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【3万PV突破!】白い鴉の翔ぶところ ~辺境からてっぺん目指す!底辺からの下剋上~  作者: TEN
第一部 天命の子

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第8話 計

 ソンドの部屋をあとにしたユノは、兵が守る扉を振り返り、深いため息をついた。


 ほんの少し対峙(たいじ)しただけだというのに、この疲労感は何だ。属国(ぞっこく)と宗主国(そうしゅこく)としての付き合いはまだ始まったばかりだというのに、この先のことを思うと気が重くなる。


 あれだけ明確に釘を刺したのだから、今回の視察で何かをどうにかしようとすることはないだろうが、この次はどうなるか分からない。

 属国とはなったが、光海国がそのままの形で残っていることがどれ程恵まれたことなのかは分かっているし、その分、忠義を示さなければならないと思っているのも確かだが、それ以外のこととなれば話は別だ。


 すべてがただの取り越し苦労であればいいが、恐らくソンドはヒャンに対して一方(ひとかた)ならぬ念を抱いている。


 ユノの表情が途端に険しくなる。


 何かが起きる前に策を講じなければ……。


 眉間に深い皺が刻まれ、険を帯びた瞳が細められる。

 もう一度深くため息をついて、ユノはその場を立ち去った。




 ◇   ◇   ◇




 回廊(かいろう)を遠ざかっていく足音が聞こえなくなるのを待って、ソンドはギテを呼んでくるように外の兵に伝えた。


 部屋に一人になったソンドは、卓上の躑躅(つつじ)に手を伸ばし、触れたその一つをぶつりと引きちぎった。そして、そのままぐしゃりと握りつぶす。


 いくらかは、愉(たの)しいひと時であった。


 脳裏に、ちらと先程のファン・ユノの首飾りが蘇る。


 曇りの一切ない白い石はかなり珍しい。恐らくその稀少な白玉(はくぎょく)を使っているのだろう、鴉(からす)の彫刻が施された銀の首飾り。


 鴉といえば、普通は黒。だが、あの首飾りはまるで、勇壮な白い鴉がその堂々たる白翼(はくよく)を広げているようにも見える、実に見事な意匠だった。


 銀糸(ぎんし)の刺繍が施されたファン・ユノの漆黒の衣に、あの白銀の首飾りはよく映(は)える。見ていれば、あれがファン・ユノの誇りそのものなのだろうということは容易に想像できる。


 だが、とはいえ―――。


 この世に二つとない貴重な代物。それだけで、ソンドの気は大いにそそられる。


 思わず舌なめずりをして、しかしソンドはそれをなんとか押し留めた。今は、それよりもっと欲しいものがある。


 ユノの「牽制」を思い返し、ソンドはふっと目を細めた。


 先程、答えを迫ったソンドに対し、言葉を返したユノの瞳は全く揺れていなかった。それどころか、強い眼差しが突き刺さるようにソンドに注がれていた。


 忠義を尽くしたのだと言う言葉は、確かに筋が通っていた。だが、思惑は別にあったのだろう。


 忠義のために、ユノが堂々とヒャンの天命を認めたのは公然の事実だ。その上で、ソンドがヒャンに手を出せば、それはユノの忠義を裏切ることになり、ソンドの不義になる。


 つまり、ソンドの「頼み」はあくまでも冗談として流し、忠義を名分に釘を刺そうということだ。


 ―――ふん、面白い。


 だが、それしきのことでこのクァク・ソンドが止められると思っているところが、まだまだ青い。


 卓上の茶器に手を伸ばし、まだほんのりと湯気が立ち昇る茶を口に含む。口内に広がる香ばしい香りを感じるように、ソンドは目を閉じた。


 先人たちも成し得なかった夢、三景統一。


 ソンドが何よりも惹かれるその言葉を持つ者の姿が、茶の香りと重なる。


 ユノがあそこまで躍起になって自分を阻もうとするのも分かる気がする。ヒャンの姿を鮮明に思い描いたソンドの口元に、微(かす)かに笑みが広がった。


 惹かれているのは、天命だけではない。瞼の裏に、あの儚げな相貌(そうぼう)と匂い立つような美しさが浮かぶ。


 ―――――欲しい。


 猛烈に湧き上がる感情。

 その激しい思いが、歯止めを失った激流のように身の内に広がる。

 ヒャンの姿を思い浮かべ、胸の奥がちりっと焼けるのをソンドは感じた。


 ヒャンを見ていると、なぜか胸の奥が熱くなる。しかも、胸が焼けるというのに、不思議と不快ではない。どちらかというと心地よく感じるその熱の正体を、なぜか無性(むしょう)に知りたいとソンドは思った。

 それは、ファン・ユノをあそこまで躍起(やっき)にさせる何かと関係しているのかもしれない。


「失礼いたします」


 一礼し、音もなく近寄る側近に、ソンドは目だけを向ける。ぎらりと底光りする鷹の目が、その鋭さを増していることに気づき、ギテは頭を下げた。


「―――決められましたか」

「……ああ」


 短く答え、ソンドは腰帯から玉牌(ぎょくはい)を引き抜いた。すべてを察した様子のギテが、それを恭(うやうや)しく受け取る。


「王命だ。機会は一度きり。失敗は許されぬ」


 低く呟いたソンドに静かに頷き、ギテは踵(きびす)を返した。

 その背を見送り、ソンドは卓上に活けられた躑躅に目をやった。微かに甘い香りを放つ花に触れ、にたりと嗤(わら)う。


「存分に堪能(たんのう)した次は、摘み取ってやらねばな……」


 欲しいと思ったものは、どんな手を使っても必ず手に入れる。

 例えそれが、義に反することでも。ファン・ユノが、いくら釘を刺そうとも。


 初めて見(まみ)えた時には強い目だと感心したあの眼差しにも、もう飽きた。我が行く手を阻む者は、誰であっても容赦はしない。


「ファン首長、そなたの言う通り、このクァク・ソンドの臣であることを存分に思い知らせてやろう」


 そして臣は、主には絶対に逆らえないのだ。







 クァク・ソンドの一行(いっこう)が光海国の視察を終えて紫微国に戻ってから、幾(いく)ばくもしないうち―――。


 光海国の西の境を隣接する吏那国(りなこく)との国境付近で、盗賊が暴れているという知らせが入った。盗賊は近くの村々を焼き払い、蹂躙(じゅうりん)し、非道の限りを繰り返しているという。


 境には曖昧なところがあり、このまま盗賊が暴れ続ければ、光海国だけの問題ではなく、吏那国、さらには、こちらも同じように境を隣接する紫微国まで巻き込んでの、国同士の争いに発展しかねない。吏那国は紫微国にとっても、その属国である光海国にとっては当然、敵国にあたる国だ。国の争いに発展する前に、早急に盗賊を討伐する必要がある。


 そうして、光海国の首長であるファン・ユノは、討伐のための兵を率いて吏那国、紫微国との境付近に向かった。


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― 新着の感想 ―
前話の緊張感を引き継ぎつつ、今回はソンドの内面が描かれたことで、物語がさらに奥深くなったと感じました。ユノとの駆け引きが終わったあとも、その裏で何を考えていたのかが分かり、敵役としての存在感が一段と増…
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