第4章 追想
学校始まって久々の投稿ですノシ
聖夜祭四日前
この日も午前はグラン重上等騎士による率先的かつ厳しい指導の下みっちりと訓練が行われた。
「槍を振るなッ、脇をしめろッ。腰が引けてるぞッ、腕が下がってるッ!」
次々と指摘がファルヴァンに飛んでくる。こみ上げる感情をただぐっと堪え、奥歯を噛みしめながら槍をグランの盾に突き当てる。激しく息が切れる彼を見て、今にも倒れてしまうんじゃないかと誰もが考えた。グランも気づいているはずだが、全く気にも留めずファルヴァンとグランのマンツーマン訓練が続いた。
「グラン殿、まもなく会議が行われますので本日はこの辺で………」
一人の男がグランを呼びに野外訓練上にまで訪れた。それを合図のように二人はぴたっと動きを止めた。
「…もうそんな時間か。これで今日は終了だ。昼食後街の警備活動に専念しろ。以上ッ」
そういってきびすを返し城内に戻っていった。完全にグランの背中が見えなくなるまでファルヴァンはその背中を見つめていた。
「聞きましたよ、新人生にかなり力を入れてるそうじゃないですか」
グランを呼んだ男は話し始めた。
「もう少し素直にしたらどうです? あのような鞭だけの指導だとやはりあきらめてしまいますよ」
男が訓練生の一人を指しているのが分かった。
「私の性格上見込みのある奴ほど必要以上に強く当たってしまう癖がある、だがこの苦難から這い上がらなければあいつ等を一人前にさせれんだろう」
「あの眼鏡の青年はどうなんですか」
「…全く、今まで見てきた訓練生の中で一番良い。状況判断、反射神経、運動能力、どれをとってもあいつは確かに才能をもっている」
「噂に聞きましたけど、そんなにすごいんじゃ将来期待の騎士になりそうですね」
「嫌、まだだ…」
先ほど誉めていた自分を覆すようにグランは言った。
「あいつには足りないものがある」
一方訓練を終えたばかりのファルヴァン達はロッカールームで汗塗れのシャツを脱ぎ捨て着替えていた。その中で一人、シャツを脱ぎ黙りきって座り込むファルヴァンがいた。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
気になったシドが声をかけた。ファルヴァンの顔は酷く青ざめ、疲れから正気が欠けていた。
「大丈夫………午後は警備活動に専念しなくちゃ…」
グランに言われたことを真に受けている。彼のまじめな性格が逆に今のファルヴァンを苦しめているようだった。
「調子になんか乗ってられない…」
「落ち付けって。別にお前は調子になんかのってねーだろ。なんつーか、お前の悪いところは自責しすぎるところだ。自分を責めるな。まじめになりすぎだ。このままじゃお前の体がもたねーぞ?」
シドにしては珍しくファルヴァンを慰めた。ファルヴァンは「自責」という言葉を呟いた。確かに多少責任を感じすぎたのかもしれない。そう思えてきた彼は俯いた顔を上げた。
「そうかも…な」
少しだけ気が楽になったのか、優しく微笑んでいた。
アーテック城内・特別会議室
長方形のテーブルに計十数名の上層の者が座り、先ほどから議会を行っていた。この国の政治を動かすお偉い方々の中に騎士団団長のグランも混ざっていた。
「………というわけで、昨日だけでも100体以上の魔獣、先週からこのアーテック周辺に現れたのを合わせると1000体弱は確認されています。ここ数日異常に人里姿を現すようになったのは恐らく強力な魔力を蓄えた“桜の大樹”が流星群に反応して魔力の放出を活発化している事が魔獣たちを引き寄せているのかと思われます」
「このままでは四日後に控えた聖夜祭は余りに危険で今までに例を見ない大惨事を起こしかねません」
「そもそも魔獣の異常な行動には我々が街を作るに山を切り裂いたのが原因では? 住処を無くした魔獣は人間に怒りを覚え、あの大樹の魔力に共鳴して自我を活性化させて我々へ復讐するのが目的ではないのでしょうか?」
「既に観光客が街へ訪れる最中アーテックの隣の森で魔獣に襲われ重軽傷を負っています」
「………騎士団からは街の警戒を施し迅速な対応を早めております。あの巨大な街壁が破られることは無いでしょうし、それに交代制で城門に騎士を置いております」
「世界中からあの桜を見に訪れるというのに、魔獣が現れては緊急事態で収まらんぞ」
「市民にも、客人達にも、知られる前に片づけなくては…」
「いっそ森へ行き奴らを撃退するのはどうでしょう」
「そんなことは火に油を注ぐだけだ。奴らは賢い。必ず数を増やして帰ってくる」
会議真っ最中の中、一人の男が挙手をした。
「ここは私に一つお任せできませんかね」
メサ・ブギーと言うまだ若い魔力研究者だった。男のくせにサラサラの長髪。前髪をカチューシャで止めている。
「あの数ある凶暴且つ獰猛な魔獣達相手にするにはさすがに騎士だけでは手に負えないでしょう。そこで、です」
微笑しながら女王を向いた。
「騎士に魔力を宿すのです」
その場にいた者が衝撃を受けた。
「そんなこと、出来るのか?!」
「出来るんです。理論は完成してます。後は実践だけなのです」
感嘆の声を皆が漏らし拍手を送った。二人以外は。
「私は実用の許可は出しません。人が魔力を扱うことはあってはならない。この世界の暗黙の掟です。それを破ることは神に抗うことなのですよ?」
女王が直々に断ったのに対し、メサは強く反発した。
「神などいません。科学は進化しています。何故それをあなたは頑なに拒むのです? 人が、科学があなたのいう神を越えるのが怖いのですか?」
「そうではない」
グランが低い声で一言言った。
「あまりに過ぎた力を手にすることはやがて兵器となり、戦を呼ぶ。陛下はそれを恐れているのだ」
女王陛下が次に話した。
「…とにかく、それを使うことは許しません。苦しいですが、騎士団にはしばらくの間、がんばってもらいましょう」
そういって会議がお開きとなった。気に食わないメサは一人会議室に残っていたままだった。
ファルヴァン自宅
太陽が大体一番高く上る時間。アギトという男はファルヴァンの用意したスパゲッティを昼食に食べていた。まるで赤ん坊が握るようにフォークを扱い、麺にかぶりついていた。
「うまい。これが“すぱげってぃ”か」
そう呟いて再びフォークで麺をすくい上げかぶりついた。しばらくして完食したアギトはあることに気づいた。
もう一人、この家に住む住居人を朝から見ていなかった。と、思った直後、天井がやけに騒がしかった。小鳥が遊ぶには余りに激しすぎた。気になって二階へ上がり、窓を開けてみた。窓を開け少し足を伸ばせば簡単に屋根に登れた。
「何やってんだお前」
アギトが目にした光景。小鳥が飛び跳ねているのではなく、リーナが尻餅をついていた姿だった。
「いったぁーい!」
彼女はペンやら画材を置いて何かしていたようだった。
「こんなところで何やってるんだ。屋根に登るのが趣味か?」
ようやくアギトに気づいたリーナだったが、ジーンっと伝わる痛みのせいで目に涙を含み、口も利けなかった。
「絵なんか描けるのか? お前」
数分後、ようやく痛みが引いたリーナのスケッチブックをアギトが手に取り眺めていた。
「私、小さい頃から絵を描くのが好きで画家を目指してるんですよ」
リーナは痛む尻をさすりながらアギトに自慢げに説明した。
「楽しいんですよねー、絵を描くのって。ペンを持ったらその先が紙の上で踊り出すんですよ。後はもう自分の思うがままに描き続ける、それだけなんです」
何だか簡単に話すが、アギトが見る限りリーナの腕はなかなか高い物だった。
心地よい風が吹き抜けそうな草原と花畑。その近くにある巨大に広がる大海原。アギトが水彩画に興味がある訳ではないが、影の塗り方、今にも自分に風が吹きそうな花達の揺れ。これらはアギトのようなド素人までをうっとりとさせる魅力のある作品だった。
「すげぇなぁ。今描いてるのは何だ?」
いくつかめくっていくと似たような構図で何枚も同じ絵があった。だがそれらは着色されてなく、ただのデッサンで終わっていた。
「あ、それです。この街にある桜の大樹を描いてるんです。でも、イマイチ気に入らなくて…」
デッサンを比べてみると所々構図に違いがあったが、さほど大きな差ではなかった。
「あんまり変わらないけどな」
「でも、私の中の何かが、頷いてくれないんです。だからそうやって何枚も、何枚も描いて…。今日だけじゃなくてこの家に来てから結構描いてるんですよ。ヴァンさんは知らないけどー」
アギトが何も口に出さずスケッチブックを繰り返し見つめていると、リーナは足を伸ばし遠くにある巨大な桜の木をそっと何か思いながら眺め始めた。
「あんなに貴重な景色は二度とあえない…。それを描いてみたくて、私はこの街に来たの…」
春独特の暖かく柔らかな一風。その風の心地よさを全身で味わうと、ふとリーナは訊いてみた。
「そういえば、アギトさんってどうしてこの街に来たんですか? この家の前で倒れてたって聞いたけど…」
ページをめくり返すその手をぴたりと止めた。
「………俺は………」
リーナの耳に届かないほど小さく呟き、彼の脳裏に色褪せた記憶が追想された。
それは古い古い記憶の一片。
自分がまだ幼かった頃。ただぽつりと一人暗闇の中にいた。それがどこにいるのかわからない。何が起きたのかも。そして自分が………。
遠くへ意識が飛んでいたアギトにリーナの呼ぶ声ではっと我に返った。突然人形のように動かなくなったアギトを心配していたようだった。
「大丈夫ですか? 顔変ですよ」
「色だろが…」
素でボケるリーナに呆れたアギト。そしてアギトは改めて追想をしないと心に誓った。
もう考えたくも、
思い出したくも無かった。
――――――自分が何者かを――――――
第4章 追想
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