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74・妙薬と秘薬

 セシリア達は公爵達の下まで駆け戻り、アルデバランに対し公爵を守るように構えをとる。

 やはり前回の戦いは背後からの奇襲で、尚且つアルデバランが慢心と油断をしていたから上手くいったようなものだ。

 正直上手く行き過ぎたくらいだと思う。もう一度やっても成功しないかもしれない。

 少なくとも正面からまともに戦って一筋縄で行く相手ではない。


「ふむ、聖女の神聖力は一般の神官とは別格じゃの。やはり聖女を媒体にした秘薬は有効じゃな」


 などと、クレアを見ながらアルデバランが呟く。


「秘薬? ギルバート殿下が言ってた秘薬の事か?」

「然り。その聖女の血を元に作成した白の妙薬と、儂の作った黒の妙薬を調合させる事で王子が欲しがっていた秘薬が完成する……筈じゃ」


 ゲルト公爵が秘薬と言う言葉に反応する。

 ではギルバートが持っていたのが黒の妙薬というやつか……妙薬じゃねぇよ。おかしくなったり、国王に至ってはゾンビになっているじゃねぇか!


「秘薬だと? 馬鹿な! お前の言う黒の妙薬は呪いの液体だろうが!」


 そう反論するのはオーガスト公爵だ。彼はあの黒い液体を食事に混ぜられ、その影響で少々思考がおかしくなっていたようだしな。


「ふむ、あれは若干呪われはするが、体力等を大幅に向上させる効果がある。オーガスト公爵よ、貴様があの地獄と化した領都で只一人、瀕死であっても生きて帰って来れたのも、あの薬の効果があったからだ。感謝してほしいものだな」

「なん……だと……?」


 アルデバランの言葉を受け、絶句するオーガスト公爵。


「そもそもあの黒の妙薬は病状の王を生き長らえさせる為に王子に渡した物じゃ。王があの状況なら国政が滞り、我等にとっては都合がいいからのぅ。ただあのギルバートが王位に就いても大して変わらんかったかもしれんがな、くくくっ」


 アルデバランはおかしそうに肩を竦めて笑う。


「黒の妙薬じゃが、本来は水で十倍程度に薄め、一週間に数回飲ませる程度でよい。それだけで国王はかなりの期間……少なくとも数年、上手くすれば数十年は生き延びられた筈じゃ。原液のまま大量に摂取し続ければ呪いの効果が強くなり過ぎて王子の様におかしくなる。病に伏せっていた王の様に抵抗力が落ちている者が原液のまま飲めば……知っての通りじゃ。」


 ……嘘をつくな! と言いたい所だが、どうもアルデバランは本当の事を言っている気がする。公爵を始めセシリアも反論せずに黙ってアルデバランの話を聞いていた。


「そもそも儂は必ず使用法を守る様に言ったのじゃぞ。それを何故か飲めば飲むほど良いものだと勝手に思い込み、王はあの様じゃ。健康体だったギルバート自身も飲むと強くなれると思い込んでいたようじゃしの」


 ああ、あの王子なら自分の都合の良いように解釈して、してはいけないことを平気でする気はする。いや実際にしていたんだろう。敵であるアルデバランの言葉がすんなりと納得できるのは何だかなぁ。

 その言葉の通りなら、アルデバランは嘘などついていないことになるが……ううむ。


「そこにいる聖女を手に入れ損なったせいで、未だ白の秘薬は完成しとらんがの。その白の秘薬があれば上位秘薬は完成する筈じゃが……とは言え成功率は二~三割程度じゃな」

「……その上位秘薬とはもしや……」


 肩を竦め残念そうに語るアルデバランにゲルト公爵が問いかけた。


「……エリクサーと呼ばれるものだ。研究は儂だけじゃなく、四大王の魔王も研究しているらしいがの。あちらは賢者の石から抽出させようとしているようだが、上手くいっとらんようだ。くくくっいや実に興味深い話だと思わんか?」


 四大王の魔王って、今冥王が四王会議に参加している中にいる奴じゃねぇか。

 しかしアルデバランは魔法使いと言うよりマッドサイエンティストって感じだな。余計に近寄り難い奴になったよ。

 自分の好きな研究の話だからか、嬉しそうな口調で実に饒舌に喋るアルデバラン。こいつも話に熱が入ると冥王プロキオンの様に妙にオタクっぽい口調になるのはよく似ているよな。


「待て、魔王は分かるが何故貴様等アンデッドがエリクサーを作ろうとしている? アンデッドにとってエリクサーは劇薬ではないのか?」

「然り、実際は劇薬どころではないな」


 アルデバランは質問をしたゲルド公爵に良い所に気が付いたとばかりに、上機嫌で答える。


「儂の場合はしいて言うなら趣味と言いたいところじゃが、冥王様もエリクサーに興味を示している。その理由はエリクサーを超える薬品を作り出す事じゃ」

「……エリクサーを超える、だと?」

「我等アンデッドにはポーション類の薬品は毒じゃ、マナポーションであっても効果はない」


 アルデバランは両手を広げた後に片手を頭に当て、残念そうなポーズを取る。項垂れる姿は本当に残念そうだ。


「しかし黒の妙薬を媒体にした場合その限りではないのだよ……理論的にはな。そこからエリクサーを作り出し、最終的にはアンデッドさえ回復させる秘薬を作り出すのが目的じゃ」

「なっ……」


 ゲルト公爵やオーガスト公爵領は勿論、この場に居るほぼ全員が言葉をなくす。

 低位のアンデッドはまだしも、上位アンデッドともなると神聖魔法以外の魔法はレジストされやすく効きずらくなるし、物理攻撃にもかなり高い耐性を持っている。

 アンデッドは日中……特に日差しに弱い、聖なる武器や神聖魔法に弱い、完全な不死では無く倒すことができる、回復手段が一部スキル等の例外はあるがほぼ自然回復頼み、等の弱点だらけのイメージがあるが、実際はそれを差し引いても同レベルならアンデッドの方が強かったりする。基本的にステータスが全然違うのだ。

 そんなアンデッドの体力を一瞬で全回復させるアイテム等があってたまるかっ、と言うのがアンデッドと戦う者達の本音だろう。

 対物理、対魔法が高いアンデッドだ、減らしにくい体力をやっと減らしたのに一瞬で回復されるのは悪夢以外のなにものでもないだろう。

 冥王軍と戦うアルグレイド王国にとっては、不利になるどころの話ではない。


「白の秘薬は黒の秘薬の再生力を倍増させ、同時に呪いの効果を打ち消す。そこに居る聖女を手に入れればエリクサーの研究開発を再開できるが……さて、このまま聖女を儂に引き渡せば何もせずにここを去ろう。どうじゃ?」

「渡すわけがないだろう」


 答えたのはオーガスト公爵だ。正気に戻った彼は、当然娘を手渡す気はないとアルデバランの提案を断る。


「そうじゃろうな。馬鹿王子のようにはいかんのは分かっておった。あ奴は黒の秘薬を飲む前から……腹違いの姉の母が冥王国の領地から来た平民だったと知った頃からおかしくなっておったからの……おっと、これは失言じゃったな」


 公爵二人とセシルは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、それ以外は目を見開き驚いた顔をしていた。セシリアは皆を見回した後、顔色を変えずにアルデバランを睨む。


「ギルバートが私に対する態度が変わったのはその頃からね。そしてただでさえ強かった選民意識が黒の妙薬で更に悪化した……って感じかしら」

「然り、さっきも言ったがあれは用法を守らずに使用し続けると、精神に多大な異常をきたす」


 アルデバランは手を胸に当て自身の身体を見下ろす。今のアルデバランのベースとなっているのはギルバートの身体だったものだ。何か思う所でもあるのだろうか?


「全く愚かな男じゃ。奴が父を偉大な王と称えておったのは知っておろう。その実績の殆どは王が行なったものではない」

「知っている。王の改革の殆どはセシリアの母メリアの助言があっての事だ」


 ……マジか? 意外と有能だったんだなメリア。

 成程、その流れで王と親しくなったのか。どんな出会い方をしたのか想像できないけど。


「然り、そして最大の功績と言われる魔の森の占領だが……」

「あれが占領と言えるのか? 魔の森からアンデッドがいなくなっただけで、冥王軍は自由に魔の森に出入りしていたではないか。加えて冥王国との国境がフォーブル、ハルナラ両砦から冥王国側に移動したことにより、我がアルグレイド王国は領土が非常に守りにくくなってしまった……そもそもその両砦は、今回の冥王国の侵攻前に既に落ちていただろうに」


 ゲルト公爵が残念そうに顔を顰めながらそう語る。

 それに答えるようにアルデバランが白骨の口を開いた。


「砦を管理してたのはローランド辺境伯だったな。奴の様な無能が領主のお陰で、こちらとしては大変助かったぞ。いや無能ではないか。味方だったライオット伯爵を陥れ、結果的に冥王軍に手助けしてくれたのだから、感謝せねばならんかのぅ」

「……ローランド辺境伯領は冥王軍に蹂躙され、辺境伯は滅んだ自領と共にしたらしいが……本当はライオット伯の関係者に殺されたのではないのか?」

「さての、そこまでは知らんが……有り得ん話ではなかろうて。儂が言うのも何じゃが、権力に溺れた禄でもない男だったようだしのぅ」


 アルデバランの話にゲルト公爵はフンと鼻を鳴らし頷き、「全くだ」と呟く。

 多分ローランド辺境伯に手を下したのは元オーガスト公爵領で冥王軍の指揮を取っているロナウドなんじゃないかな。あいつも個人的に恨みがあったみたいだし。

 会話がここで途切れ、お互いの間に沈黙が流れる。


「さて、お喋りに付き合ってもらって感謝するぞ公爵、中々楽しかったわい……さて、戦いの再開の前にもう一つ。主等はダブルスペルと言うスキルを知っておるか?」

「!」


 その台詞と共に、セシリアが間合いを詰め聖剣でアルデバランに切りかかる。

 しかしいつの間にか展開していた障壁に聖剣は弾かれた。


「ちっ!」


 セシリアが舌打ちをして再度切りかかるが、アルデバランの唱えた魔法、「エアハンマー」で吹っ飛ばされた。

 殺傷力の低い魔法だが、詠唱が短く敵との間合いを開けたい場合には有効な魔法だ。


「ダブルスペルは同時に二つの魔法を扱えるスキルの事じゃ」

「ちょっとアルデバラン貴方、まさかと思うけど……」

「くくくっ、魔法を別に使えるのは便利じゃぞ。陰で呪文の長い魔法を無声詠唱で唱えている間にも魔法が使えるのだ。無声詠唱は高速詠唱と呪文短縮が使えんから詠唱に時間がかかってしまう欠点があるが、別途に魔法が使えるのなら何の問題もないしの」


 会話中、無声詠唱で密かに詠唱をしているとは思っていたが、その魔法は呪文が長い魔法……つまり大魔法と言う事だ。

 その詠唱の完成を阻止する為に攻撃したセシリアが、ダブルスキルで、別の魔法を使用したアルデバランに吹っ飛ばされた訳だ。

 ああくそ、鑑定眼鏡を掛けておくべきだった。でもまぁ冥将くらいになると、アリスみたいにステータスの偽装や隠蔽をしている可能性もあるけどな。


 気付けば崩れた壁から見える空が何かおかしい。

 低い雲がかなりの速度で移動している……いや王城を中心に渦巻いている?

 よく見ると火種の様な小さな火が空中に浮き風に流されていた。


「……熱い」


 誰かがポツリと呟いた。

 部屋の……いや王城の気温が上昇しているのか? 皆の汗を拭く仕草から急速に気温が上がっているようだ。


「ちっ、迂闊だったわ!」


 全くだ。まぁ俺もセシリアの事は言えないが。

 再度、聖剣を構え突撃するセシリアの攻撃を避け、その勢いのままアルデバランは窓の外に飛び出る。


「知っておるか? このアルグレイド王国に前聖女が命がけで張った対魔広範囲防御結界は既に効果がほぼ切れかけており、今では王都にしか結界は張られておらん。しかもその効果もかなり落ちており、隙間だらけの穴だらけじゃ。儂の魔法に耐える事はできんじゃろう……とは言え結界内で放つのじゃから、中から結界が破壊されるだけじゃがな。王都が破壊されるのは変わらん」


 アルデバランは浮遊魔法を発動したらしく、窓の外で宙に浮いたまま俺達を見下ろしている。

 先程のフレアボムの魔法で大きく破壊された窓から奴を見上げると、奴の背後の空は炎が渦巻いていた。


「ファイアストームか?!」


 オーガスト公爵がアルデバランを見上げながらそう叫ぶ。


「残念、外れじゃ……ファイアテンペスト!」


 両腕を天高く掲げ呪文名を告げると、轟音と振動が熱波と疾風を伴って王都を襲ったのだった。

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