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〈魔物憐れみの令〉の悲劇ーー王様という独裁者の気まぐれで、魔物に手出しすると、人間の方が処罰される法律が爆誕!おかげで人間が殺され、魔物化する地獄絵図が展開!息子を守るためにも、私は剣を取ります!

作者: 大濠泉

◆1


 私、アイリスは、王冠を頭上に戴き、エイブル王の隣に座る身分となった。

 ロイド王国の王妃様になったのだ。


 私は騎士爵の娘だった。

 若い頃は武芸の腕を磨いたものだった。

 女性としてはトップクラスの剣技を持ち、ゆくゆくは道場でも開こうかと考えていた。

 だが、私が剣術大会で活躍するのを見て、エイブル王が惚れたという。


 両親や親類による強力な勧めもあって、私、アイリスは国王の許に嫁いだ。

 もちろん、結婚を約束した際に語ってくれた、エイブル王の抱負に、私自身も感じ入ったから、というのもあった。


「余が目指すのは世界平和だ。

 そして、すべての生き物が幸せに生きていける社会を築いてみせる。

 もう、其方に剣を握らせはしない」


 私は手を合わせて喜んだ。


「嬉しいわ。

 剣を振るう必要がない世の中に、私もなってもらいたい」


 私、アイリスは、王家に嫁いでから、思い切って剣を捨てた。


 義母や高位貴族たちから低い出自を冷笑されながらも、私は無事に子供を二人産んだ。

 現在、四歳の王子と、生後六ヶ月の王女がいる。


 家庭的にも、政治的にも順調だった。

 対外戦争もなく、夫のエイブル王は狩猟を楽しみながらも、有力貴族と巧く親交を結び、政局を安定させていた。


 ところが、思わぬ問題が起こった。

 私が王女を身籠った頃からだった。

 国中に、魔物が異常発生し始めたのだ。


 滅多に発生しない魔物が、森林や洞窟といった人里離れた場所のみならず、普通の村落や街中でも発見されたのだ。

「魔物」とは、通常、狼や猪といった野生動物が、何らかの原因で魔素を過剰摂取することによって巨大化したものだ。

「魔素」とは本来、生物なら誰もがもっている、生命力そのものとされている。

 だが、どういった場合に、外部から魔素=生命力が摂取され、どれぐらいの量を吸い込めば「過剰」なのかも、わかっていない。

 それほど、わからないことだらけなのも、それぐらい動物の〈魔物化〉が希少な異常現象だったからだ。


 ところが、この〈魔物化〉が、ここ最近、頻繁に起こるようになった。

 理由はわからない。

 ただ、森や洞窟に生息する野獣のみならず、家畜の馬や牛、豚から、果てはペットの犬や猫までが魔物化していった。


 魔物は発見され次第、討伐されることになっていた。

 なので、その生態は良くわかっていない。

 ただ、大きく膨れ上がった胴体に、剥き出しになる牙、さらには異様に光る眼をしていることから、魔物は忌避されて、騎士や冒険者たちによって討たれていた。



 そんな中、夫のエイブル王が、魔物に興味を持った。

 きっかけは、愛する息子、カイト王子が、一匹の魔物と仲良しになったからだった。


 その魔物は、もともと可愛らしい小型の猟犬だった。毛足の短い白い子犬だった。

 エイブル王が狩猟に際して森に同行させたが、いつの間にか魔素を取り込んだらしい。

 子犬は王子に懐いていたから、魔物化した後も、尻尾を振りながら、巨体を王子になすりつけようとした。


 王子の護衛騎士が「危険です」と言って、王子の前に立ち塞がる。

 そして、魔物になった子犬の首を掴んだ。

 剣で突き刺し、駆除しようとする。


 それを見て、カイト王子は泣いた。


「やめて。可哀想だよ!

 魔物になっても友達だよ!」


 その魔物が殺処分になるところを、王子は庇ったのである。

 騎士が怯んだ隙に、魔物は王子の許に飛び込み、子犬時代と同じように、舌を出して、ベロベロと王子を舐めた。


「やめろよ。くすぐったい。

 あはは!」


 子犬のときより四倍は大きくなり、牙が剥き出しとなっていたが、その振る舞いはいつもと変わらなかった。

 依然として王子に良く懐いて、仲良しだった。


 その様子を見て、私は少し不安になった。

 今まで通り、その容姿が白い子犬のままだったら、微笑ましい情景に映っただろう。

 でも、今では魔物化し、大型犬なみの図体で、毛並みもゴワゴワ、鋭い牙を光らせている。

 そんな魔物に甘噛みでもされたら、それだけでカイト王子は致命傷を負うだろう。

 妹の王女エミーもまだ幼い。

 私は母親として、子供たちを守る責任がある。


 私はエミー姫を抱き上げ、王子と魔物が戯れている現場から離れようとした。

 その反対に、夫のエイブル王は、魔物へと近づいてゆく。

 そして、興味深そうに、王子と一緒になって、魔物の硬い毛を撫でた。


「ふむ。報告によれば、魔素を取り込んだ魔物は、知能が高くなる場合が多いそうだ。

 もしかすると、魔物を頭ごなしに討伐対象に認定するのは、おかしいのではないか。

 有識者を集めて、討議する必要があるな……」


 ことの始まりは、そうした、ちょっとした好奇心だった。


 だが、その好奇心を、一国の独裁者である王様が持ってしまったがために、悲劇が起こってしまったのだ。


◆2


 夫のエイブル王は、王宮お抱えの学者たちと討議を始めた。

 王は学者らで構成される「有識者」たちを前にして、議題を提出した。


「魔物には知性があるようだ。

 他の動物と同じか、もしくはそれ以上かも。

 だとしたら、果たして魔物を討伐対象にして良いものかどうか。

 いまだその生態も判明しておらぬのにーー」


 王様が持ち出した疑問を受け、「有識者」どもは、おかしな方向へと話を進めた。

 魔物についての生態を究明するのではなく、政治的な呼称や表現についての議論を始めたのである。


「そもそも『魔素』とは何かも良くわかっていない現状である。

 それなのに、『魔素を取り込む』という表現が、『魔物』という言葉に悪いイメージを付与しているのではないか?」


「そうだな。『魔素』=生命力なら、これを『精霊』と言い換えても良いのでは?

『魔素を摂取した』ではなく、同じ現象を『精霊が宿った』と表現し直すべきではないか?」


「ふむ。賛成だ。

 だとしたら『魔物』という呼称も良くない。

『聖物』とでも名付けようか」


「いや。すでに『魔物』という名称は一般化しているので、これはそのままに……」


「そうだな。要は『魔物』を頭ごなしに狩るのがいけない。

 同じ知性がある動物なのだーー」


 こうした議論を受け、エイブル王は宣言した。


「魔物だからというだけで、討伐対象にするのは間違っている。

 むしろ、魔物は保護すべき存在なのだ!」と。



 夫は帰ってくるなり、私に向かって、会議の結果を興奮しながら喋る。

 が、私、アイリスは不安を覚えた。


「何をするつもりなの?」


「見ていろ。

 国中がーーいや、世界中が驚くであろう。

 我がロイド王国が世界に先駆けて行なう、平和平等政策を、な!」


 当時のロイド王国では、エイブル王に権力が集中し過ぎていた。

 現に、王国には宰相に当たる、政務責任者がいない。

 実質、エイブル王の独裁国家であった。


(大丈夫かしら。

 権力を持ちすぎることは危険なことだ、と古来から言われているのだけれど……)



 私、アイリス王妃の懸念は的中した。


 翌日、夫のエイブル王は〈魔物憐れみの令〉を発布したのだ。


 これより以降、魔物を討伐してはならなくなった。

 虐待してもいけない。

 そればかりか、努力目標として、「一家庭に一匹は、魔物を保護すべき」と掲げられてしまったのだ。


 たちまち、国民は大慌てとなった。


 魔物はたしかに知能が高い。

 餌を貰うためには、従順に振る舞った方が良い、とわかる魔物も多かった。

 でも、元は動物だったせいか、気分にムラがある。


 子供に懐いたと思ったら、次の瞬間には、子供が噛みつかれて大怪我をしたりする。

 しかも、犬用の首輪程度では、大半の魔物を制御することはできない。


 おまけに、怪我だけで済まない事例が報告されてきた。

 魔物に噛まれた人は、その体内に魔素が混入するらしい。

 その結果、被害者の精神が異常をきたす場合があるというのだ。


「あれほど優秀だったウチの子が、おかしくなったんですよ!?」


 ある侯爵家の夫人が、王妃である私の許に直訴してきた。

 息子はおかしくなった、王に被害を伝えて悪法を制定した賠償をしてもらいたい。

 そして、おかしな法律を撤廃してもらいたい、せめて「一家庭一魔物」という努力目標を引っ込めてもらいたい、と。


 他にも、大勢の貴族の子供たちが、魔物によって怪我をしたり、心を病んだりしているという。

 彼女が持参してきた嘆願書には、多数の貴族が名を連ねていた。


 私は気が沈み、子供の世話をするのままならなくなった。


(貴族社会ですら、これほど問題になっているんだもの。

 平民はもっと大変になっているはず……)


 お茶会では、世間通の伯爵夫人から、酷い話を聞いた。


 彼女の領内でのこと。

 魔物に噛まれた息子がおかしくなり、母親である自分に襲いかかってきた。

 だから、夫が剣を抜いて制して、泣く泣く殺した。

 すると、夫が騎士団によって捕まえられてしまったという。

〈魔物憐れみの令〉によって、魔物を討伐することは厳禁となっていたからだ。


「ウチの子は人間です。〈魔物〉なんかじゃありません!」


 怒る方向性がちょっとおかしい気はするものの、魔物が暴れ、人を害するなら、せめて「一家庭一魔物」の方針は撤廃すべきだ。

 しかも、怪我を負わせるのみならず、被害者の理性を奪ってしまうのならなおのこと、魔物と共存するのは危険である。


 私は、自分の家庭を顧みて、心配になってきた。


 カイト王子は相変わらず、魔物と遊んでいるようだ。

 けれども、最近は、生傷が絶えないようになってきた。


「痛くないの? パパに言って、魔物を遠ざける?」


 私がそう問いかけると、息子はブンブンと首を横に振る。


「大丈夫だよ! パパには何も言わないで」


 王子は幼いながらも、精一杯、意地を張っているようだ。

 ここで泣き言を言うと、魔物が殺処分になると思って、我慢しているに違いない。

 私は憂いに沈んだ。


(このままではいけないわ!)


 私は、夫のエイブル王に、〈魔物憐れみの令〉の撤廃を望んだ。


「せめて『一家庭一魔物』の努力目標を廃して、罰則を緩めて欲しい。

 魔物より、人間の方が大切です」


 王はまっすぐに私を見詰め返して、言い返してきた。


「王妃! それは差別発言だぞ!

 今まで、人類は、数多くの魔物を討伐してきた。

 今こそ改めるときなのだ。

 魔物との共存を否定する者は、差別主義者だ。

 魔物愛護に反する、危険思想の持ち主だ」


 夫は、狩猟のお供に従える魔物を、殊の外、気に入っている。

 おかげで、魔物を殺すヤツは、悪いヤツに決まっている、と思っている節があった。


 夫は聞く耳を持たず、〈魔物憐れみの令〉の違反者に対して、厳罰化を推し進める。


 すでに王国の各所に、魔物愛護特別調査委員会が設置されていた。

 彼らが、国民に向かって、〈魔物虐待の罪〉を声高に喧伝する。

 それとともに、魔物を嫌う者に対する処罰がエスカレートしていった。


 一ヶ月もすると、〈魔物虐待の罪〉で、中央広場で処刑される人が相次いだ。


 おかげで、国中で魔物が増えまくった。

 街中でも、あちらこちらで見かけるようになってきた。



 さらに、魔物が保護されるようになった結果、新たな問題が生じていた。

 私がその報告を馴染みの侍女から聞いたときには、思わず声をあげてしまった。

 

「なんですって! 人が魔物に!?」


◆3


 魔物が保護されるようになった結果、魔物に噛みつかれる人が続出した。

 その結果、今まで考えられなかった、新たな問題が生じていた。


 魔物に噛みつかれて、生き残った人間が、牙を剥き出しにして、体毛が生えたり、角を生やすなどして、見た目、完全に化け物ーー魔物に変身することがある、というのだ。

 ゾンビ化とは違う。

 記憶を失い、謎の行動を繰り返すが、生身の身体を有したままだ。

 剣で斬ったり、槍で突き刺せば、人間と同じように怪我を負い、当たりどころによっては、絶命してしまう。

 つまり、完全に魔物と化しているのだ。


 でも、そうした情報を得るや、私、アイリス王妃が怖気(おぞけ)に震えたのと対照的に、夫のエイブル王は学者どもと一緒になって、大はしゃぎになった。


「まさに〈魔物化〉と呼べる現象です!」


「これで、ますます人間と魔物の境目がなくなりましたな」


「やはり、人間と魔物の間にも繋がりがあった証でしょう。

 もしかしたら、祖先を同じくしておるのかも」


「今までは、魔物が、すぐに討伐されていたので、人間の被害者が少なく、魔物の接触によってどのような影響があるのかという研究ができませんでしたがーーこれは朗報ですぞ!」


 さらに、新たな報告がなされた。

 人間が魔物化するのは、魔物に噛みつかれた場合だけではない。

 魔素が濃い場所では、魔素を吸い込んだだけでも魔物になることがある、というのだ。


「よし。これを機に、新たな呼称を設けるぞ!」


 改めてエイブル王は、〈魔物〉という言葉を整理する。


 その結果、魔素を大量に取り込んだ人間も、〈魔物〉と認定された。

 そして、元動物の魔物を〈魔獣〉、元人間の魔物を〈魔人〉と命名したのである。


 魔物愛護特別調査委員会の連中は、魔素が体内に入り込む現象を、「精霊が宿る」と表現し続けている。

 さらに、魔人になって、化け物のような様相に変わることを、彼らは「人間の進化だ!」と主張し、〈超人種〉とすら称していた。


 その一方で、国王の息がかかった治安部隊は、ますます〈魔人〉の保護に力を入れた。

 結果、〈魔物憐れみの令〉に、〈魔人の取り扱い条項〉が追加される。

 その内容は、凄まじいものであった。


 魔人を一定割合、職場で雇うこと。

 そして、未成年と思われる魔人にも、学校教育を受けさせよ、とされたのである。


 ただでさえ混乱していた国民が、さらに悲鳴をあげる事態となった。


 職場でも、学校でも、魔人や魔獣が暴れて、環境がむちゃくちゃになっていく。

 王国中で、殺人事件も、殺魔人事件も、多数発生した。


 一方、王宮内でも変化があった。

 ついにカイト王子が音をあげたのだ。

 王子は私に抱きついてきた。


「もう、アイツ、嫌い!」


 そう叫んで、わあああと泣く。

 私は王子のーー息子の肌に触れた。

 手足や腹、背中にまで、深い傷が刻まれていた。

 特に背中の傷は、今にも血が噴き出しそうなほど赤く染まっていた。


 私は、夫のエイブル王に直裁に訴えた。


「息子も傷ついております。

〈魔物憐れみの令〉は天下の悪法です。

 これ以上、子供を苦しめないで!」と。


 だが、夫のエイブル王は、ズレた発言をする。


「魔物の苦しみはどうなるのだ?」と。


 自分が提唱した「魔物との共存」の考えに、すっかり酔っているようだった。

 私は夫に詰め寄った。


「そんなこと……私たち王家は、国民の生活に責任があるのです。

 魔物よりも人間、国民を優先してください!」


 ここまでが、国王と王妃の間の夫婦喧嘩といえる。

 ところが、魔物愛護派の有識者が、私たち夫婦の会話に横入りしてきた。

 魔物愛護特別調査委員会の会長を務める、夫のお追唱だ。


「王妃様。魔物に罪はございません。

 人間がいじめるから、魔物は暴れるのです。

 大人の心は汚れておりますからな。

 となれば、『一家庭一魔物』や『職場や学校に魔物を』といった政策をとりあえず停止して、魔物に対して、まずは子供たちに接してもらえばどうでしょう?

 純真無垢な子供の心に接すれば、魔物もおとなしくなるでしょう。

 子供たちにとっても、魔物と接するのは、良い情操教育となる違いありません」


 聞くだけで、おかしな、お花畑が脳内で咲き誇ってるかのごとき意見だった。

 なのに、夫はこの愚かしい寵臣の発言に、嬉しそうにうなずいた。


「魔獣は元ケダモノだから、言うことをきかせることは難しい。

 その点、元人間である魔人であれば、言うことも聞いてくれるだろうし、子供も接しやすいだろう。

 王立幼稚園に魔人を通わせ、モデルケースを作る計画がすでに進行しておる。

 私も王子を連れて、一緒に幼稚園に行こうではないか。

 王家自ら範を示さねばならぬ」


 私は王家に嫁いで以来、封印していた剣を腰に提げた。

 そして、幼い娘を乳母に任せた後、馬車に乗る。

 怯えるカイト王子を抱えるようにして。


「子供と魔物がどのように過ごしておるのか、楽しみだ」


 と真正面の席に座って、意気揚々としている夫に、私は釘を刺した。


「息子や、他のご家庭のお子さんたちにもしものことがあったら、私、容赦しませんから」


◆4


 幼稚園に馬車が到着し、魔物愛護特別調査委員会の面々で構成された保父・保母さんらに園内へと迎え入れられた。


 園内では、すでに、魔人と魔獣を幼児と共に過ごさせるプロジェクトが進行していた。


「ご覧ください。

 あのように、子供たちと魔物が共存しております」


 幼稚園の庭を指し示し、保父たちは誇らしげに胸を張る。

 庭内では、数十名の園児と、五、六匹の魔獣と魔人が、一緒になって踊っていた。


 夫のエイブル王は、感嘆の声をあげる。


「素晴らしい!」


 私たちと同じように、庭を見渡す保護者たちから、拍手が湧き起こる。

 夫も手を叩いている。


 が、注意深く見れば、園児たちが無理をしているのがわかる。

 小さい子は、魔人を「お兄ちゃん」と呼んで懐き、一緒にお遊戯として踊る。

 だが、体格差が歴然としている。

 魔人は成人男性よりも巨躯なのだ。

 結果、手をつなぐ幼児は振り回される。

 しかも、魔人は、時折、暴れるのだ。


 がああああ!


 突然、魔人が腕を振って叫び出す。

 きゃあああと悲鳴をあげ、子供たちは逃げる。

 それでも、保父たちは、逃げる子供を押し留める。


 子供たちの方が、保父や保母から注意された。


「魔人さんは、可哀想なんですよ。

 通常の人間には見えないものを見て反応するから、いつも大変なの」


「良いですか。

 魔人さんは、感情に波があるから、気を遣って接しなさい」


 今度は、女の子がオズオズと、魔人に花束を渡す。

 すると魔人は、機嫌が良かったとみえる。

 女の子に「高い。高い」をして、遊んでくれた。


 パチパチと拍手が湧き起こる。


 だが、様相が突然、変わった。

 魔人の機嫌が悪くなったとみえて、バシッと女の子を地面に叩き落とす。

 女の子は、ぐったりとして気絶してしまった。


 ああああ! と叫んで、親が駆け寄る。


 女の子の親は子爵だった。

 高位貴族の威厳で、保父に激怒する。


「我が娘に、後遺症が残ったら、どうしてくれる!?」


 だが、保父たちは魔物愛護特別調査委員会の面々だ。

 独裁者であるエイブル王の威を借りている。

 逆に説教した。


「あなたたち自身が、いつ魔人化するか、わからないのですよ。

 魔人を差別はいけません」


「私は人間だ。魔獣に噛まれさえしなければ……」


「自然に精霊が宿って、人間が魔人になる例もございます」


「そんなの、ほんのわずかだろうが!?」


 子爵が女の子を抱えて泣き叫ぶ姿を目にして、保護者たちはいっせいに動いた。


「もう嫌だ!」


「こんな茶番に付き合ってられるか!」


「ウチの子は実験動物じゃないんだ!」


 みなが子供を呼んで、引き取ろうとする。

 保護者と愛児の集団が輪になって、魔人から距離を取る。

 輪の中心には魔人だけが取り残された。


 私もカイト王子を呼びつけようとして、身を乗り出す。

 が、夫のエイブル王が手を出して止める。


「ならん! アレが魔物と仲良くしたい、と言ったのだ」


 私は涙目になった。


「いつの話をしてるのよ?

 もう、今では魔物から距離を取ってるわ。

 貴方は息子が傷だらけなのに気付いていないの!?」


 王はハッとする。


「まさか、魔物がーー?

 そんな馬鹿な。

 余が連れている魔獣は、まるで余に反抗する素振りは……」


「きゃあ!」


「うわっ!?」


 突然、方々で悲鳴があがった。


(ああっ!?)


 私も頭を両手で抱える。

 キーンと耳鳴りがなって、頭が痛くなる。

 夫のエイブル王のみならず、すべての保護者ーー大人たちが頭を抱えていた。


 悲劇が起こった。

 子供たちが親の手から離れる。

 そして、輪の中心にいる魔人の許へと、いっせいに駆け出したのだ。


 園児たちはみな、白眼を剥き、口から涎を垂らし、一緒の動きをし始める。

 異様な光景だった。

 保護者の親が頭を抱えてうずくまり、子供たちが魔人の許へと吸い寄せられていく。


 学者どもだけが歓声をあげていた。


「ああ、魔人による精神支配ですよ!

 これは興味深い」


(冗談じゃない!)


 私は駆け出して、カイト王子を魔人の傍らから奪還する。

 そして、即座に息子のほっぺたを叩いて、正気に戻す。


「あ……お母様ーー」


「ああ!」


 私はカイト王子を強く抱き締める。

 このまま息子が取られるかと思った。


 わあああ!


 王妃である私の動きに、保護者のみなが倣った。

 親たちが子供に呼びかけて、抱き締める。

 そして、魔人から距離を取った。


 当然の出来事であった。


 だが、いくら抱き締めても、頬を叩いても、正気に戻らない子供もいた。

 親は慌てふためく。

 子供の名前を叫ぶ。

 が、答えることなく、獣のように親の腕に噛みついて、魔人の許へと四つ足で駆け去る子供もいた。

 魔人がニヤリと笑っているように見えた。


「子供を返せ!」


 ある男爵が、サーベルを抜いて、魔人に突進する。

 そのまま胸を突き刺した。


 ぐううう!


 意外そうな表情を浮かべ、両目を見開いたまま、化け物は絶命した。

 園児たちに精神支配を仕掛けた魔人を、勇気ある男爵が殺害することに成功したのだ。


 私をはじめとした保護者たちは、やったあああ! と歓声をあげる。

 ところが、仏頂面になった保父たちが顎をしゃくる。

 すると、幼稚園の要所要所で控えていた騎士が三、四人集まって、男爵を捕縛してしまった。


「魔物を傷つけてはいけない。

〈魔物憐れみの令〉により逮捕する!」


 男爵は地に頭を押し付けられる。

 私は王子を抱きかかえながら、近くにいた保父の一人に問いかける。


「捕まった人は、どうなるのです?」


 保父はどこか得意げに答える。


「中央広場行きですな」


 処刑されたうえに、晒し首になる、ということだ。

 貴族の当主として、考えられない侮辱刑である。


「そんな……」


 私は絶句する。


 捕縛された男爵の妻は、連行されようとする夫に縋りつく。


「娘が、化け物の言いなりになるのを押し留めて、何が悪いのよ!?

 私たちは親なんですよ!?

 可愛い子供を助けて、どうして殺されなければならないんですか!?」


 保護者のみなが同意する。


「そうだ、そうだ!」


「他の国では討伐対象なのに、どうしてこの国だけが」


「誰がこんな馬鹿げた法律を作ったのだ?」


「こいつだ。王様だ。エイブル王が悪い!」


 周囲から、怨嗟の声が湧き起こる。


 私も、夫に訴えた。


「王子をこれ以上、幼稚園に通わせないで!」


 でも、エイブル王にはメンツがあった。


「これは試練なのだ。

 人間と魔物が和合するという、歴史的使命を、生物平等を果たすためーー」


 私は甲高い声を張り上げた。


「そんな理念、やりたいんなら、貴方が勝手にやるがいいわ。

 でも、私や子供たち、普通の親子を巻き込まないで!」


 夫のエイブル王はムッとする。


「普通などと。

 我々は王と王妃だ。

 国の主権を担うものだ。

 率先して、理想を実現するさまを示すべきーーあ!」


 夫が両目を見開く。

 私の腕から、逃げるように、王子がーー息子が駆け出してしまった。

 いつの間にか、輪の外側ーー背後にいた、魔人と魔獣の許へと!

 息子は魔人の精神支配から脱し切れていなかったのだ。

 そして、三体の魔人と魔獣に羽交締めにされ、噛みつかれてしまった。


「いやああああ!」


 私は叫んだ。


「王子がーーカイトが死んでしまうーー!」


◆5


 私と夫が振り向いた先で、王子がーー愛する息子カイトが魔物に噛みつかれた。

 それまで息子は白眼を剥いていたのに、いきなり瞳が元に戻った。

 噛みつかれた激痛のせいか、王子は正気に戻ったようだった。


 私に向けて、カイトは小さな手を伸ばす。


「た……助けて!」


 私は顔を覆って、しゃがみ込む。

 もう駄目だ。

 息子の片腕はちぎれ、腹は裂かれて、内臓がはみ出ている。


 ここまで来て、ようやく夫ーーエイブル王は腰を上げた。


「カイト!」


 息子の名を叫んで、手を伸ばす。

 なのに、助けようとするのを、護衛の騎士に動くのを止められる。


「な、何をする!?」


「魔物に手出しするのは厳禁です」


「な、なんだと!?

 貴様は、王子がーー我が息子がどうなっておるのか、見えんのか!」


「わが国は法治国家です。法に従うべきです」


「お、王子が助けを求めておるのだぞ!」


「そもそも、彼、カイト王子が『魔物になっても友達だよ』と言ったのでしょう?

 ならば自業自得です」


「死にそうになっておるのに……」


 騎士は怒声を張り上げた。


「私も殺されたのだ。妻を娘を!」


 みなが睨みつけている。

 怒りの視線に、エイブル王は、ようやく気づいた。

 身を硬直させる。

 魔物に慈悲はない。

 人間同士の悶着など相手にせず、好き勝手に動く。


 ガツガツ。


 カイト王子は魔人と魔獣に食われ始める。


(もう、黙って見てられない!)


 私、アイリスは剣を手にして飛び込む。

 魔人も魔獣も、剣で薙ぎ倒す。


 私は足下を見下ろして、めまいがする思いだった。

 息子カイトの、無惨に切り裂かれ、噛み砕かれた死体があったからだ。


 そして、魔人や魔獣の死体を蹴り上げる。


「もっと、早くから殺すべきだったわ。化け物なんだから!」


 嘆くばかりのエイブル王を、私はバチン! と平手打ちにした。

 血塗れの現場を指さして、怒声を張り上げた。


「このありさまを見て、貴方はどう思うの!?

 王としてーーいえ、一人の父親として!」


「わ……悪かった。法律を変える。

〈魔物憐れみの令〉をやめるから。

 ーーな、それで良いよな!?」


 と魔物愛護特別調査委員会の連中に、王様は顔を向ける。

 夫の家臣どもは、媚びた笑みを浮かべる。


「ええ、そうです。そうです」


「そうそう。たとえ魔人であっても、人殺しは罪ですから」


「しかも、これは王子殺しですからね。

 通常の人間と同じように処罰をーー」


(もう、コイツら、ほんっとうに、わかってない!)


 私は血濡れた剣を再度、振りかざす。


「いまさらそんなことをしても、息子は帰ってこないわ!」


 私はエイブル王の腹を、えい! と剣で一突きにした。


「ぐわっ! き、妃……」


 突然の、王妃による凶行だった。

 みな、強張って動けない。


 私、アイリス王妃は突然、気が狂ったように笑った。

 ほんとうに馬鹿馬鹿しくて、涙があふれてきた。


「ほほほほ!

 あぁ、精霊が私の中に降りてきて、語りかけてくるわ。

『愚物を殺せ!』と。

 私はいまや進化したのよ。

 人間を超えて魔人になった!」


 剣をブンと振って血糊を飛ばす。


「それでも、私を処罰できるの!?」


 私が周囲を見渡して、胸を張る。


 すると、騎士、そして保護者の貴族たちが片膝立ちになって、かしずく。


「いえ。王妃様には精霊が宿りました。

 したがって、王妃様は無罪です」


 彼ら騎士団の後ろには、土下座する魔物愛護特別調査委員会の連中、そして血塗れとなったエイブル王の死体が横たわっていたーー。


◇◇◇


 翌日、エイブル王の突然死が国民に向けて発表された。

 狂死と記録された。

 国民は歓喜に湧き立ち、様々な場所で祝賀会が催されたという。


 それから、数週間に渡って、大勢の人間によって、魔物が血祭りに挙げられた。

 討伐過程で、魔人になった者も、喜んで仲間の刃で斬られて死んでいった。

 一ヶ月もすると、国中の街や村から、魔獣も魔人も駆除されていた。


 そして三ヶ月後、私、アイリスは、周囲の勧めもあって、ロイド王国の女王に即位した。

 王妃時代には、元騎士爵家という低い身分を冷笑されたり、侮蔑されたりしたものだったが、女王となった今では、私の身分をとやかく言う者は皆無となっていた。


 即位後の初仕事は、〈魔物憐れみの令〉の撤廃と、魔物愛護特別調査委員会の解散、そして主だった委員の処罰・処刑であった。

 そして夫であったエイブル王のかつての所業を断罪し、その首を中央広場に晒した。

 そうしてようやく、私のみならず、国民の大半が、溜飲を下げ、明るい顔を取り戻すことができたのだった。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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 今後の創作活動の励みになります。


●なお、以下の作品を、ざまぁ系のホラー作品として連載投稿しておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!


【文芸 ホラー 連載版】

『滅国の悪役令嬢チチェローネーー突然、王太子から婚約破棄を宣言され、断罪イベントを喰らいましたけど、納得できません。こうなったら大悪魔を召喚して、すべてをひっくり返し、国ごと滅ぼしてやります!』

https://ncode.syosetu.com/n8638js/


●また、すでに以下の短編作品(主にざまぁ系)も、それぞれのジャンルで投稿しております。

 楽しんでいただけたら幸いです。


【文芸 コメディー】


『太ったからって、いきなり婚約破棄されるなんて、あんまりです!でも、構いません。だって、パティシエが作るお菓子が美味しすぎるんですもの。こうなったら彼と一緒にお菓子を作って、幸せを掴んでみせます!』

https://ncode.syosetu.com/n3691jx/


【文芸 ヒューマンドラマ】


『私の婚約者フレッド伯爵子息は、明るくて仲間思いなんですけど、私にセクハラする騎士団長に文句の一つも言えません。だったら、ダサいですけど、私を守ってくれる男性に乗り換えます!私にとっての王子様に!』

https://ncode.syosetu.com/n7735jw/


『同じ境遇で育ったのに、あの女は貴族に引き取られ、私はまさかの下女堕ち!?しかも、老人介護を押し付けられた挙句、恋人まで奪われ、私を裸に剥いて乱交パーティーに放り込むなんて許せない!地獄に堕ちろ!』

https://ncode.syosetu.com/n0125jw/


『私、ローズは、毒親の実母に虐げられた挙句、借金を背負わされ、奴隷市場で競りにかけられてしまいました!長年仕えてきたのに、あまりに酷い仕打ち。私はどうなってしまうの!?』

https://ncode.syosetu.com/n0121jw/


『生まれつき口が利けず、下女にされたお姫様、じつは世界を浄化するために龍神様が遣わしたハープの名手でした!ーーなのに、演奏の成果を妹に横取りされ、実母の女王に指を切断されました。許せない!天罰を!』

https://ncode.syosetu.com/n3509jv/


【文芸 ホラー】


『伯爵令嬢シルビアは、英雄の兄と毒親に復讐します!ーー戦傷者の兄の介護要員とされた私は、若い騎士から求婚されると、家族によって奴隷にまで堕されました! 許せません。名誉も財産もすべて奪ってやる!』

https://ncode.syosetu.com/n7992jq/


『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』

https://ncode.syosetu.com/n4926jp/


『死んだと思った? 残念ですね。私、公爵令嬢ミリアは、婚約者だった王太子と裏切り者の侍女の結婚式に参列いたします。ーー私を馬車から突き落とし、宝石欲しさに指ごと奪い、森に置き去りにした者どもに復讐を!』

https://ncode.syosetu.com/n7773jo/


『元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!』

https://ncode.syosetu.com/n6820jo/


『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』

https://ncode.syosetu.com/n2323jn/


『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』

https://ncode.syosetu.com/n1348ji/


『噂の《勇者を生み出した魔道具店》が潰れそうなんだってよ。そしたら勇者がやって来て……』

https://ncode.syosetu.com/n1407ji/

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