第13話 憧
都城からの行列は、一番広い通りの端から端まで届く程、長く続いていた。
先頭を、旗を掲げた馬が歩き、そのあとに、それぞれ四人の担ぎ手が運ぶ二つの輿、そして、従者のような人たちと、後方には重そうな荷を背負ったたくさんの人々が続いている。その周りを、ほぼ等間隔に配された護衛が守っている。
スハは、ともに駆けてきたドハンと、すぐそこで合流したジョンウ、ヒスと一緒に、その行列を眺めた。
「これ、ほんとに都城から来た行列なのか?」
「らしいぜ。さっきも、そこで大人たちが話してるのが聞こえた。何の行列なのか、皆気になってるんだろ」
尋ねたスハに答えたのはジョンウだ。
そのジョンウが言うように、通りの両脇には途切れることなく行列を見物する人々がいる。それなりに栄えているとはいえ、都城からこんな行列がやってくるのは、スハの知る限り初めてのことだ。大人も子どもも関係なく、こうして出向いて見物したくなる気持ちも分かる。
「なんでも、この先の長慶寺に向かってるって話だ」
「へえ、そうなのか」
頷いていると、「なあ、見ろよ」と今度は横からヒスが脇を小突いてくる。
「先頭のあの騎馬、めちゃくちゃかっこよくないか?」
「あれ、チャン・ギテ将軍らしいぜ」
「えっ、チャン・ギテ将軍って、あの?」
いつの間に入手したのか、米菓を頬張りながらドハンが声を上げる。
膨らんだ米は、いくら飴で固められていようと、それ自体が軽くてよく飛ぶ。唾を飛ばす勢いで米菓の粒を飛ばしてくるドハンに、スハだけでなく他の二人もうげっと顔をしかめた。
「お前はひとまず、食べ終わってから話せっ!」
飛んできた粒を嫌そうに払いながら、ヒスがドハンを軽く睨む。だが、「あ、ごめんごめん」と軽く謝るドハンは、あまり気にしていなさそうだ。
「で、あれがチャン・ギテ将軍だって?」
話を戻すスハに、「ああ、そうらしい」と、将軍の方へ目を向けてジョンウが頷く。
「先頭の騎馬は将軍だって、皆言ってる。近くに金龍の旗が揺れてるのが見えるだろ? あれは大王様の命を受けた人間だけが掲げられるもので、今は将軍だけが掲げることを許されてるものらしいぜ」
「へえ」
そう頷いて、四人揃って先頭の方へ目を向けた。一人だけもしゃもしゃと咀嚼する音を響かせてはいるが、誰もが感嘆と憧れのこもった息を漏らす。
紫微国の躍進は、当然大王の力あってこそではあるが、その大王の右腕と名高いチャン・ギテ将軍もまた、その躍進には欠かせない存在だと聞いている。その話のほとんどが、大人たちから聞きかじった程度のものにしか過ぎないが、この国の年頃の少年たちで、あの将軍に憧れない者はいない。
この行列はそんな将軍が守るものであり、この国の中央である都城からやってきたものだという。
大王も将軍も、今そこで担ぎ手に運ばれて過ぎようとしている立派な輿も、そのために続くたくさんの人や多くの荷ももちろん、普段はすべて都城に在るものだ。
同じ国とはいえ、この行列を見るだけで、スハが知る世界とはまったく別の世界がそこに広がっていることが分かる。
都城かあ。
一体、この国の中央は、王宮があるという都城という街は、どんなところなのだろうか。
「―――なあ、都城って、どんなところだと思う?」
何の気なく呟いて他の三人の方へ目を移すと、そこに並んでいたのはぽかんとスハを見返えす三つの顔。
どうやら、通り過ぎる行列や将軍を見ながら、その行列がやって来た都城という場所に思いを馳せていたのは、スハだけだったようだ。
あ、しまった。なんか変なこと言っちゃったな。
別に、遠く離れた都城への憧れなど抱いたことはない。今まで一度だって、そこがどんなところか考えてみたことだって無いのに。
そんなことを呟いてしまったことに、スハは自分で自分に驚きながら、「ああ、ええっと、」と慌てて取り繕う。
「これだけの人で簡単に行列がつくれるような場所だろ? 単純に、どんなところなのかなと思って」
ああ、そういうこと―――と頷いた三人は、「そんなの考えるだけ無駄だって」と笑った。
「ここに住んでる俺たちには、都城なんて一生行くこともない無縁の場所だろ」
「だよなあ。てか、遠すぎて、どうやって行くのか道がまず分かんねえ」
「はは、たしかに」
「まあでも、旨いもんはここより多いだろうな。ああ、そう思えば、俺はいつか一回くらいは行ってみたいかも」
「お前は、結局それかよ」
言い合う三人に、スハも「そうだよな」と一緒になって笑う。
三人の考え方は、別に珍しいものではない。この辺りの、いや、もしかすると、中央以外の周辺の地に暮らす人々にとっては、都城とは総じてそういう場所なのかもしれない。
自分が住む国の中央とはいえ、いろんな意味で距離がある場所だ。だからこそ、都城のものに無意識に憧れる。
そんなことを考えながら行列の方へ目を戻すと、ちょうど、二つ目の輿が目の前を通り過ぎようとしているところだった。
装飾の施された立派な輿。その四方を、四人の担ぎ手が支えている。
―――ん、あれ?
その輿を何気なく眺めていると、上方の小窓のようになっているところが、少しだけ開いているのに気が付いた。
ここからでは目を凝らさなければ分からないくらい、細く開いた僅かな隙間だ。
閉め忘れ……なわけないか。
とすれば、輿に乗る人物が少しだけ開けたのだろうか。
暗くて中は見えないが、それを運ぶ担ぎ手の様子から、中が無人ということは無さそうだ。
もしかして、こっちが行列を眺めてるように、中からもこっそりこっちを見てたりして。
スハはそんな想像をして、だが、ないないと首を振って笑った。
都城から輿に乗ってやってくるような人物だ。中にいるのは、スハには想像もつかない、雲の上にいるような人に違いない。
そんな人が、こんな道端に並んで見物する自分たちを、わざわざ小窓を少しだけ開けて眺めているわけがない。
頭を振ったスハは輿から視線を移し、そのそばに付き従うように幾人も続く少女たちの方へ目をやった。前の輿には大人の女の人たちが続いていたが、こちらの輿に続いているのは少女たちのようだ。
年頃はきっと、自分たちと同じくらい。そんな少女たちが、行列の一員として輿に付き従っている。
彼女たちは、この辺りにいる同年代の少女たちと比べると、格好も見た目も、信じられないくらいに整っている。やはり、都城に暮らす人々は、そもそも自分たちとは住む世界が違うのだ。
後方で荷を運ぶ人々はこの辺りにいる大人たちと見た目はそう変わらないように見えるが、それでも、都城という場所に住んでいるのだと思えば、それだけで違う存在に思えてくる。
見送っていたその輿はゆったりと通りを進み、徐々に近くの辻に差しかかる。
その辻にも同じように見物人が立っているが、隅の方の少し奥まって陰ったところに、見たことがある姿が覗いているのが見えた。
あれ、あの子―――。
先日、別の通りの方で栗をあげた無名街の子だ。あの時は一人だったが、今は隣に小さな子を連れている。
あの時話していた弟かな。
少し離れた陰ったところからではあるが、その子ともう一人の小さな子も、他の見物人と同じように興味津々な顔で行列を見つめている。
そのうち、スハに気付いたのだろう、その顔がふいにこちらを向き、あ、と呟いたのが遠目に分かった。目が合い、薄汚れた顔の下にほんのりとした笑みが広がるのが見える。
「なんだ、どうした? 誰か知り合いでもいたか?」
笑って手を振るスハに、横にいたドハンが米菓を頬張りながら不思議そうに聞いてくる。スハと同じように辻の方へ目を向けるが、瞳を瞬くばかりで、ドハンにはスハが誰に手を振ったのか分からなかったようだ。
「いや、なんでもないよ」
そう首を振って、スハもドハンに答える。
スハが再び視線を戻した時には、もうそこに無名街の子たちはいなくなっていた。
あまり多くはなかったけど、栗、ちゃんと皆で食べられたかな。
誰もいなくなった、辻のその奥まったところを見やり、スハは思わず何のものでもない息を漏らす。
そして、ふと、思う。
無名街のような場所があるのは、この村だけなんだろうか、と―――。




