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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第14章 校舎に忍び寄る闇

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第7話 口にできない傷

 その日の昼休み、私はひとりで教室から少し離れたトイレへ向かった。静かな場所で、少しだけ息をつきたかっただけ。最近、教室の視線が重くて、息をすることさえ苦しく感じる。けれど、あの場所には——もうすでに誰かが待っていた。


 中へ入った瞬間、扉を閉める間もなく、左右から近づいてきた影が行く手を塞いだ。二人の上級生だった。たしかどこかの部活の人で、星奈とは時々話しているのを見かけた気がする。


 彼女たちは距離を詰めながら、ふわりと香水の匂いを漂わせてきた。けれど、その声にはひとかけらの笑みもなかった。


「佐藤遥って、あんたでしょ?」


「星奈がいつまでもあんたを選ぶと思わないことね」


 私はその場で固まり、横を通り抜けようとしたけれど、一人が無言で腕を伸ばして進路を塞いだ。


「レズならレズらしくしなよ」


 もう一人が鼻で笑う。


「な、何のこと……? 意味がよく……」


 私はできるだけ落ち着いた声を出そうとした。


 彼女たちは道を譲らなかった。私が一歩踏み出したその瞬間——「自分の立場、わきまえなよ」


 その言葉と同時に、一人の手が私の肩を強く押した。思わず体のバランスを崩し、そのまま床に倒れ込む。背中が冷たいタイルに打ちつけられ、反射的に突いた手のひらに鋭い痛みが走った。制服のスカートは床の水を吸い込み、広い範囲が濡れて肌に張り付き、冷たくて痛い。


「気をつけなよ、レズならレズらしく場所をわきまえなさいよ」


 嘲るような声を残して、二人はまるで罰を終えたかのように軽やかにトイレを出ていった。


 私は動けなかった。しばらくしてようやく、震える手で洗面台の縁を掴み、どうにか体を起こす。膝が焼けるように痛み、濡れたスカートは冷たく粘りつく。手の震えが止まらず、頬が熱くなった。それは恥ずかしさではなく、悔しさだった。


 泣きたかった。でも泣くわけにはいかない。誰にも見られたくなかった。特に——星奈には。


 水道をひねり、ペーパータオルでスカートの汚れを少しずつ拭き取る。まるで、自分に刻まれた屈辱の痕を消すように。洗い終えて鏡の前に立ち、乱れた髪を整え、涙の痕を丁寧に拭う。


「笑って、佐藤遥」


 鏡に向かって小さくつぶやき、無理やり笑みを作る。そして深く息を吸い込んで、トイレを後にした。


 帰り道、星奈はいつものように私の隣に歩み寄り、手をつなごうとした。けれど私はそっと手をポケットに引っ込めた。


「どうしたの?」


 彼女は少し首をかしげ、疑わしげな目を向けてくる。


「なんでもない……今日はちょっと……疲れてるだけ」


「最近、なんだか様子が違うよね。どこか具合でも悪いの?」


 その声はいつもと変わらず優しいのに、私は彼女の目を直視できなかった。


「……最近、天気が変わってきて、ちょっと慣れないだけ」


 私は無理に笑みを作った。


 星奈はそれ以上何も聞かず、ただ黙って私の隣を歩いた。けれど私は知っている。私のこの沈黙は、そっと積み重なる石のように、いつか必ず私を押し潰すだろう。


 ***


 家に帰ると、私はひとりで部屋に入り、汚れた制服を脱いだ。膝にはっきりと赤い腫れができていて、氷嚢を当てながら歯を食いしばり、刺すような痛みに耐えた。


 スマホが震えた。星奈からのメッセージだった。


「今日、ほんとに少し疲れてたみたいだね。今度は私が弁当作ってあげるよ? いつになったら私に甘えてくれるの?」


 その文字を見つめているうちに、涙が目の奥で揺れた。甘えたくないわけじゃない。ただ、彼女にこんなみっともない姿を見せたくなかっただけ。私の中で、神崎星奈はあまりにも眩しい存在で、彼女にふさわしいのは強い私であって、今にも壊れそうな私じゃない。


 私は返信をしなかった。ただ静かに画面を閉じ、枕に顔を埋めた。すべての音も、痛みも、悔しさも、夜の中にそっと溶かし込むように。


 明日はまた新しい一日が始まる。言わなければ、言わなければ、このすべては彼女の負担にならない、そうだよね?

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