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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第14章 校舎に忍び寄る闇

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第1話 春、違う教室で

 四月の朝、校舎にはほのかな桜の香りが漂っていた。淡い桃色の花びらが風に乗ってひらひらと舞い落ち、石畳の道や生徒たちの肩にそっと降り積もる。それはまるで、新しい学期への祝福を降らせているかのようだった。


 始業式がまもなく始まる。廊下には時間割を手にした生徒たちが新しい教室を探して慌ただしく行き交い、見慣れた制服と見知らぬ顔がすれ違っていく。空気の中には、わずかな不安と高揚が入り混じっていた。


「2年3組……」


 紙に書かれた文字を小さく読み上げると、心臓がふっと高鳴った。ただの時間割のはずなのに、私は思わず首をめぐらせ、人波の中を探してしまう。あの、見慣れた姿を。


「遥、今年も同じクラスでよかったね」


 黒羽が私の隣にやって来て、手にした時間割を振りながら笑った。


「うん、黒羽が一緒なら心強いよ」


 笑顔で応えながらも、心はさっきの名前とクラスに引っかかったままだった。星奈……星奈は、同じクラスになれたのだろうか。期待と焦りが入り混じった気持ちで、人混みの中に視線を走らせる。


「遙〜!」


 遠くから聞こえてきた声は、いつもと同じく軽やかで明るい響きを帯びていた。星奈が手を振りながら駆けてくる。黒髪の長い髪が風に揺れ、口元には見慣れた弧が浮かんでいる。


「星奈! 何組なの?」


 私はほとんど待ちきれないように前へ踏み出し、抑えきれない高揚を声ににじませる。


「2年2組〜」


「……えっ?」


 手元の時間割へ視線を落とすと、そこにははっきりと「3組」と記されていた。頭の中が一瞬で空白になり、まるで時間が止まったみたいだった。


「じゃあ……わたしたち、別のクラスってこと?」


「うん……そうみたいだね」


 星奈の笑顔がほんの一瞬だけ硬直し、すぐに何事もなかったように肩をすくめて笑ってみせた。


「あ〜残念。本当は毎日授業中も遙の顔を見られると思ってたのに」


 私の胸も、きゅっと締めつけられるように痛んだ。何も変わっていないはずなのに。校舎も、授業も、舞い散る桜もいつもと同じなのに。けれど「クラスが違う」というただそれだけのことで、私たちの間には突然、目に見えない壁ができてしまったみたいに感じられた。


「たとえ隣のクラスでも……やっぱり、ちょっと寂しいね」


 私は小さく呟いた。それはまるで、自分の中にある不安を確かめるような声だった。


「わたしもだよ」


 星奈は柔らかな声で返した。瞳には、ほんの少しの名残惜しさが揺れている。


「でも——お昼休みには会いに行けるし、放課後だって一緒に帰れる。それは変わらないでしょ?」


 私は彼女を見つめた。その視線は、確かに私のために止まっていて。私はこくりとうなずき、口元に無理やり笑みを作った。


「うん……約束したもんね、ずっと一緒にいるって」


 彼女はそっと手を伸ばし、小指を絡めてきた。


「心配しないで。同じ教室じゃなくても、わたしはずっと見てるから。廊下の向こうからも、階段の角からも、そして君の後ろ姿からも」


「……それ、中二病っぽすぎるでしょ……」


「本気なんだけど?」


 ふたりして顔を見合わせ、笑い合った。胸の奥にはまだほんの少しの空虚さが残っていたけれど、星奈の声も、瞳も、そして「ずっと見てる」というその言葉も、まるで目に見えない傘のように、この春の少し冷たい風から私を守ってくれているようだった。


 3組の教室に入るとき、私はどうしても振り返らずにはいられなかった。ちょうどそのとき、星奈も2組の前に立っていて、小さく手を振り、それから……小さなハートのポーズまでしてみせた。


 ——ほんと、反則だよ。


 私は慌てて顔を覆いながら教室に飛び込み、心臓は春風に煽られたみたいに、めちゃくちゃに乱れていた。——同じクラスじゃなくても、私たちの物語は続いていく。少し形を変えながらも、確かに近づいていく。


 ***


「か、神崎さん!?」


「えっ? 星奈さん——」


 昼休み、教室の中に小さなどよめきが走った。同じクラスの女子たちがひそひそ声を交わす中、私が戸惑っていると、星奈が当然のように机の前までやって来て、にこりと笑った。


「遊びに来たよ〜ここ、座っていい?」


 私はこくんと頷き、口の中のご飯をまだ飲み込めないまま固まってしまう。


「ほら、これ。学食の期間限定なんだって。食べてみて」


 そう言って彼女は自分で買ったお弁当を取り出し、いつも通り私の隣に腰を下ろして蓋を開ける。そして何のためらいもなく、玉子焼きをひと切れ私に差し出した。


「え、えっ? 本当に?」


 私は思わず声を上げ、慌てて受け取ると、周りをちらりと見回した。何人ものクラスメイトがこちらを伺っている。


「どうしよう……これじゃあ、みんなにもっと疑われちゃうよ……」


「ん? もうとっくに疑われてるんじゃない? むしろね、わたしたちが仲良しだってこと、ちゃんと見せに来たんだよ」


「せ、星奈……」


 星奈はそっと手を伸ばし、指先で私の手の甲を軽くつついた。


「同じクラスじゃなくても、毎日会いに来るよ。じゃないと、わたしが遙に会いたくて仕方なくなるから」


 私は俯き、顔全体が耳の先まで真っ赤に染まっていくのを感じた。この子は……本当に、反則ばかりなんだから。


 ***


「待たせたよ〜」


 放課後のチャイムが鳴り終わった頃、私は鞄を背負ってゆっくり下駄箱へ向かった。すると、不意に肩にそっと手が置かれる。


「星奈!」


 すでに靴を履き替えた星奈が、鞄を片手に下げて立っていた。笑顔はあまりにも自然で、まるで私たちが一度も離れたことがなかったかのようだった。


「さ、帰ろう。帰り道をひとりで歩かせるわけにはいかないでしょ」


 当たり前のように私の手を取る。その仕草はもう日常の一部みたいに自然で、私たちは指を絡めながら夕焼け色に染まった校門を並んで歩き出した。


「実はね……今日のお昼休みに会いに来てくれたの、すごく嬉しかったんだ」


「じゃあ、毎日行けばいいんじゃない?」


「えっ……ちょっと、それは……クラスの子たちに絶対噂されるって……」


「じゃあ、遙は来てほしくないの?」


「……そういうわけじゃないけど……」


 彼女はくすりと笑う。まるで私の答えなんて最初から分かっていたみたいに。


「でもさ、遙。わたしもね、少しだけ寂しいんだ。授業中に遙の背中を見られないことも、小テストのときにこっそり突っつけないことも……」


「自分で悪いことだって分かってるんだね。でも……それでも星奈のこと、好きなんだよ」


 私は握った彼女の手に力を込め、それ以上は何も言わなかった。だってわかっていたから。こうして一緒に歩く毎日こそが、今の私がいちばん守りたい景色だということを。クラスが分かれても、距離が変わっても——手を離さない限り、私たちは同じ道を歩く人間だから。

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