94・魔力
辺り一面が白い世界に包まれる。
セイクリッドゾンビの時に身に付けた結界が間に合ってよかった。
結界の外の床がジュウジュウと溶けている。
どうやらドラゴンゾンビのブレスには酸が含まれているらしい。
アリスはクレアの結界内に居て無事だし、セシリアは飛ばされた方向がブレスの範囲方向から外れていたので、こちらも無事だ。
ただ受け身には失敗したようで、床をゴロゴロと面白い姿で転がった挙句に壁に衝突していたが……そこは見てないふりをしてあげよう。
「何あれ、なんてものを召喚したのよ、冗談でしょ?!」
起き上がったセシリアが驚きと呆れが混ざったような声で叫ぶ。
刹那、ドラゴンゾンビに炎の槍が突き刺さる……いや刺さったように見えただけだ。
「くっ、なんて魔法抵抗力なんだ! 殆ど効いてないじゃないか、アレは!」
ドラゴンゾンビに魔法を放ったアリスが文句を漏らす。
「ターンアンデッド……えええっ、浄化も駄目なんですか? 僅かに白く変色した部分が消えているから、全く効いてない訳じゃないみたいだけど」
驚いた、聖女の浄化魔法にも抵抗しやがった、あのドラゴンゾンビ。流石は腐っても竜。
クレアのレベルも40近く、かなり高いのにな。鑑定眼鏡が何処かにいってしまったので、あのドラゴンゾンビのレベルは分からないが、かなり高いと予想される。
まぁ完全にレジスト……抵抗されている訳ではないので、絶望する程ではないが。
「ふはははっ、気に入ってくれたかな諸君」
ドラゴンゾンビの後ろで、マウントを取ったかのように満足気な様子の冥王プロキオン。
「……そんなんだから他の三王から嫌われているんだぞ」
「き、き、き、き、嫌われてなぞおらんわ! し、失礼な奴め! まるで見てきたような嘘を言うでない!」
適当に言った俺の台詞にこの慌てよう……図星なのかもしれない。
「くっ、また我のペースを崩して陥れようとは……その手には乗らぬぞ、セシリィ!」
だから違うって!
本人には言わないがノリの良い所は嫌いではない。ただウザいし、価値観が違い過ぎるから仲良くはなれないけどな。
それ以前に俺、滅茶苦茶恨まれているからな。冥王軍をぐちゃぐちゃにしちゃったから……だが、誓って悪気があった訳ではない。身にかかる火の粉を払っていたらいつの間にかこうなっていただけだ。
火の粉……つまり冥王軍、しいてはそれを率いる冥王プロキオンが悪いのだ。俺の言い分を言わせてもらうと、そんな魔王軍を作ってしまったプロキオンの自業自得だと言いたい。
ドラゴンゾンビは召喚した者の命令は聞くが、それ自身に自我がある訳ではなく、単純な戦闘パターンで対応はそう難しくはない。
とは言ってもドラゴン、一歩間違えれば大ダメージを受けるし、当たり所が悪ければ一発退場になってもおかしくはないので気は抜けない。
特に酸のブレスは結界や障壁無しに直撃を受けたら、溶けて消滅してしまいそうだ。
ドラゴンゾンビを避け、プロキオンに攻撃を加えようとするが、流石に上手くはいかない。プロキオン自身障壁を張るし、反撃の魔法も放ってくる。何よりドラゴンゾンビが邪魔をするからだ。
ドラゴンゾンビが弱りだした頃、俺は少々頭を悩ませていた。
プロキオンはこんな化け物みたいなアンデッドをまた召喚してこないよな? 正直こんなのが何体も出てきたら魔力が持たない。
そう、クレアやアリスに魔力譲渡を繰り返し、俺自身も魔法を使用するものだから、俺の無駄に多かった魔力も底を尽きそうになっていた。
セシリアはまだ魔力に余裕はありそうだが、こんな強力な召喚獣をあと何体も呼ばれたら流石に持たないだろう。
アンデッドにはポーションが効かない。それは何故か魔力を回復するマナポーションも同じだ。
クレアは死者の迷宮でアナからマナポーションを結構な数を貰っていたが、俺から魔力譲渡を受けているくらいだ、既にもう手持ちのマナポーションは無いのだろう。
クレアの体力回復ポーションをアンデッドであるドラゴンゾンビに攻撃として使うのも手だが、どれ程効くのか分からないし、プロキオンが邪魔をしてドラゴンゾンビに当たらないかもしれない。まぁ使うかどうかはクレアの判断に任せよう。
俺達はドラゴンゾンビに地道にダメージを与え続けた。
俺達の中でダントツにダメージを与えていたのは聖剣ルーンライズを持つセシリアだ。流石に聖剣の攻撃力は半端ではない。
クレアは神聖魔法持ちだが聖女なので攻撃魔法は使えないし、ターンアンデッドも効果が薄い。
俺は神聖系の攻撃魔法は使えるが魔力が心許ないのでブラックロウで攻撃し続ける。
アリスも魔法抵抗力が高いアンデッドドラゴンに対し、無駄に魔法で魔力を使うより槍での攻撃に切り替えている。
そして俺達の地道な攻撃の甲斐あって、遂にドラゴンゾンビに最後の時が訪れた。
奴は最後に壮大にブレスを吐いて倒れ、そしてその姿がゆっくりと消えていった。
俺は冥王プロキオンを見た。
また何かしらのアンデッドモンスターを召喚するつもりなのかと思ったからだ。
こちらがドラゴンゾンビを倒している間に、何かしらの魔法の呪文を唱え終えていることは間違いないだろう。
案の定、プロキオンが魔法行使のトリガーとなる魔法名を口にした。
冥王の骸骨の口から出た呪文名は召喚の魔法では無かった。
そうだよな、もし召喚魔法だったのならアンデッドドラゴンが倒される前に召喚した方が良かっただろうしな。
召喚魔法ではないが俺の耳に届いた呪文名は、とても安心できる呪文名ではなかった。
「さて、次は……ダークテンペスト」
冥王プロキオンは両手を広げ呪文名を口にした。
ストーム系の上位魔法、しかも冥王の得意な暗黒系の魔法だ。
「ちょっと、貴方のご自慢の城が崩れるわよ!」
「ふははっ、貴様らを倒せるのなら安いものだ!」
随分と買ってくれているようだが、勿論全然嬉しくはない。
テンペスト系の魔法は発動に若干時間がかかる為、セシリアはプロキオンとの間合いを詰め聖剣で切りかかる。
冥王は杖を床に突くと、迫りくるセシリアとの間に土壁が現れる。
魔法の杖のアースウォールが発動したのだ。
ドラゴンゾンビと戦っている間に、魔道具である杖の再使用が可能になっていたようだ。
セシリアが攻めるたびにウォール系の壁や障壁に遮られるのは、魔法使い系と戦う戦士系の宿命みたいなものだ。
「くっ、もう、またなの?!」
愚痴るセシリアは目の前の土壁を聖剣で数度攻撃を与えて破壊する。アイスウォールと違いアースウォールは相手が全く見えなくなる為、視界から隠れた後に何処に移動するのか分からない。
土壁が破壊された後にプロキオンの姿を探すと、奴は竜の咆哮の空けた壁の大穴の真下に動かずに陣取っていた。
いや僅かながら下がってはいるか。数歩下がれば城の外という所にだ。
大穴の前に陣取って動かないのは、俺達を城の外に出すつもりはないという意思表示なのだろうか?
セシリアはプロキオンに剣を振り上げ踏み込もうとしたが……残念ながら時間切れだ。
辺りは強風が吹き荒れてきている。セシリアは一旦俺達の下へ戻る。
発動前に瓦礫で崩れるであろう城の外へ逃げ出すのは無理そうだ。
「結界を張りますが……セシリィ魔力は?」
「……実は結構マズい。強化の為に魔力譲渡はするが、正直心許ない」
俺も神聖魔法の結界を張れるが、結界の質や魔力効率が聖女であるクレア方が断然良い。
俺が結界を張り二重にするよりも、魔力を譲渡してその分の結界の強度を上げた方が、結果的には防御力に対して魔力消費量が少なくなる。
俺とクレアの会話を聞いてセシリアとアリスが顔を見合わせた。
「私も結界を張るわ、クレア程じゃないけど」
「私も障壁をできるだけ展開しよう、無いよりはましだろう」
セシリアはブレイブゾンビ……勇者と同じ魔法使い系と神官系の魔法の両方を使えるようだが、俺と違って魔力譲渡は使えないらしい。
そうこうしている間に結界の外は大荒れになっている。
薄暗くなっていた世界は、更に闇に飲まれていく。その暗闇が余計に不安を煽る。
プロキオンが開幕に放ったファイアテンペストどころの話ではない。流石得意の属性の魔法だけはある。結界を維持するためにクレアに魔力譲渡を行なうがゴリゴリと魔力が削られていく。
ただでさえ残り少ない俺の魔力が本当に無くなりそうだ。
マズい、いやマジで!
魔力が足りなくなって結界に歪が出てきているし、嫌な音も響いている。
クレアの結界の外側にセシリアとアリスも結界や障壁を張っているが、焼け石に水の状態だ。彼女達の結界や障壁は直ぐに破壊されて張り直しを余儀なくされる。
闇の暴風はまだ衰える様子はない。
プロキオンとの戦闘で体力もそう多くはない。万が一にもクレアの結界が破られ、ダークテンペストに巻き込まれればマジで全滅もあり得る。
魔力が足りない、魔力が……手に持った黒光りするブラックロウが視界に入る。
戦闘時に闇魔法を吸い込み更に強く黒光りが増した魔剣。
黒く光る分だけ闇魔法を取込んだようで、ブラックロウの中には魔力が過剰にあるのかもしれない。
試しにブラックロウから魔力を取り出そうとするが、上手くいかない。
魔力じゃないのか? ……じゃあ魔素か?
お、いけそう。魔素としてため込んである訳か。
魔素は魔力の元だ。高濃度の魔素なら魔力が大量に得られるかもしれない。
魔素を取り出そうと集中……ぐはっ、魔素のままじゃ駄目だ、滅茶苦茶拒否反応が出て、身体にダメージが……。
そもそも徐々に魔素から魔力に変換しているんだからな、食べた物を消化器官を通さずにいきなりカロリーに変えるようなものか……その例えはちょっと違うかな。
まぁ、ともかく困難なのは間違いないようだ。
そもそも魔素から直接魔力を得られるなら、魔法を使い放題になるからな。




