56・愉快な男とその仲間達
指令室まで戻るのが面倒だったのか、砦の門から少し入った開けた場所でドカッと腰を下ろし、腕を組んでいる現ここの指揮官である獣人のアイン。
「成程、そういう事か」
「そういう事ですね」
顎を摩りながら頷くアインに、説明を終えたダライアが同様に頷き返す。
マーヤの時とは違い「一から説明しろ」と言うアインに、多少の偏見と誇張を交えながらダライアはこれまでの事をアインに説明したのだった。
アンデッド兵の他にもアインと同じ獣人の兵が何名かいる。そいつらが何故か恭しく敷物と飲み物を持ってきてくれて、俺達もアイン同様に地面に座りながらダライアとアインの会話を聞いていたのだった。
人間であるクレアに敵対心剥き出しではない態度を取ってくれた一般兵は、ここが初めてではないだろうか。
「お嬢さん、お代わりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます」
筋肉ムキムキの獣人がお茶のお代わりを持ってきて、それを受け取るクレア。鑑定の眼鏡で毒等が入っていない事は確認済みである。
信じられないことに、本当に持て成してくれているようだ。
「よし分かった!」
アインは気合の入った声を上げながら、立ち上がる際にパンと太ももを叩いて立ち上がる。
「話を聞く限り俺と同じ序列は七位らしいじゃねぇか。そんな奴がカノープスの旦那を倒すなんておいそれとは信じられねぇが……」
そんな台詞を吐きながら、敷物の上に座り茶をすする俺達の方へアインはノシノシと歩いて来た。
「でもまぁ、拳を交えれば分かる事だ、なぁ姉ちゃん?」
……拳をポキポキ鳴らしながら何故かクレアの方に顔を突き出し、ニヤリと笑うアイン。
「え、え、えええっ! わ、私ですかぁ?!」
「お前の他に誰がいるってんだよ、赤の序列将七位のセシリィさんよう!」
クレアはそっと俺の方に目を逸らし、無言で俺の方を指差した。
「は?」
「アイン、その方は聖女クレアです。その隣の金髪の方がセシリィ様ですよ。見て分からないのですか? ブラックロウを持っているのが目に入っていないのですか? 貴方馬鹿なのですか?」
「分かるかぁ! それと馬鹿じゃねぇし!」
シレっと毒を吐くダライアにムキになって反論するアイン。
進化して俺の方が背が低くなってしまったからな、弱そうに見えるのかもしれない。見た目も既にゾンビには見えないし、人であるクレアと変わらないしな。
「ふ、ふん、き、貴様がセシリィか。強そうに見えねぇよな。まぁいっちょもんでやるとするか!」
仕切り直して俺に顔を向けてそう俺に絡んでくるが……全然しまらない。
「言っておきますがアイン。私は序列一位のアーロンがセシリィ様に倒される所を目の前で見ています。そしてセシリィ様はあのマーヤも認めたお方ですからね? 貴方はまだカノープス様が倒されたことを疑っているみたいですが……何度も言いますがブラックロウを所持している事の意味を分かっていますよね?」
「……あのイケすかねぇアーロンをか……それとあの偏屈なマーヤが認めただと?」
ギギギっとまるで錆びた人形の様にゆっくりと首をダライアに向けて、確認を取るアイン。
ふむ、マーヤは偏屈なのか? 確かにちょっと変わってはいるけど。
しかしこいつ等お互いの事を変わり者とか偏屈とか、仲が良いのか悪いのかよく分からんな。
「……ゴホン、そのなんだ。じゃあアレだアレ」
「ブラックロウによる疑似戦闘体験ですね。初めっからそれをすれば良かったのです……ああ、忘れていたんですか、馬鹿だから」
「ば、馬鹿じゃねぇし! 忘れてねぇし! 一言多いんだよお前は!」
やっぱり仲が良いなこいつ等。しかし序列の順位が逆みたいに見えるが言わない方がいいだろうな、アインがへそを曲げて面倒臭そうだし。
アインは武器を出しそれを拳にセットする。彼の武器は大きめのナックルの様だ。
リーチが短く勝手が悪いように思うが、素早い獣人はナックル系の武器を愛用している者が多いと聞くので、ちゃんとした戦い方が確立しているんだろう。
アインがナックルの先に付いた鋭い爪を俺の方に突き出す。俺はその爪にブラックロウの剣身をそっと当てた。
マーヤの時と同じようにキィンとかん高い音がして、アインはそのまま動かなくなる。
……あ、あれ?
アインの様子がおかしい。
「ぷっ!」
ダライアが突然噴き出す。何々どうしたんだ?
アインを見ると立ったまま白目を向いて口から泡を吹いていた。
武器を合わせて僅か数秒である。
「でかい事言ってた癖に瞬殺ですか。いやはや相変わらず愉快な男ですね! ははははっ」
ダライアは楽しそうだ。
いやいや、ここにはアインの配下がいるんだぞ。
流石にアインより弱いと思うので負ける事はないと思うが、敵対行動を取られたらここに来た意味がなくなるんだけど?
「すみません姉さん、兄貴はこういう男でして……」
ペコリと頭を下げる筋肉質の獣人。さっき俺達に茶を持ってきた男だ。
その後ろにはアインの部下だろう、数十人の獣人が同様に頭を下げている。
「い、いや気にしちゃいないよ。中々面白い男だなアイン殿は」
「どうそ兄貴の事はアインと呼び捨てに、姉さんはカノープスの旦那の後に納まった方でしょう? あっしらの頭になったんですから……その認識で間違いないですよねダライアの旦那」
「そうですね、それであってますよ」
やはり総大将の冥王プロキオンの存在は流されている。いいのか?
ともかく、アインの副官か補佐をしているのだろう筋肉質の獣人は、俺が頭なんだがら気にする必要はないと言う。そしてその事をダライアに確認したのだ。
……この男、アインより有能なのではないだろうか。
アインはちょっと俺様が入っていて愉快な行動が多いが、面倒見が良さそうな感じだからな。きっと慕われているんだろう。
「アインはこれで大丈夫でしょう。目を覚ますと鬱陶し……いえ、面倒臭いのでこのまま次の場所へ移動しましょう」
ダライア……言い直しても十分失礼な物言いだよ。
ダライアがアイン達に次の行先を伝えなかったのはわざとだな。
追いかけて来て「やっぱり実戦じゃないとな、拳で決着付けようぜ」とか言われても困るからな。僅かな時間しかアインとはいなかったが何となく奴が言いそうなことは見当がつく。
まぁアインは分からんが部下達は言わなくても行先は分かっていそうだけど。王都方面に向った俺達を見送ってくれたのだから、何処へ行ったのかは十分に予想はつくだろう。
ちなみに獣人であるアインはハルナラ砦に潜り込む際に、マーヤと同様に変化の魔道具で人間に化けていたのだが、こちらの方はローランド辺境伯領の孫とかではなく、将としてだったという。
一度その姿を見た事のあるダライアによると、毛むくじゃらの大男にしか見えず、間違っても貴族の一族には見えなかったという。
ダライア曰く「気品を生まれた時に忘れてきたような男ですから」と語った時には、成程と思わず頷いてしまった。
<>
アルデバランの配下が進行した町や村、それ以上の人が居たと思われる都市が荒廃した廃墟となっている。
殺されたのか、逃げ出したのか都、町、村に人が残っている事もなかった。
しかも使役されていないゾンビ等のアンデッドが所々徘徊しているのが見える。
……どうでもいいが俺、アレの上位種なんだよな、今更だが。
収納鞄に収めていた食事をとるクレアの食が、段々と細くなっていくのも仕方のない事だろう。
ぶっちゃけ俺は魔素を取り入れれば身体を維持できるが人であるクレアはそうはいかない。食事は必須だ。
クレアもその辺は分かっているようで無理矢理にでも食事をとっている。冒険者をやってきた訳だし、大丈夫だと思う事にしよう。
……ちなみに言うと凄惨たる戦場になったここには魔素が溢れて……まではいかないが、かなりの魔素が充満している。
魔素って何だろうな? この辺りの魔素が濃いのは、亡くなった人の魔力が関係しているのだとは思うが。
まぁ細かい事はいいか。魔素の濃い元魔王城だったらしいアリスの居城や、死者の迷宮みたいな所にいなくても魔素を取る事はできる。
以前魔素の比較的薄い人族の町等で行動していた時も、戦闘などをせずに普通に過ごすだけなら体内の魔素が減る事もなかったからな。安静に寝て過ごしていたら回復するくらいだ。
それこそアルデバランやカノープスクラスの冥将クラスの奴等と戦わない限り、魔素を気にする必要はあまりない。
魔素はアンデッドの体力魔力の回復に大きくかかわっている。魔素が濃い程、短い時間で多く回復をするようだ。
フォーブル砦とハルナラ砦を領地内に持つ、ローランド辺境伯領の領都も見事に廃墟になっていた。この先のクレアの故郷であるオーガスト公爵の都市も同じ感じなのかもしれないな。
王都方面に対し左右の領地には子爵領や男爵領があるらしいが、この地を奪還しようと動く事はない。自領を守る僅かな戦力を出すわけにはいかないだろうし、恐らく逃げ出した難民でてんやわんやになっていると思う。
やがて遠くに城壁で囲まれた都市が見える。かなり遠い位置から見えていたのでかなり大きな都のようだ。どうやらあれがオーガスト公爵領の領都のようだ。
ん……あれ?
気のせいじゃなければ戦闘が行なわれているように見えるんだが?
アルデバランの配下は最後の一兵になるまで王都に向けて進軍し、その先端が王都に届いたと聞いた。でもそれはかなり前の話になる。つまりあそこで戦闘を行なっている片方はアルデバランの兵ではない。
そうなるとカノープスが配置したという序列三位のロナウドとかいう奴の部隊と、多分アルグレイド王国軍が戦闘をしているのだと思うが……。
アルグレイド王国軍って冥王軍を攻めれる程に戦力が残っていたっけ?
王国軍以外の大軍は二大公爵の残った方のゲルド公爵の領軍が健在らしいが、オーガスト公爵領を奪還する為に兵を出したとは思えない。
守りを考えたら、そんな余裕はない筈だ。
だとしたら王都に駐在する第一騎士団と第一兵団とかいう奴等か?
いやそれは無いか、王都を守るのが役目の兵が王都を離れる訳がないからな……ないよな?




