第19話 各
翌日―――。
「よしっ、これで最後かな……!」
両手に抱えた薪を、背負子を置いた場所まで運び、ばらばらとそこに下ろす。スハはそれを、向きを揃えながら再び拾い直し、既に半分以上埋まっている背負子へと積んでいく。
「あれ、もうそんなに集めたのか。相変わらず早いな」
「ああ、これで最後だ」
積んだ上から紐で縛っているところで、同じように薪を抱えたドハンがやって来た。
これまで一人で薪拾いをしていた場所へ、今日はドハン達三人を連れて来たところ。「こんなにたくさん落ちてるところで今まで拾ってたのか」「そりゃあ勝てるわけないよ」と、三人それぞれからぶーぶーと文句を言われつつ、「それでも教えたんだからいいだろ」と返しながら集め始めて、今に至る。
やはり、誰にとってもここは絶好の狩場(薪拾い場)のようで、まだすべて集めきれていないとはいえ、ドハンや他の二人の背負子にも既に結構な薪が乗っている。
ドハンは運んできた薪を一旦下ろすと、積み始める前に「ちょっと休憩」と称して、取り出したおやつを口に放り込み始めた。今日のおやつは棗のようだ。
「それにしても、何か用事でもあるのか?」
「え?」
横でせっせと薪を縛るスハを見て、もう既にいくつ目かも分からない棗を放り込みながらドハンが首を傾げる。
「そんなに急いで、何か用事でもあるのかと思って」
「いや、そういうわけじゃないけど、ちょっと行きたいところがあってさ」
「行きたいところ?」
「まあ、ちょっとな」
ドハンが聞いてくるが、そこはただ軽く濁すだけに留めておく。
スハの頭の中は、昨日からずっと、都城からの行列や長慶寺で会った少女―――ヒョリのことでいっぱいだ。
スハは昨日のことを思い出し、ふっ、と頬が緩むのを感じた。
今日も行けば、ヒョリに会えるかな。まさか、昨日の今日で都城に帰るってこともないだろうし。
スハにとっては当たり前の風景であるあの通りの景色を、物珍しそうに、本当に楽しそうに眺めていたから、木の上の鳥の巣なんて、もっと言えば、生まれたばかりの雛なんて、きっと見たことがないだろうなと思った。
それが、あんなに瞳を輝かせて喜んでくれるとは。
そのことに、スハの方が逆に嬉しくなってしまった程だった。
最初は大人しそうに見えたのに、あんなにくるくると表情が変わる元気いっぱいな子だとは思わなかったな。
スハは思いながら、ふと、薪を縛る自分の手に視線を落とした。そして、改めて、その手をにぎ……と見下ろす。
最初はすごく遠慮してたみたいだったのに、最後はけろっとした顔で普通に手を握ってきて。なんか、面白い子だったな。
くく、と知らず笑っていると、隣のドハンが気味悪そうに眉をしかめている。
「……なんだよ、一人で笑って気持ち悪いな。何か悪いものでも食べたか?」
なぜドハンの頭の中は、こうまで食べ物のことでいっぱいなのだろうか。ここまでくると、むしろ清々しい程だ。
本気なのかわざとなのか分からないが、やけに神妙な顔をして聞いてくるドハンに「なんでもないよ」と返して、「それより、」とスハは顔を向けた。
「お前はいつまで休憩してるつもりだ? まだ薪拾い終わってないだろ?」
「俺には薪集めより、こっちの方が大事なんだよ。腹が減っては戦はできないって言うじゃないか」
「……戦になんて行かないだろ」
その言い草にスハが呆れて見返すと、対するドハンは、いいや、と勿体らしく首を振った。そして、ある方向を静かに指差す。
「あそこは、戦場だ」
ドハンが指差した先では、ジョンウとヒスが互いに程よい長さの枝を振り回して、いつものように奇声のような変な効果音を上げながら打ち合っている。それは、さながら戦場の武将が激しく打ち合っているような勇ましさだ。……ああもちろん、かなり細く遠い目で眺めれば、だ。
ただ、それでも薪拾いはしなければという意識はあるのか、薪によさそうな枝木を取り合っての戦い、という設定での打ち合いのようだ。
「あいつらは、まったく……」
スハは軽く息をつくと、縛り終えた薪を背負い、ドハンを振り返った。
「じゃあ、俺は先に行くよ。お前らも、ほどほどにしろよー!」
打ち合う二人にも軽く声をかけて、スハは先に戻り始める。
「―――なんだ? スハのやつ、どうしたんだ?」
「さあ? なんか行きたいところがあるんだと」
「ふーん」
打ち合いを終えて戻ってきたジョンウとヒスが、答えるドハンの手からひょいと棗を取り、自身の口に放り込みながら頷く。
一瞬のことに、何もなくなった手を呆けたように見下ろしていたドハンだが、やがて、
「おい……」
と、ジョンウ、ヒスを胡乱に見返した。
そして、そこから三人による新たな戦いが始まったわけだが、軽い足取りで山を下るスハにとってそれは、まったく知る由もない話なのであった。
◇ ◇ ◇
その頃、セヨンは母のチョンミョンとともに、用意された長卓の席についていた。
「王后様、王女様。この度は、よくぞこの地にお越しくださいました」
両脇に並ぶ複数組の男女、そのうち一番手前の男性が恭しく頭を下げる。
「都城からは少々距離がございますので、道中はさぞお疲れになられたでしょう」
チョンミョンとセヨンを交互に見ながら満面の笑みを浮かべて話す男性に、チョンミョンも軽い笑みで返している。セヨンも、同じようにそれに微笑んで返す。
寺の一角に用意された茶席。目の前に並べられたお茶や色とりどりの茶菓子に手を付ける者はなく、皆がこちらを向いて笑みを浮かべている。
卓に腰かけているのは皆、この辺りの有力者である夫婦や兄妹(姉弟か)だと聞いている。その年齢はまちまちで、老齢な者もいれば、少ないが、チョンミョンより若い者たちもいるようだ。
国を統べる王族の御前に出るからには、ということもあるだろうが、ここにいる人々の身なりは皆きれいに整っている。身につけたものの端々に手の込んだ意匠が施されているのがうかがえ、お金がかかっていることが分かる。
昨日通りで見た人々や、昨日会ったあの男の子―――スハの服装と比べれば、その暮らし向きの豊かさが嫌でもよく分かる程だ。
そんな人々全員から満面の笑みを向けられる場所に、今セヨンはいる。
チョンミョンと引き続き挨拶のような会話を交わしていた人々の一人が、「ところで、」とセヨンに言葉を向けた。
「王女様は、御年一一になられたとか」
「ええ、一一歳になりました」
「ほう、もうそれ程になられましたか」
「このようにお可愛らしくお育ちになって、この先のご成長がさらに楽しみですね」
「いいえ、そのような」
答えるセヨンに、うふふ、おほほ、と人々は口々に言い合う。本心かお世辞なのか分からないが、セヨンも王女らしくしとやかに微笑んでそれに返し続ける。
大人たちの会話の中にところどころ加わりながら、セヨンはちらと斜め後ろに視線をやった。
実はこの場には大将軍のギテも参加している。
視線をやった先で即座にギテに目礼を返され、セヨンは慌てて前へ目を戻した。そして、また元のように会話の方へ微笑みを返し始める。
バレる程に大きく振り返ったわけでも、もっと言えば、はっきりと目が合ったわけでもないのに、さすがだ。ギテの目は、背中以外にもついているのかもしれない。
参加しているといっても、ギテは席についているわけではなく、上座にいるチョンミョンとセヨンの背後に静かに控えているだけだ。
ギテがこの場に参加しているのは―――いや、そもそも、チョンミョンがこの席を設けたのは、この地の情勢を把握するためだ。把握するとともに、互いに顔を通しておくという意味もある。
盤石な国造りのためには、各地の有力者の力が必要不可欠らしい。そのため、チョンミョンは行幸のたびに、王后としてその地の有力者との間にこうして席を設けているのだと聞いた。
そうして、しばらく他愛のない話が続いて。
「セヨン、そなたはそろそろ下がってよい。この先は大人の話になる」
「かしこまりました、母上様」
そうチョンミョンに促され、セヨンは立ち上がった。
「それでは、私はこれで失礼いたします。皆様、楽しい時をお過ごしください」
そこにいる人々をぐるりと見渡したあと、丁寧に礼をする。そして、ほのかな微笑を湛えたまま、セヨンはしずしずとその場を下がった。




