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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第14章 校舎に忍び寄る闇

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第5話 それは冗談の声じゃなかった

 金曜日の昼休み、私は星奈といつも通り一緒に昼ご飯を食べ終えて、教室に戻った。斜めに差し込む陽光が私の席に落ちて、眩しいほどに強く照りつけていた。私は深く息を吸い込み、必死に表情を平静に整えた——絶対に何も異変を見せてはいけない。


 なぜなら、今日の休み時間にまたトイレであの噂を聞いてしまったからだ。今も耳元で何度も反響している。それは幽霊のようにまとわりつき、離れてくれない。けれど、誰にも気づかれてはいけない。私が気にしていることを悟られてはいけない。


 ただ……引き出しを開けてノートを取り出そうとした瞬間、指先が表紙に触れた途端、私は動きを止めてしまった。


 見慣れた表紙は、青いボールペンで滅茶苦茶に落書きされていた。大きなクエスチョンマークや、歪んだぐちゃぐちゃの人形が描かれ、その横には乱れた字でいくつかの言葉が書かれている。


「女が好きなんだ〜」


「キモ〜い」


「変態百合コンビ?」


 どの一筆もわざと強く押しつけられたように紙が破れそうなほど深く刻まれていた。文字は少ないのに、それは釘のように胸に打ち込まれ、一つ一つが痛烈に突き刺さる。視界が一気に滲み、耳にはただブンブンと鳴る音だけが残り、世界が急に遠ざかっていく気がした。


 私はうつむき、震える指先でそのノートを開いては閉じ、また開いては閉じた。中に並ぶ文字は確かに自分の字なのに、表紙に書き殴られた落書きだけが、まるでこう告げているようだった――「あなたはもう、ラベルを貼られた人間だ」と。


 私はそのノートをそっと鞄のいちばん底にしまい込む。動作は、何かを驚かせないように、できるだけ静かに。深く隠してしまえば、その文字は存在しなくなる。誰にも見られなければ、「あの人」と呼ばれ、どこへ行っても指をさされる代名詞にならずに済む、そんな気がしたからだ。


 けれど、どんなに押し込んでも、その文字は胸に釘のように残り続ける。息が苦しくなり、見えない手が喉をぎゅっと押さえつけるようだった。


 私は何も言わなかった。ただ唇を噛みしめ、黙って座り、震える指で教科書を取り出した。机に広げ、ページをめくり、まるで何も起こらなかったかのように装う。陽光はいつものように優しく差し込んでいるはずなのに、私にとっては氷のように冷たかった。


 放課後の廊下の笑い声は、いつもより鋭く耳に刺さった。星奈と並んで校門を出るとき、周囲から注がれる視線をはっきりと感じた。背後で押し殺したような笑い声がして、スマホの画面が一瞬光る。振り返ると、同学年の男子たちがこちらを見ながら、ひそひそと笑い合い、目配せを交わしていた。


「なあ、今のってあの二人だろ?」


「撮った撮った」


「マジでキモいわ……」


 声を抑えながらも、わざと私に聞こえるように言っている。胸の奥がきゅっと縮まり、足取りがぎこちなくなる。ちょうどそのとき、星奈がいつものように自然に手を繋ごうとしてきた。だが私は反射的に、そっとその手を引いてしまった。


 星奈が振り返り、わずかに戸惑いを浮かべた顔で私を見つめる。


「……遥?」


「う、ううん、大丈夫……ただ、手がちょっと冷たいだけ」


 私はなんとか笑顔を作ってポケットに手を入れた。星奈は深く考えた様子もなく頷き、隣を歩き続けた。私は透明な殻の中に閉じこもっているみたいだった——何もかも見えるのに、世界と一枚隔てられている。


 家に戻ると、そのまま部屋に倒れ込み、鞄を椅子に放り投げて毛布にくるまった。静けさの中で心臓の鼓動だけが大きく聞こえる。そのノートの感触がまだ手のひらに残っていて、ずしりと痛かった。


 ——「女の子が好きなんだ〜、キモい〜、変態百合コンビ?」


 その文字が毒のように脳裏を巡り、どうしても消えない。私はぎゅっと自分を抱きしめ、顔を枕に埋めた。喉の奥に何かが詰まっているようで、泣きたかったけれど、誰にも泣いているところを見られたくなかった。


 スマホが震え、星奈からのメッセージだった。


「今日のお弁当めっちゃ美味しかった! 来週も続けていい?」


「そういえば、今日ちょっと元気なさそうだったけど、大丈夫? ちゃんと休んでね」


 その一文を見つめながら、指先はしばらく画面の上で止まっていた。返したい言葉がふたつあった——「大丈夫だよ」と打ちたかったし、「今日ね、すごく怖いことを聞いちゃって……どうしたらいいかわからない」って言いたかった。でも結局、私はほんの短い返事だけを打った。


「うん、ありがとう。おやすみ」


 画面を閉じた瞬間、涙が静かに溢れた。


 来週がどうなるのか、もう分からない。手をこれからも笑って握ることができるのか、分からない。けれど確かなことがひとつある——この恋は、もう私たちだけのものではなくなってしまったのだ。

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