76・新王
予想していなかったアルデバランの出現で、混乱に落ちた王都だったが一週間もすると落ち着きを見せるようになった。
クレアの張った結界のお陰で城と城壁の上部が吹っ飛んだだけで王都自体には大きな破壊跡は無い。
ゲルド公爵は後始末で寝る暇もない様だ。事実上この国で一番上の立場になってしまったしな。
オーガスト公爵も降爵することなくゲルド公爵を手伝っている。本人はこのまま公爵の立場にいることを渋っていたが、ゲルト公爵が「私一人にやらせるつもりか?」と言われ、今は忙しく公務に勤しんでいる様だ。
そもそも降爵を言い渡す王族がいないからな……最も近い親戚筋がゲルト公爵らしいし、何代か前に遡れば王家から嫁に出た女性達の子もいるが王位継承権は無い上に、王族の教育も受けてないので王位に就かせることはない……らしい。
宰相のランドルフ侯爵がやろうとしてたようにゲルド公爵、オーガスト公爵の二大公爵を亡き者にしない限り、血筋を遡り王位に付けようとする者は現れないだろう。
しかし本家筋の王族がいなくなったとは言え、このまま王位が空いたままとはいかないだろう。などと考えていたらいつの間にか次の王が決まっていた。
セシルだ。
ああ、そうか。そう言えばセシルは養子に出されたと言っても元々王族だったな。
……いやいや待て待て、セシルはゲルト公爵の所に養子に出されたんだろ? だったら王位継承権も破棄したんじゃないのか?
その事をゲルド公爵と会った時に聞いたところ「はははっ、そんなものはどうとでもなるものだ」と答えが返ってきた。
……そうだよな、今アルグレイド王国でゲルト公爵に逆らえる奴はいないだろう。
つまりゲルト公爵の無茶振りが思いの外あっさり決まったのは、対抗勢力である宰相ランドルフ侯爵の派閥が解体して、事実上ゲルト公爵が国を仕切っていたからである。
領都が壊滅して半分失脚状態だったオーガスト公爵の派閥は、その半分がゲルト公爵を支持している。残りの半分は領都を失った時にランドルフ侯爵に寝返ったけどな。
流石に国を支えるには味方の派閥だけでは足りないので、ランドルフ侯爵の派閥の中でも、関与が無かった者は国にそのまま採用されているらしい。
とは言え「まさかランドルフ侯爵やレイド伯爵のように貴殿も売国奴ではあるないな?」と、脅されていたようだが。
関与があった者は度合いによって降爵、廃爵、場合によっては処刑される者もいると言う。
処刑される者の中には侯爵や伯爵などの上位貴族もいるらしい。王族絡みの一件だしな。
実際に刑が行なわれるのはセシルが王位に就いた後になるそうだが。
セシルが忙しくなる前に一度会った時、「セシリアにまた会えないか?」と聞かれたが、俺は正直に分からないと答えた。
あれで成仏したのかもしれないし、まだ俺の中にいるのかもしれない。俺の方からは何も分からないと正直に教えてやった。
俺の言葉を受け取り「そうか、ありがとうセシリィ」と寂しそうに答えるセシル。
……やはりセシリアが演技してるだけ、とは思っていないようで助かる。
今の容姿は幼い頃のセシリアのそっくりさんだし、アルデバランとの戦闘中はセシリア本来の姿でセシリアも表に出ていて、元が同じ身体だとは思えななかった程だ。
俺とセシリアの性格や仕草も全然違い、姉妹には見えることはあっても同一人物には見えないようだ。
そもそもセシリアは別人を演じるような、器用な事ができる人ではなかったみたいだし。
忙しいだろうゲルト公爵に呼び出され、これからのどうするのかと聞かれたが一言「帰る」と答えた。意外な事に引き止められることは無かったな。
公爵は顔色も悪く目の下にクマができていた。疲労は治癒魔法で回復しにくいんだよな。聖女のクレアなら回復させられそうな気はするが。
そうそう引き止められる時に次男……ゲルト公爵の領都を公爵の代わりに治めているオルソンに会わないかと言われたな。
……何で? と聞いたところ「オルソンは有能で少し……多少変わっているが私に似ていい男だぞ」……などど言われた。
……阿呆か! こっちは魔物だぞ、ゾンビだぞ?
更に「子は側室に産ませるから問題ない」と言われたが、問題だらけだ!
そもそも王国に肩入れしたが俺は冥王軍所属だって知っているだろ?!
いや、それ以前に中身が男のままだから無理!
直ぐ引いてくれたので質の悪い冗談だとは思うが……冗談だよな?
王となるセシルだが、相変わらず女性にしか見えないので王と言うより女王みたいな感じだ。
そう言えばセシルの嫁にクレアはどうだと言う話になっているらしい。
そうか、クレアは追放されたとはいえ、元々オーガスト公爵家の者だ。
それに魔力譲渡はあったとは言え、あのアルデバランの魔法を結界で防ぎきったのだ。ファイアテンペストで前聖女の結界が破壊された今、クレアは王都に必要な人間となった。
てっきり王都に残る事になる……と思ったのだが……。
「え? 私は当然セシリィと一緒に行きますよ」
と平然と答えられてしまった。
俺と一緒って事は冥王国に行くって事だぞ?
そう聞いたが「冥王国かどうかは問題ではないです。セシリィのいる場所が私のいる場所なんですよ」と、ニッコリ笑って断言したのだ。
いやまぁ、そう言ってくれるのは嬉しいんだが……でもさぁ聖女はマズいだろう、聖女は。
……いやそもそも冥王国に戻る必要は無いか。等と考えていたら今まで何処に居たのかダライアが現れて「死者の迷宮に行きませんか?」と言いだしたのだ。
え、何で?
「死者の迷宮にはアルデバランの研究室があるとカノープス様から聞いたことがあるのです。アルグレイド王国の王都にアルデバランの分体が現れたと聞いて思い出したのですよ。もしかするとセシリィ様の役に立つ物が見つかるかもしれません」
おおっ! マジか?
よく思い出してくれたダライア! もしかすると冥王のご機嫌をとれるものが見つかるかもしれん。
いい加減冥王との戦いを避けようと足掻くのを止めろと言われそうだが、誰しも勝ち目の薄い戦いはしたくないものだろう?
さて、クレアを連れて行くか迷ったが、死者の迷宮なら今は冥王領だと言っても冥王城からはかなり遠い。結局アルグレイド王国に攻められる事はなかったが、防衛地であったアリスの城よりもっと王国側にあるから大丈夫だろう。
俺がダライアにすっかり姿が見えないから「逃げたのかと思ったぞ?」と言ったら、ダライアは「セシリィ様を置いて逃げる事は絶対にありません!」と憤慨していた。
慌てて冗談だと謝り、なんとか機嫌を直してもらう。
「あのアルデバランが相手ですよ? いざとなったら主であるセシリィ様を咥えて全力で逃げる覚悟くらいはありましたよ、ええ、ありましたとも!」
本当か~?
クレアが「流石ダライアさんだね」と言ってるが、ダライアの言い分だと最悪の場合は俺優先で、クレアは助けないかもと言ってるんだぞ?
その事を聞いてみたら「最優先でセシリィを助けるのは当然でしょう?」とシレっと言われてしまった。
クレア、君さ……俺、つまりセシリィ至上主義みたいになってんぞ。
前の世界でアニメか漫画で見た、盲目的に主を崇拝する部下みたいな怖い奴らみたいにはならないでくれよ。
若干一名、ロナウドとか言う元オーガスト領を守る元灰の序列将三位の男がそうなっていそうだが。
意外な事にゲルト公爵とセシルは割とすんなり俺達を送り出してくれたが、オーガスト公爵はかなり渋っていた。勿論クレアに対してだ。
元宰相ランドルフの策略であの呪いの黒い薬品を食品に混ぜられ、正常で無かったとはいえ娘を追放してしまったのだ。今更帰って来てくれとは言えないのだろう。
結局は折れてくれたが、俺としてはもう少し頑張ってほしかった。
クレアの事が嫌いとかではないが、クレアは俺といるよりここに居た方が安全だからだ。逆に俺と一緒にいたら命の危険しかない。
まぁ本人が決める事だし、俺も強要したくはないが……。
バレンとマイルズはセシルに取り立てられて、彼を守る立場になるらしい。所謂官職だ、出世したな。
大変だとは思うが頑張ってくれ。
ダン、キース、リッカ、ハンナの冒険者四人組は王都に残るとの事だ。
アルデバランの騒ぎからは多少は落ち着いたとはいえ、王都には色々な問題が起きている。今回の一件でダン達四人はゴールドランクの冒険者に昇格し、暫く王都で活動してほしいと冒険者ギルドから懇願されたらしい。
言ってみれば、公爵に認められた冒険者だしな。冒険者ギルドとしても王都で活躍してほしいと考えているのだろう。
そんな彼等と別れを告げ、もうアリスの城を出てから一か月が過ぎようとしていた。
早ければ冥王が帰ってくるかもしれない期間が過ぎた訳だ。
しかし長ければ何か月も帰って来ないらしいので、まだ暫くは大丈夫かもしれない。
いやいや、楽観的と言われても困る。王都で良い手を思い浮かばなかったから、そう思いたいだけだ。
ともかくダライアの言う通りに死者の迷宮に行くとするか。




