85・冥王の帰還
いつも迷宮に潜っているわけにはいかないので、たまに城へ帰ってくる。クレアは人間だから休養が必要だし、アリスは側近に任せているからといっても公務がある。
俺? 俺は修行だよ、早くレベル40になって進化しないといけないしな。
とは言ってもこの城では相手になってくれるのがダライアくらいなので、殆ど自主練状態だ。
ちなみにダライアは模擬戦に付き合ってくれたが、直ぐにギブアップした。ダライア曰く「セシリィ様の成長は異常です、私ではお相手できそうにありません」だそうだ。流石に毒舌も出ない程に疲弊していたよ。
さて、また死者の迷宮に潜るかと一旦冥将の間に集まる俺達。
俺とクレアは準備を完了させている。ダライアは本人の希望で城で待機だ。 「皆さんに付いて行くのは流石にハード過ぎて死んでしまいます」との事だ。お前アンデッドだろうというツッコミは今更か。
今は厩舎でくつろいでいるんだろう。しかし、いいのか厩舎で?
暫くまた死者の迷宮に潜ると言う事で、アリスが側近の二人に留守中の事を色々指示している。
俺は話が終わるまで例の金の鍵を手に取り眺めていた。
以前この金の鍵についてアルと話していたことを思い出していたのだ。
この鍵の本当の役割について。
二十九階層の異常に倒しにくい階層ボスの部屋を素通りできる事と、元冥王城のアリスの城から三十階層へテレポートで飛べること。
そしてもう一つが……回想に浸っていると、いきなり床が揺れた。
地震か?
いや、城内が騒がしくない。だったらこの冥将の間だけ揺れているのか?
状況を確認しようとした時、この広い部屋に声が響いた。
「我の留守中に随分と好き勝手したようだな~。アリスゥ~、そしてセシリィよぉ~」
この粘着質な声の主は言わずとしれた冥王プロキオンの声だった。
やばっ、もう帰って来やがった……ってもう三か月以上は過ぎているのか。
冥将の間にでかでかと怒り心頭の冥王の姿が浮かび上がっていた。へぇ~、投影の魔法か何かだろうか?
「お戻りになられたのですね冥王様……して、留守中に好き勝手とは?」
アリスは椅子から降りて冥王に対して跪く。当然側近の二名も同様にだ。
一応俺やクレアも顔を伏せて跪いた。俺はともかく、クレアは聖女だと気付かれてないなら誤魔化しはきくと思ったのだが……どうだろう、映像みたいな感じになっていると鑑定は利くのだろうか?
「ほぅ、この期に及んでも、まだ惚けるつもりか……いいだろう」
次の瞬間、ドン! と轟音が鳴り響き、さっきより大きく床が揺れた。
「ようこそ、冥王城へ……儂が出向いてもよかったのだが、我が城へ招いてやったぞ。光栄であろう?」
「なっ……」
アリスの城の冥将の間より遥かに広く高く作られた大部屋……冥王の玉座の間に俺達は転移させられたのである。
当然その玉座には冥王プロキオンが座っていた。
「ん~、知らんかったのかなぁ~? 元冥王城の玉座の間と現冥王城の玉座の間は転移魔法で繋がっておるのだよ……いやアリス、お前を信用していなかったから隠していたわけではないぞ。ふはははっ」
「ふ、ふふふっ……そうだったのですか。隠蔽魔法ですか? 私の上位鑑定を以てしても、全然気が付きませんでした……冥王様は本~当に性格が悪いですね」
「ああん? 言うではないか。性格が悪いのはお前の方だろうアリス」
「冥王様には及びません」
煽り合うプロキオンとアリス。こりゃ激突は避けられんかもしれん。
しかし元冥王城のアリスの城と冥王プロキオンの現冥王城が繋がっていたとは驚きだ。ハイアナライズを持つアリスが見破れないとは相当念入りに隠していたみたいだ。
そうだよな。逆に言うと何時でも冥王城に行けるって事だしプロキオンは隠すよな。まぁ術式の起動はプロキオンしかできないようになっているとは思うけど。
「まぁいい。アリスそしてセシリィ、貴様らの我に対する恩知らずで無礼な仕打ちは、既に我の知るところとなっておる。今更言い逃れはできんぞ……のぅブランよ」
アリスの配下将のブランが柱の陰から出てきて冥王に対して膝をつく。
俺が謀反を起こしたとか言ってアリスの城にカノープスを手引きした男だ。今度は冥王に告げ口をしに行っていたのか。
「ブ、ブラン? 姿を見ないと思ったら……冥王様の所に居たとはね」
「アリス様は残念ながら御乱心しておりますからね。冥王様に報告したまでです」
「そうね、ブラン貴方は私の配下になる前は冥王様の配下だったわね……今更だけど、思い返せば私の配下は信用できない奴ばかりだったわ」
そうだよな。
部下らしい者としては側近の序列一位と二位のカストル、ポルックス。そして序列五位と六位の序列将アンとロロくらいだろう。
いや、新しく俺の下になった序列八位~十位の奴等もそうか。
それに勿論序列将になっていない者もアリスの為に仕えてる奴も多いしな。今はアリスが信用できる者は多いか。
……目の前のブランを除いては。
プロキオンは玉座から立ち上がると、高台になっている玉座が設置されていた場所からゆっくりと階段を降りてくる。
「アリス、貴様は冥将を剥奪だ。暫し……そうだな百年程は牢に入り反省しろ。その後の態度次第では再び使ってやらんでもない。だが冥将に就く事は二度と叶わん。消されないだけありがたいと思え」
「牢に入るのも、以後貴方に仕えるのも御免だわ」
冥王プロキオンはゆっくりと俺達に近付いてきて、ある程度の距離を空けた所で止まり対峙した。
以前会った時も思ったが、プロキオンって意外とでかいよな。
「だがなアリス、お前の部下はそうは思っていないようだぞ?」
「……?」
ここに一緒に飛ばされてきたアリスの側近の二名がアリスを挟み込むように向かい合う。
「……どういう事だカストル、ポルックス?」
「アリス様。どうか冥王様の言う事に従ってください」
「アリス様の為なのです。冥王様に逆らって消されては意味がありません」
……あっ、そうだ、そうだよ!
あの二人の名前……確か双子の一等星の名前じゃないか。いやどっちかは二等星だったか? いやいやいや、今はそんな事はどうでもいい。
なんてこった、うっかりしてた。だとするとあの二人は冥王の手の者だったってことじゃないか。
「ふはは、そんな顔をしてやるなアリス。この者達は前冥王の孫娘であるお前に仕える為の力を欲していたのだ。だから我がその願いをかなえてやった、我が名付けをしてな」
「……私に仕える為に冥王の眷属になったって事? そんなの本末転倒ではないか!」
「何と言われようとも、我々には力が必要だったのです」
「そうです、アリス様の力となる為に、そしてお守りする為の力が」
……そういう事情か。
冥王の為ではなくアリスの為にか……言い過ぎかもしれないが、その、なんだ……馬鹿じゃないのか?
まぁ冥王統治の中、冥将としてのアリスを支えていく……と考えれば悪い事ではないが、アリス自身冥王を良く思ってないしなぁ、それをあの二名が分かっていないとは思えないのだが。
強大な冥王に逆らうことなく、それでもアリスの為を思うならって事なんだろうけど……どうなんだ、その選択は?
しかしここでもアリスの上位鑑定を逃れ眷属である事を隠蔽されたよな。プロキオンが隠蔽させたんだろう。対アリスとして鑑定阻害の開発に力を入れていたようだ。開発したのはアルデバランの方かもしれないが。
「カストルそしてポルックスよ、暫し時間を与えよう。アリスを説得してみせるのだな」
そう言うプロキオンに二名は頭を下げる。アリスは苦虫を嚙み潰したような顔でプロキオンを睨みつけていた。
「……それはそうと、セシリィそして聖女、お前達は残念ながら助けてやることは叶わん。散々我の邪魔をしてきたようだしなぁ~」
プロキオンはアリス達から俺とクレアに顔を向ける。奴の骸骨の顔がニヤリと笑った気がした。
「悪気はなかったんです……って言っても無駄なんですよね?」
「どの面下げて悪気はなかったと言えるのだ、貴様は?」
「ですよね」
うん、これは交渉の余地なし。上手い事言って、この危機的状況を打破できる話術も持ち合わせていないしなぁ~、あああ困った。
「セシリィ」
俺の斜め後ろに居るクレアが心配そうに俺に声をかける。
彼女は腕を掴んだり抱きついたりして俺の動きを阻害するような真似はしない。怖いだろうに大したものだ。
「大丈夫だ……とは言えないかな」
正直に言うと完全に準備不足だ。
万全の状態でも勝てるかどうかは怪しかったんだがなぁ。
「当然だ。勝敗は戦う前から決まっておるのだ。勝てるように予め手を打っておくのが戦略、戦術の基本だろう?」
「正論過ぎて、ぐうの音も出ないよ」
もう敬語も無しでいいだろう。戦いは回避できないようだし。
プロキオンが一歩踏み出そうとした時、奴の横で跪く男が声をかけた。
「冥王様。その女達の始末、私に任せてくれないでしょうか?」
「……ほう。我を馬鹿にしたこの愚か者を貴様が始末すると? ブランよ」
「はっ、こ奴等程度、冥王様の手を煩わせることはありません」
プロキオンは「まぁよかろう」と言って、その場に玉座の様な豪華な椅子を出現さえる。
収納系のアイテムかスキルを使用して出した物だろうが、いつもそんなのを持ち歩いているのか、こいつ?
プロキオンは「ふん、ではここで見ていてやる」と椅子に座り、足を組んで偉そうに背もたれにもたれる。まぁ実際偉い立場なんだけどな。
いや面倒臭がらずに玉座に戻れよ。そしてできるならそのまま俺達を帰してくれ……無理ですよね、はい分かってました。
「ブランよ、我に歯向かう愚かなこ奴等の事を我に報告した功績に加え、セシリィと聖女を見事倒せたのなら、お前を冥将に命じてやってもよいぞ。ふはははっ」
「ほ、本当でございますか冥王様!」
冥王プロキオンの言葉に目を輝かせ大喜びをするブラン。奴はアリス達に視線を向けニヤリと笑った。
アリスになり替わり自分が冥将になれることに優越感を得ているようだな。
「つきましては冥王様。私が冥将になった暁にはアリスを部下にいただけないでしょうか?」
それを聞いてアリスと側近二名が「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げる。
それを無視して冥王が即、ブランの希望を了承した。
「ふ、ふははははっ、いいだろう」
「ははっ、ありがとうございます。冥王様!」
もう勝った気でいるブラン。その姿は冥将となった自分に酔っているように見えた。口の両端を吊り上げて、思いっきり悪い顔で笑っていた。
「アリスは前冥王の血族だったという理由だけで冥王様から慈悲を貰い、冥将の地位に就いていただけだ。本来アリスは冥将の力など持ってはなかったのだ。序列七位に負ける程度だからな!」
ブランは腰に差していた剣を抜き俺に向いてそう言葉を吐く。
自分より序列の低い俺に負けたアリスは本当は弱かったと思っているようだな、こいつ。
……カノープス達との戦闘を見てなかったのか? そう言えば何処にも居なかったよな。ああ、あの時には灰の冥将軍との戦闘に巻き込まれないように逃げ出していたのかもな。
もしやカノープスが負けたのを知らないとか……そんな事は無いと思うが。
「カノープス様からどう逃げたのかは知らんが、俺より序列の低いお前に勝ち目はない。俺の礎となれることを誇るがいい!」
うん、知らなかったみたいだ。冥王プロキオンから教えてもらってないのか?
しかしこいつ、人の告げ口をして出世してきたタイプなのかもしれないな。
大層な台詞と共に切り込んできたブラン。
……だが、随分と遅いんだが?
こちらから間合いを詰め、すれ違いざまに俺は手刀で横一線に振りぬいた。
「これで俺も冥しょ……」
上下真っ二つになったブランは、そのまま床に倒れる。
俺はまだ帯剣をしておらず無手だったから、手刀で攻撃してみたんだけど……想像以上に弱っ。
「な、何故壁が……カハッ」
視界には床しか映ってなかったようで、壁だと勘違いしたようだ。そのまま血を吐いて痙攣していたが、暫くすると動かなくなった。
ブランは何が起こったのか分からないまま絶命したみたいだ。
「……下らん前座だったわ。やはり玉座に戻る必要はなかったな」
やれやれというポーズをとったプロキオンは既に椅子から立ち上っており、次の瞬間には椅子は収納に消えていた。
こうなる事は分かっていたんだな。




