第六十一話 元カノとの綺麗な思い出と今の現実
「あ、来たわね。さっ、入って」
「おじゃまします」
由乃さんに言われた通り、彼女の家に行くと、由乃さんに出迎えられて中に入る。
いつもと同じような笑顔で俺を出迎えてくれたが、なんか憂鬱な気分だな。
「はい。麦茶飲む?」
「いただきます」
由乃さんが氷の入った麦茶を持ってきたので、まずは一気飲みする。
しかし、由乃さん今日はキャミソールか……しかも、胸元をやたらと強調していて、露骨に誘ってきていやがる。
まあ、それはそれでいいとしてだ。
「あの、由乃さん。今日は……」
「ねえ、陸翔……いつまで、私の事、さん付けで呼んでるわけ!?」
「え?」
「いい加減、呼び捨てで良いじゃない。奈々子なんて、別れてからもずっと呼び捨てなのにさ。どうして、私は普通に呼んでくれないわけ?」
「奈々子は同級生ですし……」
いきなり由乃さんがキレ出したので、何かと思ったら、そんなことか……。
奈々子の事は付き合っていた時の名残で、今でも下の名前で呼び捨てにしているけど、今更、さん付けで呼ぶのも何か変だしな。
「ほら、由乃って呼んで。あと敬語も禁止」
「わ、わかった。由乃」
「~~…………え、へへ……ちょっとドキっとしちゃうね」
由乃さんが俺の手を掴んでせがんできたので、意を決して呼び捨てにすると、由乃さんも顔を赤くして嬉しそうに照れ笑いを見せる。
あ、何か良いかも。
「じゃあ、由乃……へへ、おっぱい揉ませて」
「きゃっ! やーん、もう……えへへ、陸翔……その気になってきて嬉しいわ。んっ……」
胸を正面から揉まれながら、由乃さんがキスをしてきたので、そのまま彼女を押し倒してやる。
今まで由乃さんに尻を敷かれっぱなしだったが、こうやって呼び捨てにして、ため口になるだけで、何か彼女を支配しているというか、優越感に浸れるようになった。
「由乃……」
「う、うん……好きよ、陸翔……来て」
クーラーの効いた部屋の中で、由乃さんとそのまま手をつなぎ体を重ねる。
何だか吹っ切れた気分になり、二人で熱いひと時をしばらく送っていった。
「…………ねえ、陸翔。そろそろ、ウチの両親に陸翔を紹介したいなって思うんだけど」
「え? いや、さすがにそれは……」
由乃さんが俺に甘えるように顔を胸に預けながら、そう言ってきたが、いくら何でも無理と首を横に振ると、
「私たちも付き合い始めて、だいぶ経つんだし、もうお互い子供じゃないでしょ。妹には公認されているんだから、そろそろお互いの両親に……そうだ、今日ウチで晩御飯食べていく?」
いやいや、話を進めすぎだって!
高校生と付き合っているなんて親に知られたら、由乃さんもヤバイじゃんか。
「はは、いやそれはまたの機会に。それじゃ、俺はもうこれで!」
「え? 駄目よ、ウチでご飯食べていこう。奈々子はそろそろ帰ってくるし」
「いえ! 流石にハードル高いんで! それじゃ、由乃さん、今日は」
「あ、また『さん』を付けてる」
「なかなか、慣れないんですよね。こういうのはプレイの時だけにしましょう。というわけで、お邪魔しました」
「あ、陸翔! もうっ!」
このまま由乃さんの家に居るのは危険だと思い、さっさと逃げ出す。
何だかやり逃げした気分だが、いきなり晩飯をと言われても嫌な空気になるだけなので、ここは由乃さんに嫌な印象を持たれようが逃げるしかなかった。
「はあ……由乃さんにどんどん外堀を埋められている気分だな……」
まあ愛されてはいるのかもしれないけど、ちょっと強引すぎて付いていけない。
彼女に言われて呼び捨てにした時は、何か優越感みたいなのを感じちゃったけど、考えてみたら呼び捨てにして敬語を止めたくらいで優位に立てる訳ないんだよな。
だって奈々子の事は付き合ってからずっと呼び捨てにしているけど、優位どころか俺に対する態度がどんどん悪くなる一方だし。
最初は優越感に浸れたけど、呼び捨てにしたことで由乃さんが逆に調子に乗っちゃったみたいなんで、しばらく止めておこうっと。
「あ、大倉さん。今度はどこに……」
「もう、私たち付き合っているんだよ。いい加減、その呼び方止めなよ」
「え? あー……はは、確かに変だよな」
「そうそう。同い年なんだし、ちゃんと下の名前で呼ばなきゃ」
「だよな。じゃ、じゃあ……奈々子」
「――! えへへ、うん。行こうか、陸翔」
奈々子と付き合ってから二回目だかのデートで奈々子にそう促され、あいつのことを下の名前で呼び捨てにした時の事を思い出してしまった。
はあ……あの時のあいつの笑顔はマジで可愛かったな。
思えば初めて呼び捨てにした時の反応は、由乃さんも奈々子も似ていた気がする。
奈々子なんか初めての彼氏でもないのにな。男から呼び捨てなんて慣れているだろうに、あの照れくさそうな反応は演技だったんだろう。
あの頃は幸せの絶頂に居て、完全に舞い上がっていたが、今の俺と由乃さんはどうだろう?
奈々子とは違い、本当の男女の関係にまでなっているけど、最近は展開が急すぎて俺の方が付いていけてない気が……。
「あ」
「え? よ、よお」
しばらくぶりに奈々子と付き合っていたころを思い出して感傷に耽っていると、その奈々子とバッタリ会ってしまった。
「はは、どうしたこんな所で?」
「どうしたも何もないんだけど。そこ、私の家だし」
「あー、そうだよな」
奈々子と由乃さんの家の近くだったので、奈々子がいたっておかしくはないが、タイミングが良いのか悪いのか……。
「…………」
ゴンっ!
「いてっ! な、なにしやがるんだよっ!」
急に奈々子が俺の足を思いっきり踏みつけたので、奈々子に食って掛かると、
「それはこっちのセリフよ。人の家をラブホ代わりにしやがってっ! ああ、本当最悪! お姉ちゃんの部屋を汚しやがってっ!」
「べ、別にラブホ代わりには……」
していたといえばしていたけど、由乃さんが俺をお前の家に呼び出したんだってのによ。
まあ、家に帰ればそう言われるだろうけど、奈々子にとってはどっちが誘ったかは関係ない事か。
「ったく、昔は可愛かったのによ……こんな暴力女だったとはな」
「は? 何よいきなり? 何で別れた上に、ウチのお姉ちゃんに手を出した屑に可愛い子ぶらないといけないわけ?」
「開き直るんじゃねえよ。お前さ……今更だけど、何で俺と別れるなんて言い出した?」
「飽きたからって言ったでしょ。ほかの男に告られたし、ちょうどいいと思ってね」
「本当にそれだけかよ。俺、何か怒らせるようなことした?」
「それを今聞いてどうするつもり? まさか、ヨリを戻そうとか言わないわよね?」
「そうじゃなくてさ……」
少なくとも別れを告げられるまで、奈々子とは喧嘩も一切していなかったし、他の男と仲良くしている気配もなかったから、あれは正に青天の霹靂というか我を忘れてしまうくらいショックだった。
奈々子と別れていなかったら今頃どうなっていたのかなとは思うが、ヨリを戻そうなんて気は一切ない。
こいつが土下座して頼んだって嫌だよ。
とはいえ、付き合っていたころの奈々子は本当に可愛かったので、あの頃の性格に完全に戻ってくれれば……いや、止めておこう。そんな想定は無意味だな。
「あんたが土下座しようがどうしようが、ヨリを戻すとかねえから。まあ、慰謝料を十億くらい払ったら、考えてやるわよ」
かぐや姫じゃあるまいし、どんだけ無茶なことを言ってくるんだか。
こいつのために十億用意するくらいなら、由乃さんに使うに決まっているだろうよ。
「あ、陸翔。いたいた。きゃー、奈々子。もう帰ってきていたのね」
「由乃さん。どうしたんです?」
何て話をしていると、由乃さんが自宅から出てきて駆け寄ってきた。
「ふふ、三人とも仲良く話し込んでいたみたいじゃない。ヨリを戻すとかなんとか?」
「えっ! ち、違うの! あれは……」
おいおい、話を聞いていたのかよ……確かに誤解されるような会話だけどさ。
「あーん、いいのよ。奈々子は可愛い妹だし、陸翔がまだ好きな気持ちが残っているならむしろ嬉しいわ。でも陸翔は今はお姉ちゃんの彼氏だからー……」
「だ、だから今のは冗談っていうか……」
奈々子も困惑していたが、由乃さんはそんな妹を優しくハグして頭をなでなでする。
もう、どんだけ妹にデレデレしているんだよ、由乃さんはさ……




