第五十四話 元カノの最後の手段
「え、えーっと……はは、冗談キツイですよ、由乃さん。奈々子だって居るんですし、止めて下さいよ」
「くす、冗談ねえ……もし、そうじゃなかったら、どうする?」
「いや……驚かさないで下さいよ! しゃ、洒落にならないんですから!」
腕を組みながら笑顔でそう言いよって来た由乃さんが悪魔みたいに思えてしまったが、流石に冗談に決まっている。
本当なら証拠を見せてくれと言いかけたが、もし本当だったらと思うと、怖くて逆に言えなかった。
「ちょっと、陸翔」
「なんだよ?」
パチンっ!
「いってえな! 何しやがるんだ!?」
奈々子が急に俺に平手打ちしやがったので、立ち上がって思わず奈々子の胸ぐらを掴むが、奈々子は逆に睨み返し、
「何しやがるってのは、こっちの台詞よっ! あんた、ウチのお姉ちゃんに何てことを……!」
「そ、それは誤解だっての! 由乃さん、じょ、冗談ですよね? 本当なら、証拠見せてくださいよ!」
「証拠ねえ……取り敢えず、二人とも止めなさい。妹と彼氏が喧嘩している所なんか、私も見たくないから」
「く……!」
由乃さんに言われて、奈々子から手を離し、奈々子も由乃さんの隣にまた座る。
最初に手を出したのは奈々子じゃんかと言いたかったが、今はそんなことはどうでもいい。
本当に妊娠しているなら、何かそれを証明する物が必ずあるはずだ。
妊娠検査薬ってのが確かあるんだっけ?
それか医者からそう診断されたとか……とにかく、妊娠した証拠があるだろうし、それを見るまでは信じないぞ!
「もし、本当だったら、どうする?」
「ど、どうするとか言われましても……」
責任を取れとか言われても、取れるような状況じゃないのは由乃さんだってわかっているはずだ。
もしかして、俺を試しているのか?
そうは言っても、責任取って結婚しますとか言える年齢じゃないんだし、俺はちゃんと避妊したつもりなんだけど由乃さんが俺を嵌めたんだろう。
「お、お姉ちゃんも冗談は止めなよ。もし、そうなら、私、今ここで陸翔を殺しちゃうかもしれないから」
「あらー、そんな事をしちゃ駄目よ。本当にやったら、私も奈々子に何するかわからないんだからね」
「う……ほ、本当に出来たの? 病院に行った訳じゃないよね?」
「ふふん、今から行こうか? 産婦人科に行けば良いんだっけ?」
「だから……そういう事じゃなくてさっ!」
流石の奈々子も狼狽を隠せないようだが、由乃さんは明らかに俺をおちょくっているんだろう。
そうだと思わないと、正気を保てそうにない。
「なんてね。二人とも本気にしちゃった?」
「え?」
「ふふ、妊娠したなんて嘘に決まっているじゃない。大丈夫よ、心配いらないわ。ちゃんと避妊はしているものね♪」
「な、なんだ……そうだったんですね、はは」
由乃さんがようやく冗談だと言ってくれたので、ホッと胸をなでおろす。
しかし、何故だろうか? その言葉を心から信じる気にはなれなかった。
いや、本人がしてないと言っているなら、そうだと信じるしかないじゃないか。
「否認しているって事は、本当に二人とも……」
「あ、ゴメンね。奈々子の前で言う事じゃなかったわね」
「いや……陸翔なんかと、お姉ちゃんが……な、何でそんな男に拘るのよ?」
「ん? 前にも言ったじゃない。奈々子によく似ているのよ、彼。弟みたいで可愛くなってね」
「嘘よ! 何処が似ているのよ!」
「そ、そうですって。奈々子に似ているところなんて、何処もないですって!」
珍しく奈々子と意見が一致したが、ここは全力で否定させてもらう。
奈々子みたいな男に媚びまくっている、ビッチとどうして俺が似ているんだよ。
「二人とも我侭で甘えん坊な所とかそっくりじゃない。私にはそう見えるわ」
「我侭って……」
何だか子供扱いされているみたいだが、奈々子が甘えん坊って?
思い出してみると、付き合っている時は、俺にはよく甘えていた気がするが、あれが本心でやっていたのか、今となってはよくわからない。
そんな所も好きだったんだけどなあ……奈々子の本性がここまでどす黒い奴だったとは思いもしなかった。
「だから、二人とも私の物にしたいのよね。物って言い方はちょっと悪いけど、ちゃんと目の届く所に置いておきたいって言うか。奈々子も、ちょっと素行の悪い所あるから、放っておけなくて。でも、最近は男子とあまり遊んでないみたいじゃない」
「男子なんか元から好きじゃないし。男どもが付き合ってくれってうるさいから、断るの面倒になったんで、付き合ってやっただけ」
「まあ、モテる女子は辛いのね。でも、陸翔や他の男子を傷つけたのは反省しないと駄目よ。おかげで、陸翔と付き合えたけど、あんまりとっかえひっかえしたら、男子にも恨まれるからね」
「わ、わかっているし……」
奈々子を赤ちゃんをあやすように言いながら、由乃さんは頭をなでなですると、奈々子もシュンとして、おとなしくなる。
何て言うかな……奈々子は由乃さんに上手い事、飼いならされている印象だな。
「本当にわかっているー? もし、わかっていなかったら、お姉ちゃん、陸翔の赤ちゃんを本当に産んじゃうからね」
「お姉ちゃんまでそんな事言わないでよ!」
「ふふ。大丈夫よ。陸翔もわかったわね? 奈々子とはちゃーんと仲良くしないと駄目だよ。もし、破ったら……」
「破ったら、何です?」
「今度は冗談じゃ済まないかもしれないかもね」
「…………」
何が冗談で済まないんだが……俺は別に奈々子と和解しようがしまいがどうでも良いんだが、
「じゃあ、ちょっとお姉ちゃん、席を外すから」
「え? 何処に行くの?」
「ちょっと外の空気吸ってくるわね。すぐ戻るわ。じゃね」
「ちょっ、由乃さん」
そう言って、由乃さんは部屋を出て行ってしまい、奈々子と俺が取り残されてしまった。
「…………」
何だか久しぶりに、学校以外で奈々子と密室で二人きりになった気がする。
以前はカラオケにも二人でよく言っていたんだけどな……。
「帰る」
「ああ、どうぞ」
「と思ったけど、お姉ちゃん、多分外に居るから、無理ね」
ちっ、さっさと帰ってくれよ……二人きりはマジで気まずいから嫌なんだよな。
「歌ったら?」
「そんな気分じゃないのわからない?」
「だな……」
この空気で二人で盛り上がるのは無理である。
由乃さん早く帰ってきてくれないかなー……まさか、二人きりになれば、仲直りするとか思ってないだろうな?
「私はお前みたいな薄汚い男とお姉ちゃんの交際は認めない。死んでも認めないから」
「お前が反対しても意味はないんだよ。これ、俺と由乃さんの問題だからさ」
「そうね。でも、あんたはお姉ちゃんに相応しくない。よくも人の姉を好き放題汚しやがって……あんたの幸せなんか私が全部ぶっ壊す」
まーだそんな事を言っているのかとうんざりしたが、出来る物なら、やってみろと思っていた所、
「陸翔」
「ん? いいっ!?」
奈々子に呼ばれたので、何事かと向くと、奈々子は目があった瞬間、着ていた半袖のブラウスを思いっきりたくし上げて、下着姿を見せ、
「お、おい……うおっ!」
不意に俺の腕を引いて、その場に倒れてしまう。
ちょっ、この態勢……俺が奈々子を……。
押し倒しているように見えちゃうじゃないかっ!
「二人とも、ただいま。あっ」
「あ……」
ソファーで奈々子を押し倒している態勢になってしまったので、呆気に取られていると、由乃さんがもう戻って来てしまった。




