82・憂鬱
アリスは俺達を見回して肩を竦める。
「私はな……幼い頃、人族に助けられた事があるんだよ。誘拐された時に私を救ってくれたのが人族の者だったんだ」
アリスは困った顔で頬をかいた。成程、あまり人に話したい類いの話ではないのか。でも俺は知りたいので、黙って話を聞くことにする。
「誘拐犯に監禁されていた私を救出してくれたのが、とある冒険者達だったんだ。掴まって監禁されている子供は私だけじゃなかったからな、本当は攫われた子供達の中の誰かを助けに来たんだろう。私はついでに救出された訳だ。ちなみに誘拐犯は人身販売の組織だったらしい」
「うわぁ~」
俺は思わず変な声が出てしまった。あるんだなぁやっぱり、子供を売り買いする組織って。
「私はヴァンパイアだったからな。人族の冒険者にしてみれば、所謂敵の民だ。本当は助けなくてもいいし、その場で殺されても仕方ない状況だったんだが……その冒険者達は変り者でな。危険を顧みず私を冥王国の領地まで送り届けてくれたんだよ。しかも彼等は私に対して普通の人族の子供と変わらない態度で接してくれた……いや、正直言うと結構可愛がってくれたんだよ。ヴァンパイアの私をだぞ」
「へぇ~本当に変な奴等ですね」
「……彼等もお前にだけは言われたくないと思うぞ、セシリィ」
あはは、そうかもな。
しかし成程ねぇ、そんな事があったのか。
……ん? 誘拐ってまさか……確か前冥王は身内を人質に取られて、現冥王プロキオンに負けたとか聞いたぞ。
俺の表情を見てアリスが話を続ける。
「どうやら知っているみたいだな。その誘拐は恐らくプロキオンが仕組んだものだ。御爺様……前冥王と冥王の座をかけて戦う際に、私は人質に取られたんだ。実際は返すつもりもなく売られたんだがな。まぁ確たる証拠も残ってないし、その事実を知ったのは私が大人になった後の事だ」
今の小さな身体では大人に見えませんね……などと、思っていても表情にも口にも出さないように努める。今そんなふざけた事を言っていい雰囲気ではない。真面目な話だ、流石に俺だって空気を読むぞ。
しかし……そんな事があったのならプロキオンに協力的でなくなるよな。
アリスは目を伏せて悲し気な表情を浮かべる。
「皮肉にも……私を救ってくれたその冒険者達は勇者パーティだったんだ。後でそれを知った時には流石に驚いたぞ」
はぁ? 勇者パーティだって? 何やってんの勇者……まぁ、人の良い奴等だったんだろうけど。
「誘拐された幼い私を助けたその数年後に彼等は、冥王となったプロキオンの討伐に向かい、返り討ちにあったそうだが……」
独り言のように小声で呟いたアリスだった。
……予想外の重い話だった。
いや、人間て何となく面白いだろ? とか、見てて飽きないだろ? とか、もっと軽い感じの話かと思ってて、何か……その、なんだ、すまんかった。
黙って聞いていたクレアとダライアも気まずそうだ。
「す、すまん! まさかこんなにしんみりするとは。もう過去の事だ、聞き流すくらいでいいんだぞ、な。おおい! 何とかしろセシリィ」
無茶言うな、はぁ……。
「この昔話はアリス様の言う通り一旦忘れましょう。気が滅入ります。では強引に話を変えましょう……う~んと、では冥王繋がりで……俺が冥王に勝つ可能性はあると思いますか?」
「おお……凄い力技で話を変えたな。だがまぁ話題が変わった方が私も助かる」
ようやくニマッと笑うアリス。アリスは笑っていた方がいいよ。可愛いし。
それはそうと俺が無理矢理振った話だが、俺は最近何処へ行っても冥王を倒す気でいると思われているんだよな。
主体性もなく状況に流された結果、そんな風になってしまっただけなのだが……。
「正直に言って難しいと言わざるを得ない」
「ですよね~」
「理由は色々あるが……一番の問題は冥王が冥王であることだな」
「……ああ、冥王となった者は何やら追加ステータスの上乗せがあるってやつですか?」
「なんじゃ知っておったのか。そうじゃ、冥王はただ冥王と名乗っている訳ではない。冥王の地位に就いた者……冥王の称号を得た者は、人族の勇者の加護のようなステータス等の上乗せ効果の力を得る事ができる」
それの意味するところは冥王の力はレベル通りではなく、それ以上であるという訳だ。
いやその前に勇者にもステータスの上乗せがあるのかよ! 今初めて聞いたよ。
まぁ考えてみればそうだよな。一般の職業に毛が生えた程度だったら、冥王を倒すことのできる人族の希望などとは言われないだろう。
「ですよね~。高レベルになるほど、一レベルの力の差が大きいと聞いていましたけど、そのレベル以上の差があるんですよね、厳しすぎる」
俺は思わず城の外の景色に目を向け、遠い目をしてしまった。
「力に差がある事は分っていた事だ。ところでセシリィ、お前鑑定阻害のアイテムかスキルを使っているだろ? それを外して私にステータスを見せてみろ」
「……は? そんなアイテムもスキルも持ってないですけど?」
「え?」
「え?」
暫しお互いを見つめ合ったまま黙り込む俺達。
クレアとダライアは俺達二人の会話に口を挟む事はしないようで、黙って成り行きを見守っている。
「……ちょっといいかセシリィ、お前レベルはいくつだ?」
「えっと、王国と死者の迷宮で結構上がりましたので、レベル38になりましたね」
王都ではちょっと洒落にならないくらい治療しまくったし、分体とは言えギルバート王子に取り付いたアルデバランも倒したからな。
死者の迷宮では29層の超強い階層主も倒している。
「38か……なら鑑定は可能な筈だ。私の方がレベルが高いからな……あと考えられるのは……いや、まさかな」
どうやら俺の事が鑑定できないらしい。アリスの鑑定は通常のアナライズではなくて、上位スキルのハイアナライズだ。それでも鑑定が不能だってことか?
俺、何もしてないんだけど?
アリスは考え込んでいた。何故か俺を鑑定できないからだ。
誓って鑑定阻害のアイテムやスキル等は使っていない。そもそも持ってもいないしな。
「鑑定ができる、できないないは厳密に言うとレベルは関係ないのだ。私の上位鑑定も基本は同じだ、詳細が詳しく分かるにすぎん」
あれ、そうだったっけ?
「一般的にレベル40くらいまでは鑑定が可能で、対象がそれ以上の高レベルだと失敗する可能性があるとか、聞いたことがあるのですが?」
俺の質問を受けてアリスが頷く。
「そうだなレベル40以上の者、つまり冥王国に属する者の場合、私の様な冥将以上の者だと一般の鑑定では成功せんな。鑑定を使う術者や使用者が鑑定対象なみの高レベルでもない限り……普通はな」
アリスが俺に説明するのと同時に、自分にも言い聞かせるように語る。
「実は鑑定の成功失敗は主にステータスが関係する……つまり自分より強すぎる者を鑑定する場合は鑑定が阻害されてしまうのだ。レベルは強さにほぼ比例するので、普通はレベルを目安に鑑定が可能かどうかを判断するんだ。そうは言っても自分より結構格上でも、鑑定は成功するものなのだがな」
「いやいや、俺が冥将のアリス様より強いわけがないでしょ?」
「……あのなぁセシリィ、お前は私に勝っただろうが! それどころか他の冥将もお前が負かしたんだろうが、少しは自分の力を自覚せい!」
……いやそれはさ、何でかアンデッドなのに聖属性を得たからだよ。アンデッド相手に相性が良かったんだ。聖剣もあったしな。
「考えられることは、アレか……セシリィ、前から気になっていたんだが、お前今まで何度進化したんだ? 私が知る限り最低二回以上は進化しているはずだが」
ああ、確かに進化すると強くなる自覚はある。何度もそれに助けられたしな。
ええっと……最初はただのゾンビで……。
回数が多いので順番に思い出す間、アリスは言葉を続けた。
「いいかセシリィ、進化は通常一回から二回だ。例外的に三回進化する者もおる。そうカノープスやアルデバランだ。奴等は三回進化して冥将の強さを手に入れた。私は一回だけだがヴァンパイアは特別で元から上級種だからな、進化しヴァンパイアロードになると他の魔物より多くステータス値が上昇して今の私くらいの強さくらいになる。そして特異種の冥王様は四回も進化しているのだ。お前は間違いなく冥王様と同じ特異種なのだろう? 恐らくお前も四回進化しているのではないのか?」
「えっと、七回ですね」
「……は?」
アリスは俺の返事を聞いて、口をあんぐり開けて呆然としていた。




