第三十九話 今カノに振り回される一日
「あの、由乃さん……」
「何?」
「えっと……その、俺、やっぱり帰りますね。なんか、邪魔になりそうなんで」
「どうして? 良いじゃない、私も三人でもう少し、お茶したいし。二人ももっと仲良くならなきゃ。仮にも付き合っていたんでしょ?」
いやいや、だからこそ、この場に居づらいんだって!
奈々子は相変わらず、俺を敵意剥き出しの目で睨みつけているし、仲直りなんて絶対に無理無理。
「いいじゃん、本人が帰りたいって言ってんだからさ」
「もう、そういう事、言わないの。近い内に義理のお兄さんになるかもしれない人なんだから」
「絶対に嫌なんだけど! 冗談でも、そういう事を言うのは止めて!」
俺にとっては、うれしい発言ではあるが、今の奈々子からすれば、この上なく腹が立つ発言を由乃さんに言われてしまったので、相当カチンときたろうな……。
しかし、今の発言から推測するに由乃さんも俺と結構、本気で付き合ってくれているって事だよな?
でなきゃ、冗談でもあんな事は言えない訳で、そうならもっと好き放題やっちゃおうっと。
「もう、気が早いですよ、由乃さん。ちなみに子供は何人が良いですか?」
「そっちも気が早すぎ〜〜……でも、そうね……あ、こら。どさくさに紛れて、変な所、触らない」
由乃さんに密着して彼女の胸を揉みながら、そう訊ねるが、由乃さんも本当に嫌がっている様子はないので、もう遠慮なんかしない。
ここまでするなら、もう一線を越えるのも時間の問題かなー。
そうなったら、奈々子にも知らせてやるか。せいぜい、悔しがるがいい。
「そう言う事、まだ考える年じゃないでしょう」
「じゃあ、男の子と女の子、どっちが良いですか?」
「うーん、女の子かな。奈々子みたいな子が欲しいって思っているの」
「へ?」
由乃さんの思いも寄らぬ発言を聞いて、また固まってしまう。
「な、奈々子みたいな娘ですか?」
「そう。奈々子、とっても可愛いでしょう。おまけに私より、ずっとしっかりしていて、頭も良い子だし、そんな娘なら自慢の子になると思わない。奈々子もそう思うよね?」
「さ、さあ……」
ニコニコ顔で、嬉しそうに言う由乃さんに俺も奈々子もまた言葉を失って、苦笑いしてしまう。
この人、どんだけ奈々子に甘いんだろうな……とんでもなく、性格悪いビッチだっての彼女もわかっていると思っていたが……。
「でも、奈々子はその……男癖が……」
「そんなの、躾け次第でどうにでもなると思わない? 奈々子なら、皆から人気者のアイドルになれるんだから。あなたももっと自信を持った方が良いと思うわよ」
「別にアイドルとかなりたいとおもってないんだけど」
「そうなの? 奈々子なら、向いていると思うんだけどなー。スカウトはされているんでしょ?」
「いや、その……別にどうでもいいし」
おいおい、今度は奈々子とイチャついているけど、俺に妹の事が大好きってアピールしている訳?
普通なら微笑ましい光景かもしれないが、そいつは俺の事をこっぴどく振った上に、その直後に姉と付き合い始めたことを逆恨みしている、性悪女なんですよ。
「陸翔君も奈々子みたいな子、欲しいでしょう?」
「は? い、いやあ……どうですかね……考えた事ないですけど」
いきなり、由乃さんにそう振られてしまったので、言葉を濁していくが、奈々子みたいな娘が欲しいかって?
(いや、無理無理)
自分の娘が元カノ、そっくりとか地獄過ぎるじゃん。
由乃さんとの娘ならそんな事はないだろと思ったが、二人が血を分けた実の姉妹だっていうなら、由乃さんの子供も奈々子に似た女になる可能性は十分にあるんだよな。
そう考えると、由乃さんの子供も……うっ、いかん。変な事を考えすぎだろう。
「あ、あの……やっぱり、そういう話はちょっと」
「あら? 私を孕ますとか妊娠されるとか威勢のいい事言っていたんでしょう。だったら、どういう子供が欲しいかって、考えていたんじゃないの?」
「う……す、すみません。そこまではちょっと」
「そう。それなら、あんまり品のない事を言わない方が良いわよ。特に奈々子なんかはデリケートなんだから、そんな下品な事を言われたら、怒るに決まっているじゃない」
デリケートだあ?
それが本当なら、男を取っかえ引っかえしないだろう。
「お姉ちゃんさ。デートなら、毎週でも付き合ってあげるから、そいつはさっさと家から追い出してよ。正直、家に居られるだけで不快だから」
「あーん。もうちょっといいじゃない。毎週はちょっとね……陸翔くんとも会いたいし、彼と交代で隔週で出かけようか。それなら、公平よね」
「…………」
いや、奈々子と由乃さんが仲良くするのは別に構わないんだけど、その為に俺との時間を削られるのはちょっと……というか、こいつは今、男と付き合ってないのか?
「最近は、奈々子も友達とあまり遊んでないみたいじゃない。どうしたの?」
「陸翔のせいでさ。男がみんな汚らわしく思えてきたのよ。今のお姉ちゃんの接し方を見ても、そいつ性欲でしかお姉ちゃんの事、見てないの明らかだし、他の男もそう思えてさ」
「性欲だけって、そんな事ないわよね?」
「そうだ、そうだ。せいぜい、七割くらいしか性的な目で見てないぞ」
「多いよ! こら、また太腿触って……」
「へへ、すみません、つい」
七割ってのは大げさかもしれないが、性欲で見ていることも今更本人にも隠しはしないさ。
でも、それ以上に由乃さんと一緒だと癒されるんだよなー。ママみたいな包容力だしさ、マジで。
「でも、陸翔君のおかげで、奈々子も男子との付き合い方を改めたのね。あなたのおかげよ、ありがとう」
「え? い、いや、それって俺のおかげなんですかね……」
今の奈々子の言葉を聞く限りでは、俺のせいで男嫌いになったらしいので、良い変化とも思えないが、まあ前よりは良いのか?
でも、こいつの事なら、俺と由乃さんが別れたりしたら、また元に戻りそうだし……その為に、俺が死ぬまで奈々子に恨まれ続ける羽目になるってのはちょっとしんどいです。
「出てけ」
「いや、由乃さんがもっと居てくれって言っているじゃん」
「じゃあ、お姉ちゃんと二人で話したいから、出てけ。お前が居ると邪魔なの」
「う……」
そんなに俺が居るの嫌なら、俺も早くこの家から出たいと、由乃さんに目で訴えるが、
「ご、ゴメンね。話があるんなら、ちょっと……そうだ。また、後で連絡するから。ね?」
「は、はい……じゃあ、俺はこれで」
もっと由乃さんと一緒に居たかったけど、こんなに奈々子に嫌がれると、俺も居辛いので仕方ない。
後で埋め合わせはしてもらうけど、まさかずっとこんなのが続くんじゃないだろうな?