」


 黒羽は、きちんと印刷された表やスケジュールのテンプレートを一式取り出した。それらをテーブルに広げる手つきは無駄がなく、ほとんど手慣れていると言っていい。分類の順番まで、何度も整理してきたかのようだった。


「こっちは選挙週間前に終わらせておきたいタスク。ビジュアルデザイン、スローガンの確定、政策プレゼン、広報原稿、ポスター制作、それから候補者のスピーチ原稿……とりあえず一通りまとめてみたから、足りないところがあれば見てほしい」


 そう言いながら、ペン先で紙面を軽く叩いていく。分類はひと目でわかるほど整理されていて、各項目の後ろには推奨の締切や注意点まで丁寧に書き込まれている。どう見ても、その場で急ごしらえしたものには見えなかった。


「あと、昨日言ってた候補内閣の空きポジションなんだけど、先に声かけてみたよ」


 次のページをめくる。


「今のところ三人、こっちに参加したいって言ってくれてる。情報はここにまとめてあるから、あとで一緒に確認しよう」


 私と星奈は、ほとんど同時に視線を落とした。


 びっしりと書き込まれた内容は驚くほど見やすく整理されていて、単なる作業項目だけじゃない。備考欄には人員配置や優先順位、推奨の完了日まで細かく記されている。その緻密さに、一瞬、これがただの生徒会選挙の準備だということを忘れそうになる。まるで本物の会議に提出される企画書みたいだった。


 星奈が目を瞬かせて、思わず顔を上げる。


「……山田さん、その完成度、本部の人たちにも全然引けを取らないんじゃない?」


 黒羽はそれを聞いて、肩をすくめただけだった。いかにも当然、といった顔で。


「前にクラスの子に頼まれて、こういうのやったことあってさ。わりと得意なんだよね。でも今回は……二人のためだから」


 手元の紙をめくりながら、さらっと言う。


 その一言に、胸の奥がふっと柔らかく触れられた気がした。湖面をかすめる風みたいに、小さな波紋がゆっくり広がっていく。指先まで、じんわりと温かくなる。


 少し空気が静かになりすぎたのを感じたのか、黒羽はふと顔を上げて星奈を見る。声の調子も、ほんの少しだけ柔らいだ。


「それとさ、これから三人で生徒会選に出るわけだし、もう同じチームみたいなものでしょ。そんなに他人行儀にしなくていいよ。黒羽って呼んでくれればいいから」


 星奈はそれを聞いて、ふっと小さく笑い、頷いた。


「じゃあ、私のことも星奈って呼んで」


 思わず視線を落とし、そっと口元が緩む。


 恋人や友達って、ただ頼れる存在でも、つらいときに受け止めてくれる人でもないんだ。一緒に前へ進んでいける人で、隣に並んで戦える、本当の仲間にもなれる。そんなことに気づいて、胸の奥に、これまで感じたことのない確かな安心が静かに生まれていた。


「じゃあ、役割分担を決めようか」


 黒羽は一度手元の表に目を落とし、それから私たちを見上げる。さっきよりも、少しだけ真剣な表情になっていた。


「私は全体の進行管理とバックオフィスを担当するね。スケジュール調整とか、会場申請、備品の準備。そういうのは任せて」


 そう言って、紙の上にすっと一本、はっきりと線を引く。


「星奈は、政策とコアコンセプトの設計に集中して。方向性とか、何を伝えたいかっていう部分は、一番よくわかってるし、軸を決めるのに向いてるから」


 そこまで言って、視線がこちらに向いた。


「遥は文宣とビジュアルデザイン。そういうの、得意でしょ?」


 ほとんど迷うことなく、頷く。


「うん、全体のビジュアルとレイアウト、文宣の草案、それから星奈の考えを、宣伝向けに伝わりやすい形に整えるのは任せて」


 星奈はそれを聞いて、私を見てふわりと笑った。声はやわらかいのに、不思議と安心できる安定感があった。


「私も大丈夫。考えはできるだけ詳しく整理してから、遥に渡すね」


「じゃあ、それで決まり」


 黒羽はそう言うと、すぐにペンを取り、各自の担当と目標日を手際よく書き込んでいく。その筆運びは迷いがなく、慣れている。ばらばらの考えを一つにまとめていくことに、きちんと慣れている人の動きだった。


 意見を出し合いながら、紙の上もどんどん書き足されていく。


 黒羽が提案を出せば、すぐに星奈が補足することもあったし、こちらが書き留めた一文に対して、二人が「もう少しストレートにしたほうがいいかも」とか「このニュアンスは残したい」と、すぐに議論が始まることもあった。気がつけば、たった一つのスローガンの言い回しだけで、5分も真剣に言い合っていた。


「やっぱり、この言い方ちょっと硬すぎると思うんだよね。『一緒に変えていく』っていう感じを出したいなら、これだと命令っぽくならない?」


 ペンを持ったまま、付箋に書かれたその一文を見下ろして、思わず眉を寄せる。


 隣に座っていた星奈が、それを聞いてすぐに視線を落とし、短く確認すると、そのまま言葉をつないだ。


「でも、柔らかくしすぎると印象が弱くなる。選挙のスローガンって、一目で覚えてもらえないと意味がないでしょ。見ただけで残らないと、すぐ忘れられる」


「でも、私たちって別に熱血で押すタイプじゃないでしょ。勢いだけあっても、温度がなかったら、結局は誰も近づこうと思わないんじゃない?」


「勢いだけでいいって言ってるわけじゃないよ。ただ、今回はそもそも普通の立候補じゃないんだから、打ち出す言葉まで無難な『安全牌』に寄せすぎるのは違うと思う」


 向かいに座っていた黒羽が、私たちのやり取りを聞きながら、ついに耐えきれなくなったように手を上げ、軽くテーブルを叩いた。


「はあ……もう、そこの恋愛脳コンビ。ちょっといい? この選挙の理性、いったん私に救わせてくれない?」


 同時に顔を上げて、黒羽を見る。あきれたように小さく息をついて、ペン先でその付箋を軽く叩いた。


「この一文、使えないわけじゃないけどさ。完全に二人のラブメッセージになってるよ。全校に向けてる感じが全然しない」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……そう?」


「そう」


 黒羽は即答だった。迷いなんて一切ない。


 星奈はむしろ当然だという顔をして、わずかに顎を上げる。あまりにも当たり前のことをそのまま口にしているだけみたいに。


「私は最初から、『恋人として』立候補してるんだけど。何か問題ある?」


 黒羽は二秒ほどじっと見つめて、それから堪えきれずに吹き出した。


「ほんと、敵わないわ」


 そのやり取りを横で見ていて、思わず笑ってしまう。ただ面白いからじゃない。胸の奥に、深くて静かな安心感が、ゆっくりと落ちていくのを感じたから。


 本来なら、今話しているのはとても真剣なことのはずだ。これから先、いろんなものを変えていくかもしれない選挙で、決して楽な道じゃない。むしろ、ずっと見られて、疑われて、何度も大きく取り上げられながら試され続けるような道なのに。


 それなのに今は、未来のことを思い浮かべただけで胸が締めつけられるような、あの感覚が不思議となくなっていた。


 二人の会話を聞きながら、目の前の光景をそっと見つめる。同じテーブルを囲んで座る三人。その静かな風景には、言葉にしきれないほどの確かな安定感があって、ただ見ているだけで、ちゃんと心に刻んでおきたいと思えた。


 もうこれは、ただの友達でも、ただの恋人でもない。同じ道を選び、同じ方向へ進んでいく人たち。戦友みたいに、それぞれの得意なものを持ち寄って、ひとつの形へと組み上げていく。


 一つ一つの決断も、重ねていく議論も、描き上げるデザインも、書き込まれていく進行表も。そのどれもが、ただの準備なんかじゃない。そこには、少しずつ築かれてきた信頼があって、時間をかけて噛み合っていった呼吸がある。


 一緒に頑張りたいと思っているし、この先へも一緒に進んでいきたい。まだすべてが見えているわけじゃない。それでも、もうすでに光り始めているその先へ向かって。この想いがある限り、きっと私たちは、もっと遠くまで行ける。

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