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58・治療

 武器や防具はボロボロだが、身体はすっかり元に戻った王国兵達。

 冥王軍がこの辺りを占領したと言っても哨戒をする程にはしっかりとした体制ではないようで、王都や他領までなら逃げ切れるかもしれない。


「じゃ、本当に俺達はこれで……」

「ま、待ってくれ!」


 ……だよな、まぁそんな気はしてた。


「まず礼を言わせてくれ、ありがとう助かった。俺は百人隊長のバレンという……今、隊は百人もいないがな」

「どういたしまして。俺は野良の冒険者のセシリィだ」

「同じくクレアです」


 クレアが名乗るかどうかは彼女の判断に任せたが、俺と同じに彼女は名乗る事にしたようだ。

 冒険者資格が削除されてるかもしれないが、今はそう名乗っておこうと考えた。それが一番自然だ。

 ……野良はいらなかったな。冒険者は一カ所に止まる時もあるが、拠点を持たずにフラフラと移動することもあるし。


「そうか……若い見た目によらず、かなり手練れの冒険者と見受ける。よければ依頼を受けてはくれないか?」


 バレンはまだ敗走している王国兵がおり、その手助けをしてほしいとの事だ。

 報酬は自分が責任を持って国と冒険者ギルドに対応すると言い切ってくれた。

 そんな事を軽々しく言っていいものかと思ったが、バレンは名誉騎士爵であるらしく、貴族の誇りにかけてと握った手で自らの胸を叩いた。

 一番下の、しかも一世代限りでも貴族は貴族か。

 まぁどの道、俺達の立場が立場なので報酬を貰う事はないだろうが……どうしたものか。

 返事をする前に事態を知らないふりをして状況を探る事にした。

 悩む様子を忘れない。

 バレンは俺達を無理矢理従軍させる気は無いようだけど。


「宰相や騎士団長に唆されて、兵団長までその気になってオーガスト領の冥王軍と戦ったがこの様だ。本来第一騎士団と第一兵団は王都を守る為の兵だと言うのに……」


 会話の中でそんな台詞が彼等から聞くことができた。

 本来冒険者に聞かせられる内容ではないだろうが、こんな状況だ、上層部に対する反感と気の緩みもあったんだろう。

 それが本当なら王都を守る騎士団や兵団を動かしたことになる。


「王都に攻めてきた大した規模でない冥王軍を殲滅した事で、自信過剰になっていたのは間違いない。自分達なら領土を取り戻せると考えたようだ」


 隊長のバランがそう愚痴をこぼす。

 ああ、それってアルデバランの黒の冥将軍の最後まで残っていたボロボロの兵達だよな。そりゃ簡単に倒せることができただろうな。


「第二騎士団や第二兵団の様に遠征に出た事もなく、訓練だけで実戦が乏しい兵が多いですからね」


 彼の横で失った片腕を再生させてもらった男が、手を握ったり開いたりしながらそう話を続けた。


「加えて、噂では宰相だか王子だかが出張って兵団の編成に口を出したんだろ? 第二騎士団や第二兵団が壊滅したのってそいつらお偉さんが手を出した結果だったらしいじゃないか……あっ」


 流石に冒険者にこぼしていい話ではなかったと自覚したのか、慌てて口を塞いでいた男は腹部を大きく損傷していて俺が治した男だ。


 話を聞くにまた王国軍はやらかしたようだ。

 戦略や戦術の知識がないのに気分だけで命令したり指揮をした結果なんだろう。きっと責任は王子や宰相ではない、別の人間がとらされるんだろうな。 

 そうなるともう完全にアルグレイド王国側が戦力不足なんじゃないか?


「セシリィ……これって」


 うん、ここで王国軍を多少助けても冥王国側の有利は変わらないだろう。 

 冥王国側はアルデバランの兵は全滅したが、カノープスの残兵はここや砦に残してきた兵が多く、併せれば七~八割は健在らしい。アリスの兵も八割程度はある筈だし、そもそも冥王城に居る冥王の直属部隊が無傷だしな。

 アルグレイド王国側の無傷で残っていた王都の守備をする筈の第一騎士団と第一兵団は無駄に出陣をした結果、惨敗を喫し兵力を大幅に減らすことになったようだ。

 これ詰んでない?

 幸い冥王プロキオンがこの事態を把握する前に四王会議に連行されたから、アルグレイド王国は無事でいられるんだろうけど。

 プロキオンはアルデバランが倒された事をまだ知らない筈だ。

 アリスの話ではアルデバランは研究に没頭すると何か月も連絡が取れないことがよくあったそうなので、少しは誤魔化せるかな? ……先延ばししても意味はないけど。


「それでどうだろうか? 我々敗走している王国兵の手助けをしてもらえないだろうか?」


 別の事を考えていた俺に、再度バレンが問うてきた。


「勿論撤退するんですよね? それだったら協力は惜しみません。死に行く者を治す気にはなりませんから」

「そうか助かる。この状況だ、撤退以外はありえんしな。感謝する!」


 パァと顔を綻ばせるバレン。彼はこの出兵には反対だったんだろうな。上官の命令には逆らえんのは何処も同じか。


 <>


 元オーガスト公爵領の領都を攻める際に、前線基地とした駐屯地まで戻るバレン達について行く俺達。


「なんだか面白い展開になってきましたね、セシリィ様」


 バレン達に気付かれない程度の小声でダライアがそう言ってきた。

 面白い事って……お前的には、この展開はアリなんだな。


「ダライアさん、その言い方はちょっと……ねぇ」

「ふふふ、これは失礼を、クレア嬢」


 困り顔のクレアに全然悪びれてないダライアが返事をする。

 中身や職業が何であれ、見た目は少女二人組だ。歩く王国兵の方々に混ざって馬に乗っていても文句を言われる事はない。馬に乗せないといけないような重傷者は治してあるしな。


「見えてきたぞ、セシリィ、クレア」


 バレンが指差す進行方向の先に、簡単な柵と堀に囲まれた駐屯地が見えた。続々と王国兵達が集結している。見た感じ殆どの人が怪我を負っているようだ。

 バレンに雇われている身なので名前を呼び捨てされても問題はない。と言うより俺は見た目がクレアより幼くなってしまったので、ちゃん付けで呼ばれないだけマシである。


「駐屯地には衛生兵も居るので、そこの手伝いを頼む」


 バレンは顔が広かったらしく、敬礼だけのほぼ顔パスで駐屯地の中へ入れた。

 予想以上に惨憺なる状況だ。

 バレンから事情を聞いて引き継いだ兵士に治癒を行なっているテントへ案内してもらう。

 想像以上の惨状に大変な所へ来てしまったと、少し後悔してしまった。

 無論クレアの手前、そんな素振りは見せないが。

 クレアの方は真剣な表情でこの状況に向き合おうとしている。偉いな、俺には真似できん……なんて嘘だ。怪我人を見ていると流石に可哀想になってくるからな。


 紹介と説明もそこそこに魔法による治療を開始する。

 冥王軍対策で神官の多いアルグレイド王国軍だが、アンデッドとの戦闘部隊に組み込まれるので、衛生班には思ったより神官が少ない。

 魔力の尽きた神官が魔力ポーションを使い無理矢理魔力を回復させ、疲労混倍な顔で治療を続けている。

 回復魔法を使えない者は治療薬や包帯等を持って飛び回っていた。

 早速クレアは使える者が滅多にいないリカバーを使ってしまっていて、注目を集めてしまっている。

 仕方がない、この際だ目立つが面倒臭いのでどうにかしてしまおう。俺、無駄に魔力は多いからな。

 魔力増し増しでエリアヒールをかける。

 辺り一帯にキラキラと光の粒が降り注いだ。

 通常のエリアヒールより効果と範囲を魔力増加で無理矢理広げたバージョンだ。

 広いテント内どころか、外に待っていた怪我人や、衛生班の手が回らない軽傷者にまで治癒魔法が及ぶ。

 残念ながら魔力を余計に消費したエリアヒールでも、エクストラヒール程の効果はない。

 俺はエクストラヒールでないと直らない患者に治癒魔法をかけて回った。クレアは欠損を再生させるリカバー中心に治癒させている。

 聖女で魔力が多いと言っても、消費魔力の多いリカバーを何度もかけられるだけの魔力はない。

 治療を施している天幕に置いてある魔力回復のポーションも、あまり余裕が無いようだ。

 そこで俺だ。

 魔法の中には魔力譲渡する魔法が存在する。少しロスが発生するが問題のない程度だ。高位神官でも使える者がなかなか居ないという、結構稀な魔法らしい。レア魔法も使えるとは流石はセイクリッドゾンビである。

 聖女であるクレアでも現時点では使えない魔法だそうだ。習得にレベルが関係ないタイプの魔法なのかもしれない。

 さて、俺の魔力の余裕のある分はクレアに譲渡してあげて治療を続けようか。


「な、何者なんですか、貴方方は?」


 翠の瞳を見開いた金髪の女性が俺とクレアに詰め寄ってきた。

 何となくセシリアに似ている気がする女性だ。まぁそうなると俺とも似ているって事になるんだが。

 聞けばこの美人衛生兵は、この衛生班の纏め役をしているらしい。

 百人隊長のバレンに雇われたと言ったら、流石名誉騎士爵殿だなと感心していた。知り合いらしい。

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