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少女のたびに笑顔と幸福を  作者: 貝になった先輩
第一章 はじまりは怒りの逃避行
3/7

はじまりは怒りの逃避行3

彼女らが街についたときすでに日は落ちていた。街全体が暗くなっており各所から蝋燭の明かりが漏れていた。


「流石にやばいわね。とりあえず、あなたの家はどっち?」


ホットケイクが図鑑の少女に家の位置を聞く。自分の家に帰るだけにも関わらず、ビクビク震えながら歩いている。

メイプルンは直感的に何かがおかしいと気がついたが、特に何かを言うことはない。今はまだ本人に言えるほどうまく言語化できない。


「ここね……」


周りよりも少し大きめの家に住んでいた。煙突からは煙がもくもくと湧き出ている。両親は家にいるようだ。


「すみませーん!!!! 誰かいますかー!!!」


メイプルンが大きな声でドンドンとドアを叩く。


「ちょっと、私達は謝りに来たのよ! そんなうるさくしない!!」


しばらくすると、両親と思われる男女が出てくる。服を着崩した男女は図鑑の少女を見るなり怒ろうとするが、メイプルンたちの姿を見て、静止する。


「あら、お友達も連れてきたの?」


「すみません、この子、私達を助けたせいで門限やぶりをしてしまったらしくて」


ホットケイクが頭を下げた後、数回周りを見回したメイプルンが頭を下げる。


「あらあら、人助けしたの? シフォンはいい子ねえ」


母親らしき人が図鑑の少女、シフォンの頭を撫でる。しかし、シフォンは撫でられているはずなのにビクビクしている。


「シフォンって名前だったのね。ありがとうシフォンさん」


ホットケイクが再度シフォンにお辞儀をする。


「……」


珍しく黙っているメイプルン。なにか考え込むような格好をしながら、シフォンを見ている。


「ほら、あんたもシフォンにお礼言いなさいよ」


「……ありがとうございます、シフォンさん!!」


メイプルンは勢いよく頭を下げてシフォンへの感謝を伝える。十数秒頭を下げてようやく顔を上げた。


「今回の件は本当にありがとうございました。では、失礼いたします」


「帰り道、気をつけなさいね」


シフォンの母に見送られ。メイプルンたちはシフォンの家を後にした。

ホットケイクの家へ向かう最中、メイプルンがポツリと漏らす。


「私、師匠に撫でられたら、めちゃくちゃ嬉しくて嬉しくてしばらく頭洗えなくなります」


「いきなりどうしたのよ。 てか、頭は洗いなさいよ」


メイプルンはまた考え込む。今日は考え込むことが多いメイプルン。いつもは感情の赴くまま後先考えないのにもかかわらずだ。


「あんまり嬉しそうじゃなかったんですよね、シフォンさん」


「……撫でられ慣れてるんじゃないの? 私にはよくわからないけど」


ホットケイクは名家の生まれで教育もかなり厳しい。どこかに行く際にも何かを行っていかなければならないし、こんな日が暮れてから帰ることなんてありえないし許されないだろう。


「うーん、そういうものなんですかね……」


「って、あんたいつまでついてくるのよ」


メイプルンには申し訳ない、という気持ちがあった。自分が遅刻しなければ、魔王軍にも遭遇せずに平和に探検して帰ってこられたのではないか、と。


「私もホットケイクの家に謝りに行こうと思って」


メイプルンはホットケイクの家に一緒に謝りに行こうとするが、ホットケイクの父は厳格で平民嫌いで有名であった。メイプルンが行ったらなおさら怒られてしまうだろう。


「いや、いい。 あなたは師匠さんとご飯食べてきなさいよ」


理由は告げずにメイプルンを師匠のところへ行かせようとする。しかしなかなかメイプルンは動かない。というか、なにか考え事をしているような素振りをしており意味もなく左回りしたり頭を抱えてみたりしていた。


「でも……」


「師匠さん待ってるんでしょ? 多分、時間かかるから早く行ったほうがいいと思うわ。 師匠さん、心配するわよ?」


師匠を待たせるわけには行かないという気持ちはあったのだが少し調べたいこともあったので仕方なくその場を去ることにした。


「わかりました、ありがとうございます!!」


メイプルンは急いでその『気になったこと』を調べに行くことにした。


彼女がやってきたのは先程も立ち寄ったシフォンの家だった。送っていった際のシフォンの様子は明らかにおかしかった。

撫でられているのに怯えていたり、家に帰るのにビクビクしていたり、というものだった。メイプルンは孤児だ。家はない。

しかし、家に帰ることはすなわち信頼できる人と会うということだとメイプルンは考えていた。彼女は師匠のいる場所を家のように考えていた。


「よし……」


メイプルンは壁に耳を近づけると家の中の音を聞こうとするが、中からは2.3回がさがさとした物音が聞こえるだけである。


「あれ? 特になにもない、かな」


しかし、次の瞬間何かを叩く音が聞こえる。そうしてかすかだがシフォンの泣き声のようなものも聞こえてきた。


「え!?」


「お前みたいな親の言うことも聞けないゴミは死ね!!」


ゴスッと鈍い音が響いてくる。メイプルンはさすがにまずいと思った。自分の恩人であるシフォンが殴られている。どうにか中には入ろうとするが忍び込む方法などメイプルンに思いつくはずもなかった。

正面からドアを破壊して突撃するしかない。親子の仲に鑑賞してはならない、そんな社会的通念を守って眼の前でおそらく叩かれているであろう恩人を見殺しにできるほど彼女は大人ではなかった。


「だりゃあああああああああ!!!!」


メイプルンはドアを剣で切り裂くき、蹴り飛ばし家の中へと侵入する。住居破壊の大罪人だがもう後戻りはできない。

住居破壊は弁償によって罪を償うことができるがそんなお金のないメイプルンは間違いなく強制労働施設に送られるだろう。


「大丈夫ですか!? シフォンさん!!」


メイプルンの予想通りそこにはアザまみれのシフォンの姿があった。そして、シフォンの手を取りかなり強引に家の外、更には街の外へと連れ出す。

間違いなく誘拐行為だがそんなことを考える余裕は彼女にはない。どうにか『それ』からシフォンを引き離さねば、その一心だ。


「え!? あなたは洞窟にいた」


「ちょっと、おい、このクソガキがあああああ」


街の外までシフォンの親が追いかけてきた。


「おかしいですよ!! 自分の大事な子供をこんなになるまで殴るなんて!!」


街の外まで追ってきたことに少し驚きつつそう言って。


「うるさい! 子供をどうしようが私の勝手でしょ。 そもそもこのゴミが言うことを聞かないのが悪いのよ」


「……」


毒親、そう形容するのが正しいであろう『それ』は怒り狂った表情でヒステリックに包丁を振り回す。


「シフォン!! 私なしじゃあなたは孤児になってご飯にもありつけないかもしれないのよ!! それでもいいの? そこのゴミみたいに孤児になりたいの? あんた武器使えないでしょ? 街の外に出たら魔族に消されるかもしれないのよ」


シフォンは突然の事態に頭の整理が追いついていない。ただ、彼女がメイプルンについて思っていた事は自由で楽しく生活しているように見えてとても羨ましい、ということだ。

そんな彼女の人生は果たしてゴミなのか。自分の持っていないもの、親友、信頼できる師匠、嫌われることを恐れず自由奔放に振る舞う勇気、数え始めればきりがないだろう。

もし一人になって彼女についていくことができたら、それが叶うならば家を出るのもありなのだろうか。でもしかし途中で魔族に会って戦いで死んだら……。


「あ、あの」


「戦いからは私がシフォンさんを守ります。 ご飯を食べるためのお金は、一緒に頑張って稼ぎましょう。 この街にはいられなくなりますが、それなら、冒険のたびに行くだけです!!」


正直、シフォンを守りながら戦うなどできないかもしれない。しかし、なんとか理由をつけてこの地獄のような場所からシフォンを助け出したかった。

あのとき彼女が師匠をよんでくれなければ間違いなく自分は死んでいたのだから。今度は自分が彼女を助ける番だと意気込み拳を握りしめている。

この自分の眼の前にいる怪物から彼女を救い出したい。少し頭が痛い、自分の中で自分でわない何かが暴れているような、そんな感じがする。


「私は……」


シフォンが決断するときだ。メイプルンとともに自由に世界を駆け回る逃避行をするか、家で親に叩かれながら過ごすか。彼女が選んだ答えは。


「私、メイプルンさんと一緒に世界を回ってみたい……」


足手まといになるかもしれない、自分は役立たずかもしれない。それでも大事な図鑑を見つけこの地獄のような家から連れ出そうとしてくれた。

彼女の実力も未知数だ。しかしながら、彼女がこれまで出会ってきた誰よりも、自分への愛情を感じた。朝に出会ったばかりにも関わらずだ。


「メイプルンさんのこともっといっぱい知りたい!! それでこのっ!!」


「シフォン!?」


言い終わる前にシフォンに腕が包丁で切りつけられる。


「親の言うことを聞けない親不孝者!! あんたなんて産まなきゃよかった!!」


そう言って『それ』がシフォンに殴りかかる。それと同時に先程までわずかに感じていた頭痛が突然悪化しメイプルンは一瞬だけ意識を失う。

そしてその直後、シフォンに殴りかかろうとした『それ』の手を右手で掴んで思い切り握る。


「虐待はやめろよ、クソババア」


「な……」


彼女の表情はいつものドヤ顔風な笑顔ではなく、威厳のある怒りに満ちた顔になる。少なくとも話し方も雰囲気もいつものメイプルンのそれではない。


「シフォンという女はこの者の友人となった。 それに手を出すということは余に逆らうことと同義。 首を差し出せ、下郎」


「え? メイプルンさん」


あまりにも突然の変貌ぶりに驚き言葉を失うシフォンをよそに剣を構える。いつも以上に迫力がある構えで『それ』を睨みつけ威圧する。。


「……」


あまりの迫力に完全にビビってしまったようだ。『それ』は完全に逃げ腰になり後ずさる。


「あなた、絶対訴えてやるわ!!! 死刑にしてやる!!」


「やれるもんならやってみろよ、人間風情が」


逃げていく『それ』をの背中を睨みつけるメイプルンの首元に突然手刀が入る。


「かはっ!!」


そのままメイプルンは意識を失いバタリと倒れてしまった。

残ったのはただ一人困惑して立ち尽くすシフォンと手刀の主である師匠がそこにいた。

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