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57・救済

 オーガスト公爵領の領都であった城塞都市は門どころか壁さえも所々に破壊され、城壁の中の物を守る機能を失っていた。

 むろん都市の中には一般の民はいない。


 遠くから見えてた戦闘は城壁の外側で行なわれており、どうやら始まってから結構な時間が経っているようだ。

 アンデッド兵に比べアルグレイド王国軍の数が少なく、この戦闘は王国軍の敗北が濃厚だ。

 アルグレイド王国軍がここへ攻め入った兵数が少なかった訳ではないようだ。何故分かるのかと言うと、倒された王国兵が冥王軍側のネクロマンサーに次々とアンデッド化されているからだ。

 それを神官がターンアンデッドを、魔法使いが魔法で薙ぎ払っているが、キリがない。

 気分の悪い話だが戦場では蘇生の手段がないので、亡くなった兵士はネクロマンサーによるアンデッド化を防ぐために頭部を切り落とさないといけないのだが、それが追いついていないようだ。

 まぁ仮に死体を神殿に運び込む事ができても蘇生確率は低いし、蘇生魔法を使える上位の神官が殆どいないらしい。本当かどうかは知らないが。

 それに成功しても失敗しても、超高額な蘇生代が請求されるらしいので、どのみち一般兵には関係の無い話になる。


 倒された兵士が敵兵になって襲い掛かって来る。

 そう、王国側にしたら自軍の倒された兵がそのまま敵になる訳だ。この状況になってしまっては王国側が勝利することはないだろう。

 戦闘の初期段階での作戦が失敗したのだろうか? もしや馬鹿王子のように血筋と権力だけで司令官になった無能が指揮を執っているわけではないだろうな?

 根拠はないが、何気にありそうな気がするんだよな。

 ここ何十年か、冥王国との戦闘がなかったらしいし。

 身分が高いだけで将になったり、金で立場を買ったりとかがありそうだ。

 もしそうなら有能な部下の諫言は聞かず、イエスマンしか周りに置かなくなって正しい判断ができなくなる。結果、煽りを受けるのは下っ端の兵達だ。

 まぁ今がそんな状況だと断言した訳ではない。その可能性もあると思っただけだ。

 こちら側、つまり序列三位のロナウドとかいう序列将が王国軍より戦上手で、王国軍が敗走しているだけかもしれないしな、うん。


 ダライアに乗って遠巻きに見ていた俺とクレアだが、王国軍の一隊がアンデッド兵に追われ、こちらに向かって来ていた。

 別に俺達に向ってとかではなく、単に逃走方向上に俺達が居るだけだろう。

 俺の後ろに乗っているクレアは、王国軍の敗走を見ても人側に加勢しようとかは言わない。

 彼女の立場は微妙だ。

 偽聖女として追放され、冒険者となった後も冥王国側に引き渡されそうになった。そのすべての件にあの馬鹿王子が関わっているのだが、あのギルバート王子がいなければ、彼女は聖女としてアルグレイド王国でそれなりの地位と生活を得ていた筈だ。

 もしもの話は意味がないな。馬鹿王子がいなければ俺はクレアとは出会ってはいないだろうし。

 クレアは王国側に酷い目にあわされたものの、冥王国側に立場を置く事はもっと危険だけどな。今は友好的なアリスに保護されているだけだし。


 そんな事を考えていると、どんどんアンデッド兵に追いかけられている王国兵が、直ぐそこまで近づいて来ていた。

 あ~、身を隠すとかすれば良かったんだけど、この辺は隠れるような所がないんだよな。


「お、おおい君達! 何故こんな所に居る? 早く逃げろ冥王軍が来るぞ!」


 王国兵の先頭を走る少しだけ身形の良さそうな青年が、ダライアに跨る俺達に叫んで警告してくれた。

 王国兵は二十名程か、追いかけるアンデッド兵は軽く百はいそうだ。


「どうするクレア?」

「助けましょうセシリィ。流石に目の前にいては見捨てる事はできません……でもセシリィが駄目だと言うなら諦めます」


 馬上で後ろを振り返っている俺に、真っ直ぐな目をしたクレアはそう答えた。

 あ~、これ、俺は見捨てないとか思っている目だな。

 まぁ成り行きだし、あいつ等がどんな奴らかは知らないが、確かに見捨てると目覚めが悪くなりそうだしな。仕方がない。


「クレア、あいつ等とアンデッド兵の間に障壁を張ってくれ」

「はい!」


 元気よく返事を返すクレア。

 あいつ等を治療するかどうかはあいつ等の態度次第だ。基本的に俺は敵なんだしな。自軍を弱めているオウンゴールばかりしているけど。

 ダライアにクレアを任せ、俺は一人こちらに向かってくる一団に向う。


「なっ! 何をしている、死にたいのか?!」


 先頭の男はすれ違い様に俺を抱えるつもりだったのか、俺に手を伸ばすが、その手を躱しすり抜ける。

 すると驚くことにその男は逃走を止め、俺を保護しようとしたのか逆走、つまりアンデッド兵の方へ戻ろうとしたのである。

 男と共に逃げていた奴等も足を止めるが、先頭を走っていた男が「構わず逃げろ」と命令をして、一瞬すまなそうな表情を浮かべたが逃走を再開させた。

 ……ふむ。悪い奴らではなさそうだな。まだ分からんけど。


「貴方も逃げろ」


 俺がそう言った次の瞬間、俺と逃走してきた王国兵の間にクレアの張った障壁が展開した。

 俺を連れようと反転した男もちゃんと他の王国兵がいる側にいる。クレアはきちんと仕事をしてくれたようだ。

 さて……。

 俺はブラックロウを抜き一言「去れ」と呟く。王国兵の側からは俺の身体が死角になってブラックロウは見えない筈だ。

 いやブラックロウはかなり長いから隠れきれてないか、まぁいいけど。

 ブラックロウはアンデッド兵を平伏させるだけでなく、簡単な命令を聞かせる事もできる。

 どうもこの能力はアンデッド全般ではなく、冥王国のアンデッド兵限定のようだ。

 通常のアンデッドに対してはここまで明確な指示はできない。精々近寄りにくくなる程度の効果だ。聖属性の武器でもないのに不思議な話だが、俺が思うに単にこのブラックロウを本能的に怖がっているのかもしれない。

 そんなこんなで王国兵を追ってきたアンデッド兵が蜘蛛の子を散らすような勢いで散開して行く。

 あっという間にアンデッド兵は一体も居なくなった。

 実はセイクリッドゾンビになったので、ゾンビなのにも関わらずターンアンデッドも使えるのだが、冥王国側の兵だから消さずに逃がしたのだ。


「な、何が起こったんだ?」


 危険が去ったと認識したのか、王国兵は逃走を止めてその場でへたり込んだ。

 万が一の為に張っておいた障壁は結局使われる事はなかった。ブラックロウがいい仕事をしてくれたお陰である。

 ダライアから降りて歩いてきたクレアと合流してから王国兵を見回す。

 先頭を走っていて、アンデッド兵に向って行く俺に警告をくれた男と目が合った。


「君達は一体……?」


 俺はそれに答えず。


「それじゃ俺達はここで……とはいかないか。クレア、治療をしてやるか?」

「はいセシリィ」


 逃げてきた二十人程の王国兵の中にはかなりの傷を負った者もいた。逃げるのに必死で気にする事も出来なかったんだろう、一度安心して立ち止まってしまうと、そのまま横になり唸り声を上げて動けなくなった者も何名かいる。

 俺もセイクリッドゾンビになって回復魔法が使えるようになった。一度試しに自分に使った事があるが、案の定ダメージを受けてしまった。解せぬ……って、まぁゾンビだしな。

 分担して王国兵を癒してやる事にした。

 魔力が無駄にある俺の方は王国兵全員の体力を回復させていく。傷が酷い者にはエクストラヒールを使った。

 クレアは再生魔法リカバーで欠損部分を治していった。

 レベル30で覚える神官系魔法エクストラヒールでは、千切れた部位を引っ付ける事はできるが、多くを失った部位は再生できない。

 欠損部を再生するリカバーは本来レベル40で覚える魔法だが、クレアはレベル35で覚えてしまった。

 聖女は神官系魔法を早い段階で覚えるらしい。クレアの話ではハイヒールやエクストラヒール等も通常より速いレベルで覚えていたという。

 これって聖女と神官とを見分ける性質の一つになるよな。

 数十年前のアルグレイド王国に結界を張ったという聖女の記録が残っていなかったのだろうか? こんな簡単な事で見分けられるんだぞ、記録なり口伝なり残っていてもいいだろうに。

 まぁ一緒に居た俺やダン達も気付かなかったけどな。クレアよりレベルの高い神官のリッカがいたから、クレアの使う神聖魔法のランクを気にしていなかったからだ。

 それはまぁさておき、このように高い能力を持つ術師であるにも関わらず、攻撃魔法が使えない為にクレアは欠陥神官などと言われ迫害されていたのだ。

 回復力も結界、障壁の防御力も段違いに優秀であるのに。元々ギルバート王子達に悪意があったとはいえ、酷い話である。


 クレアはカノープス達が攻めてきた一件で回復や障壁、結界等の使用でレベルが大幅に上がっていた。

 レベル35に達した彼女は通常ならレベル40で覚えるリカバーを、聖女の特性でレベル35で習得したわけである。

 俺も同じレベル35だが当然リカバーは使えない。セイクリッドゾンビの神官系魔法の習得は一般の神官と同じのようだ。まぁゾンビが神官系の魔法を使えるだけでもおかしい……凄い話なのだが。

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