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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第14章 校舎に忍び寄る闇

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第4話 囁きと視線のなかで

 最近の教室は、明らかにどこか違っていた。


 同じ机、同じ先生、窓から入ってくる同じ風──それでも空気だけが妙に静かで、何かの音が抜き取られたようだった。以前なら私の近くに座る子たちが朝に「おはよう」って声をかけてくれたり、放課後に小テストやドラマの話をしたりしていたのに、いつの間にか彼女たちの話題は私をすり抜けて別のところへ流れていき、会話の輪では背中を向けられ、笑い声は私が届く寸前で止まってしまう。目線さえも、わざと私を避けるようになっていた。


 あるとき、勇気を出して「おはよう」って言ったら、相手は聞こえなかったかのように足先を向け直し、明るい調子で別の誰かの話題に乗っかった。私はその場に立ち尽くし、まるで空気になったみたい――いや、むしろ「触れてはいけないもの」にでもなった気分だった。


 さっきのトイレの外での会話は、それのもっと直接的な版だった。個室の扉を閉めた瞬間、外から数人の女の子の低い声が聞こえてきた。


「ねえ、聞いた? あの二人、付き合ってるって」


「マジで……ただ仲いいだけかと思ってた」


「昨日、友達が放課後に手つないでるの見たって」


「女の子同士でああいうの……ちょっと怖くない?」


「そうだよね、普段は静かそうなのに、まさかああいう人だなんて……」


「しーっ、声小さくして。もしかして今、個室にいるかもよ〜」


 彼女たちは笑った。


 私は思わず口を押さえ、冷たい個室の仕切りに背中をぴったりつけて、微かな音さえ立てられないように縮こまった。喉は綿で詰められたように息が詰まり、目の奥がじんわりと熱くなる。彼女たちの言う「そういう人」って、そのまま私のことを指しているのだろうか。


 席に戻る動作はまるで何かを盗むように慎重だった。椅子の脚が床をかすかにこする音がしても、私は反射的に身を縮め、そのほんのわずかな音さえもさらに視線を呼び寄せるように思えた。黒板にチョークが擦れる音と、光の中を舞う粉塵だけが教室に満ちている。教科書に目を落としても一文字たりとも頭に入らず、発言する勇気は消え失せた。先生が私に問いかけた問題の答えはわかっているのに、今の私はただ俯くだけで、もっと小さくなりたくてたまらなかった。


 その無力さは、目に見えない手に押しやられるように、私を日常の縁からそっと突き落とした。群れは内側へ集まり、私は外側の冷たい輪の中に残された。誰に打ち明ければいいのだろう。言えば、余計な囁きやレッテルが増えるだけなのではないか。


「私って、星奈の足を引っ張ってるのかな……?」


 その囁きは、廊下だけじゃなく、私の心の中でも何度も反響していた。私はもう誰とも積極的に話さなくなり、チャイムが鳴った瞬間には人より早く荷物をまとめ、足早に教室を出て行った。ただ、あの何も言わないくせにすべてを見透かすような視線を避けるために。


 廊下には、どこからともなく低い声やくすくす笑いが漂ってくる。


「この前、手つないでるの見た?」


「うわ……気持ち悪……」


「神崎さんが女の子好きなんて、全然想像してなかったよ」


「もしかして、あの佐藤って子が誘惑したんじゃない?」


 気にしちゃだめ、ただの幻みたいなものだ──そう自分に言い聞かせる。それでも足は勝手に速くなる。見えない力に押されているみたいに、視線と囁きが渦巻く場所から逃げ出さずにはいられなかった。


 星奈はまだ気づいていない。廊下の角からいつものように現れては手を振り、明るく笑いかけてくれるたびに、私は条件反射で笑顔を返してしまう。でもその笑顔の裏には、もうたくさんの「気をつけて」が潜んでいる。私は怖いのだ──自分のせいで彼女が嫌われる理由になってしまうのではないかと、私たちの間にあった自然な距離が、外からの声に少しずつ引き裂かれていくのではないかと。


 私はただ、早く授業が終わってほしかった。早く家に帰りたかった。誰からもコメントも評価もされない、あの場所へ──私たちだけの場所へ。


 でも、学校は避難所なんかじゃなかった。ここでの囁きと視線は、少しずつ、少しずつ、私から「大丈夫」と言う勇気を削り取っていく。それは透明なガラスの壁みたいに、私と星奈の間に静かに築かれていった。気づけば私は、彼女の顔をまっすぐ見上げる勇気さえ、失いかけていた。


 ──世界に見つかってしまったあとでも、私たちは本当に、ただ「私たち」でいられるの……?

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