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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第15章 風の音に溶け合う守り

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第1話 遅れて訪れた目覚めと決意

 今日の校内は日差しがまぶしく、開いた窓の隙間から静かな風が吹き込んで、教室の黄ばんだ木製の机をそっと撫でていった。それは誰にとっても、ごくありふれた日常。でも、私にとって、今日の風はどこか違っていた。


 私は携帯に届いた一通のメッセージを見つめ、指先を画面の縁で何秒も止めたまま、眉間をかすかに寄せた。


「彼女は大丈夫って言ってたけど、目が赤かった。たぶん、我慢してる。お願い……見てあげてくれない?」


 送ってきたのは山田黒羽。遥の親しい友だちだということは、私もよく知っている。普段は落ち着いて冷静な彼女が、今回は短い文章の中に珍しく焦りと不安をにじませていた。メッセージの最後には、いつもの彼女らしくない「お願い」という言葉まで添えられていた。


 私は携帯を置き、窓際の机に静かに腰を下ろした。陽光が流れ込んで、半分開いたノートや下書きの上に淡い白を落とす。すぐには動かず、ただ窓の外で風に揺れる木の影を見つめながら、視線がゆっくり沈んでいった。


 ——遥は、やっぱりあのままだ。何も言わず、すべてを胸の奥に押し込んで、もう崩れそうなくせに、強がって「大丈夫」なんて笑う。


 今朝、階段の角を通り過ぎたとき、下の方から女の子たちの話し声が聞こえてきた。軽い調子で、どうでもいい噂話をしているように聞こえたけれど、その言葉のひとつひとつには棘があった。毒を含んだ針みたいに、耳に刺さってきた。


「ねえ、佐藤って知ってる? 最近、神崎さんにべったりで超やばくない?」


「付き合ってるって話じゃなかった?マジなの……? 女同士だよ、さすがに引くわ」


「どこにそんな自信あんの? 神崎ってあんなに可愛いのに、なんであの子なの?」


「好きになられる理由ある? 前なんて存在感ゼロでさ、静かすぎて空気みたいだったじゃん」


「しかもさ、あの子の好きなものって変わってるって聞いたよ。クラスでも全然目立たないのに、急に神崎さんのそばうろついて……絶対自分からくっついてるだけでしょ」


「私が神崎さんだったら、恥ずかしくて無理。佐藤って自分が釣り合うと思ってんの?」


「ほんとそれ。神崎さんと最近あんなに仲良くしてるの見て、私ですらあの子の印象下がったわ」


 私は声を出すことも、振り返ることもせず、ただ無言のままその角を通り過ぎた。歩みは平静に見えたけれど、心臓は何か見えない手にぎゅっと掴まれたようで、胸の奥が少し苦しくなっていた。


 彼女たちの声は次第に遠ざかり、廊下の奥へ消えていく埃のように薄れていったのに、あの言葉だけは一つも抜け落ちることなく、砕けたガラスみたいに鋭く頭の中に刻み込まれていき、呼吸ですら少しつらくなるほどだった。


 ***


 放課後、私は遥のクラスへ向かった。けれど、席はもう空っぽだった。カバンも見当たらず、椅子もきちんと押し込まれていて、まるで誰にも気づかれないように、最初からそう決めていたみたいに姿を消していた。


 私は胸の奥がすとんと沈むのを感じた。


 最近の彼女はいつもそうだった。早く帰らなきゃとか、用事があるから一緒に帰れないとか、そんな理由を口にしてばかり。私が会いに行こうとすると、彼女は笑って誤魔化すように理由を作り、自然に聞こえるように話しながらも、私の目をまっすぐ見ようとはしなかった。たとえ一緒に帰れたとしても、私が手をつなぎたいと思った瞬間、彼女はいつもどこかで避けるようにして、つながれることを望んでいないみたいだった。


 遥の席へ向かい、少し開いたままの引き出しに視線を落とした。中にはくしゃくしゃの紙が一枚入っていた。


 少し迷ったあと、私はそっとそれを取り出した。その紙は丸められたあとにまた広げられたもので、角の部分には大きく濡れた跡が残っていた。上にはもう乾いているのに形だけははっきり残る水のしみ——言われなくても分かる、それは彼女の涙だ。文字は歪んでいて、強く書きつけられたことが一目で分かった。


「神崎にふさわしいって、どうして思えるの?」


「女の子好きなんて、気持ち悪すぎでしょ」


「神崎があんたなんか好きになるわけないでしょ? やめときなよ!」


 私は呆然としてしまい、喉が何かにぎゅっと締めつけられたように声が出なかった。あれはただの悪意の落書きなんかじゃない——狙いすました攻撃だった。


 私は横に垂れた手を強く握りしめ、爪が掌に深く食い込んで、指先が痺れるように痛んだ。何もしていないのに、もう悔しさで泣きそうだった。


 あの文字は刃物でガラスに一筆ずつ刻みつけるみたいに鋭くて、人の心を深く切り裂いていた。私たちの関係だけじゃなく、遥という存在そのものに向けられた攻撃。「どうしてあなたなんかが」というその言葉は、まるで彼女の胸に直接刻み込まれたみたいだった。


 私は突然、言葉にならない後悔に襲われた。それは恋そのものへの後悔ではなく、これまで遥を本当に見ようとしてこなかった私自身へのものだった。


 私はずっと、私たちは並んで歩いていると思い込み、彼女が不安や臆病さから踏み出してくれた一歩を、私は当然のようにその手を取って歩いているだけだと思っていた。


 でも違った。ずっと陰の中から私を必死に見上げていた人だった。歯を食いしばり、涙をこらえ、全力で私のそばに立とうとしてきた人だった。私が理由で、彼女は光の中に引っ張り出され、みんなの視線の的になり、そして悪意と偏見の標的にされてしまったのだ。


 ***


 夜、私はひとりで机に座っていた。小説の原稿が目の前に広がっている。ペンは紙の上で止まったまま、どれだけ時間が経っても一文字も書けなかった。白いページが刺すようにまぶしくて、それはまるで今の私そのものだった——何もできず、ただ静かに胸が痛むだけ。


 あの日のことを思い出した。遥が笑いながら言った。


「星奈、実はね、私……自分が誰かに本気で好きになってもらえるなんて、思ったことなかったの」


 そのときの彼女の声はとても小さくて、風が吹けば消えてしまいそうなくらい儚かった。でも私はその言葉を誰よりも鮮明に覚えている。いつも隅っこにいて、人の視線を怖がって、自分が好きになってもらえる価値なんてないと信じ込んでいた子。


 そして私はようやく気づいた。その根深い自信のなさはどこからきていたのか。愛を信じないんじゃない。愛されることに慣れていなかっただけなんだ。


 私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。頭に浮かぶのは、あの悪意の言葉じゃなかった。沈黙の中の彼女の背中、頑張りすぎて赤くなったその瞳、ひとりでうつむき、涙を枕に隠し、笑顔の裏に惨めさを押し込んで、すべての疑いと悪意を背中に受けながら学校を歩いていた、あの細い影だった。


 ずっと頑張っていた。私の隣に立つために、その関係が呼び寄せる痛みや孤立を、ひとりで黙って抱え続けていた。それは彼女が弱いからじゃない。あまりにも我慢を知っていて、押し殺す強さを知っていて、強がる術を知っていて、そして私に心配させたくなくて、自分では絶対に重い言葉を吐かない子だからだ。


 遥の強さは、傷つくことを恐れないからではなく、痛みを飲み込むことにあまりにも慣れすぎているからこそのものだった。


 なのに私は、あまりにも鈍かった。どれだけ彼女が抱えていたのか、本当に分かったのは今になってからだ。彼女の目が赤くなるまで、山田さんがわざわざ知らせてくれるまで、そしてあのくしゃくしゃの紙を見て、歪んだ、醜い、悪意に満ちた文字を目にするまで、私は彼女が言葉にできなかった悔しさを何ひとつ見ていなかった。気づいたときには——彼女はどれほど孤独だったんだろう。


 今になって思えば、私の誇りなんて、結局は彼女に寄りかかっていただけだった。彼女が笑ってくれる、優しく私を受け入れてくれる、その姿ばかりを見て、彼女にも逃げたくなる瞬間があるなんて、一度も考えたことがなかった。いつから彼女は、私を長く見つめなくなったのか。どのメッセージから返信が遅くなり始めたのか。どの「大丈夫だよ」の中に、今にも崩れそうな感情が隠れていたのか。


 私はそのどれにも気づかなかった。自分たちはずっと同じ線の上を歩いていると、無邪気に信じ込んでいた。「手をつなぎさえすれば、彼女は幸せでいられる」と、傲慢にもそう思い込んでいた。


 何も言わないことを選び、私の前で泣くこともしなかった。痛くなかったからじゃない。言ったところで——理解されるとは限らないと知っていたからだ。何度も「言っても無駄だった」経験が、彼女に沈黙を覚えさせた。その沈黙の中で、彼女は自分の弱さをそっと脇に置いてきたのに、私は一度だって考えなかった。彼女はもう全身傷だらけだったのかもしれないと。ただ私を心配させたくなくて、私を安心させるためだけに、必死で立ち続けていたのだと。


 私は、自分こそが彼女を守る人間だと思っていた。だけど今になってようやく分かった。彼女は最初から「守られる側」なんかじゃなくて、私のために、私たちの関係を支えるために、ひとりで静かに炎の中に身を置いてきた人だった。


 私は携帯を机の上に戻し、しばらく静かに画面を見つめていた。手のひらには、強く握りしめたときの痺れるような痛みがまだ残っていて、それがまるで「何度を見落としてきたの?」と私に思い知らせるみたいだった。彼女と一緒に痛みを受け止められたはずの瞬間、共に向き合えたはずの場面を、私はどれだけ逃してきたんだろう。


 あの悪意が彼女の誇りを貫いた瞬間、私は気づかなかった。彼女が声もなく涙を落とし、夜遅くひとりで傷を抱え込んでいたとき、私は彼女のそばにいなかった。


 どうしてもっと早く気づけなかったんだろうと自分を憎んだ。彼女がまだ「愛される方法」を知らなかった頃に、もっと強く抱きしめてあげられたはずなのに。もっと強く、彼女のそばに立って、「ひとりじゃない」と伝えられたはずなのに。どうして彼女がもう後ろへ下がる場所すらなくして、壁際に追い詰められるまで、彼女がずっとこの関係でひとり戦っていたことに気づけなかったのだろう。


 私は遅れた。でも遅れたとしても、もう二度と彼女をひとりで立たせない。


 私は誓った。これが最後だと。今回は、たとえ走ってでも彼女に追いつくと。彼女に向けられた悪意も、見知らぬ人や見覚えのある顔からの偏見や噂も、名前も名乗れない卑怯な中傷も——これから先、全部私が受け止める。


 私は携帯を手に取り、メッセージ欄を開いた。山田さんからのメッセージは、画面の中で静かに横たわっていた。それはまるで一つの鍵のようで、いつも小さく「大丈夫」としか言わないあの子が、今日までどれほどの勇気で耐えてきたのか——その姿を私にもう一度はっきり見せてくれているようだった。


 私は返信を打ち込んだ。


「分かった。知らせてくれてありがとう。明日、私は遥のそばに行く」


 たった一文だったけれど、それは私にとって決意そのものだった。


 今度は、私が先に彼女のもとへ歩いていく。言い出すのを待つんじゃなくて、倒れそうになるのを待つんじゃなくて、私から一歩踏み出す。彼女が顔を上げたとき、そこに私がいると分かるように。


 私はもう遅れない。守るチャンスを見過ごしたりしない。だって遥こそ、私が一番守りたい人だから。


 私は全力で伝えたい——「愛される価値がないんじゃない。この世界が、優しい人にあまりにも残酷すぎるだけなんだ」と。

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