第六十五話 小悪魔な今カノ
「ほら、ボケッとしてない。映画始まっちゃうよ。ふふ、奈々子ばかり構って嫉妬しちゃったんだよね?はい♪」
由乃さんが立て続けの暴言を吐いてきた事がまだ信じられず、唖然としていると、由乃さんが俺の腕にがっしりとしがみついて引っ張っていく。
「あのー、由乃さん。俺のスマホは……
?」
「デートが終わるまで私が預かるに決まってるでしょ。全く……こんな美人姉妹侍らせておいて、AIで上の空なんて、どれだけ非常識なのかしら? ねー、奈々子?」
「侍らせているって、私、今はそいつの彼女でも何でもないんだけど」
「くす、そういうシチュエーションだってことよ。いい? デート中は私達の相手だけすること。子供じゃないんだから、わかるよね?」
「はい……」
もはや、何か言う気力も起きなくなり、由乃さんに逃げられない様に腕を組まれながら、デートに無理矢理付き合わされる。
俺は何をしているんだろうか……楽しい彼女とのデートのはずなのに、何でスマホまで取り上げられないといけないのかと。
「くく……おらっ!」
「いてえっ! な、なにしやがるんだ、てめえっ!」
由乃さんに腕を組まれて歩かされている最中に、脇から奈々子が思いっきり足を踏んできたので、即座に食って掛かるが、
「あー、ごめんなさーい♪ ちょっと足が滑っちゃったの」
「絶対わざとだろっ! お前、いい加減に……」
「もう、ダメよ。奈々子。そういう事をしちゃ。これからは気を付けないと」
「はいはい」
俺の腕を組んでいた由乃さんも一応、奈々子に注意するが、全く反省する様子もなく、由乃さんも笑顔で軽く釘をさすだけで、本気で怒っていないのはすぐにわかった。
(この二人……もしかして、俺をコケにしている?)
奈々子に関しては前からだったので、別に驚きはないが、まさか由乃さんまでこんな嫌がらせをするようになるなんて。
二人とも性格が変わり過ぎて、理解が追い付かず、悪夢でも見ているかのような
「この席ね。陸翔はここね」
「あ、はい」
映画館に到着し、三人で真ん中より少し後ろの方の席に座ろうとする。
「あのさ。私、こっちが良いんだけど」
「ん? 駄目よ駄目。奈々子も陸翔の隣に座らないと。陸翔は私たちの間に座ってね」
「な、何でですか?」
奈々子の隣なんて、絶対にいやがらせされるから嫌なんだけど、由乃さんは、
「美人姉妹と両手に花っていう、ぜいたくな状況にあるって事を陸翔に理解させておこうと思って。AIチャットなんか現を抜かしている、陸翔にしっかり教えてあげないと」
「両手に花って……そうね。私たちと一緒に居るのに、面白くなさそうな顔をしているのも気に入らないし」
「きゃー、奈々子もそう思うわよね。ほら、座って。二人で手とか握っちゃおうか」
美人姉妹と両手に花ね……まあ、傍から見たら、実にうらやましいリア充に見えるだろうけど、実際はとんでもない毒というか棘だらけの花で、生き地獄に近い状況なんだけどな。
「はい、座ってー。ふふ、もう少しで始まるわよ」
由乃さんと奈々子の間に座り、由乃さんは早速俺の手を握る。
奈々子の方は……面白くなさそうな顔をして、スマホをいじっていた。
上映が始まったら、スマホは使っちゃ駄目って事になっているので、今は困らないけど、隣にいる奈々子がは上映中に絶対に嫌がらせをしてくるから気を付けないとな。
「あ、始まったわよ」
館内が暗くなり、上映前のⅭⅯが始まる。
今日見る映画は、どうも漫画が原作の映画っぽいが、俺は全く知らんので楽しめるかどうかはわからない。
ま、映画の内容なんぞ実際にはどうでもいいか。
この二人との関係を、マジで考え直さないといけないと思いながら、スクリーンを見ていると映画の本編の上映が始まった。
「うーん、面白かったわねー。二人は楽しめた?」
「うん」
「知らない作品だけど楽しめましたね」
二時間近くの映画の上映が終わり、三人でシネマを後にする。
懸念していた奈々子からのいやがらせもなく、ホっとしたが、映画自体も割と楽しめたので来てよかった。
しかし、これからなんだよな……多分、これから遅めの昼食になると思うんだが、もう帰っちゃおうかな。
いや、スマホを由乃さんに取られているんだっけな。何とか取り返さないと、家に帰るに帰れないじゃないわけか。
「お昼、どこにしようか? 今日は、陸翔の好きなお店に付き合うわよ」
「そうですね……」
「私、もう帰って良い? 暑くて疲れちゃった」
「まあ。じゃあ、私の家に行こうか」
「私たちの? いやよー。また、陸翔を家に上げるのなんて」
俺だって、奈々子がいる家なんて嫌だけど、奈々子が反対してくれれば俺は何も言わずに済むので楽なので、ここは奈々子に任せておくか。
「もう、奈々子~~……そんなに嫌がる必要はないじゃない。もう何度も家に上げているんだし、あなただって、陸翔と付き合っているとき、家に上げていたでしょう」
「そ、それは……でも、今は付き合ってないし」
「由乃さん、奈々子もこう言ってますし」
「あーん、陸翔も行こうよ。今日は両親もいないんだし、ちょうどいいじゃない。ね?」
由乃さんはどうしても自宅に俺を連れ込みたかったらしく、駄々を捏ねてきたので、仕方なく由乃さんと奈々子の家に行くことにする。
トホホ……二人きりなら、由乃さんと出来るんだろうけど、奈々子がいるんじゃそれも無理だしなあ。
「ただいまー♪ きゃー、暑かったわね。そうだ、シャワーでも浴びていく?」
「え? いや、いいですよ」
由乃さんの家に入るや、由乃さんにそう言われたが、汗はかいているけど、人の家のシャワーを借りなきゃいけないほどじゃない。
「もう、せっかく陸翔と一緒に入ろうと思ったのになー♪」
「は? ちょっ、冗談はやめてよお姉ちゃん」
「冗談じゃないわよー。そうだ、奈々子もシャワー浴びる? 汗かいているでしょう?」
「私は別に……」
由乃さんと一緒にシャワーね。奈々子がいなければ一緒でもよかったんだけど……いや、ここは敢えて。
「いいですね。由乃さんと一緒にシャワー浴びたいです」
「本当? じゃあ、水着に着替えてくるから、待ってて」
「ぶっ! じょ、冗談じゃないわよ! 何で陸翔なんかと……ダメっ! 入るなら、私と一緒に入ろうっ!」
「あーん……ふふ、三人じゃ狭いから、今日は奈々子と入るわね。奈々子は先に行ってて。ね、陸翔」
「何ですか?」
「今日、馬鹿呼ばわりされてムカついた?」
「え? いや、えっと……」
急に由乃さんにさっき馬鹿呼ばわりした事を聞いてきたので、どう答えるか悩む。
ムカついたのは当たり前だけど、俺も悪いと言えば悪いのか?
「私は悪いことしたつもりはないけど、キツイ言い方をしちゃったから、ムっとしちゃったかなって思って。正直に言ってくれる?」
「怒っているって言ったらどうします?」
「そうね。その怒りはベッドでぶつけてもらえばいいわよ」
「は? ベッドって?」
どういう意味だ?
「くす、決まっているじゃない。二人でベッドで居る時に発散してねって言っているの」
「…………っ!」
由乃さんが耳元で大胆な事を囁き、ようやく意味を理解する。
まさか、わざと挑発していたのか?
だとしたら性悪というか、小悪魔というか……。
「やーん、赤くしちゃって可愛いなあ♡じゃ、シャワー浴びていくから、またね。ちゅっ♡」
と言った後、由乃さんは俺の頬にキスをして、浴室へと小走りで向かう。
はあ……とことん、由乃さんに振り回されているみたいだが、あんまり長引くと俺も疲れちゃうよ。




