第108話 草
「―――それで、なぜお前たちは、こうしてまたここに集まっているのだ?」
いつぞやと同じように、大の男六人が車座になって腰を落ち着けているのは、ヨンギルの家の狭い板間だ。
言わずもがな、忌々しげに文句を言っているのは家主のヨンギルである。
「お前たち、ここを集会所か何かと勘違いしていないか? 当たり前のように師匠の家を使いおって……」
「まあまあ。師匠だって、あれからどうなったか気になってただろ? それを報告してやろうと、こっちも気を遣ってここに集まってやってんじゃないか」
「誰もそんなことは頼んどらん。無駄に占拠しとらんで、さっさと出ていかんか。迷惑な奴らめ」
答えるスハに、ヨンギルは変わらず嫌そうに言う。だが、無理やり追い出そうとしないところを見ると、気になってただろ、というスハの言葉もあながち外れてはいないようだ。
あくまで渋々の体ではあるが、その場から抜けることもせず腰を下ろしたままのヨンギルにやれやれと息をつき、スハは懐から包みを取り出した。
「洞窟の中を探っていた時に、これを見つけた。リランの主原料だと思われる、丹寿草だ」
「なに、丹寿草!?」
萎れて、褪せた花弁。
すっかり水気は失っているが、元は濃い赤だったらしいそれは、今もしっかり茎についている。
間違いなく、枯れ果てたと思われていた丹寿草だ。
スハが取り出して見せたそれに、その場にいた全員が目を瞠る。それぞれに、信じられないという顔だ。
「まさかとは思ったが、誠に丹寿草が使われていたとは……」
ヨンギルがその一つを手に取り、驚愕とも感心ともつかない複雑な表情でそれを見つめる。
「だが、丹寿草は元々もうこの世に存在しないはずのものだろ? それがなんであの洞窟の中にあったんだ?」
首を傾げるジョンウに、スハは「実は―――、」と説明した。
「侵入口の一つから中に入って少し進んだ辺りに、リランを作っていたらしい場所があったんだ。そこで、箱に詰められたこれを見つけた」
それから、洞窟の中に丸薬を作る際の匂いが充満していたこと、材料や道具の他に、徹底した管理の元に作られていたらしいリランが、ずらりと箱に収められていくつも積み上げられていたことを話した。
「リランを作ってただって? できあがったものを運び込んでたんじゃなく、ここで作ってたって言うのかよ」
「ああ、どうもそうらしい。これまでのリランもあそこで作ったものなのか、それとも、配布場所が毎回変わるように、作る場所も毎回移動させているのかは分からないが、道具や材料だけじゃなく竈までちゃんとあったから、それは疑いようがない」
「まじか……」
「なんだってわざわざそんなことを……」
皆が眉をひそめるのも当然である。
リランは丸薬だ。外から持ち込むなら、どう考えてもできあがったものを運ぶ方が楽に決まっている。その方が危険も労力も圧倒的に少なく済むからだ。
それを、なぜか連中は材料や道具を運び込み、ここでリランを作っていたようだ。
「ふうむ、それはなんとも奇怪な話だな……」
聞いていたヨンギルも、腕を組みながら首を傾げている。
……リランじゃなく丹寿草をわざわざここに持ち込む理由も不明だが、俺はそれよりも気になっていることがある。
スハはヨンギルの方を向き、「師匠、」と尋ねた。
「もう一つ、これを見てくれ」
「うん?」
「これは、丹寿草と一緒に置いてあったものだ。これもリランに使われているもののようなんだが、何だか分かるか?」
言いながら、丹寿草とともに持ち帰った他の植物をヨンギルに見せた。
そのどれも萎れて縮んでおり、本来の姿は分からない。それもあって、スハの知識だけではそれが何なのか分からなかったのだが、ヨンギルならば知っているかもしれない。
「ふむ……」
だが、それらを手に取り、匂いや手触りなど、矯めつ眇めつ確認していたヨンギルは、「ううむ……」と唸ったきり、それまでにも増してさらに難しい顔で黙り込んでしまった。
腕を組んで考え込む様子は、何か思い当たるものはあるが、それが信じられないというような様子だ。
「―――カン医官殿、貴殿はこれをどう見る」
心のうちにあるものを言うことはせず、ヨンギルはそれをテホンの前に示した。
「私、ですか?」
「貴殿は、内医院の医官だろう。しかも、典薬部の係の長だという。ならば、薬草には詳しいはずだ。貴殿はこれを何と見る」
指名されたテホンは、「はあ、では失礼して」と断りを入れてから、それらを手に取った。そして、ヨンギルがしていたようにじっくりと確認する。
しばらくして、何か思い当たるものがあったのか、テホンははっと息を呑んだ。途端に顔を強張らせ、ヨンギルを見る。
「これは、もしや―――!」
「やはり、貴殿もそう見るか……」
テホンの様子に、ヨンギルは諦めとも困惑とも取れる顔で、再び黙ってしまった。
二人はそれが何なのか分かったようだが、こちらは話がまったく見えない。
「何だ? それで結局、これは何なんだ?」
堪りかねて聞いたスハに、ヨンギルが低めた声でそれを放った。
「これは、尚景でしか採れない薬草だ。尚景の、しかも、ある国だけに自生している貴重な薬草だ。貴重だからこそ、その道を志す者の中では、それなりに知れた薬草でもある」
「尚景の国の貴重な薬草? 一体どこの国の―――」
眉をひそめたスハに、今度はテホンが答える。それは、衝撃に出ない声を無理やり絞り出したような声だった。
「翠玖国だ……」
「翠玖国?」
それは確か、少し前にこの紫微国と同盟を結んだという尚景の大国の名ではなかったか。
人や物は中央からこの辺境まで流れており、その逆もまた同じように流れている。都城での話が風のように各地に広まるのに、そう時間はかからない。
遠く離れた都城でのこととはいえ、尚景の翠玖国から立派な行列がやって来て、この国と同盟関係になったことは、今や知らない者の方がいない程国中に知れ渡っている話だ。
一方で、この辺境で翠玖国といえば、「尚景の品」の代名詞となっている国でもある。
ここは、尚景にも冲景にも通じる大海への玄関口ともなっている、大きな波止場のある街だ。「尚景の品」と呼ばれるものは、その翠玖国のものであることが多く、無骨ながらも深みのある、素晴らしい品を産出する国として知られている。
その翠玖国の名が、今ここで登場する意味は何だろう。
眉根を寄せるスハに、ヨンギルが再び神妙な面持ちで口を開く。
「覚えているか。そもそも、リランの主原料である丹寿草が、厳しい環境下でしか育たない花であることを。寒さを好み、かつ、切り立った崖のような、人の手の届かない場所に咲くのが丹寿草だ。蔡景はもちろん、山岳地帯のほとんどない冲景でも、自生はおろか、栽培することだって非常に困難を極めるものだろう」
「あ、ああ、それは分かってるが……」
つまり、何が言いたいのか。
そこにいる一同を見渡し、ヨンギルが重々しくそれを告げる。
「分からんか。丹寿草が育つのは、この三景で尚景のみだということだ。さらに、そこに翠玖国でのみ採れる貴重な薬草が使われている。加えて、かの国が同盟のためにこの国にやって来た時期と、リランが広まり始めた時期は、ほぼ同じ頃だ。これは、どう考えても不自然な一致ではないか?」
そこまで聞けば、スハとてヨンギルが何を言わんとしているのか察せられた。
「つまり、リランの裏に、翠玖国が絡んでるってことか……?」




