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77.死者の迷宮

 アルグレイド王国を出てゲルト公爵の公爵領を抜けてフォーブル砦へ、そこに駐在する元灰の序列将五位だったマーヤに軽く挨拶をしてから魔の森へ入った。


 途中で経由した公爵領で、どこで聞きつけたのか領主代理、つまりオスカー・ゲルト公爵の息子のオルソンが俺達を探していると耳にした。

 何か嫌な予感がしたので、俺達はそのまま公爵領をスルーしたのだった。

 オルソンの父であるゲルト公爵から有能だが変わり者だと聞いていたしな。あの公爵が変わり者と言うくらいだ、正直関りを持ちたくない。変なフラグは折っておくに限る。


 魔の森の中央部辺りに死者の迷宮がある。

 久しぶりだよな、ここ。

 この迷宮でゾンビとして生(?)を受けたんだよな。


「この死者の迷宮で冥王様が誕生したと聞いています」

「……は?」


 ダライアが迷宮の前で突然そんな爆弾発言を口にした。


「冥王様だけではありません。カノープス様やアルデバランもここで誕生したらしいですね」

「……マジかよ。しかしよくそんな事を知っているな?」

「ええ、カノープス様が私に跨りながら、よく独り言を言ってましたからね。あの方、私が序列将だとたまに忘れる事がありまして、只の馬の様に扱われることがあったのです。時折気を抜いた時に大事な事をぽろっと……」


 そ、そうなんだ。意外だな。


「あの方あんなガタイしていて、めっちゃ寂しがり屋だったんですよ。笑っちゃいますよね」

「……ダライアお前、カノープスの前でもそんな毒吐いていたのか?」

「そんな訳ないじゃないですか。あの方は冗談が通じない方なんですから! 安心して喋れるセシリィ様が主になって本当に良かったですよ」

「そ、そうか。楽しそうで何よりだ」


 そんな馬鹿話をしながら入り口から迷宮内に入る。

 クレアの顔色はあまり良くはない。

 そうか、クレアはギルバート王子やレオンハルト達にボロボロにされながらここに連れてこられたんだったな。


 ……で、この死者の迷宮にアルデバランの研究室があるんだな?

 俺がダライアにそう聞くと、ダライアは長い首を縦に振り頷く。


「ええ、カノープス様が迷宮の下層にアルデバランが作った研究室の部屋があると言ってました……独り言で」


 ……案外、抜けてて面白いお茶目な性格をしてたんだなカノープス。

 ダライア自身はその研究室には行った事はないそうだ。

 ちなみに死者の迷宮の最下層が何階なのかは分ってはいないので、アルデバランの研究室が実際に下層部なのかは定かではない。

 さて、いずれ会う事になるかも知れない冥王に対して、何か言い訳になるようなものがあるかどうか……ある事を祈ろう。

 まだそんな事を言ってるのか、いい加減にしろ……と言われるだろうが、できる事はやっておきたいんだよ!

 よし、行ってみるとするか! 

 俺とクレア、そしてダライアは迷宮の下層に向けて下りて行った。


「……あの頃と違ってサクサク進むな」

「セシリィもここで生まれた(?)のですよね?」


 大分落ち着いたクレアが俺に尋ねる。

 クレアには色々話したが、まだ彼女の知らない事はある。

 隠すこともない事柄も多いが、教えるのを躊躇う事柄もある。

 例えば俺やセシリア、そして冥王プロキオンの様に別の世界の記憶を持って転生した事とかだ。

 ……気付けばこの世界でゾンビになっていた。

 恐らくプロキオンも同じような感じだろう。この世界に来る時に前の世界であった漫画やアニメのように神様とかには会ってはいない。

 ……セシリアみたいな人族とかに転生した者はどうなんだろうな? 俺の方からセシリアに話しかけられないからな、確認のしようがない。

 第一セシリアは成仏した可能性もあるしな。知らんけど。


 以前、霊体の魔物が階層のボスで、太刀打ちできずに早々に攻略を諦めた覚えがある。今はクレアがいるので霊体の魔物も難なく倒して階層を降りていく。アンデッドしか出てこないこの迷宮は聖女の独壇場である。

 当時の俺は物理攻撃しか攻撃手段がなかったしな。せめて魔法が使えていれば倒すことはできたはずだ。

 今の俺ならセイクリッドゾンビという訳の分からない進化種族のお陰で、神聖魔法も使える為、俺だけでも倒すことは容易である。

 次々と階層ボスを撃破し、ボス部屋の奥に現れる下層に続く階段を下っていく。


「下層に降りても代り映えしない光景だな。敵は強くなっているようだけど」

「私達とアンデッドとの相性のせいか、敵が強くなってもあまり分からないですね」


 上位のアンデッドは魔法抵抗力が非常に高い。

 攻撃魔法が抵抗され、威力が大幅に下がる可能性のある魔法使いの魔法と違い、神聖魔法はほぼ抵抗されずにダメージを与える事ができる。

 場合によっては威力が跳ね上がるクリティカル状態で、アンデッドにダメージを与える事もある。相性というものは実に恐ろしい。

 正直この迷宮では無双状態だ。

 まぁ神官系の魔法を使える者、全ての者がこう上手くいくかと聞かれれば答えはNOだ。

 神聖魔法を使う者より敵のアンデッドのレベルが高ければ、与えるダメージは落ちるしクリティカルも出にくい。

 神聖魔法の効力も敵味方の職や種族が違えば変わってくるものだ。

 クレアは聖女で神聖魔法の効果は抜群だし、俺の方は通常の神官と代り映えないが豊富な魔力を上乗せする事で効果を上げる事ができる。

 加えて俺は聖剣ルーンライズを持っているしな。無双状態になるのは当然と言えば当然だ。

 でもまぁ敵アンデッドのレベルが高くなると予想外の間違いがあるかもしれないので、油断や慢心はしないように心がけよう。


「セシリィ様、予想以上に広く深いですね、ここは」

「そうだな~、迷宮ってくらいだしな」


 感想を漏らしたダライアに俺も同意する。

 まぁ確かに広いが、徘徊する魔物やボス部屋の魔物でさえ難なく倒せるので、思いの外サクサク下層に向けて進んでいく。

 俺やダライアみたいにアンデッドなら苦にならないと思うが、クレアは生身の人間だ。迷宮に潜り何日も経ってるし、これからも何日掛かるか分からない。

 大丈夫なのか? と聞いてみたが「ん~、お風呂とかに入れないのが不満と言えば不満ですかね」と案外ケロっとしていた。

 うんうん、すっかり逞しくなったなクレア。


 かなり下層まで降りてきた。

 数え間違いで無いのなら現在地下二十九層の筈だ。

 徘徊している魔物のレベルも上がってはいるが問題なく倒せている。

 迷宮内は魔素が濃いので俺の魔力は回復し易く、魔力譲渡でクレアにも魔力を渡せるので必要以上に休む必要は無い。お陰でこんなに早く下層まで来れたわけだ。

 早いと言ってももう一週間は経っているが……でもまぁ、異常な早さなのは間違いないと思う。

 ああ、早い理由がもう一つ。死者の迷宮には罠が少ない。

 他の迷宮に潜った事はないが、以前ダン達とパーティを組んでた頃に聞いた話では、他のダンジョンとかだともっと罠が多く設置されており、凶悪な罠等もそれなりに多いそうだ。

 斥候もいないし、魔法使いの罠探知の魔法もないので罠が少ないのは非常に助かるな。


 ランダムエンカウントする階層を徘徊している魔物と違い、ボスは確実に強くなっている。

 基準は分からないがカノープスがそうだったように、ある程度聖属性に耐性がある魔物もいる様だ。

 まぁ俺の様にアンデッドなのに聖属性に完全耐性を得た魔物はいないだろうけど……俺の場合、例外中の例外だと思う。


 二十九層のボスはちょっと洒落にならない、とんでもないボスだった。

 高すぎる物理耐性と恐らくは魔法耐性も持ち、唯一神聖魔法だけは攻撃が通るが、それでもかなりの神聖耐性を持っていて中々体力を減らせない敵だ。

 しかもそのボスを守る様に上層階のボスクラスのアンデッドが、ボスの取り巻きとして待ち構えていた。

 しかもボスの体力……所謂HPが異常に高い。

 流石に俺もクレアもガチで戦い、とんでもない時間をかけてやっと倒す事ができた。

 はっきり心情を言おう、ムリゲーだ。

 いや倒したからムリゲーって事はないけど、普通なら無理だと思う。

 聖女のクレアと俺が聖属性の武器と魔法を持っていたから倒せたようなものだ。

 クレアが居なくて、俺が聖剣無しのセイクリッドゾンビ以外のゾンビだったら絶対に倒せないと思う。

 試しに金棒で攻撃してみたがほぼノーダメージだったし、魔剣ブラックロウで攻撃してみても微ダメージ……いわゆるカスダメージしか与える事ができなかった。

 聖属性に特化した俺達がこんなに手間取っているんだ、王都にいるような冒険者達ではとてもじゃないが敵わないだろうな。

 それどころか冥王軍の幹部でも無理だろう。


 例の如く、下に降りる階段と宝箱が現れた。

 ボスを倒して現れる宝箱は、迷宮内でたまに見つかる宝箱とは違い罠が設置されていない。少なくともここまではそうだったので多分今目の前にある宝箱も罠がないだろうと思う。

 まぁ油断はしないが。


「……鍵?」


 そう、宝箱を開けると金色に輝く鍵が出てきたのだ。

 今までは武器や装備だったのに……何故鍵なんだ?

 そもそも何処で使うのだろうか?

 試しに鑑定眼鏡を使用して詳細を調べようとしたが、鑑定画面には????の表示が並んでいる。

 所謂アンノウンというやつか? 

 ここまで見事に分からないのは珍しい。どうやら使用者のレベル云々が足りずに鑑定できないような感じではない気がする。


 さて、それはそうと聖属性に特化している俺とクレアがこんなに手間取るボスになってきた。

 アルデバランの部屋もこの辺りにあるんじゃないのか?


「ダライア。今更だがアルデバランの部屋ってどこか分かるか?」

「いえ、ただカノープス様の独り言では三十階層まではいかないとの事でしたが……」


 そうか、次で三十階層だし、もう超えちゃった可能性が高いな。

 見落とした所が無いか戻りながら確認していくほうがいいかな。

 そう考えていると、何やら話し声が聞こえてきた。


「クレア、ダライア何か言ったか?」

「いえ、私じゃないですけど」

「私でもないですね、セシリィ様」


 え? じゃあ誰だ?


「……まさか二十九層の階層ボスを倒す者が現れようとは……実に興味深い」


 ……実に興味深い、だと?

 そんな言い回しをする者は一人しか心当たりがない。

 ……いやいや、そんな馬鹿な。

 あいつはもう二回倒しているんだぞ。まぁ倒したのはセシリアだけど。

 二度あることは三度ある……考えたくはないが、もし三回目なら……そんなにしつこいのは漫画やアニメにだって滅多にないぞ!

 恐る恐る声の方に振り向いた俺達の目に映ったのは、白い衣を纏った美女だった。

 え、誰?

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