第九話 元カノと一触即発に?
「あー、由乃さんに早く会いたい」
夜中に自室で、新しい彼女である由乃さんに会いたい欲求を抑え切れずに悶々とする。
年齢も学校も違うので、普段日常的に会えないのが辛い。
今はバイトが終わった頃だろうか……そろそろ由乃さんにラインを送ってみようかなと思った所で、
「あ、由乃さんから……はい」
『こんばんは、陸翔君』
「こんばんは。ああ、ちょうど由乃さんの声、聞きたいなって思ったんですよ」
『くす、本当? うれしいこと言うなあ』
いやあ、由乃さんは俺の心が読めるんじゃないかと思ってしまうくらい、気が利いた行動を取ってくる。
これもお姉さんだからかな……由乃さんと一緒に暮らしている奈々子が羨ましいなくそ。
『それで、えっと……今度の土曜日、空いている? よかったら、二人でその……お茶とか……』
「行きます」
『は、早いね……』
断る理由など何処にもないからな。
俺の方から誘いたかったが、まあ由乃さんとデート出来るなら、どうでもいい。
『うん、じゃあ午後からで良いかな』
「いいですよ。いやあ、めっちゃ楽しみです」
『もう、はしゃぎ過ぎ。えっと、学校はどう? ちゃんと元気でやっている?』
「ええ。特に何事もなく平和に過ごしていますよ」
『そう。よかった』
奈々子の事が気になるのか、俺にあいつの様子を聞いてきたが、特にトラブルがあった感じはないので、正直に答える。
あんな奴でも妹だから、心配なんだろうな……俺の彼女に、ここまで心配をかけやがって。
元カノとはいえ、今の彼女である由乃さんに心配をかけていることはやっぱり許せんな。
『やっぱり、事情が事情だし、奈々子と陸翔君が学校でどうしているのか気になって……一応、まだ奈々子には内緒にしているけど、もしかしたら、気付いているかもしれないし……』
奈々子も鈍い女ではないので、俺と由乃さんが付き合い始めたことはもしかしたら気付いているかもしれないな。
でも、いいんだ。別にバレても文句を言われる筋合いはないし、今は秘密の関係を楽しみたいのだ。
『あ、もう遅いから。じゃあ、土曜日に会おうね』
「はい。もう楽しみ過ぎですよ」
『んもう……』
由乃さんも呆れたようであったが、これは紛れもない本音なのだからしょうがない。
ああ、土曜日にまた由乃さんと会えるんだ……普段、会う機会が少ない分、彼女に会うのが楽しみ過ぎて仕方なく、夜も眠れない程であった。
翌日――
「ちっ、ちょっと寝不足になっちまったな」
由乃さんとのデートが楽しみで眠れなかったので、ちょっと寝不足気味の中、学校へと向かう。
ああ、俺は今は本気で恋をしているんだな……奈々子と付き合っていた時ともまた違うので、俺は今、由乃さんの虜になってしまっているんだろう。
「あ……」
何て考えていると、校門の近くで奈々子が男子と仲良さそうに話しているのが目に入った。
あいつ、今朝も彼氏と一緒に居るのか……まあ、正直、複雑な気分ではあるけど、今は前ほど嫉妬心は湧かなくなってきた。
今の彼女である由乃さんはお前の遥か上位互換だからな。むしろ、お前にも彼氏にもマウントを取ってやるわ。
「…………っ!」
ふと、俺の視線に気が付いたのか、奈々子が振り向いて、俺と一瞬目が合う。
だがすぐに視線を逸らし、彼氏の腕を組んで、そそくさと校舎の中に入っていった。
ふん、精々、イチャイチャしているがいいさ。今の俺にはもはやノーダメージなんでね。
キーンコーン……。
「あー、今日もカツサンド売り切れだったか」
昼休みに購買へと向かうが、体育だったため、少し遅れてしまい、お目当てのカツサンドをゲットすることが出来なかった。
まあ、いいか……そのくらい、由乃さんとの幸せに比べれば些細な事よ。
「あ……陸翔」
「奈々子……よう」
何て考えながら歩いていると、奈々子とバッタリ鉢合わせになっちまった。
「今、お昼?」
「うん」
「そう。ねえ、ちょっと聞いて良い?」
「何だよ?」
「陸翔、今、付き合っている彼女が居るって言ったよね? 誰なの?」
お、俺が誰と付き合っているのか気になってきたのか?
いっそバラしちゃってもいいかなと思っているけど、由乃さんとまだ内緒にしようって約束したので、
「さあな。お前には関係ないだろ」
「そうだけどさ。学校で、陸翔がそれらしき人と一緒に居るの全然見ないから、ちょっと気になって」
ああ、そりゃそうだよな。
由乃さんは大学生なので、学校内でイチャつけないのが、難点ではあるが、奈々子も不審に思ったのか。
「他校の生徒だよ」
「他校の生徒って、どうやって知り合ったの?」
「お前には関係ないって言っているだろ。まさか、嫉妬でもしているのか?」
「そうじゃないけど……もう、いいよ。あ、そうそうもう一つ、良い?」
「何だよ?」
お前のお姉さんと付き合っているんだよと、内心、マウントを取りながら答えると、また俺を引き留めて、
「最近、ウチのお姉ちゃんがやけに浮かれているんだよね。もしかしたら、彼氏が出来たのかも。今まで男の気配なんてなかったのに」
「へえ……由乃さん、美人だからな」
「む……陸翔、知らない?」
と、更にしらばっくれていると、奈々子はムっとした表情をして聞いて来る。
「何で俺に聞くんだよ。直接聞けば良いじゃん」
「聞いたよ、とっくに。でも、彼氏なんかいないってはぐらかされて……でも、絶対に嘘だよね。だって、下着も変わっているしさ」
「そ、そうか」
下着変わっているって、まさか勝負下着でも着ているのか?
ちょっと、嬉しいと言うか見てみたい気もするけど、流石にまだ本人には聞けない。
(それにしても家でもそんなに浮かれているなんて……)
由乃さん、本当に俺と付き合えて喜んでいるんだな。
それが知れただけでも嬉しい。
「陸翔、この前、お姉ちゃんとデートしたんでしょ」
「デートっていうか、ちょっと相談に乗ってもらったんだよ。お前の事でな」
「あ、ああ……そうなんだ。お姉ちゃんもそう言っていたし」
あれ、そうだったんだ。
別に口裏を合わせた訳でもないんだけど、同じ言い訳をするとはもしかして、俺と由乃さんは心と心で繋がっているのか?
「そう。悪かったわね。じゃあ」
「ああ。彼氏と仲良くな」
「うん。またね」
と、嫌味を込めて言ってやると、奈々子も俺の目の前を後にする。
ちょっと一触即発になるかなと思ったが、何事もなかったようでホッとする。
今の様子だと、俺と由乃さんが付き合っていることにうすうす気づいてはいるみたいだが……まあ、いいさ。
そうやって、しばらく悶々と過ごせばいいと、勝手に勝ち誇った気分に浸りながら、教室へ戻っていったのであった。