81・帰還
俺、クレア、ダライアに加え、アルを連れて階段を降りる。
「ほうほう、ここが階層下か……まだ迷宮は続くようじゃが……おっ、これは?」
アルが感心したようにキョロキョロと辺りを見回す。
階下には広いスペースが広がり、その奥には先に続く通路があった。
今までの階層とは作りからして違った感じの場所だ。
壁、床、天井全てが階上のような薄汚れていてジメっとした感じではなく、そこそこ綺麗で明るい色合いになっている。
その広いスペースの中央には魔法陣が描かれていた。
何だこの魔法陣は? ここは専門家に任せる事にする。
「アル、これ何の魔法陣だ?」
「ふむ、ちょっと待っておれ……」
ふむふむ、うむうむと魔法陣を調べるアル。
暫くしてアルが顔を上げ答えを口にした。
「これは転移の魔法陣じゃな」
「へぇ、それで転移先って分かるのか?」
「無論じゃ、儂を誰じゃと思っておる。転移先は……」
アルから何処に行くのか聞いた俺達は、つい驚いて声を上げてしまった。
しかし丁度いい、俺達の行先もそこなんだしな。
しかもその魔法陣を使うには上の階のボスを倒して手に入れた金色の鍵が必要らしい。
鍵は一人持っていればパーティ全員が転移できるようなので問題はなさそうだ。
「ではの、儂は赤のアレには好かれてないようじゃし。主殿達は魔法陣を使えば何時でもここに来れるからの……儂の部屋に来る時も魔法陣に必要な金の鍵があればボス部屋をスルーできるからのぅ、何時でも来るがよい」
ふむ、目を離していると、いつの間にかとんでもないものを作っていそうなので、たまに見に来るか……俺が冥王に消されてなければだけど。
さて魔法陣だが、俺の配下となったアルが嘘を言う意味もないので、一応信用して転移の魔法陣を使ってみる事にした。
「おおっ、本当に移動した」
「へぇ、凄いですね。私、転移魔法って初めてです」
「私はカノープス様と一緒にアルデバランが使った転移魔法の経験がありますが、同じ様な感じですね」
それぞれ感想を漏らし、転送された場所を見渡す。
俺はこの場所を知っている。
何処かというと元冥王城、現赤の冥将の居城の地下である。
この場所……部屋には俺がレオンハルトから奪った……いやセシリア視点で言うと返してもらった聖剣ルーンライズが保管されていた。
その聖剣は俺が黙って拝借して、現在有用に使わさせてもらっているが。
……そうか、アルの話から察するに、ここは大昔にルーンライズが封印されていた場所と同じ場所なのかもしれないな。道理で聖剣が保管されていた箱の中の台座に、ピッタリと収まった訳だ。
俺達は魔法陣が浮かび出た部屋の中から外へ出て、通路に足を踏み入れる。
ちなみに魔法陣のあった場所だが、以前は物が乱雑に積み上げられていて魔法陣が見えていなかったが、魔法陣が起動したことにより上にあった物は弾け飛び、今では綺麗に魔法陣が浮かび上がっている。
まさか元冥王城と繋がっていたとはな。アリスはこの事を知っているのだろうか?
……知らないよな、絶対に。
「い。いつの間に戻っておったのだセシリィ?! 城門の兵からの報告はなかったぞ?」
な、知らなかっただろ?
アリスは玉座にて俺達が現れた事に驚いていた。
部下から俺達が城に帰って来たと報告が上がらなかったのだから当然だろう。
転移の魔法陣がある地下から直接ここに来たからな。
驚くアリスにこれまでの事をきちんと報告する事にした。
長くなりそうなので、休憩を取ってから別部屋で話をする事になった。部屋は広くダライアが入っても問題のない広さがある。
部屋に馬がいるという違和感が半端ないが、どこぞのアニメや漫画のように人化などできないので仕方がない。
「……私の予想の斜め上をいく報告だな……」
アリスはそんな感想を漏らす。
予想の斜め上というのがどんなものか分からないんだけど?
ただ呆れているのは見て取れる。
いやいや、そんなに呆れる程か? 程なんだな……ふむ。
俺の行動より、死者の迷宮と元冥王城のここが繋がっていたことの方が驚きだと思うが。
アリスの話では冥王と死者の迷宮は切っても切れない関係らしく、大昔の冥王は頻繁に迷宮と行き来があったらしい。
現冥王のプロキオンもカノープスもアルデバランも、そして俺もあそこで生まれた(?)訳だし、冥王と関係が深いというより、アンデッド全般と関連があるのは間違いない。
アンデッドの魔物しか出てこないしな。
さて冥王プロキオンだが、まだ四王会議からは戻って来てないらしい。
「戻っては来てないが、カノープスとアルデバランの二将が倒された事には気付いているだろう」
「ああそうか、名付けで繋がっているのでしたね。実際はあいつ等の一部が俺の配下に収まった形になっているけれど……俺が関わったってバレているのかな?」
「冥王の直属の部下もどこかしらに紛れ込んでいるだろうしな、冥王が戻れば直ぐにバレるだろうな」
「ですよね~」
気が重いなぁ、何とか事を構えないでいる方法はないだろうか?
「セシリィ、お前アルグレイド王国に行くか、もしくは死者の迷宮に籠るかするか? 転移の魔法陣は今ならまだ極秘にできるし、冥王が突破できなかった階層より下にアルデバランの隠し部屋のような部屋を作れば、冥王も手出しできないだろうし」
「成程……」
それもいいかもしれない。
冥王プロキオンから逃げ隠れする事にはなるが、背に腹は代えられない。
しかし、そうなると……。
「もし俺がそうするとして、アリス様はどうするのですか、大丈夫なのですか?」
「さぁな。お前に負けた事は冥王の耳に入るだろうし、その後もこうやって会ってる事も調べられれば直ぐにわかるだろうしな。それを踏まえて考えても、残った冥将は私だけになったが重用されるとも思えん、冥王の性格上むしろ煙たがれる可能性の方が高い」
何もない天井を仰ぎそう答えるアリス。
彼女は少し考えてから言葉を続けた。
「幸いアルグレイド王国が弱体して大した脅威になっていない現状では、気に食わん私を排除して新たな……カノープスやアルデバランの様な従順な冥将を育てるかもしれんな。戦争を続行する気なら冥王自身が兵を率いて戦えばいい。王自ら戦場に出るのはどうかとも思うがな」
カノープスやアルデバランは名付けをされただけあってプロキオンの事を嫌ってはいない。プロキオンは奴等のような部下を育てる可能性もあるし、そうなればアルグレイド王国へ直ぐに攻め込む事もないだろう。
万が一冥王プロキオンが自ら軍を率いてアルグレイド王国を攻めたら、アルグレイド王国は負ける可能性がかなり高い……と言うか戦力差を考えたら勝ちようがないよな。
「一応聞いておきますが、俺と一緒に逃げる気はないですか?」
その言葉にアリスは目を見開き驚いていた。
俺はきっと「馬鹿にするな!」と怒鳴られるかと思っていたのだが……。
「魅力的なお誘いだが遠慮しておこう。誰かさんが私に反感を持っていた奴等を排除したおかげで、今この城には私を慕う者が殆どだ。そいつ等を残しては行けん」
アリスは少し嬉しそうな顔でそう答えてくれた。若干頬が赤い気がするが気のせいだろうか?
しかしそう言えば以前、俺に突っかかってきた赤の序列将やらを倒してしまったからな~。そのせいでこの城の戦力は落ちてしまって苦労してるとぼやかれたっけな。
そしてここにはアリス達ヴァンパイアが血を得る条件で匿っている、只の人間も多く住んでいる。
あの人間達は住む場所を追われた者達や、王国から逃げてきた者達だったよな。人間ではあるがアリスの下で働いている者もいるしな、見放す事ができないのだろう。
加えて今回のアルグレイド王国との戦で、魔の森周辺の人の町や村がアリスの管轄下に入っている。
現在占領した町や村から逃げ出す者達を止める事はしてないそうで、かなりの人間達が危険な魔の森を抜け、アルグレイド王国に逃れたそうだ。
動けない者、動きたくない者が思ったよりもいるらしく、残った者達を保護しているらしい。
アリスの事だ、逃げた一般人が魔の森の魔物に襲われないように、密かに守る様に指示したんじゃないかと思う。
王都から戻る時にフォーブル砦で、マーヤがアルグレイド王国に戻る一般人に手を出さないように通達がきたと言っていた。直属の上官ではないアリスからだが、従ってくれたようだ。
マーヤ自身も「武人たる者、民間人には手を出さぬ」と言っていた。
彼女、マーヤもそうだがロナウドやアインも、アルデバランの黒の冥将軍の暴走で、敵国とはいえ民間人を虐殺してしまったことを良く思ってはなかったようだ。
「はぁ……そうですか残念です」
俺は肩を竦めながら、そう口にした。
まぁ。そうだろうな。アリスがここを放棄して逃げる訳がないか。
「ふふっ、すまんな」
困ったように笑うアリス。この際だ、俺は前々から思っていた質問をぶつけてみる事にした。
「アリス様は何故そこまで人族に肩入れをするんですか?」
「……私は別に……そう、見えるよな、やっぱり」
「ええ、そうにしか見えません」
アリスは天井を見上げ一つ溜息をつく。その顔には仕方がないなという表情を浮かべていた。




