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98・反撃

 クレアの攻撃を受けた怒り心頭のプロキオンが、片手に傷を負い、メイスを振り切って隙ができているクレアに対し、杖を振りかぶり反撃を仕掛ける。

 流石にマズいとクレアを守る為に俺が全力で駆け出すが、タイミング的に間に合いそうにない。

 クレアに杖が振り下ろされようとしたその瞬間、その杖を振り上げたプロキオンが突然動きを止める。奴の頭部に輝きを失った剣が突き刺ささっていたのだ。


「ふぬおおおおわっ?!」


 それはセシリアが投擲したルーンライズだった。

 腹から下が千切れかけている不安定な身体に加え、無理な体勢で投げつけたのにも関わらず、聖剣は見事にプロキオンの額に突き刺さっていた。

 奇声を上げ剣を引き抜いて床に叩きつけた冥王。

 アンデッドの弱点は頭部である。だが残念な事に今の攻撃では倒すことはできなかった。

 もし聖剣が力を失っていなかったら今ので決着がついただろう。

 間髪入れず続けて胴体の肋骨部分に赤い槍が直撃した。

 今度はアリスの投げた槍だ。彼女の愛用の槍は十文字槍なので、肋骨の間を通り抜けずに当たったようだ。


「ぐわはぁ!」


 アリスの投擲した槍は、頭部に気を取られていたプロキオンにぶち当たり、大きくプロキオンをよろけさせる。

 切り刻まれた半身はまだ当然癒えず、セシリア同様に不安定な身体の状態にも関わらず、見事に投擲した槍を命中させていた。二人共、実に器用なものだ。投擲のスキルとか持ってたっけ?

 体勢を崩したプロキオンにクレアが手に持ったメイスを叩きつける。傷を負った片腕の痛みを無視した、全体重を乗せた強力な一撃だ。

 さっきのカウンターよりバキリと大きな音を立てた一撃に、プロキオンは耐え切れずに後方に吹っ飛ばされた。


「ぬ、ぬをおおおおおっ」


 しかしながらそこは冥王、地に膝をつけることなく、ふらつきながらもなんとか耐えきる。

 対して力を振り絞ったクレアは崩れるように床に倒れ込んだ。

 ポーションはまだあるのだろうか? それ以前に気を失っていたらポーションがあっても自身で回復できない。


「貴様ら何度我を虚仮にすれば気が済むのだ!」


 普通の魔物なら倒されていてもおかしくはない見事な連携を食らったプロキオンは、流石に頭に血が上ったようだ……骸骨だけど。


 プロキオンは倒れたクレア、そして身体が損傷して動けないセシリアとアリスを一直線に並ぶような位置に移動し、手を大きく後ろへ振りかぶった。

 どうやら最後のワイルドラッシュを使う様だ。

 幸いな事に、完全に注意がクレア達の方に向いている。プロキオンは俺の接近に気付いてはいない。

 タイミングは……ギリギリか。

 俺が離れた場所に倒れていた事と、プロキオンがワイルドラッシュの効果範囲にクレア達三名を入るように調整する為、俺から離れるように移動してしまったので、更に距離が開いてしまったのだ。

 腕を突き出しスキルが発動する直前の冥王の腕に向けて、俺は武器を振り抜く。


「ぬっ?!」


 異変に気付いたプロキオンだったがもう遅い。

 俺が振りぬいた金棒はプロキオンの手首と肘の間に直撃して、発動したワイルドラッシュの強烈な攻撃先は、誰もいない床方向に変えられた。同時に轟音がして床に半円形の大穴が開く。城の下の階層まで穴が空かなかったのでつくづく丈夫な作りだと、つい感心してしまった。

 ワイルドラッシュを放った冥王の腕は、金棒に粉砕され床に転がる。


「ぬぉおおお! 我の腕が、腕がぁ!」


 アンデッドだから腕ぐらい捥げることもあっただろうに。久々で忘れているのか?

 今の俺の手には魔力を封じられ只の剣となったブラックロウでは無く、以前序列将のハルクから奪っ……もとい、黙って貰った金棒が握られている。

 この金棒、長さは違うがクレアが持っているメイスと同じ物で、これはボーンブレイカーという名だとアルが言っていた。

 ボーン……つまりスケルトンに特効があるのだ。とは言え冥王にもこんなに効くとは思わなかった。


 後衛のクレアの攻撃が妙にプロキオンにダメージを与えていたのはそのせいだろうか?

 聖剣や魔剣が魔法封じの結界で力を失っているから、金棒のスケルトンに対する特効も失われているかと思ったのだが……。

 元の世界のゲーム風に言うと、完全にクリティカルヒットしている攻撃だったような感じだ。

 特定の魔法……付与された属性魔法ではなく、武器の特性を強化しただけの特効効果は魔法封じの結界の効果を受けないのかもしれない。ワイルドラッシュと同じ括りなのかもな。知らんけど。


「おのれぇええええ、セシリィィィイ! 貴様は瀕死だったのではないのか?! ……何処までも、何処までも我の邪魔をしおって!」


 プロキオンの攻撃を金棒で受ける。

 冥王の杖は勿論打撃用ではないが、それなりの強度と攻撃力がある。

 クレアと違い、物理戦闘に適したアルティメイトゾンビの俺だ。いくら冥王が強いからと言っても押し負ける事はない。


「何故だ! 高々レベル30程度しかないのに我に迫るそのステータスは何だというのだ! 我と同じレベルに達すれば我よりも強くなると言うのか?! 認めん、認めんぞ! 我は冥王、そんな事は断じて認められん!」


 片腕になった冥王が我武者羅に杖を俺に叩きつける。


「体力は僅かながらに回復しとるようだが、瀕死なのは変わりはない! 直ぐに叩き殺してくれるわ!」


 アンデッドに言う台詞ではないが、それほど頭にきているんだろう。

 ガキンガキンと金属音が鳴り響く。

 ダークテンペストのせいで空は青く澄み渡り、日差しが燦燦と降り注いでいた。

 おかしな進化をしたせいでゾンビであっても苦にならない俺だが、冥王プロキオンはそうではない様子だ。


 鈍器での殴り合いは拮抗している。

 多少回復したと言っても俺の体力値はかなり低い。だがその為にアルティメイトゾンビの特性でステータスにボーナスが加えられて、能力が底上げされている。

 プロキオンが言ったように現状俺のステータスは、プロキオンに近い数値になっているのだろう。

 とは言え油断はできない。体力が減ればより強くなる筈だが、体力が0になれば当然倒されることになるからな。


 気を取り戻したクレアが、俺とプロキオンが交戦している場所から、セシリアとアリスが居る所へ移動していた。

 片腕は怪我を負ったままだ。ポーションを使いきっていたのか。はぁ、全く無茶をしやがって。

 そんなクレアは、心配そうに手を胸の前に当て祈る様に見つめている。

 その様子は傷だらけでボロボロでも、疑いようの無いまさしく本物の聖女の姿に見えた。まぁ本物だけど。

 紆余曲折あって大変な目に遭ったクレアだが、偽物のマリアンヌがいなくなり、王国でも偽聖女と貶める王子等はもういない。

 俺についてきた結果、なんちゃって勇者のセシリアと共に聖女として冥王と戦っているなんて、偶然にしても出来過ぎているよな。

 ……数十年前の戦いで勇者が倒されてた事で、冥王軍から王国を守る為に命を懸けて王国に広範囲大規模結界を張って命を落とした、当時の聖女と同じ道を歩ませるつもりは毛頭ない。


 冥王プロキオンと戦うか戦わないか本人に聞いたわけではないが、結果的に俺と共に冥王と戦う事になってしまったアリスだ。

 俺とクレアがアルグレイド王国から戻って来た時に、アリスから彼女と冥王とに関わる話を色々聞いた。

 彼女の祖父である前冥王と、プロキオンが冥王の座をかけて戦う時にアリス自身が人質に取られた事、しかも返す気もなく人身販売に売られたらしい事。

 当時のアリスはまだ幼く、その陰謀には気付いてはいなかったそうで、事実を知ったのは冥将になってからだそうだ。

 アリスの前の赤の冥将だったアリスの父も、プロキオンから正気でない無理難題を押し付けられ、無理がたたって亡くなったと聞く。アリスの事を引き合いに出して命令を断れないようにしていたとか。

 そんな現冥王のプロキオンを、心の中ではずっと許せなかった事は間違いないだろう。道理で奴の足を引っ張る筈だ。俺に協力的で気が合うのもそのせいだと思う。

 アリスはもう吹っ切れたと言わんばかりの表情で、やっちまえとニカっと笑っている。まだ勝てる保証はないのに、良い性格をしているよな。


 一度は勇者として旅立ち、そして志半ばで亡くなったセシリア。

 与えられたユニークスキルを本来の使い方ではない使い方をしたせいで、結果的に再びこの世に舞い戻る事ができた彼女だ。アンデッドだけど。

 本人も言ったように女神も想定していない使い方だったんだろう。

 幸か不幸か、最終目的だった冥王の討伐の戦いに参加する事になった彼女だ。

 しかしセシリア自身も魔物になってしまった為に、女神に与えられた使命である魔物になった転生者を討伐する対象に自分も入る事になってしまった。そうなると使命は関係なくなり、冥王と戦うのは単に自身の復讐の為だというのが実に彼女らしい。

 セシリアと実際に会話したのはついさっき……この冥王の城に来てからだが、長い間同じ体で同居してきた、しかも同郷の者だ。何となく考える事が分かる気になっている俺だった。勘違いかもしれないけどな。

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