60・逃走
結局バルターの一声で、奴の連れてきた兵士を治せと天幕を追い出された。しかも逃げないように監視付きである。
天幕から出る際にバレンがすまなそうに頭を下げていたが、上の命令には逆らえまい。俺も元社畜だから分かるのだ。
俺とクレアが治癒する条件として、撤退をするのなら怪我を治すとバレンと約束したんだがな。さてどうしたものか。
正直ここの二千程の兵が元オーガストの領都に滞在する冥王軍を退ける事はできないと思う。完全に戦力は向こうの方が上だ。
「どうしましょうセシリィ?」
監視の兵に聞こえないような声で俺に訊ねるクレア。
「う~ん、クレアはどうしたい?」
正直どうでもいい俺は逆にクレアに聞いてみた。
「そうですね、現在怪我を負っている兵士がいるんですよね。治っても治らなくても戦場に行くことになるのでしょうか?」
「そうだろうな。治さなかった場合は重傷者はここに残され見捨てられることになるかもしれないしな」
俺とクレアがいなければ治療が間に合わないだろう。神官の数が足りない上に、魔力ポーションも底をついている。
例え重傷者を運び出せても治療できる町等に運び込むまで、持たない可能性もある。
そもそも戦闘をするなら更に神官の数が足りなくなる。
アンデッドが多い冥王軍に対抗するには、実際に戦っている戦場にも神官は不可欠だ。
「なら、やっぱり治してあげた方が……いえ、それだと死にに行くようなものだし……でも、もしかすると方針が変わって撤退する事になるかもしれないし」
治したら余計に撤退はなくなるだろうけど。
まぁいいか、ここで数千の王国兵が復活しても冥王軍には大した障害にはならないと思う。
再編された二千程度の王国軍ではオーガスト公爵領を取り戻すどころか逆に惨敗して、アルグレイド王国が更に戦力を落とす未来しか見えない。
はぁ、死にに行くような状況でも、今、目の前で死にそうな怪我を負っている人間を見捨てるような真似はできそうにない。
怪我の治った彼等が戦場に趣き、ここで死んでいた方がマシだったと思われないことを祈るばかりだ。
さてそうなると軽症の者も治してやらないとな、生還できる可能性を少しでも上げてやる為に。
そんな訳で昨日に引き続き負傷兵を治す作業に移る。
「聖女様ありがとうございます!」
「女神様、ありがたやありがたや」
なんだか昨日にも増して信仰されている気がする。
聖女は王都にいるだろ、偽物が。そして本物は俺ではなく、お前らが女神様と崇めている少女なんだがな。
ああ、ややこしい。
「すまねぇ、セシリィの嬢ちゃんにクレアの嬢ちゃん」
バレンが地面につきそうなくらいに頭を下げる。
いやあんた一応貴族だろ、冒険者にそんなことしちゃマズくないか?
「ははは、頭を下げるだけならただだからね。ごめんね二人共、でも助かったよ」
セシルが台無しな事を言う。
二人に礼を言われ彼等はテントを出て行った。
準備ができ次第……恐らく明日には進軍するらしいので、その準備で忙しくなるそうだ。俺達にもゆっくり休んでくれと言われた。
やっぱり従軍させられるのか? 王国法では断ってもいいはずだろ?
聞いたところによるとバルター千人隊長は子爵位を持っているそうだ。そりゃ逆らえんよな。
ちなみに千人隊長より上の第一兵団長は伯爵位だったそうだ。軍の幹部を貴族が占めているのか、幹部になると爵位が必要になるのか、どっちなんだろうな。
「やはり噂通り、評判の良くない人でしたね」
クレアがそんな事を口にした。知っている奴だったのか?
クレアがまだグレースだった頃、ダン達と共に追放先から冒険者登録をする為に治安の良い公爵領に向っている途中、立ち寄った子爵領では冒険者登録をしなかった。その理由が子爵領の領主が良い噂をきかない評判の悪い領主だったからだ。
あ~、あったなそんな事が。
気分の問題で登録自体何の問題もないのだが、あのバルター千人隊長が治める領だと知ったら、別の場所で冒険者登録をしたくもなるよな。
夜も更けた頃、テントの外に護衛の女性兵士以外の気配がした。
女性兵士と数人の男との言い争いが聞こえる。
「命令だ、貴様らを監視の任から解く。代わりに我らが監視につくことになった。さっさと去れ!」
おいおい護衛じゃなくて監視かよ。女性兵士は護衛をしていた筈だが、本人と話した時にそう言ってたしな。
この男達から見たら監視していたことになってるのだろう。
予想通り女性の兵士がいなくなった後にテントのカーテンが開かれた。
「片方は起きていたか。おい、クレアとかいう冒険者! バルター千人隊長がお呼びだ、さっさと起きろ。残ったお前は俺が相手をしてやる……ふん、まだガキだが中々の美形じゃねぇか……くっくっく」
テントに俺を襲うと宣言した男と、バルターの所へクレアを連れて行く為の男が二人、合計三名が侵入してきた。
よく見ると一人は今朝バルターに呼び出された天幕にいた男だ、見覚えがある。
バレンと同じ百人隊長みたいだな。
もし最初に出会ったのがバレンじゃなくてこいつ等だったのなら、助けなかったな。そんな事を考えていると……。
「む、むむむぅ!」
「ふげっ!」
「が、がはっ!」
ダライアが一人の頭を齧り取り、残る二人の身体を踏み潰ぶした。
ああ、死んだな。
「不味いですね、ぺっ!」
男の頭だったものを吐き出してそう愚痴るダライア。そっか不味いか。性格だけじゃなく頭も悪そうだったしな。
「ありがとうなダライア」
「主を守るのも配下の務めですよ。必要はなかったようですが」
礼をした俺に、そう答えたダライアだが、そこはかとなく嬉しそうに見えた。礼は大事だよな。
さて、こうなった以上ここにはいれないよな。
「敵であるのにも関わらず沢山の人間を助けたのにこの仕打ち。全く禄でもない人間もいたものです」
「そうだな、じゃあ本来の行動に戻るとするか……こいつらどうするかな、このままでもいいんだが……」
「それでしたら……」
ダライアにいい考えがあるらしい。
ダライアはネクロマンサーのスキル持ちらしく、頭の残ってた二人をアンデッド化させゾンビにした。
そしてゾンビ化した二体を、俺達が来る前に既に亡くなっていた者達が集められた簡易墓地のような場所へ向かわせる。
その際二体にダライアがネクロマンサースキル『仲間を増やす』を命じ、墓地の死体をゾンビにさせるように指示したようだ。
操ったゾンビがネクロマンサーのように死体をゾンビ化させて仲間を増やさせるこのスキルは、普通に生きている人を噛んで感染させゾンビ化させるよりもずっと早くアンデッドの集団を作り上げる事ができる。
まぁ死体が近くに多くあることが前提ではあるが。
術者自身がネクロマンスを使わなくても、操ったアンデッドが勝手に仲間を増やしてくれるこのスキルは高位のネクロマンサーしか使えないレアなスキルだそうだ。
ダライアは伊達に灰の序列将十位ではなかったようだな。
そう言えばカノープスの愛馬にされるまで、アンデッドの獣を率いていたって言ってたしな。配下のアンデットを増やすには都合の良いスキルだろう。
ゾンビの移動は勿論、駐屯地内の兵士に見つからないように命ずる。
それらを指示するダライアは、実に楽しそうだ。個人(馬)の趣味には口を出さないけどさ。
暫くして駐屯地内が混乱に陥る。二体のゾンビが仲間を増やすことに成功したらしい。
俺達はその混乱に乗じてこの駐屯地から逃げだした。
無理矢理に起こしたクレアはまだ眠そうだ。
駐屯地は簡単な柵と堀しかないので、俺の身体能力なら簡単に脱出できたが、クレアがいるのでダライアに二人で跨り、逃走を任せる事にした。
白馬は目立つかなとは思ったが、暗闇な事もあってか予想以上にすんなりと抜け出すことができた。
俺達は彼等より一足先に元オーガスト侯爵領の領都へ向けて、馬で走り出した。勿論目的は彼等とは違うのだが。
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夜が明ける頃には領都に到着した。
この地に到着した時は王国軍が敗走を始めている時で、バレン達を助けて駐屯地まで行った為に領都内部はじっくり見てはいなかった。
クレアを連れてきた理由は彼女が領都を見たいと言ったからだ。
その彼女が荒廃した領都を感情の無い目で見ている。変わり過ぎていて理解していても気持ちが追いついていないのかもしれない。
ツゥっと頬に涙が流れるが表情に変わりはない。
そのままクレアの気が済むまで、領都を眺め続けた。
クレアが落ち着いてから行動を再開する。クレアは空元気に振舞おうとするので、俺もダライアも何も聞かずに彼女に付き合う事にした。
さて、行きますか。
いつも通りブラックロウを翳しアンデッド兵に道を開けさせる。非常に便利である。
ここで指揮を執るロナルドなる序列三位の序列将は何処にいるのだろう? 領都であったなら領主がいた中心の城にいると思ったんだが、どうも違うようだ。
城門を守る指揮所に奴はいた。
城門と言っても門は破壊されているし、領都を守る壁もそこらじゅうで穴が開いたり崩れていたりしているが。
「ロナウド、お久しぶりです」
「やはりダライアですか……すっかり見違えたではないですか」
ロナウドは随分と丁寧な喋り口の男だった。
「ふふふ、これも新しい主であるセシリィ様のお陰ですよ」
「ほう……」
ダライアの台詞にロナウドがマジマジと俺を見つめてくる。
う~ん、品定めをされている気分だ。
「確かにブラックロウですね。あのカノープス様が負けたとはにわかには信じられませんが……」
「事実です。私は事の顛末を見てますからね。カノープス様は脳筋でありましたが、いえ脳筋であった故に、セシリィ様を認めましたしね」
「……相変わらず、所々に毒をはきますねダライアは。ですがカノープス様が認めたのは間違いないでしょう。カノープス様の一部であったブラックロウを使用できているのですから」
ぶっ! ブラックロウって只の魔剣じゃなくてカノープスの一部だったのか? 道理でこれを見せるだけで序列将が話を聞いてくれる筈だよ。
俺は黒光するブラックロウの剣身を見る。そこにはいないはずのカノープスの顔が映った気がした。気のせいだが少し嫌だな……。
ロナウドはナイスミドルのイケメン魔族だ。持っている剣もレイピアのような細く長い剣である。
その剣を前に突き出し……。
「では、剣を重ねてくれ。汝が主に相応しいか見定めよう」
そうニッコリと微笑んだ。




