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96・戦う聖女

 プロキオンは一瞬天を仰いだが、何事もなかった様に杖をドンと地に打ち付けた。


「く、くくくっ……ふ、ふはははっ、流石我が天敵セシリィ。我の状態がバレておったとはな! 士気を崩してやろうとしたのを邪魔されたわ!」


 おい待て冥王、お前の天敵は勇者のセシリアだろ?


「だが、我が圧倒的有利なのは変わらんぞ? 何ゆえか? 我にはまだこれがあるのだからな」


 冥王が杖を持っていない方の手を俺達に見せつけるようにゆっくりと掲げる。

 そこには骨だけの手に無骨で凶悪な爪の付いた小手が装備されている。

 獣王から貰ったとか言うワイルドラッシュとかいう武器技スキルを発動できるナックルだ。

 その三本の爪のうち二本は金色に輝いていた。それが意味するのは『竜の咆哮』程ではないが、とんでもない威力の攻撃を後二回使用できるという事なんだろう。

 だが……。


「貴方が張ったこの結界内では、魔道具であるそれも使えないんじゃないのかしら?」


 俺の思った疑問をセシリアが口にした。

 それを聞いたプロキオンは胸を張り「ふはは」と笑う。


「我は特定のと言った筈だ。武器技スキルは無効化されんのだよ。たとえそれが魔道具だとしてもな」

「それはいい事を聞いたわ!」


 セシリアは輝きを失っているルーンライズを構えたまま冥王に攻め込む。


「ダブルスラッシュ!」


 一振りで二度の斬撃を繰り出す技だ。

 残念ながら俺は進化しても武器技が使えないんだよな……アンデッドは武器技スキルが覚えられないという、種族特性通りだ。

 セシリアはブレイブゾンビに進化したら武器技が使えるようになったみたいだ。

 もしかしてだが、セイクリッドゾンビになる時の選択肢の中にインビンシブルとかステルスとかがあったけど、あっちに進化していたら俺も武器技を使えるようになっていたかもしれないな。

 セシリアの放った斬撃は一発目は杖に防がれたが二発目は肩口から冥王の身体を切り裂いた。

 やった……と思ったが、「ちっ」とセシリアが舌打ちをする。


「ふむ、ダメージは微々たるものだ。やはり神聖力が乗ってなければ恐れる事はないな。しかもセシリア、お主今レベル30程か。そのレベル帯で身に付けられる武器技などでは我は倒す事はできんぞ、ふはははっ!」


 ブレイブゾンビのセシリアは武器技を習得できるが、習得している武器技では冥王に有効的なダメージを与える事はできないみたいだ。

 生前の武器技を受け継いでいるとしても、結構低レベルの時に殺されていた筈だから、強力な武器技は覚えていないのかもしれない。

 冥王を倒すには聖剣の馬鹿げた神聖力があって初めて可能なのだという事を、改めて思い知る事になった。


「武器技なぞ無くても困りはせん!」


 セシリアに対面している冥王の側面からアリスが槍を突き出す。

 アリスの攻撃を冥王はフンと手に持った杖で受け流す。


「チッ!」

「戦士と魔法使いの特性を持つと言えば聞こえはいいが、つまりは中途半端だと言う事だ。レベルがあってもその程度では我は倒せんぞアリス」


 そう言い放ち冥王は小手を装備した手を引いた。


「く、散開!」


 そう叫ぶセシリアを見てプロキオンは嘲笑った気がした。そして必殺のスキルが発動する。


「セシリィ、セシリア、そして聖女、お前達三名は倒した後、我の大切な研究材料として扱ってやるぞ、光栄に思え。くっくっくっ、終わりだワイルドラッシュ!」


 その瞬間、俺は何かに抱えられて地面を転がっていた。


 俺の身体の上にはクレアが横たわっている。

 まだ碌に動く事のできない俺を抱えて、ワイルドラッシュの効果範囲から飛び出そうとしたんだろう。

 ……そう、完全に効果範囲から逃れることはできなかったようだった。


「っ無事? ……セシ……リィ……」


 息も絶え絶えクレアが俺の身体の上でそう尋ねる。

 視界にはクレアの片足は消し飛び、もう片方の足は千切れて転がっている。加えて腹部が裂け中身が少し……。


「馬鹿、俺よりクレアのほうが重症だろうが」

「……良かった……私は……大丈……夫……」


 全然大丈夫ではない。

 俺と違ってクレアは只の人間だ。魔法を封じられたこの状況ではクレアを助ける手がない。


「うっ……」

「……かはっ」


セシリアとアリスも回避が間に合わずにワイルドラッシュを食らってしまったようだ。しかし奇跡的にもセシリアとアリスもまだやられてはいない。

 とは言えセシリアは腹部に大穴が開いており、身体が上下半分に千切れかけている。一方アリスは左上半身がズタズタに引き千切られ、両足の腿から先は消し飛んでいる。二人共辛うじて頭部には致命傷をうけてなかったようだ。


「ふはっ、つくづくしぶとい……だが、全員もう虫の息ではあるな」


 冥王は杖を一振りするとゆっくりとセシリアに近付いていく。

 ワイルドラッシュの最後の一回を使うのではなく、一名一名止めをさすつもりらしい。


「全く想定外だったぞ。我が少々迂闊な所も自覚したが、それでもこの冥王の我がここまで追い詰められるとはな……さて、まずはセシリア貴様からだ。さらばだ……愚かな元勇者よ」


 セシリアは杖を振り上げるプロキオンを悔しそうに見上げていたが、突然目を見開いた。


「むほぉ?」


 バリンと硝子の砕ける音と共にプロキオンの頭に液体がかかり、プロキオンが変な奇声を上げる。奴の足元には液体の入っていたであろう硝子の破片がバラバラと落る。

 プロキオンの頭部目がけて液体の入った容器が投げつけられていたのだ。


「お……おおっ……おうががががががぁ!」


 液体の掛かったプロキオンの頭部から上半身にかけて白煙があがり、奴は苦しそうにもがきだしていた。


「クレア……?」


 セシリアが自分を救ってくれた人物の名を口にした。

 そう、セシリアを救ったのはさっきまで大怪我で死にそうだったクレアだ。その彼女の身体には、さっきまでの命に係わるような大怪我は見当たらない。

 クレアはセシリアに一つ頷くと、手に持った銀に輝く変わった形状のメイスをプロキオン目がけて横薙ぎに振りぬく。

 次の瞬間、バキリッ! という轟音を上げて冥王が水平方向に吹っ飛ばされていった。


「うがっああああ!」


 ゴロゴロと転がる冥王。

 床に積まれた瓦礫に突っ込んだ所でやっと動きを止める。奴は何が起こったのかを確認するためにこちらの方を向き、そして顎を外すくらいの大口を開けてこちらを見た。


「な、な、何だと? 聖女、貴様死んだのではないの……かぁああああ?!」


 驚くプロキオンに追い打ちで液体の入ったガラス瓶が数個投げつけられる。

 プロキオンは危険を察し、咄嗟に手を前に翳す。

 ……多分焦って障壁を張ろうとしたのだが、自分で張った魔法封じの結界を忘れているのだろう。予想外のダメージに混乱しているようだ。

 最初の一個を食らった瞬間、障壁が展開してないことに気付き、慌てて回避行動を取り、無理な態勢で何とか避けきっていた。


「ぬおぅわぁ!」


 クレアは苦しむプロキオンに接近しメイスで追い打ちをかける。

 クレアは以前から進んで近接戦闘の訓練をしてきた。

 それは攻撃魔法を使えない自分が少しでもパーティの戦力になろうとした為だ。

 レオンハルトから助け出してからも訓練は続けていた。むしろそれからの方が過酷な訓練をしていた。クレアは「セシリィに付いていくのだから少しでも強くならないといけないですね」と、微笑みながら語っていたのは本心だったのだろう。

 女の子、しかも後衛なのに手にまめができてそれが潰れて血が出るまで一生懸命に練習をしてた事を、一緒にいた俺は知っている。

 ……回復魔法で傷は治るが、固くなった手のまめは残るんだなと、始めて知ったものだ。

 ……いやいや、そんな事よりさっきまで死にそうだったよなクレア? いや、まぁ、回復した原因はプロキオンを見ればわかるが。


「お、おのれぇ聖女ぉおおお!」

「ん、きゃっ!」


 プロキオンがクレアの攻撃を杖ではじき返す。反動でクレアが吹っ飛ばされていた。

 過酷な訓練をしてきたと言っても後衛である聖女は、近接戦闘には向いていない。冥王プロキオンも魔法使い系で後衛っぽいがボスキャラみたいなものだし接近戦が弱いなどと言う事は断じてない。実際にこちらの攻撃が何度も捌かれていたしな。


 床に転がっている、投げつけられてたまたま割れなかったポーションビンを一瞥してプロキオンが叫ぶ。


「ふ、ふぬぅ……これは明らかに只のポーションではない! や、やはりこれは……いや、まさか。しかし我にこれ程のダメージを与える事ができ、瀕死の聖女を一瞬で癒した秘薬……ま、まさか、エ、エリクサーなのか?!」


 え? エリクサー?

 以前アルデバランが開発していたって言ってたチート薬品じゃないか。完成してたのか?


「いや……違うな。エリクサーならこれ程に食らえば、我とて耐えきれるものではない……ならばそれに近い薬品か?」


 骸骨の顔に手を覆い被せ冷静に分析をする冥王プロキオン。


「……ええ、それがエリクサーならもう決着がついていたでしょうね……残念です」


 クレアはプロキオンの台詞を肯定した。

 まだ身体から白煙を上げているプロキオンは忌々しい雰囲気を醸し出しながら独り言のように口を開く。


「エクストラポーション……いや聖女の身体の欠損が治っているところを見ると、フルポーションか。アルグレイド王国では現在作れる者がおらんと聞いていたが……」


 俺が冒険者時代に得た記憶だと、フルポーションは体力を全快もしくは全快近くに回復させるエクストラヒールと欠損治癒が可能なリカバーの二つの魔法の特性を併せ持った薬品だった筈だ。

 俺はゾンビだしな。ポーション類の情報はきちんと学んでいる。うん、俺偉い。

 ちなみに回復治癒が本来の使い方である薬品をアンデッドに攻撃で使う際は、その効果が一ランク~二ランク程度落ちると言われている。

 つまりエクストラポーションをアンデッドに使った場合、ハイポーションもしくは只のポーション程の回復量と同等のダメージを与える事しかできないらしい。

 クレアを一瞬で治した程の薬品をプロキオンが浴びて倒れないのは、そういう事なのだろう。とは言えかなりのダメージを受けたように見えたけどな。

 ちなみにフルポーションでは魔力は回復しないそうだ。クレアがダークテンペストを防ぐために消費した魔力を回復しようとしても、フルポーションでは回復できなかった訳だ。

 そしてエリクサーは全てが完全に回復する。なんでも死者をも蘇らせるとか。まぁ実物を見た者がほぼ居ないらしいから本当かどうか分からないけど、古文書とかに書いてある情報ではそうらしい。

 そんなチート薬品をぶっかけられたら効果が落ちると言っても、流石のプロキオンも倒されていただろうけどな。


「何処でこんな薬品を……?」

「……」


 プロキオンの呟きにクレアは答えない。

 あの薬品は死者の迷宮で俺が金に鍵についてアルから聞いた時に、アルがクレアに渡してたものだった筈だ。

 正直言うともっと魔力の回復するマナポーションを多く渡してもらいたかったが、それは望み過ぎか。

 フルポーションを筆頭に体力を回復させるポーションはアンデッドにとってダメージを与える事ができる代物だ。流石に渡してくれたフルポーションの数は少ないだろうが、他にもランクの低いエクストラ、ハイポーションも一緒に渡してくれたようだ。アルには感謝だな。


「フン、全く持って忌々しい!」


 プロキオンは割れずに原型を残したままのポーションを杖で弾き飛ばす。

 割るつもりで杖でポーションビンを横薙ぎに叩いたんだろうが、当たった場所が良かった(?)のか、ポーションは割れずにコロコロと俺の目の前に転がって来た……うん、せっかくだし貰っておこう。幸いプロキオンは気付いてないみたいだし。

 俺は少しだがようやく動くようになってきた手で、密かに収納鞄にポーションを収納した。冥王への攻撃手段は多い方がいいからな。

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[一言] 硫酸瓶を投げるような攻撃!
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