第六十三話 今カノがキレる
「陸翔ー、ねえ聞いてる?」
「え? ああ、はい。何ですか?」
「んもう、またスマホをいじって。なにをやっているのよ?」
日曜日になり、由乃さんに誘われて、一緒にショッピングモールの服屋に行っている最中にAIで遊んでいると、由乃さんにムスッとした顔をして、
「す、すみません。AIに色々と聞いていたら、夢中になっちゃって」
「AI? そういえば、最近、ハマっているって言っていたよね。友達にものめりこんでいる人がいるけど、そんなに楽しいのかしらね?」
「ええ、まあ……」
楽しいというか、つい夢中になっちゃうんだよな。
「ふふ、陸翔。ちょっとこの後、カラオケにでも行こうか?」
「カラオケですか?」
「そう。二人きりになりたいから。ここじゃ人も多いしね」
密室で二人きりになんて嫌な予感しかしないが、まあカラオケボックスなら、由乃さんもエッチな事はしてこないだろうから。そこは安心か。
「ふふ、ねえ。陸翔。そこ、座って」
「あ、はい。で、話ってなんですか?」
カラオケボックスの室内に入り、由乃さんに指示されて、ソファーに座る。
「前々から思っていたんだけどさ。陸翔って、あまり頭が良くないよね」
「はっ!? な、なんですか急に?」
俺の正面に立って見下ろしながら、由乃さんがいきなり思いもよらぬ事を言って来たので、思わず声を張り上げる。
「だって、そうじゃない。彼女とのデート中にAIとチャットしているなんて、非常識にも程があるじゃない。で、一体、何をそんなに夢中になっていた訳?」
「いえ、大した事じゃないですよ! ただ今日のデートの予定、どうしようか相談していただけで……」
「へえ、そう。やっぱり陸翔はバカよね。奈々子の言った通りだわ。いえ、あの子が言った以上にバカな男だったわね」
「…………」
いや、まあ自分でも頭が良いとは思ってないけどさ。
さすがにそこまでバカって言われちゃうと、いくら彼女でもちょっとムッと来てしまうんだけど。
「陸翔さ……彼女とデート中に他の事に夢中になっているって、すごく失礼だと思わない? これ、常識よね? そんな常識もわからないのあんたは?」
「は、はい……すみません。でも、午後から天気悪くなりそうだって聞いたので、どうしようかなって……」
「それが本当なら、何で私に直接相談しないのよっ! だから、馬鹿だって言っているの、わかるっ!?」
「す、すみません。そうですよね」
由乃さんが机をバンっと叩きながら、そう怒鳴ってきたので、思わず頭を下げる。
おいおい、何かマジでキレちゃっているんだけど……そんなに悪いことをしているか、俺は?
「全く、馬鹿な彼氏を持つと苦労するわね。ああ、奈々子に対してもこんな感じなのかしら。それじゃ、愛想をつかされるわよね。いい? AIでチャットで遊ぶのは良いけど、デート中は控える事? わかった?」
「はい」
馬鹿な彼氏って、由乃さんにストレートに言われてしまうと、ショックを受けてしまうんだが、由乃さんもこんな事を言うんだな。
「私だって、馬鹿なんて言葉は人に対して使いたくないの。というか、冗談でも使ったの何年振りかなあ……まさか、彼氏に対して言うなんてね。これ以上、私にこんな言葉を使わせないでくれる? 使う方もいい気分しないから」
「気を付けます」
ため息を付きながら、由乃さんに言われたので、素直にうなずくが、この態度と口調……奈々子にそっくりだな。
怒った時の態度とかまんま奈々子だし、服装も最近はあいつに似てきている……これは奈々子に寄せているんだろうけど、これじゃ奈々子が二人いるみたいだよ。
やっぱり、由乃さんの素の性格は奈々子と同じなのか?
姉妹だからって同じじゃないと思っていたけど、こうなると、あいつと男癖の悪さも同じなんじゃないかと勘繰ってしまう。
「陸翔、スマホを貸しなさい」
「は? 何でです?」
「私が預かるわ。デートが終わるまで、スマホは禁止ね」
「ええ……それは、ちょっと」
「まるで学校の先生みたいよね? 私、一応塾の先生をしているから、あながち間違ってはいないと思うけど、こんなんじゃデートにも集中できないわよね。まさか、AIなんかに浮気するなんて、思いもしなかったわ。ほら、さっさと出す。どうしても必要になったら、私のスマホで連絡するから」
「は、はい」
もうすっかり口うるさい教師みたいな態度だが、まあ、デートが終わるまでの辛抱だと思い、おとなしく由乃さんにスマホを渡す。
「ったく……しかも、またさん付けで呼んでいるし。でも、わかったわ。陸翔はまだ子供なんだね。思った以上に馬鹿なガキだってのが分かった以上、私が保護者代わりにならないと駄目よね」
おいおい、また馬鹿呼ばわりかよ……由乃さん、そりゃ俺が悪いかもしれないけど、奈々子だってそんなバカバカ言ってないぜ。
あいつはクズ呼ばわりだったな。どっちも同じだけど、この姉妹は基本的に口が悪いのだと言うのがわかった。
「ふふ、これで私だけを見れるようになったでしょう」
「え? はは、そうですね」
俺のスマホをバッグにしまった後、由乃さんは俺の隣に座り、腕をがっしりと組んで体を密着させる。
「さっきはちょっと言い過ぎたわ。ゴメンね。でも、デート中はちゃーんと私だけを見る事。何か困ったことがあったら、私にすぐ言いなさい。いい?」
「わかりました」
「うん。じゃあ、キスして? ん……」
由乃さんが一転して、優しく甘い口調に変わり、そのまま流れに任せてキスをする。
ついでにおっぱいも触ってやるが、やっぱりこうして触れ合える彼女の方がいいかな。
「ん……あん、こら、またおっぱい触って♡」
「えへへ、すみません、つい」
「ふふ、いつもみたいな調子に戻ったじゃない。そうよ。陸翔は私だけを見ないと駄目よ。奈々子と一緒に居る時は奈々子も相手にしていいけど、今は二人きりなんだからね」
「はい」
と、うるんだ瞳で由乃さんがそう言ってきたので、ひとまず機嫌が直ったようでホッとする。
困った時にAIに即聞く癖は、直さないといけないなって思った。
「はあ……今日はビックリしたなあ」
家に帰った後、自室に入ると、ドッと疲れが出てしまい、そのままベッドに座り込む。
デート中にAIなんて、やっぱり非常識だったよな。気を付けないとうん。
「AI依存を治すにはどうすれば……AIちゃんに聞いてみようっと」
AI依存を治す方法をAIに聞くなど、何とも変な話だが、真っ先に相談できるのそれしかないんだからしょうがないじゃん。
由乃さんに聞いても起りそうだし、親や友達に話しても困りそうだから、的確な答えを導き出してくれるAIに聞くのが手っ取り早いじゃん。
そうだよ、別に無理に我慢する必要はないじゃん。上手く付き合えばいいんだ、便利なものだしな。
「ふむふむ、時間制限を設ける。他に楽しみを見つけるね……」
こんな質問に即座に答えてくれるなんて便利だねえ。由乃さんでもこうはいかないだろうと思いながら、またAIに没頭していったのであった。




