78.隠し部屋の主
死者の迷宮二十九層のボス部屋前には、他の階層には必ずあった安全地帯の部屋が見当たらなかった。
ボスに挑む際に冒険者達が準備をする際にその安全地帯の部屋を利用するらしい。
部屋には魔物がおらず侵入して来ることもない。安全地帯は実際の所、何の為にあるのかは分かってはいない……本当に迷宮に挑む者達の為の部屋なら、実に親切設計で結構な話だが、そんな馬鹿な話はないだろう……ないよな?
話は逸れたが、何処の階にも必ずあったボス部屋前の安全地帯が、この二十九層ボス部屋前にはなかったのだ。
いや、正確にはあったのだが隠されていた。
そう、何者かによって安全地帯の入り口が故意に隠蔽されていたのだ。
誰がそんな事をしたのかって?
そんな怪しい人物は一人しかいない。
案の定、そいつに隠し部屋にされた部屋に案内されたんだよ。ボスを倒した際にいきなり現れた白いローブの女性に。
「なんのおもてなしもできんが……どうぞ飲むがいい」
科学室の様な部屋の書類が散乱したテーブルに置かれた容器……どう見てもビーカーに入れられた茶色の液体を出してきた女性。
鑑定の眼鏡で調べてみると『美味しいお茶』と出ている。見た目はアレだが美味いらしい。
イヤイヤ、今はお茶どころではない。この女は一体誰で、何故ここに隠し部屋を作って住んでいる?
敵意が全く無いのはいいが、俺達の事をたまに珍しそうな目でジッと見つめてくるので、正直良い気持ではない。
白い衣の女性は自分で入れたビーカーに入ったお茶を「はぁ~」と美味そうに飲み干すと、首をコテンと傾げて俺達に話しかけてきた。
「いや~、まさか本体が倒されるとはの~。この迷宮は魔素が豊富故に暫く身体は持つものの、儂は数か月後には消えるしかなかったのじゃがな……これも運命か、実に興味深い」
そんな台詞を何の緊張もなく口にする女性。
……やっぱり、そうだよな~、この女性は……。
「アルデバラン……なのか?」
「うむ、見て分からんか?」
「分かるか! お前、リッチだっただろうが! 骸骨だったじゃねぇか!」
「……む、言われてみればそうじゃの。じゃが気にする程でもあるまい?」
大した問題でもないと言う女性……いやアルデバラン。
容姿どころか雰囲気も全く違うのだが?
「分体の一つである儂が生み出されたのは、本体がまだ冥将になったばかりの大昔の頃じゃ。研究ばかりしていた儂と本体は随分と性格が違ってきたようじゃな」
ほう、最初からちゃんと自我があると。アルグレイド王国で戦った分体……黒の序列将の分体達とは違うようだな。
性格だけじゃなく容姿も全然違うけどな。
そもそも、本体があっちなら何でここに居る分体は骸骨じゃないんだ?
「ああ、この身体か? これはの、元々スケルトンから進化したリッチの儂じゃが、記憶の無い生前の姿はどんな風だったのじゃろうという疑問から、復元してみたのじゃ。つい最近の事じゃがな」
アルデバランは自分の豊かな胸をプニプニと押して、感触を確かめている。
「……マジか。っと言うかアルデバランお前、女だったんだな」
「見て分からんかったか?」
「骸骨の姿しか知らんのに分かる訳ねぇだろ!」
こいつ、ふざけているのか素でズレているのか。
つい立ち上がってしまった俺にアルデバランは手を前に出して、俺を椅子に座らせた。
「くくくっ、まぁ落ち着け。それにの今の儂がお主等に危害を加える事などできんからの。儂の方は長らく研究しかしておらんかったし、レベルも碌に上がってはおらん。お主等なら儂を簡単に葬れるから安心するがよい」
「……そうか」
性格が違っていても冥将アルデバランの分体であることは間違いない。だが危害を加えないから見逃すとは言えないよな……さてどうするか。
「お主等の事は本体と王都にいた分体が調べてたしの、大体の事は把握しておる。」
「それは……知識を共有してるって事か?」
「そうじゃな、そう考えてもらっても差支えはない」
つまり俺達の事は大体知っていると言う事か。
そう言えばアルデバランは冥王軍で諜報もやってたんだったよな。
自軍である黒の冥将の軍は壊滅したが、奴の諜報機関はまだ生きてるって事だろうか?
そもそも分体が何体いるんだ?
この目の前の女性型の分体がいるってことは、自我を封じられた序列将の分体以外にも分体がいるってことだろう?
王都の方の分体も目の前の美女の姿をした分体も、本体が倒されたからその内に消えるとか言っていたので、他に諜報を受け持っている分体がいたとしても時間が経てば解決するとは思う。
アルデバランの話が本当なら分体は本体とは違う個性を持ちレベルも違うようだが、記憶や情報は共有できるって事なのだろう、多分。それなら俺達の事がある程度知られているのも頷ける。
骸骨だったアルデバランがやっていたように、顎を撫でるような仕草で話を続けるアルデバラン。
「しかし勇者をベースにした特異進化したゾンビに聖女か。実に興味深い……おおっと、だから敵対する気はないと言っとるじゃろうが、落ち着け」
「言ってねぇよ! ……まぁ危害を加える感じではなかったけどさ」
再度立ち上がった俺にやれやれと座る様に促すアルデバラン。
「して、お主は冥王様を倒す為に儂の集めた魔道具と研究を利用するつもりでここに来た……そういう事でいいんじゃな?」
「はぁ? そんなつもりは毛頭ないぞ!」
一体どんな解釈をしたらそうなるんだ?
「え、違うんですか、セシリィ?」
「ええ、てっきり私もセシリィ様が冥王になり替わるつもりなのかと思っていましたよ」
クレア、ダライア、お前等そんな風に思っていたのかよ!
「いや、しかしこのまま何もしないと、お主は冥王様に消されるぞ?」
「……マジで?」
「マジもマジ、大マジじゃ。そもそもお主が今までやってきた事を胸に手を当てて思い出してみい」
冥王を怒らせる心当たりがあり過ぎるな……。
やれやれ仕方がないと溜息をつくアルデバラン。いやお前にそんな態度取られるの、なにか腹が立つんだけど……。
「ちょっと付いてくるがいい」
アルデバランは席を立ち部屋の奥に移動する。
奥には扉があり、そこを抜けると実験室や資料室等があった。何処も扉が開け放たれているので中が丸見えになっている。部屋の中は散らかっていて、実にだらしがない。
しかし、思ったより部屋が多いな。
「……なぁアルデバラン、ここは本来階層ボス前にある安全地帯の部屋だろ? こんなに広かったか?」
「……儂の事は気軽にアルちゃんと呼んでいいぞ。この部屋は増築したのじゃ、迷宮内を改造するのには骨が折れたぞ。元骸骨だっただけに……くくくっ」
「うまく言ったつもりか!」
綺麗な顔で笑う美女が言った残念なダジャレに思わず突っ込みを入れてしまった俺。
どうでもいいが元の骸骨を知ってるだけに、気軽にアルちゃんなんて呼びたくはない。
いやでもアルデバランだとあのリッチの姿を思い出すからなぁ。
う~ん、じゃあアルでもいいか、見た目も違うし。但しちゃん付けは断固拒否する、なにか腹が立つし。
一番奥には他の開きっぱなしの部屋と違い、唯一閉まっている扉があった。
そこを開け、中に入るアルデバラン改めアル。
俺達はアルに続き部屋に入る。勿論危険がないか、確かめながら慎重にだ。
中は薄暗い不気味な雰囲気の部屋だが、広さはかなりある。
左右の両壁際に巨大な半透明の容器が並んでおり、その容器の中には魔物のような物体が浮いていた。
「きゃっ!」
中身を見たクレアが口に手を当てて短い悲鳴を上げた。
いや、俺とダライアも揃って思わず「げっ!」と、驚いてしまったけどな。
「これは?」
俺の問いに女性の姿をしたアルデバラン……アルは並ぶ容器を見渡しながら口を開いた。
「ここにおるのは儂やカノープス、そしてお主……セシリィと同類の者達じゃ」
「……同類?」
巨大な半透明の容器の中に見えるのは、数々のタイプの違う魔物達だ。とても同類には見えない。
空の容器もあり、中身が入っているのは全部で十体程か。
「こ奴らはこの迷宮で生まれ進化をし、冥将になるだけの力を得た者達だ」
アルは容器に入れられた魔物を見ながらそう言った。
ああ、そういう意味で同類ね。
「但し儂やカノープスのように冥王様の配下にはならなかったがの」
「……そうなのか」
「冥王様の下につくことを良しとしなかった者や、意思疎通の難しい者もいたのぅ……そ奴等のなれの果てじゃ」
……この容器の中の魔物はもう生きてはいないようだ……アンデットだから活動を永久に停止したと言った方がいいか。
「冥王様に歯向かったので状態も酷いものじゃ、損傷が激しいのがあるのはその為じゃの。特に気に食わん者はここにはおらん、塵一つの残さず綺麗さっぱり消されおったからの。普段冥王様は中々愉快な性格をしているが、敵対する者には大人げな……容赦せぬからのぅ」
今、大人げないって言おうとしたよな。こいつ……アルもそう思っていたのか。
しかし跡形もなく消された奴もいるのか……。
「……でこいつ等は……お前が嬉々として実験に使っていると?」
「嬉々とは失敬な、こ奴等は我等の同胞になりえたかもしれん者達の躯ぞ? ……ちょっと儂の研究に協力してもらっただけじゃ!」
「……結局実験に使ってんじゃねぇか」
やっぱりこいつはアルデバランだ。
同胞とか言いながら、結局は研究材料としてとして使っていやがるんだろ?
この美女の姿はリッチになる前の生前の姿だという事は、元は人間だったわけだ。同胞を口にするなら人としての倫理観は何処へ行った?
まぁ今は魔物だし、価値観なんて人(魔物)それぞれだから別にいいけどな。




