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61・有能

 マーヤ、アインの時と同様に武器を重ねてブラックロウの能力を使用する。

 ロナウドは目を瞑り微動だにしない。アインのように白目をむいて意識を失う事はないようだ。

 俺は手にしたカノープスの一部だったと言うブラックロウを見つめた。


「灰の冥将なのに剣は黒なんだな」


 何となく思った疑問を誰に聞くでもなくそう呟く。


「白の武器も持っていたではないですか。カノープス様が最後に振り回していた先端に槍の付いた大斧、あれがブラックロウの対なる武器ホワイトカオスですよ。黒の大剣と白の大斧の間を取れば灰色になりますね」


 俺の何となく呟いた疑問にダライアが答えた。

 そうなのか、そう言えば白い大斧だったな。良い武器そうだったので収納鞄に入れて持っていたんだった。


「ただカノープス様は剣の方が得意だったようで、ブラックロウの方をよく使っていましたね」


 ふむ、ではあの大斧ホワイトカオスも大剣ブラックロウ同様にカノープスの一部だったってことか。


「確かに冥王軍の幹部がホワイトカオスの様な真っ白な武器を使っていると違和感があるかもな」


 いや単なるイメージだ。深い意味はなかったのだが……。


「ほほう流石セシリィ様、よく分かっていらっしゃいますね。やはりただの脳筋ではありませんか」

「お前の中の脳筋の定義が分からん……ただ馬鹿にされたのは分かる」


 物事が分かっているのなら脳筋ではないだろうに。


「いえいえ、褒めているのですよ」


 どうだか。


「ブラックロウはカノープス様の闇の部分を集めた武器らしいですよ。ホワイトカオスはその反動でカノープス様には似合わない純白の武器になったようです。」

「闇属性の武器って事だよな? 何でって……ああそうか聖剣に対抗する為か?」


 俺の台詞に「恐らく」と頷くダライア。確かに聖剣ルーンライズと打ち合っても刃こぼれ一つもしなかったな。


 おっ、そんな会話をダライアと交わしていたらロナウドに動きがあった。

 アインは問題外だったがマーヤより長い時間だったな。


「ふっ」


 暫くすると端正な顔を少し歪めながら膝をつく。額には汗が滲み出ている。

 くっ、イケメンは何をしても様になるな。

 ロナウドは若干疲れた表情で目を開け、ゆっくりと立ち上がる。


「成程、これは大したものです。私は魔族なのでアンデッドよりは多少聖属性攻撃に耐えられそうですが……それを抜きにしても勝てそうにありませんね」


 一体どんな感じで見えて……体験しているんだろうな。アインの奴が気を失ってたから機会があっても遠慮したいが。

 俺が体感したら本人である俺と戦う訳じゃないだろうから、カノープスとの再戦とかになるのかな? だとしたら嫌すぎる。俺はバトルジャンキーではないからな。


「では、ロナウド」

「ええ、カノープス様の後継者……という訳ではないでしょうが、そのまま配下として収まりましょう。カノープス様もそれを望んでおられるようですし」


 ……カノープスの後継者なら冥将にならんといかんからな、カノープスを倒した俺を冥王プロキオンは絶対に許さないだろうから無理な話だ。そもそも俺もなりたくないし。

 しかしカノープスが望んでいるって……どう解釈したらそんな事になるんだか。

 俺からしたら敵味方関係なしに戦う事しか興味がない奴で、なるべくなら関わりたくはないタイプだったんだが。好かれている様子も全然なかったし。


 ともあれカノープスがアルグレイド王国に残した序列将三人はカノープスを倒した俺に対し敵対することはなくなった……筈だ。ダライアを含め配下みたいな感じになっているが、今更ながらいいのか? 総大将の冥王の許可がないぞ?


 ロナウドの部下が指揮室に飛び込んできた。

 どうやら再編したアルグレイド王国軍、バルター率いる二千ほどの兵が攻めて来たらしい。

 本当に来やがった。

 駐屯地がゾンビで大混乱だった筈なのに、よく変更なしに攻め入ろうと思ったものだ。

 ロナウド率いる冥王軍は大半がアンデッド兵で、一万近い兵士がいる。

 ハルナラ砦、フォーブル砦、そしてここ元オーガスト侯爵領地の内、一番王都に近く、王国軍を防ぎにくいこの地に一番多い兵力をカノープスは残していったらしい。

 王国第一騎士団及び第一兵団合わせ、約一万二千ほどの王国兵をそれより少ない兵数で返り討ちにした冥王軍に対して、バルター率いる二千の戦力はあまりにも脆弱だ。

 加えて冥王軍は倒れた王国兵をアンデッド兵として補給して、数を殆ど減らしていない。こちらにはアンデッドを操るネクロマンサーの兵もかなりいて、まだ余裕さえあるようだ。

 今まで王都から殆ど出ない王都守備軍である第一騎士団と第一兵団は、対アンデッド兵の戦いには慣れていなかったのかもしれない。

 アンデッド化させないために亡くなった兵士の首を切り落としていく作業を、手間がかかるし何より気分的に良くないので、王国側はほぼしなかったようだ。結果、倒れた王国兵の大半が敵、つまり冥王軍の兵に変わってしまった訳だ。


 指令室からロナウドと共に王国軍を見下ろす。


「驚きましたね。てっきり撤退するものだと考えていましたが……成程、どんな手を使ったのか兵が回復しているようです」


 ……すまん、それ俺達が原因です。

 クレアも視線を逸らしている。ダライアはありがたい事に知らないふりを決め込んでいる。視線が合うとニカっと笑った気がするが、馬の表情なんて分からないので気にしないことにする。


「ですが如何せんこの戦力差。王国軍は自らの倒れた兵の一部がアンデッド化して敵となっているのに気付いていないのでしょうか? それとも分かっていて……では何故……」


 ……凄ぇ、眉間に皺を寄せ顎に手を当て考える姿は、まるで司令官のようだ……ここの司令官でした。

 成程、脳筋が多いカノープス軍の中では珍しい頭脳派の序列将か。基本的に序列はほぼ戦闘力に比例するので、強さもかなり強い筈だ。

 マーヤは序列の順番なんて飾りだと言っていたが、実際はそうでもないだろう。

 ブラックロウの模擬戦闘体験でもマーヤより長く耐えてたし、終わった後も汗は流していたが割と平然としてたしな。

 実に有能である。カノープスが彼をここに配置したのも分かる。


「策があると考えるのが妥当ですが、それが何かが分かりません……まさか無策で突撃している訳ではないでしょうに……」


 はい、後者が正解です。

 バルターは根拠のない自信はあったみたいだしな。

 兵団長が戦死して千人隊長のバルターは自分の出番が来たと考えたのかもしれない。なにせ手元には完全回復した残存兵約二千がいたのだ、気も大きくなったのだろう。なにせ自分は有能で戦況をひっくり返す事ができると思っていた節もあったしな。

 俺とクレアが天幕に呼ばれた時の事だが……「戦死した兵団長の様に突撃しか能の無い無能とは違うのだ。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処して進軍するのだ!」と、何処かの小説かアニメで聞いたことのある台詞をバルターが言っていた。

 それって行き当たりばったりで、具体的な作戦が無いわけでしょ? 突撃するのと何が違うの?

 案の定、力押しの突貫陣形で突っ込んで来たが、突破できずに勢いを止められ膠着状態だ。

 こちらの方が兵力が圧倒的に多いので、こちらが何もしなくてもアルグレイド王国軍は負けるだろう。なにせロナウドが気にしている策などなにもないのだから。

 

「セシリィ様はどうお考えですか?」


 え、俺? 俺に聞いちゃうの?

 俺は指令室から戦況を見ながら腕を組み、考えているふりをする。いやいや、俺に司令官や軍師みたいな事を要求されても困るんだけど?

 崩れ始めた王国軍に中に、見覚えのある人物が見える。遠いので確実に奴だとは言い切れないが、兵士の中で無駄に太っている体形をした奴はあいつしかいないだろう。 


「あの王国軍の中程で周りに怒鳴り散らしているように見える太った男を狙おう……恐らく敵の指揮官の筈だ。幸い戦列が崩れ始めていて狙いやすくはなっているし」

「……ふむ、代わりの者が指揮を執る事になると思いますが、セシリィ様がそう仰るなら」


 あっさりと俺の案を採用したロナウド。

 策とか罠とかを用心しているだけで、戦力的にはこちらが有利なのは変わらない。試す意味でも俺の案に乗ったのだろう。失敗してもこちらが大被害を受ける事はない状況だしな。


 早速アンデット兵を率いたロナウドの部下がバルターだと思われる集団に集中攻撃をかける。

 バルターの居た辺りが丸ごと壊滅すると、面白いように一気に戦列は崩れ、蜘蛛の子を散らす様に王国軍が撤退するのにそれほど時間はかからなかった。

 千人隊長バルターが再戦を望んでいただけだ。彼が戦死した後、継続して戦闘を続けようとする者はいなかったようだ。

 バレンやセシルは撤退したがっていたからな。あの二人が無事だといいけど。


 ロナウドが俺に跪いている。

 な、何、どうしたんだ?


「流石セシリィ様です。一目見ただけで敵の指揮系統がこれ程までに脆いと見抜いていたのですね。敵は何らかの策を実行する前に崩され、敗走いたしました」


 うん、策はなかったと思うよ。

 ……でもこれはマズいな。

 これ勘違いで崇め称えられるパターンのやつじゃないか? 早めに勘違いを解かないと大変な事になるぞ。


「ロナウド違うんだ。実は俺、敵の司令官を知っていただけだよ。成り行きで王国軍に紛れ込んでしまって、司令官以外は戦う気が全く無かったって分かっていたし……」

「おお、成程。戦闘になる前に自ら敵陣に潜入し、情報を集めていたと。戦う前から勝負は決していたというわけですな。このロナウド感服いたしました」


 キラキラした目で俺を見るロナウド。これはもう何を言っても手遅れのやつだ。

 クレアが笑いを堪えて顔を横に向けている。ダライアに至ってはゴロゴロ転がっていた。そんなに可笑しいか! 可笑しいよな、俺もそう思う。


「どうしたダライア、気分でも悪いのか?」

「い、いえ、そうでは、ふふふっ、そうではないのですが、ふはははっ……はぁはぁはぁ、お、落ち着きました。もう大丈夫ですロナウド」

「そ、そうか……身体には気を付けるのだぞダライア。君はセシリィ様をお守りしなければいけないのだからな」


 あああ、むず痒いったらないよ! 

 こんな時は話題を変えるんだ俺!

 

「そう言えばローランド辺境伯領の息子を演じていたのはロナウドなのか?」


 マーヤが孫なら年齢的にロナウドがその父、つまり辺境伯の息子だと思うのだが。


「仰る通りです。しかしながらあの愚かな辺境伯を父と仰がないといけなかったのは、実に苦痛でありましたな」

「そ、そうか大変だったな」


 確かマーヤも辺境伯の事を良くは言ってなかったな。


「知っての通り、以前はローランド辺境伯の有する砦はフォーブル砦のみでした。ハルナラ砦は冤罪をかけられたライオット伯爵の領地にあった事はご存じだと思います」


 知っての通りって……そんなの初耳ですよ?

 俺が黙って頷くと先を促したのかと思ったのか、ロナウドも頷いて話の続きを話し始めた。

 まだローランド辺境伯が魔の森周辺を手に入れてない頃の話だ。

 なんでもライオット伯爵は人族の中では変り者だったそうで、人族の言う亜人、つまりエルフやダークエルフ、ドワーフ、そして獣王や竜王と相対している地域では敵とされる獣人やリザードマン等を住ませていた領地だったそうだ。

 アルグレイド王国は人族至上主義の地域が多く、ライオット伯爵のような所は珍しかったようだ。

 確かに冒険者としてアルグレイド王国内を旅した事があったが、全くではないが人族以外はあまり見かけなかった。


「ローランド辺境伯とライオット伯爵の仲は良くなかった……いえ悪すぎたのです。ローランド辺境伯が人族以外を囲うライオット伯爵に冤罪をかける事はそう難しい事ではなかったでしょう。事実ライオット伯爵家はとり潰し、ローランド辺境伯は領土を拡大したのです……おっとこんな話は今更ですな」


 ……いやいや、だから知らないって。

 でも、初めて知ったとは言い出せない雰囲気なのでスルーする事にした。


「ライオット伯爵領に居た人間以外は迫害され各地に流れたのです。ご存じだとは思いますがアリス様配下のエルフ姉妹アンとロロも元ライオット伯爵領に住んでいたようです」


 ……マジか。

 だとするともしや……。


「マーヤとアインもそうなんだな」

「仰る通り。アルグレイド王国は優秀な彼等をみすみす敵である冥王国に引き渡したも同然なのです。これを愚かと言わずになんというのか」


 成程な……確かにそれは愚かだよな。お陰で冥王国側は何もしなくても戦力を強化できたんだから。

 ロナウドは遠い目をしながら苦虫を嚙み潰したような顔で、殆ど聞きとれない声で呟く。


「ライオット伯の御令嬢マリーナは実に麗しい女性だったのに……それをローランド辺境伯は……」


 ……詳しくは聞かないが、どうやらロナウド自身もローランド辺境伯に恨みがある様だな。

 俺の視線に気付いたのか、キリっと表情を引き締め俺に頭を垂れる。

 何、まだ何かあるの?


「セシリィ様。冥王様はあまり乗り気でありませんでしたが、種族に拘らず有能な者を召し抱えてはいかがでしょう。人族の言う亜人、迫害された者にはマーヤの様な有能な者もおります。……正直に言うと私は、裏切らず有能ならば人族でも構わないと考えているくらいです……いかかでしょう?」


 ……さらっとアインの名が呼ばれなかったのは突っ込まないでおこう。

 でも、召し抱えるって……何俺、国とか軍隊とか作るつもりなんて無いよ? 何でそんな話になる。


「そ、そうだな……」

「では、そちらの方はお任せ下さい」


 ……え?

 今の返事を肯定と取ったの?

 いかん、日本人特有の曖昧な返事をしてしまった事で、変な方向に話が進んでしまったぞ。

 い、いかんここに居るともっと大変な事になりそうだ。

 うん、早くアリスの城に帰ろう。用件は終わったんだしな。

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