第21話 菓
考えることが同じだったことに、スハは無性に嬉しくなった。
新しい友達ができて、その友達にまた会いたいと思う気持ちが同じで、そして、今またこうしてここで会えたことが、なんだかすごく嬉しい。
「どこか行きたい場所はある?」とヒョリに聞いてみると、「いいの!? それなら、あの通りの方に行ってみたい!」という答えが返ってきたので、スハは喜んで今日はそちらを案内することにした。
「昨日ヒョリもあそこから眺めてたから知ってると思うけど、行列が通ってきた道はこの辺りでは一番大きな通りなんだ。元々いろんな店が集まってるところなんだけど、最近は露店もたくさん並んでて、いつ行っても賑わってる」
長慶寺からあの通りまでは、それ程距離が離れているわけではない。というより、通りが続く先に長慶寺があるので、山門から下れば、わりと目と鼻の先の場所にあるのだ。
スハは向かいながら、隣を歩くヒョリに明るく説明を続けた。
「暮らしに必要なものは、あの通りに行けばだいたい揃うんだ。市も毎朝開かれてるし。ああ、あと、近くに大きな川が流れてて、そこの波止場にいろんな船がやって来るから、この辺りではなかなか手に入らない貴重なものだったり、遠い場所のよく分からない珍しいものとかも時々売りに出されてたりする」
「遠い場所の珍しいもの? 例えばどんな?」
興味深そうに聞くヒョリは、スハの言葉に尋ねながらも、大きな瞳はきょろきょろと絶えず辺りを見回している。目的の通りはまだもう少し先だが、そうでなくても興味を引かれるものがあちこちにあるようだ。
スハにとっては何の変哲もないただの村の風景なので、一体何がそんなにヒョリの目を忙しくさせるのか、なかなかよく分からない。
でも、楽しそうだな。
ふっと笑って、ああそういえば、とスハは再びヒョリを見た。
「ところで、ヒョリは昨日あの輿に乗ってた人について来たんじゃないのか? チャン・ギテ将軍がいる行列で輿に乗っているような人だから、きっとすごく偉い人だろ? 昨日は休憩してるところだったって言ってたけど、こんな風に一人で外に出てきてていいのか?」
「ああ、それは全然大丈夫」
「え、ほんと?」
連れ出しておいてなんたが、スハの心配する言葉に対して、ヒョリは相変わらず周りにきょろきょろと視線をやりながら軽く答える。
「これは、その輿に乗っていた方が望んでいることでもあるから。あの通りや、人々の姿を見てきて、どんな様子だったか話して聞かせてほしいと頼まれているの。だからこれは、ええと……そう、お使いのようなものね!」
「お使い? これが?」
「ええ、そう。だから、平気よ」
「ふうん、そうなんだ」
よく分からないが、ヒョリがそう言うならそうなんだろう、とスハもとりあえずは頷いておくことにする。まあ、こうして案内していることが、ヒョリが責められるようなことにならなければそれでいい。
せっかく友達になったんだ。嫌な思いはしてほしくないもんな。
―――といったところで、目的の通りに到着した。
そして、隣のヒョリを見ると。
……うわあ、すっごい嬉しそうな顔。
言うまでもなく、思っていた通り、そこに到着した途端、ヒョリの表情は一気にぱあっと明るくなった。
その通りに入った瞬間、ヒョリは箍が外れたようにあちこちに駆け寄り始める。
「ねえ、これは何?」「あら、これは何をするものかしら」と目についたものを手当たり次第に手に取り、スハを忙しく振り返る。と思えば、そこを歩いていた親子連れや店先で品物を整理する店主に近付き、何やら興味深そうにしげしげと眺め始める。
その様子はまるで、偉い人に頼まれたお使いというより、自身の興味が赴くままに行動しているようにしか見えない。少々呆気に取られながらも、だがその気持ちいいくらいの興奮振りに、スハはなんだか微笑ましくそれを眺めた。
「ヒョリ、いくらなんでも、もう少し落ち着いて見たら? 通りにあるものたちは、別に逃げるわけじゃないんだからさ」
くくっと思わず笑いを堪えながら言うと、はっとそこで我に返ったヒョリは、恥ずかしそうに顔を赤くしながらこちらに戻ってきた。
「ごめんなさい、私ったら、つい……」
「ふふ、いいよ。なんか新鮮で面白かったし」
「面白い? 私が?」
「うん。だって、この辺の子は、当たり前だけどこの通りに来てそんな反応はしないからさ。俺たちにとっては、ここにあるものも、ここにいる人たちも、いつも見てる当たり前のものばっかりなんだ。でも、それをすごく楽しそうに眺めてるヒョリを見てたら、なんか俺も嬉しくなった」
はは、と笑うと、なぜかそこでヒョリはさらに赤くなって顔を伏せた。それにスハは首を傾げて、そんなヒョリを促して歩き始める。
「こっちに進むと、食べ物を置いてるところが多くなってくるんだ。野菜を売ってるところもあるけど、食べ歩きしやすいお菓子や、ちょっとした立ち食い飯なんかを扱ってるところもあるから、お昼時とかはすごくお腹が空いちゃうんだよな。ああ、あのお菓子とか、おいしいよ」
言って、そこで売っていた米菓を指差す。すると、ヒョリも「あっ」と声を上げて、元の調子に戻ってスハを振り返った。
「これは知ってる! 『米菓』というお米のお菓子でしょう?」
「そう、正解! 食べたことある?」
聞くと、ううん、とヒョリは首を横に振る。この辺りでは子どもが喜ぶお菓子と言ったらこれだけど、都城にはないのかな―――と思いつつ、「それじゃあ、」と軽く首を傾けた。
「せっかくだし、食べてみる?」
「え?」
ヒョリが返事をする前に、店の人に言って米菓を二人分出してもらう。とろっとかけられた飴が膨らんだ米を程よく固め、受け取ったそばから食欲をそそる甘い香りが広がる。
一応、少しだけお金を持ってきておいてよかった。米菓くらいなら、二人分でも持っていた分で十分買える。
「はい、ヒョリの」
「あ、ありがとう」
片手に収まる棒状の米菓は、子どもの食べ歩きには打ってつけだ。スハは二つ買った米菓の一つをヒョリに渡し、もう一方を「いただきます」とかじった。
うん、いつもながら、うまい。
ヒョリはしばらく米菓をまじまじと見下ろしていたが、やがて意を決したようにぽそり、と小さくかじる。
あ、そこはわりと遠慮がちにいくんだ。
先程までの勢いのある行動とはまた違う姿に、スハがそっと相好を崩していると、米菓をぽそぽそと小さく咀嚼していたヒョリが、「……おいしい」と呟いた。
「これ、本当にお米のお菓子?」
「うん、そう思っちゃうくらいおいしいよな。米菓が嫌いなやつなんて、多分どこを探してもいないと思うよ。子どもだけじゃなくて、大人もよく食べてるお菓子なんだ」
「ええ、本当に、とってもおいしいわ! ただのお米が、こんなに甘くて、さっくりふわふわなお菓子になるなんて、不思議」
再びまじまじと米菓を見下ろすヒョリにふっと笑って、スハは米菓の残りをかじりながら歩き出す。
「米菓はもちろんだけど、お菓子って露店で売りやすいのか、いろいろあるんだよな。あ、ほら、あそこにも」
そして、米菓を勿体なさそうに小さくかじっているヒョリに手招きをして、また違う露店の前で足を止める。
「この辺に並んでるやつはあまり見たことないけど、ほら、いろんな種類があるだろ?」
これは何のお菓子だろう、と平台や平籠の上にきれいに並べられた初めて見るお菓子に首を捻っていると、「あ、これは吏那国のお菓子ね」と隣でヒョリが嬉しそうに言った。
「リナ国?」
「ええ、この国の隣にある国よ。この薄皮の中には甘い餡が入っていて、口に入れるととけるようにほどけるの。それにこっちにあるのは萱郎国のお菓子だわ。どちらも紫微国の属国だけど、ここからは離れているのに、そんな国のお菓子まであるなんて」
リナ国に、ケンロウ国―――……。
ヒョリは当然のように話しているが、スハにはその名前すら初めて聞く国だ。そんな国があるということも初耳だが、その国がどこにあって、しかも、そこのお菓子まで知っているとは。
「へえ、すごいな、ヒョリ! そんな国の名前、初めて聞いたよ」
「え?」
「しかも、そこで食べられてるお菓子なんて、俺にはその国がどこにあるのかも分からないのに、そんなことまで知ってるなんて驚いた」
素直にその驚きを伝えると、ヒョリは逆に驚いたような顔をして、そして次の瞬間にはなぜかバツが悪そうな顔をして視線を逸らした。
「……こんなこと、知っていても何もすごいことなんかじゃないわ」
「そんなことないって。ヒョリは俺が知らない、もっと大きくて広い世界を知ってるってことだ。俺なんて、その辺に生えてる薬草のことくらいしか知らないのに」
「薬草?」
首を傾げるヒョリに、「ああ、言ってなかったっけ」とスハは説明する。
「俺の家、薬房なんだ。実は昨日も、注文されてた薬草や薬を届けに寺に行ってたところで。だから、少しだけど、薬草のことなら分かる」
「それじゃあ、怪我をした時や病気になった時に、スハは何の薬草が効くのか分かるってこと?」
薬草に関して、スハはまだ少しかじった程度で、どんな時に何の薬草がいいか、的確に間違いなく分かるわけではない。けれど、こういう時にはちょっとくらい格好をつけたくなるというもので。
「う、うーん、まあ、ある程度は?」
そう言って軽く腕を組むと、ヒョリは感心したように「へえ!」と笑った。
「怪我や病気を治せるなんて、スハはすごいのね! 国を知ってることなんて、それに比べたら全然小さなことだわ」
「いや、治せるなんて、そこまでは言ってな……、はは」
人々が行き交う賑やかな場所。
そんな話をしながら、二人はゆっくりと通りを歩く。




