第2話 弾けた午後
昼休み、私はわざわざ校庭裏の渡り廊下へ回り、彼女を待っていた。そこは毎日お昼を食べに行く前に必ず通る小道だ。周りにはほとんど人がおらず、遠くから聞こえる鳥の声と教室の中のぼんやりした笑い声だけが響いていた。壁際から斜めに差し込む陽光が地面にまだらの影を落とし、静かすぎて緊張で速くなる自分の鼓動さえ聞こえそうだった。
案の定、しばらくすると、あの見慣れた姿が角の向こうに現れた。彼女は数人の女子と笑って歩いていて、まるで何もなかったかのように自然な表情だった。しかし、立ち止まっている私に気づいた瞬間、彼女の笑顔はぴたりと固まり、足も止まった。
「安藤さん、少し話せる?」
私は一歩近づき、胸の奥に渦巻く感情を押し込んで、できるだけ柔らかい声で言った。
安藤さんはわずかに眉を寄せ、その目にはもう以前のような親しさや信頼はなかった。代わりに浮かんだのは、冷たさと警戒心。まるで知らない誰かを見るように、生活に突然入り込んできた異物を測るような視線だった。その距離感は胸をきゅっと締めつけた。
「……何? 恋愛で忙しいんじゃなかったの?」
声には明らかな棘があり、口元には嘲るような笑みが浮かんでいた。目尻を斜めに上げ、まるで私の甘さを笑っているかのようだった。
私は彼女の言葉を拾わず、ただ静かに彼女の目を見つめた。かつて親密な光を宿していたその瞳には、今や透明な壁しか残っていなかった。
「最近……遥のこと、いろいろ良くないことを言われてるみたい。聞いたことある?」
安藤さんの目が一瞬だけ驚きを見せたが、すぐに面倒くささが覆いかぶさるように表情を変えた。彼女はそっぽを向き、あからさまにうんざりした声で言った。
「私たち別にあの子の保護者じゃないし。ちょっと言われたくらいでメンタル折れるとか、ありえなくない?」
「ちょっとじゃないよ」
私の声は低く、喉の奥から押し出すようにして出た。
「……あれは嫌がらせだよ」
その瞬間、空気からすべての酸素が抜け落ちたようだった。廊下を通り抜ける風の音でさえ、やけに刺々しく、遠く感じられた。
安藤さんの隣にいたひとりの女子が、冷笑を漏らした。抑えきれない嘲りが言葉に滲んでいた。
「変わったね、星奈。前のあんたはこんなんじゃなかった。あの子のため? それとも、あんたが私たちとは違うって証明したいの?」
私はそっと視線を落とした。欄干の隙間から差し込む陽の光が地面に影を落とし、揺れながら交差していく。その光景は、まるで今の私の心みたいだった——ばらばらで、不安定で、今にも崩れそうで。
「……違ってもいいよ。少なくとも、私は何が『尊重』か分かってる」
私は顔を上げ、穏やかな声で、しかし揺るぎなく言った。
「ひとつだけ知りたい。遥についての噂……あなた、広めた?」
安藤さんは数秒黙ったあと、馬鹿げた冗談でも聞いたかのように鼻で笑った。
「で、これは何? 私を問い詰めるつもり?」
彼女の笑みは霜のように冷たく、声には一切の引き下がる気配がなかった。まるで舞台の中央に立ち、この破壊的な劇を堂々と演じているみたいだった。
「私何も言ってないよ。ただ……みんなが前から知ってた『真実』を言っただけ」
私は歯を食いしばり、感情に押し流されないよう必死に声を保った。
「私たち、友達じゃなかったの?」
その瞬間、安藤さんの目がはっきりと揺れた。まるでどこかの神経を一気に引きちぎられたみたいに。次の言葉は鋭い風のように、空気を裂いて響いた。
「友達?」
冷たい笑いを漏らし、その声はまるで鋭いガラス片みたいに、私の心に残っていた最後の薄い膜までも切り裂いた。
「お願いだよ、星奈。あんた本気で友達がいるなんて思ってるの? あんた、私たちのことを一度でも友達だと思ったことある? これまでの付き合いだって、全部その場しのぎの愛想でしょ。私たちに本気で向き合ったことなんて、一度でもあった?」
一歩前へ踏み出し、声がじわじわと距離を詰めてくる。まるで長いあいだ抑え込んできた鬱憤や怒りが、ようやく出口を見つけて一気に溢れ出そうとしているみたいに。
「普段から全部、取り繕ってるだけじゃないの? でもさ、私たちをバカにしないでよ。あんたの心の中に、最初から私たちの居場所なんてなかったくせに」
私はその場に凍りついたように立ち尽くした。一瞬、呼吸する感覚すら失われた。あまりにも率直で、あまりにも容赦のない言葉——だけど私は、反論すらできなかった。だって、彼女の言うことの中に……私がずっと目を逸らしてきた、ある「可能性」が混じっている気がしたから。
安藤さんの目は冬の湖みたいに凍りついていた。表面は静かに澄んでいるのに、その奥には細かな亀裂が無数に走り、その一つ一つが鋭く光っていて、まともに視線を合わせることさえ痛かった。
「もうね、あんたの『完璧なふり』にはうんざりなんだよ」
その声は大きくないのに、一言一言が胸の奥を深く叩きつけてくる。
「なんでもできて、なんでも強くて、いつも舞台の真ん中にいて、いつも誰かに好かれて、憧れられて、許されて……」
短く息をつき、長年積もっていた怨みと悔しさがようやく形を得たみたいに、ふっと声を押し出した。
「じゃあ私たちは? あんたの後ろで、永遠に黙ってる背景にしかなれない」
その瞬間、私ははっきり見てしまった。安藤さんの目の奥に押し込められていた、不満と嫉妬が、波のように溢れ出すのを。言葉は氷の刃のように鋭く、冷たく、私の胸の奥に隠していた孤独と自己否定を、一刀一刀、容赦なく切り裂いていった。
「それを優しさだなんて思ってるの? あれはただ、あんたが作り出した『距離』だよ。あんたは誰も信じたことなんてない。私たちは……あんたが輝くための小道具でしかなかった」
私は口を開いた。否定したかった。でも喉がきゅっと締めつけられたように声が出なかった。空気が固まり、言葉が凍りついた。私はただそこに立ち尽くすしかなかった。彼女が長い間胸の奥に溜め込んできた思いを、容赦なくぶつけてくるのを。
「今回はね、ただあんたにも思い知らせたかっただけ。あんたも『負ける』ってことを」
彼女の声は急に低くなり、まるで冷酷な裁判官が、私への最終判決を読み上げるようだった。
「あんたが本気で大切にしてる人に対して、私たちが指一本動かすだけで、簡単にあんたを壊せる。自分の好きな人が踏みにじられて、孤立させられて、笑われるのを目の前で見る気分はどう? ねえ、星奈?」
私は砕かれたガラスみたいに、音もなくひび割れていった。足元の床がぐらりと揺らぎ、世界が突然回転し始める。私は抗えずに、遠く暗い悪夢の中へと引きずり戻された。中学時代の記憶が鮮明に蘇った——かつて私の周りに優しげに集まっていた笑顔の裏で、ひそひそと漏れていた嘲りや噂。時間によって埋もれたはずの失望も裏切りも、今また生々しく胸に押し寄せてくる。
ずっと過去を乗り越えたと思っていた。もうあの影に縛られることはないと信じていた。でもこの瞬間、私は知ってしまった。あの傷は一度も癒えていなかった。ただ深く心の底に押し込めていただけだと。
私はまぶたを伏せ、深く息を吸った。声はかすれて、まるで喉を刃で裂かれた後の弱い吐息のようにか細かった。揺らぎそうな心をなんとか閉じ込めようとするように。
「……変わったね」
「違うよ、星奈」
声は不自然なほど静かで、嵐の後に残る深い海底みたいな静寂だった。荒れ狂う感情を吐き捨てた後に残った冷たさのほうが、むしろ胸を刺した。
「変わったのは私じゃない。あんたよ。あんたはいつだって完璧な見た目で武装して、誰のことも本気で信じようとしたことなんてなかった。今回のことはあんたが招いたんだよ」
安藤さんは背を向け、他の子たちと一緒にためらいもなく、澄んだ靴音を響かせながら歩き去っていった。その一歩一歩がまるで枷のように鳴り響き、私をこの声のない、孤独な牢獄に閉じ込めていくかのようだった。
私はうつむき、自分の震える指先を見つめた。目の奥が熱く軋むように痛む……それでも倒れるわけにはいかなかった。踏みにじられても、誤解されても、裏切られても。ようやく見つけたのだ。自分がすべての仮面を捨てても守りたいと思える、大切な人を。
——佐藤遥。彼女は私が絶対に失いたくない光。
たとえ世界中が敵になっても、私は迷わず彼女の前に立つ。すべての風雨も、すべての傷も、私が受け止める。




