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86・開幕

 プロキオンはブランの死体に手を翳すと冥王の影が伸びブランを包み込んだ。


「……ふん、大した経験値にはならんな。でかい口きいておいてこの程度か。やはり弱いものほど良く吠えるし、身分不相応のものを欲しがるものだ……のぅセシリィ」


 あれってもしやブランを食べたのか? マジかぁ~、あれで経験値を得ることができるなんて、やっぱりアレは冥王だよ。


「俺は吠えた覚えはないし。身分不相応なものも欲しがった覚えはないけどな」

「ふん、どうだかな」


 冥王プロキオンは如何にも高価そうで高性能だろう銀色の杖を、収納スキルだか収納アイテムだかから取り出す。

 上部には何種類もの宝玉状の魔石が鏤められており、杖自体も所々湾曲している複雑なデザインの杖だ。

 プロキオンはその杖の石突部を床にドンと付いた。


「さて、始めようか。そちらは聖女がおるのだ一方的にはなるまい。如何にセシリィ、貴様が変異種と言えど……ん、んんん?!」


 どうしたんだ? いきなり冥王が驚いている。


「冥王どうした、発作か? 戦うの止めるか?」

「止めるか愚か者がぁ! それより何じゃ貴様ぁセイクリッドゾンビっつうのはぁあああああ!」


 ああ、鑑定を使ったんだな。

 流石に冥王プロキオンは鑑定で俺のステータスを見れるのか。冥将のアリスよりは強いのだから当然か。


「いや、見ての通り進化したんだけど?」

「貴様エンシェントゾンビが最終進化ではなかったのか?! いやそれよりもセイクリッドってゾンビでそれはおかしいだろ、アンデッドだろうがお前はぁ!」

「……いや、知らんがな」


 あまりにも驚く冥王に、つい俺も言葉使いがおかしくなってしまった。

 しかし俺達が冥王城に飛ばされて結構経つぞ? やっと気付いたなんて、今更感が半端ないんだけど。


「ひっひっふぅ、お、落ち着け我、ま、まだ慌てるような時間じゃない」


 それを言うなら「慌てる様な事じゃない」だろ? 混乱してるなプロキオン。

 ようやく落ち着いた冥王は仕切り直すように杖を床にドンと突く。


「神聖魔法まで得ているとは、我の目指した聖属性無効化の遥か上を行く進化だ……喜べ貴様の亡骸は役に立つ、良い研究材料となるぞ」

「まるでアルデバランみたいな言い方だな」


 俺がそう言うとプロキオンはもう一度杖をドンッと床に突いた。


「……アルデバランが倒されたせいで研究は遅れる一方ではないか。貴様だろうアルデバランを倒したのは?」

「さぁな」


 正確には俺の中に居たセシリアだ。そしてアルデバランの分体がインテリジェンスウエポンに変わって死者の迷宮にいるけどな。


「まぁ良い。長年の研究の甲斐あって、我もある程度は聖属性に耐性ができておる筈だ。我の勝利は揺るぎない」


 その場で杖を翳し魔法名を口にした冥王プロキオン。

 ああ、そうだよアルデバランが使える無声詠唱は、当然プロキオンも使えるだろうな。

 長々と会話したり、ブランと戦ったり、その間に呪文が完成していてもなんらおかしくはない。それが長い詠唱の必要な大魔法であっても。


「ファイアテンペスト!」


 呪文名を耳にした俺は、すぐさま収納鞄から聖剣を取り出し、それを抜いてプロキオンに向い走り出す。

 魔法名を口にしたプロキオンだが、俺の記憶が確かなら大魔法であるファイアテンペストは直ぐには発動しない筈だ。

 効果が出るその前に俺は聖剣を振りかざし、プロキオンに切りかかる。

 ビシィッと音が響き渡る。

 プロキオンを守っていた障壁と聖剣が衝突したのである。

 聖剣は弾かれたが、障壁は大きく歪む。


「ぬをっ、まさか聖剣じゃと? セシリィ貴様ぁ狡いぞぉおおおお!」


 え、まさかプロキオンは俺が聖剣を所持しているのを知らなかったのか?

 勝ちを確信していたような余裕たっぷりの様子だったから、てっきり知っているものだと思っていた。

 俺の事は調べつくして万全を期していたんじゃないのか?

 意外に抜けているな。諜報を取り仕切っていたアルデバランがいなくても、冥王の立場なら調べれば直ぐに分かりそうなものなのに。

 聖剣を何度か叩きつけると障壁は破壊された。よっしゃあ、チャンスだ! と思ったのだが……。


「もう遅いわ、ファイアテンペストの餌食になってしまえ!」


 既に熱を持った風が吹き抜ける中、俺は構わず剣を振りぬく。


「ぬっ! おぉおおおうっ!」


 冥王の身体に聖剣が掠める。

 ちっ、意外と素早い。身体を捻って直撃を躱しやがった。

 だが、先程多少の聖属性耐性があると言ってた割には、掠っただけで焼け焦げた跡が付いているな。聖剣の直接攻撃はやはり効くらしい。

 などと悠長に考察している場合じゃなかった。

 明らかにアルデバランが王都で使ったファイアテンペストより発動が早い。

 既に辺りは熱気が立ち込め、部屋中の彼方此方に火種のような炎が現れており、それが渦を巻き始めている。

 ……部屋と言うには広すぎる冥王の玉座の間だが、ファイアテンペストのような広範囲魔法を放って大丈夫なのだろうか? 王都の城の様にここも破壊されるんじゃないのか?


「ふぅ、デンジャラスな奴じゃ。聖剣を予想以上に使いこなしているようだな。だが想定内じゃ。もう我に近付けはせんよ」

「なら何で玉座から降りてのこのこ部屋の中心付近まで来ているんだ?魔法使いなら距離を取るものだろうに」


 俺の問いにプロキオンはフンと鼻を鳴らしニヤリと笑った……気がした。骸骨なので何となくそんな感じがしただけだ。馬鹿にされた気がしたんだよ。

 そんな中、前の世界の体育館が何個も入りそうな広い部屋に強風が渦巻き気温も急上昇してきた。

 俺は急いでクレアの下に戻ると、直ぐにクレアは結界を張る。全方向をカバーする結界魔法でないと耐えきれないしな。

 アルデバランの時は俺が魔力をクレアに譲渡して、その魔力の追加分、耐久力を上げた。勿論今回も同じ対策を取る。

 セイクリッドゾンビとなった俺は結界魔法も使えるが、聖女と比べ魔力効率が悪い。いや逆か、聖女が良すぎるのだ。

 聖女であるクレアの方が同じ魔力で、より強度の高い結界が張れる訳だ。

 とは言え、あれからレベルがかなり上がったクレアでも、彼女のみの魔力では最上級魔法のファイアテンペストを防ぎきるのには不安が残る。

 何しろ相手は冥王だ、威力は分体だったがアルデバランよりも上だろう。

 まぁ俺もレベルアップでかなり魔力量が増えたから、前回の様に魔力が尽きそうになる事は無いと思う。

 それに今回は前回みたいに王都を覆うような効果範囲にしなくてもいいからな、何とかなるだろう……と思う。


「……ふはははっ、我が何の考えもなしにこの場所にいると思うな? この巨大部屋は特別でな、四方の壁は我の魔法を跳ね返し威力を増幅させるのだよ。ただ壁に近過ぎると威力に耐えきれず破壊してしまうかもしれん、なのでなるべく壁から離れた位置に移動しただけだ」


 ネタバレありがとう。この特殊な大部屋を作るのに苦労したんだろうな、自慢したくて仕方がなかったのだろう。

 プロキオンの台詞が終わる頃には辺りは強力な炎の嵐に飲み込まれていた。

 結界の外は一面の炎でまるで巨大な焼却炉にいる様だ。

 完全に遮断しきれてないようで、結界内にいても熱が伝わってくる。

 結界が軋む度にクレアに魔力を補充する。結界が破れたら消し炭になってしまいそうだ。


 通常の魔法と違い結構な時間、魔法の効果が続いていたが、やがて火力が収まり辺りが見渡せるようになる。

 大火力で燃やされた大部屋は思ったより黒焦げてはいない。プロキオンが言う通り魔法を反射していたんだろう。

 だが、所々ひびが入っていたり、僅かに崩れている。完全には反射しきれてはいないようだ。


「……ほぅ、アレを耐えたか。だがまだ想定の範囲だ。貴様らの魔力を削っただけでも良しとしようか」

「ご自慢の壁は耐えきれなかったみたいだぞ。ひび割れているじゃないか」

「なぬっ?!」


 え、そっちは想定外だったのか?


「そ、そうか、我の魔力が強大過ぎたのだな。流石我! ふはははっ」


 その強大過ぎる魔力の魔法をこちらは耐えきったけどな。

 それより問題は奴があの規模の魔法を何発も撃てるかどうかだ。

 プロキオンの言う通り、結界で消費する魔力も馬鹿にはならない。こちらの魔力も無限ではないからな。

 俺は余裕を見せて大笑いしている冥王を見た。

 俺の持つ鑑定の眼鏡で見た感じだとプロキオンは意外と魔力を消費している。最上級魔法は如何に冥王であろうと、おいそれと何度も撃てないだろう。

 高レベルの者を鑑定する場合、鑑定の魔法、スキル、魔道具は使用者の力に比例して鑑定の成否が決まる。

 一般的にはレベルが目安になるのだが、本来はステータスが関係しているとアリスは言っていた。

 俺はプロキオンのステータスを覗く事ができる。

 つまり俺とプロキオンとは絶望する程のステータスの差はないと言う事だ。

 これは俺にとって実に嬉しい事実だ。


「クレア……私達まで守ってもらって、すまなかった……」


 アリスが申し訳ないような顔でクレアに謝罪していた。


「アリスさんを守るのは当然ですよ」

「ありがとう。だが……」


 冥王に下るようにアリスを説得していたカストルとポルックスの二名も、クレアは結界で守っていた。


「冥王様! 我らも巻き込むとはどういうつもりなのですか?!」

「あんな大魔法、いくらアリス様でも只ではすみません!」


 冥王に食ってかかる二名。その苦情を受けて笑いを止める冥王プロキオン。


「ふっ、説得に失敗して寝返ったのかと思っていたぞ。良かろう、暫し大規模魔法は止めてやろう、さっさと説得せい。アリスはああ見えて頑固者だからな、無駄だとは思うが。ふはははっ」

「「言われるまでもありません!」」


 声を揃えて返事を返し、説得を再開する二人。

 お前等クレアが守らなきゃあの魔法で倒されていたぞ? いくらヴァンパイアでも耐えきれない火力だったと思う。

 この状況でも助けた俺達ではなく、冥王につくんだな。まぁあいつ等冥王の眷属だし当然と言えば当然なのだが。


「ええい、どけ! 私はセシリィと共に冥王と戦う!」

「いけませんアリス様! あの二名は直ぐに冥王様に倒されるでしょう」

「そうです、冥王様に逆らってはいけません!」


 もうただの言い争いではない、武器を持って戦いながらの口論だ。

 しかし三人共本気で倒そうとしているようには見えない。側近の二人はほぼ防戦一方で、アリスも止めを刺す程の強い攻撃ができないような感じに見える。


「セシリィよ残念だったな。あの二人はお前の仲間になったりはせん。大方五名でかかれば我に立ち向かえるかと考えていたんだろう? そうは問屋は下ろさんわ」

「……仲間になっても冥王の眷属では戦力にならないだろうしな」

「そういう事じゃ……しかし、先程から地が出ておるぞ? 猫かぶりは止めたかセシリィ」

「殺す気満々の奴相手に、敬語を使う必要はないしな」

「ふふん、先にこちらの世界に来た先輩であり、そして貴様の主である王に対して実に失礼な態度だ。罰として滅するがいい!」


 杖で床を強く突くと、杖の上方に付いている魔石が輝く。

 杖にパチパチと光が瞬いたと思ったら、巨大な雷が俺に落ちた。

 高いとはいえ天井があるのに雷が落ちてきたぞ?

 無声詠唱を警戒して、冥王のお喋り中に結界を張っていて助かった。一撃で破壊されたけど。

 雷系は発動が早いし威力も強い魔法なので厄介だ。

 但し詠唱が長い欠点もある。だがそれはあの杖なら問題にはならない、魔道具は詠唱がいらないからな。


「アイスジャベリン!」


 氷の槍が飛んできたと思ったら、今度は「フレイムボム」「ロックランス」と次々と魔法を唱え乱射してくる。

 プロキオンは高速詠唱や呪文短縮を使っているので、魔法の間隔が凄く短い。はっきり言ってあのアルデバラン以上だ。

 ファイアテンペストに比べれば大したことのない魔法だが、連発されると非常にきつい。

 おまけに威力も通常の魔法使いが使う魔法より明らかに強い。

 ……今考える事ではないが、冥王がこんなに魔法が達者なら、魔王ってもっと魔法に精通しているってことだよな……。

 いや本当、今考える事じゃなかったな。


「ふははっ、ほれ結界が壊れるぞ? ダークストーム!」


 おおっ、以前序列将のロダン……だっけ? 奴に食らったダークストームより威力が強ぇえ! そうか、暗黒魔法は冥王との相性がいいのだろう。


「ん、きゃっ!」


 クレアの結界は魔法に耐えはしたが、防御中は大きく軋み魔法の効果が終了するとともに壊れてしまった。

 流石は冥王、強いな。

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