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84・鍵

 今俺達が必要なのは戦力アップだ。最早冥王との対決は避けられない……だろう。

 自分が招いた結果なんだけど、うう、嫌だなぁ。俺はただ身に降りかかる火の粉を払っていただけなんだけどな……。

 事実上カノープスとアルデバランを倒しちゃったしな、完全に歯向かっているから許してもらえるとは到底思えん。

 それにアリスを見捨てるのは無しだ。まぁ本当に冥王がアリスを排除するかは分からないけどな。でもアリス本人が冥王プロキオンの言う事を素直に聞かないので、疎まれていると言っていたからな。心配にもなる。

 それとは別に俺とクレアが冥王から逃げ回る生活も嫌だよな。

 まぁアルグレイド王国でひっそり暮らしていく道もあるんだろうけど……いや、ひっそり生きるのは無理な気がする。

 そもそも早かれ遅かれ、冥王国がアルグレイド王国を攻め滅ぼしに来るだろうからな。


 その後も何度か死者の迷宮に潜り、何回かに一度はアルの研究室に伺う事があった。

 彼女が何か悪だくみしてないか確認……ゴホン、いや違った、アルの研究の成果の様子を見に立ち寄っていたのだ。


「おお、よく来たの主殿、聖女クレア」


 絶世の美女にお迎えされるのは悪い気分ではないが、その美女の背景が乱雑で汚い研究室だと、嬉しい気分も台無しである。

 そんな俺達の気持ちも読まずにアルは話を続ける。


「聖女クレア、お主のお陰で研究が捗る。研究途中でできた物じゃが、これらをやろう」


 そう言ってアルはクレアに大量のポーションを手渡していた。


「え、え?! あ、あの、ありがとうございます?」


 クレアの協力によって完成された白の妙薬のお陰でエリクサーの研究が進み、その研究の途中の産物として作られたポーション類のようだ。

 肝心のエリクサーは残念ながら完成はしてない。そう簡単には作る事はできないみたいだ。

 さっと見た感じではかなり上級のポーションもある様だな。

 まぁポーション類の薬品は人であるクレアしか使えないからな。クレアに渡すのがいいだろう。ポーション類はアンデッドである俺やアリスには使えない。逆にダメージを負ってしまうからだ。

 貰ったポーションを整理しているクレアを他所に、アルがこちらに向って歩いてくる。

 ……おいおい、近いよ。顔を寄せるな。


「ところで主殿。金の鍵を持っておるだろう?」

「ん……ああ」


 金の鍵。二十九階層の階層ボスを倒した時に宝箱に入っていた物だ。

 これを持っている者が一緒だと二十九階層のボス部屋にボスが現れず、部屋をスルーできる。

 加えて三十階層にある転移の魔法陣が使え、元冥王城、現アリスの赤の冥将の城までテレポートできる便利アイテムだ。

 とりあえず収納鞄から取り出しアルの目の前に出してやる。

 顎に手を当て金の鍵をしげしげと見つめ「ほぅ、やはり実に興味深い」と呟くアル。


「ところで主殿はこの鍵を所持していると現れぬ二十九層の階層ボスをどう思う?」


 ……どう思うって、言ってる意味が分からないぞ?


「主殿は既に三十層より下の階層に潜っているが、そこに現れる魔物と比べて違いはあるかの?」

「……相変わらず同じアンデッドの魔物だし……そうだな。三十階層以下の魔物は確かに強いが、倒しにくさなら二十九層の階層ボスの方が断然倒しにくかったと思う」


 俺の答えを聞いてアルがニヤリと笑う。

 美女のニヤリ顔は妙な色気と迫力があるので、目の前ではやめてほしい。


「調べて分かったんじゃが、二十九層の階層ボスは本来アンデッドでは倒せんようだぞ」

「そうなのか?」


 ……俺ゾンビだからアンデッドなんだけどな。

 まぁ神聖魔法が使える特異種で聖剣持ちだし、戦闘には聖女のクレアもいたからな。アンデッドの弱点である神聖力が増し増しの二人だったから倒せたんだろう。


「つまり冥王でさえ二十九層を突破できんという事じゃ……アレは元々勇者が冥王に挑む前に、勇者が倒すべき魔物のようじゃの。まぁエリクサーを攻撃に使う様な反則技を使えば誰でも突破は可能だとは思うがの。無論エリクサーがあればの話じゃが」


 勇者が倒すべき魔物? アルの言っている意味がよく理解できないが、喋り続けるアルの説明を黙って聞き続けた俺。

 その後、どうしてもわからない所を説明してもらいながら、ようやく話の内容を理解する事ができた。

 アル曰く、どうやら二十九層の階層ボスは勇者が冥王に立ち向かえるだけの神聖力を得る事ができたなら倒す事が可能な階層ボス……魔物らしいのだ。

 階層ボスを倒し金の鍵を得て、三十階層のテレポートで冥王城(現赤の冥城)へ乗り込み冥王と相対する。

 それを聞いて俺は思った。つまり何か? 勇者の冥王討伐の隠しルートなのか?

 確かに大量の魔物蔓延る冥王城に、正面切って乗り込むのは無理がある。裏ルートがあって然るべき……なのか?


「まるで死者の迷宮を作った誰かが、勇者に冥王を討伐させるために作ったカラクリみたいだとは思わんか? くくくっ」


 アルはそう言って笑う。

 誰かって誰だよ? 俺が疑問を口にする前にアルは話を再開させる。プロキオンにしても元アルデバランのアルにしてもお喋りが好きな奴らである。


「だがまぁしかしじゃが、これは勇者側だけが得をするものではないようじゃぞ」


 アルの話では金の鍵を所持した勇者を冥王が倒して、金の鍵を手に入れる事ができれば、冥王が自由に死者の迷宮三十層にテレポートできるようになるらしい。

 冥王が死者の迷宮の三十層以下に進む為に必要なカラクリが、こんな面倒臭い難儀な事だったとは……分かるかそんなクエスト! 運営出て来い! っと思わず前の世界のゲームのように文句を言いたい気分だ。

 まぁ俺冥王じゃないからいいけど。それにもう金の鍵は手に入れてるし。

 うん、でもそれじゃぁ……。


「現冥王プロキオンは冥王城を別の場所に移したんだろ……その事を知らないのか?」


 俺は疑問を口にする。現冥王城は元冥王城のアリスの居城から遥か奥地にある。死者の迷宮と繋がっているのは元冥王城である赤の冥将の城の方だ。


「前冥王から略奪に近い感じで冥王の座に就いたからのぅ、知らんのじゃろう。自力で死者の迷宮に潜っていたくらいだしの……まぁ歴代の冥王もその事を知っていたどうかは怪しいがの」


 マジか……しかしよくそんな事を調べる事ができたなアル。

 俺は本気でアルに感心した。そう言えばアルの元であるアルデバランは諜報も担当していたんだったな。


「ふははっ、なに大したことはしとらんよ。聖女の結界が消えたアルグレイドの王城にある禁書庫にちょいと潜り込んで調べただけじゃ。新王セシルは碌に引き継ぎもできず王に就いた上に、国自体の体制もまだしっかりしていないからのぅ、拍子抜けする程簡単に潜り込めたぞ。それにテレポートに必要な転移ポイントも主に倒された分体が使っていたものがあったからのぅ」


 想像以上にアルグレイド王国の体制は穴だらけらしい。

 今冥王軍に攻められたら滅亡するんじゃないのか?

 無理もないか、前王が伏せってた間、王太子、宰相、騎士団長の重鎮達が揃って国を好き勝手して、国を弱体化させたんだし。

 まともに機能していたのがゲルト公爵領だけだったのでは、アルグレイド王国が立ち直るのに何十年かかるか分かったものではない。

 ちなみにアルの使ったテレポートポイントは本来アルデバランの眷属だった者しか使えないそうなので、冥王が帰って来てもアルグレイド王国の王都へは乗り込む事はできないそうだ。

 テレポートポイントは個人個人で設定するものらしい。

 アルはアルデバランのテレポートポイントをインテリジェンスウエポンになった今でも使えるそうだ。


「その禁書庫に黄金の書なるものがあった」

「……黄金の書?」

「然り……主殿が鑑定できず、儂が部分的に鑑定できた金の鍵の鑑定結果の中に、『悪しき者には見えず触れず読めない天から授けられた書を見よ』とあったのじゃ。それがアルグレイド王国の禁書庫にあった黄金の書であることは間違いない」

「マジか。大発見中の大発見じゃないか」


 俺は大げさに驚く。いやマジで驚いた。


「この黄金の書じゃがな。悪しき者……つまり魔の者は読めんようじゃ。読めんどころか、魔の者だと見えんどころか存在すら分からんのだろう」

「じゃなんでアルは読めるんだ……ってそうか。アルはもうインテリジェンスウエポンだからか」

「うむ、特定の者が読めるのではなく、特定の者が読めない作りのようじゃのぅ。主殿が金の鍵を転移魔法陣のキーアイテムと使用できるものの、鑑定ができなかったのは主殿が魔物だった事が原因かもしれん」


 流石アル、見事な推理で尚且つそれはきっと正解なんだろう。


 黄金の書によると書の内容は勇者が然るべき時……十分にレベルと装備が整った時に王から秘密裏に伝えられる内容なのだそうだ。

 時の王が暗愚で勇者に伝えなかったり、勇者が慢心していた場合、冥王城正面から討伐に行くことになり、その場合かなりの確率で勇者は敗北したようだ。

 冥王側には黄金の書のような攻略本は無い上に、世代交代は現冥王のように略奪に近い代替わりが多い為に、金の鍵の情報が受け継がれなかったのだろうと、アルはそう俺に語る。


「まぁ勇者に非常に近い立場の者が間者として忍ばせておけば、いずれはそれらの情報を冥王側が手に入れる事も可能じゃろうがの」


 確かにな。

 冥王は金の鍵の情報を探り出し、勇者を倒して金の鍵を奪えば死者の迷宮の三十階層以下に簡単に行けるようになる訳だ。

 さっき死者の迷宮を作った誰かが……なんて話をアルがしたせいで、まるで勇者を倒したご褒美のようだと感じてしまうよな。

 金の鍵の有用性をアルに教えて貰い俺は誰となく頷いてみる。


「結構……いや滅茶苦茶重要なアイテムだったんだなこれ」


 俺が心底感心しながら手の中ある金の鍵を見つめていると、アルが笑い出す。

 ん、何? 何で笑うのかな?


「然り……じゃが主殿。儂は金の鍵の本当の役割をまだ語っとらんぞ?」

「……へ?」


 俺は思わず間抜けな声を上げてしまっていた。

 え、アレは死者の迷宮を攻略する為の便利アイテムじゃないの?


「主殿。儂がアルグレイド王国の禁書庫にある黄金の書から得た情報……つまり金の鍵の本来の役割……それはの……」


 俺は妖艶な笑みを浮かべる美女の言葉に黙って耳を傾ける。

 アルは一呼吸おいてから、口を開いた。


「金の鍵は冥王に使う物なのじゃ」


 と。

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