憧れの偶像と崩れ去る贋作2
馬車に揺られること1時間、ルーンの村に到着する。
三人は前日が初の野宿でよく眠れなかったというのもあり、馬車内で爆睡していた。
「着いたぞ!!」
馬車を引いていた男に馬車の外からそう言われるとホットケイクがハっと起きた。
すぐにシフォンの体を揺すり起こすのだが、やはりメイプルンはなかなか起きない。
「ふにゃあ、もうちょっと……」
馬車は着いているのだ。もちろんそんなことは許されるはずもない。
「もう、本当に……」
そう言って呆れているとき、美しい、というより元気な歌声が二人の耳に入ってくる。
歌そのものが上手という感じではないが、誰かを元気づけてくれるような歌だ。
「うん……誰かの歌が聞こえる……」
ようやく起きたメイプルンは目をこすりながらその歌に聞き入る。
子供っぽさの残るその歌声に興味津々メイプルンは馬車を引いていた人物に尋ねる。
「元気でいい声の人ですね。 一体誰なんですか?」
「私の妹だよ」
馬車に乗せてくれた青年がメイプルンたちの近くに来てそういった。
「というか、君たちは妹のコンサートを見に来た人では?」
「あー、その子、初コンサートなんですよ、よくわかってなくて」
一瞬、シフォンが嘘がバレるっとビビるがホットケイクがすぐにそう言って事なきを得る。
「なるほど、せっかくだからリハも見ていくかい?」
「え? いいんですか?」
「妹のファンにはサービスしないと、ね」
リハーサルを見せてもらえることになった三人は馬車から降りて会場へと向かうのだった。
所変わって、リハーサル会場。大道具や小道具の人たちが忙しく走り回っているなか、一人彼らに怒る少女の姿があった。
顔立ちは整っていて可愛らしいポニーテールの子供だった。
「本当にありえない!! なんでここ光らないのよ!! それにこの歌詞何!? 気に入らないんだけど!!」
ドンドンと飛び跳ねながら抗議の言葉を述べる。
「こ、困ります姫様。 そのようなわがままを言われては!!」
少女はかなり不満気な顔をして見る。そうして
「なら、貴方クビね。理由は私に反抗したからってことで」
「そんなめちゃくちゃなあ……私にも生活というものが!!」
はあ、とため息を付き「じゃあさっさとやりなさいよ」と一言言うと練習に戻る。
「明日は本番なのに。 本当に無能ばっかりで大変だわ」
すべてを見下したかのような態度で従者らしき人と話す少女はまた歌い始める。それからしばらくしてリハーサル中にメイプルン一行が現れる。
「私、コンサート?ってよくわからないのでワクワクしてます!!」
メイプルンは自分の住んでいた街から出た、という経験は殆どなかった。それ故にコンサートはなどというものは一切見たことがなかった。
「ああ、最高に盛り上がるぞ」
そんなことを考えているとふと、シフォンは彼の名前すら知らないことに気がついた。
「ところで、お名前はなんというのですか?」
シフォンがそう尋ねると、ホットケイクは自分の無用心さに気づいてしまった。
名前も知らない人の馬車に乗って寝てしまったのだから。運が良かったと思うしかないだろう。
「私の名はビーフボウル。 まあ、あだ名だけどね。 牛を育てているからそんなふうに呼ばれている」
「私はメイプルン、こっちはホットケイクとシフォン。 よろしくお願いします!!」
勢いよく頭を下げて、元気よく挨拶すると他の二人も「よろしく」と言った。
「お、あれは、エクレアー!!」
先程までスタッフと言い争いをしていた少女に向かって手を振って走って近づいていく。
すると、エクレアと呼ばれた少女は先程の怒った顔から一転して、笑顔になりビーフボウルの元へ走っていく。
「お兄様!!」
「スタッフの言うことを聞いてちゃんとやってるか?」
先程まで悪態付きまくっていたはずの彼女はニッコリしながら、はいっと一言答えた。
「この街に来る途中にファンの方に合ってな。 足がなかったみたいだから馬車で送ってきたんだ」
「さすがお兄様! 優しいんですね」
「よろしくお願いします、エクレアさん!! 私はメイプルンと言います!! こっちがホットケイクで、こっちがシフォンさんです」
「今日は見学させていただき、ありがとうございます」
ホットケイクがそう言って挨拶するとエクレアが笑顔で三人を見た。
「ファンのみなさんが来てくれるなんて嬉しい」
エクレアがきゃっきゃっと喜びながら笑顔を見せるとメイプルンが初めて会う有名人にテンション高めに飛び跳ねていた。
「さて、私はそろそろ商談があるから行かないと。 コンサートは必ず見に行くからな?」
「行ってらっしゃい、お兄様ー!!」
「送っていただいて本当にありがとうございました! 助かりました!!」
ビーフボウルはメイプルンたちとエクレアに見送られ去っていった。ビーフボウルが見えなくなるとエクレアの態度が急変する。
「はあ、リハーサル見学とか邪魔くさ、さっさと帰らないかなあ」
明らかに声が低くなり、にらみつけるような目でメイプルン一行を見ている。
「え?」
あまりに、驚いて目が点になるメイプルン一行にエクレアは更に続ける。
「私、あなた達みたいな一銭もお金を落とさないファンが嫌いすぎて嫌なのよね。 わかったら早く見学料寄越しなさい」
三人とも突然の急変に何も言えない。先程までは元気で可愛い子と言った印象だったが、今はそれまでとは一変、恐ろしい徴税人のようになっている。
「あの、それ、ファンに対する態度としておかしくない? 私の屋敷によくスポーツの選手とか来てたけどみんなファンに優しかったわよ!!」
あまりにあんまりな態度に苛ついたホットケイクが苛ついて話し始める。
「ファンなんて金くれるだけの家畜みたいなもんでしょ? お兄様が飼ってる豚と同じだわ」
ブチギレたホットケイクは唖然としていて動けない二人の手を思い切り握り引っ張ってその場を去ろうとした。しかしそのタイミングで、スタッフたちがバタバタと突然前触れなく倒れ始める。
「え?」
怒っていたホットケイク以外の3人は異常な状態に気が付くのだがエクレアの真後ろにはコウモリの羽を持つ角が欠けた魔族の女がいた。
「危ない!!」
メイプルンがエクレアの腕を握って、魔族から引き離そうとするも時既に遅し。するりと手は抜けてエクレアは魔族の女に攫われてしまう。
「エクレアさん!!」
「ヴォルカニック!!」
シフォンが炎魔法を唱えるがそれもかわされてしまい、お返しと言わんばかりに一行は風の魔法で吹き飛ばされてしまった。
「くっ……」
皆、すぐに立ち上がるも、もうコウモリの魔族は消えてしまっていた。
「逃げられてしまいましたね……」
シフォンが力なくつぶやく。本来は追いかけて倒しに行くべきだろうがホットケイクには一つ心配事があった。
それをメイプルンにぶつけることになる。意見の対立を覚悟しながら。