8・ネクロマンサーと騎士
さて、あれからどうなったかと言うと……。
「やっておしまい、グレーターゾンビ!」
ネクロマンサーである彼女と共に行動しているのである。しかも術にかかったフリをして。
先日、彼女が俺に死霊魔法をかけ俺を操ったと勘違いした後に、彼女は鞄から取り出した眼鏡で俺を見ると驚きの声を上げていた。
「グレーターゾンビ? 聞いたことのない魔物……アンデッドね、変異種なのかしら? ステータスも中々のものだし、これはいい魔物を手に入れたわ」
そして俺を見てニヤニヤと笑う。
その、なんだ。水面に移った自分の姿を見てる俺だ、自分で言うのも何だが、正直気持ち悪い姿だと思う。そんな俺を見て笑う彼女……ネクロマンサーってこんな人種ばかりなのだろうか?
しかしあの眼鏡……もしや異世界ものの定番、漫画やゲームでたまに出てくる、鑑定ができる魔道具か何かだろうか?
鑑定は多分、俺のステータス画面みたいな感じで対象の情報が分かるものだと思う。
「あら? 従属の表示が出てないわね……鑑定の眼鏡、壊れたのかしら? 高かったのに……」
壊れてないよ、だって本当は操られてないからね。
だが、これはいい機会かもしれない。
操られていると勘違いしてくれているのなら、俺はこのまま彼女と行動を共にしてこの世界の情報を少しでも集めようと考えたのだ。
この世界の事など殆ど知らないからな。
「あらあら……何でこのグレーターゾンビ、魔法陣の中に『退避』できないのかしら? ……まさかちゃんと私の支配下に入っていない?」
……ネクロマンサーの支配下にあるアンデッドは普段は別の空間? に居て、魔法陣から『召喚』して呼び出すらしい。
当然俺は操られていないので魔法陣の中の別空間には入れない。まぁ入りたくもないが。
「……お手」
ふむ、俺は差し出した彼女の手にそっと手を置く。
「……回れ」
よしきた、任せろ。
俺はその場で華麗なスピンを決める。
「ネクロマンスはかかっているわよね、何でかしら?」
頭の上に?マークが見えるくらい首を傾げている。その姿が実に面白い。
もうオバ……もとい、熟女……と言うにはまだ若いな……まぁそのくらいの年の頃の女性にしては妙に可愛らしい仕草をする。
若い頃は男にモテただろうなぁ。今でも彼女の同世代以上の男にはモテるんじゃないかな。
俺が術にかかったフリをして彼女と一緒にいるのは、先程述べた様に情報集めもあるが、何よりこのオバ……女性を気に入ったってこともある。
ネクロマンサーである彼女の戦力は当然アンデッド達だ。
支配下にあるアンデッドの総数は知らないが、かなりのアンデッドを配下に置いているようだ。
森の中だけあって魔物がよく襲ってくるので召喚されたアンデッドと共に主である彼女を守る事になる。
まぁ俺は配下に置かれているわけではないが。
彼女自体の戦闘力は見る限りあまり高くないような感じだ。攻撃魔法を使うなら分からないが。
ネクロマンサーなら暗黒魔法とかなのかな? 知らんけど。
召喚された配下の魔物は当然アンデッドで、ゾンビやスケルトンが数十体はいて、他にも実体の無い為に俺が倒せなかったゴースト、そしてレイスまでいた。
中々の戦力である。
しかし、レイス、ゴースト系の魔物は敵だと厄介だが、味方だと頼もしい。物理攻撃が効かないからである。森に居る魔物はほぼ物理攻撃主体な為に一方的に攻撃できるからだ。
いや~、パーティ戦は楽だね。仲間が意思疎通のないアンデッドばかりだけど。
うん、そう。ゾンビやスケルトンなんかは言葉が通じないし、レイスくらいなら意思疎通が成立するかと思ったが、駄目だった。
ネクロマンスで配下に置かれると駄目なのか、それとも元々意思疎通ができないのかは定かでない。
そんなある日の事である。
出会ってから湖周辺で魔法を放って何かを探知したり、何かの形跡を探していたネクロマンサーの下に、見知らぬ誰かが近付いて来た。
「待て!」
主であるネクロマンサーの彼女が俺達に命令する。
森から出てきたのは立派な鎧を着込んだ、恐らく騎士だと思われる人物が数名。
俺達は主である彼女を守る為に騎士に対して矢面に立っていた。
でも彼女はその騎士達を攻撃しないように命じたのである。知り合いなのだろうか?
「……ほう、中々の戦力ですね、流石メリア殿。これほどの力があるのなら、王国に残れば十分に待遇の良い生活ができたでしょうに」
「私本業は魔法使いではなくてネクロマンサーなのよ。死霊使いが王城勤めなんて歓迎されないのは御存じでしょう? ……それで何の用かしら、ライゼル殿?」
ネクロマンサー……メリアは騎士達の中心に居る青年騎士のライゼルと会話をしながら肩を竦めて溜息をついた。
騎士の方はどうかは知らないが、メリアの方は騎士に対して良い感じを持っていない様だ。
「はははっ、つれないですね」
「こんなオバサン相手に何を言ってるんだか。用が無いのなら帰りなさい。王国騎士の一隊を預かる隊長殿が居る所ではないわ」
……なん……だと?
王国の騎士隊長だと、この若造が?
明らかにイケメンの上に騎士隊長って事は、金も力も権力もあるって事じゃないのか?
くそっ、イケメン滅ぶべし!
「メリア殿、酷なようですがいい加減諦めた方がよろしいのでは? 我々も調査は続けていますが何の手がかりも掴めません。それに王国の正式な発表では、殿下はもう……」
「黙りなさい。私はもうフリーの冒険者です。勝手に調査するのはかまわないでしょう? それとも私が嗅ぎまわると何か不都合でもあるのかしら……例えば他の王位継承権を持っている方々とか?」
メリアがそう言うと、空気が凍った様に張り詰める。
「滅多な事は口にしない方がいいですよ、メリア殿」
「……そうね。気を付けるとするわ」
……あの~、何このいきなりのシリアスな展開は?
今の話じゃメリアが行方不明の殿下……つまり王子か王女を探しているって事だよな。
いやいや、今俺は自分の事で精一杯なのに、王族絡みの事案なんて関わりたくないぞ。
……ん?
何だ? ライゼルとか言うイケメンがマジマジと俺を見て首を傾げる。
「これ……ゾンビですよね?」
「そうよ、変異種みたいだけど」
いつの間にかピリピリした空気は無くなり、メリアとライゼル、そしてライゼルと共に来た騎士達が俺を見つめる。
よせやい、そんなに見るなよ、照れるじゃないか。
「……ゾンビの割にあまり匂いませんね。そしてこのゾンビ何処かで……?」
「ああ、実は私もこのグレーターゾンビが気になってたのよね。初めて見たタイプのゾンビなのに、何故か懐かしさがあるのよ。生前だったとしてもこんな大きな人に知り合いはいなかったし」
「ふむ……とりあえず、このゾンビの事はいいでしょう。貴方の気が変わらないようなので我々はこれで去る事にします。ですがメリア殿、王都に戻らなくても、このような事を続ける事はお勧めしませんよ」
「……忠告は受け取るわ」
そう言って騎士達はまた森へ消えて行った。
王国騎士ってくらいだから本拠地の王都に戻るのだろう。メリアには王都に戻れと言いに来たというより、調べ事をやめろと言いに来たみたいだな。
夜、拠点にしている湖の湖畔で、焚火を眺めながら思いに耽っているメリア。
昼間のイケメン……ライゼルとか言う騎士が来た事で、色々考えているのかもしれない。
「ねぇ……」
俺は『退避』の魔法陣には入れないので、相変わらず彼女の近くに居たのだが、メリアが俺を向いて呼びかけた為、ついそちらを向いてしまった。
目が合ったが……彼女はゾンビの顔が気持ち悪くないのかな?
「ネクロマンスで動いているだけだって分かっているけど……なんとなく私の言葉理解をしてるんじゃないかと思う時があるのよね、貴方」
鋭いな、当たりだ。
「そんな訳ないか、ヴァンパイアじゃあるまいし、ゾンビに自我がある訳ないか」
一人で勝手に納得してしまった。
まぁ、そう思ってくれた方が面倒臭くなくていいけど。
「王女殿下……セシリアはね、聡明で可憐で……とても私に懐いてたのよ。」
……おおう、いきなり昔話を始めたぞ。
まぁ気持ちは分かる。昔を思い出して結構ナイーブになっちゃってるんだな。
「王宮魔術師の中でもネクロマンサーだった私はあまり良く思われていなくてね。そんな私にもセシリアはとても優しかったのよ……嬉しいものよね、だってセシリアは……」
メリアはそこで言葉を止め首を振る。
……でもそうか、メリアはそのセシリア殿下ってのを探しているのか。
俺は珍しく星の出ていない空を見上げ溜息をつく。
何番目の王位継承権を持つ殿下だったのかは知らないが、そんな身分の高い娘が行方不明なのだ。
……しかもあのイケメンの話具合から考えると、そのセシリア王女様はもう亡くなってる感じである。
確実に何かしらの悪意が見えるし、それに首を突っ込んだら只で済むはずはない。
昼間来た騎士、ライゼルが諦めろと言った意味が分かったよ。
「……諦めたくないのよ」
俺の考えを読んだわけではないだろう。恐らく自分に言い聞かせての言葉だ。
「足取りはこの湖まで……ここは表立って扱えない奴隷を取引する為にたまに使われているらしいわ。そして考えたくないけどこの近くには死者の迷宮がある……そうなるとお手上げ……」
疲れたのだろう、寝息をたて眠ってしまった。
結界は張ってあるし、護衛の配下のアンデッド達もいる、無論俺も。
何よりこの湖畔は何故だか森の魔物達が近寄って来ない。ダンジョン入り口付近の草原もこんな感じだったな。
ただ湖の中には魔物の魚がいたけど。
奴隷の取引に使われるって言ってたし、魔物の居ない安全な場所なんだろう。俺の様なちょっと特別な魔物や、使役している魔物は別の様だが。