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55・麾下

 カノープスが攻め落としたフォーブル砦で指揮官を務めている、灰の序列将五位ダークエルフのマーヤ。

 俺と共に来たダライアの様子と俺が持っているブラックロウを見て、大体の事情を察したようだ。


「カノープス様は『俺の席が欲しいなら俺を倒す事だ、何時でも挑んでくるがいい!』が口癖だったからな……まさか本当にカノープス様を倒す者がいようとは」

「……マーヤ殿、信じるのか?」


 彼女に合わせて俺も彼女の事を殿付けで呼んでみる。

 うん、意外としっくりくるな。


「それを今から確かめる」


 そう言って彼女は腰から剣を引き抜いた。剣は黒みがかった銀色の片刃の剣で、その剣身は刀を連想させる。

 まさかここで戦う気か?

 俺の表情を読んだのか、二ッと口の端を吊り上げた。


「確かに一度手合わせをしてもいいのだがな……残念ながら今回は止めておこう」


 そうなのか? 俺は胸を撫で下ろす。

 マーヤは剣を下に下ろしたまま俺に歩み寄る。俺は警戒して身構えるが彼女は気にも留めずにお互いの間合いの中に入ってきた。中々の胆力だよな、内心ビビりまくりの俺には真似できん。


「剣を合わせてくれ、それで全てが分かる」


 俺は首を傾げた。どう言う意味だろう?


「そのブラックロウは特殊な剣ですからね。何と言いますか、戦いを記憶しているのです」


 ダライアがそう説明してくれた。

 戦いを記憶? つまりブラックロウには戦闘の記録を取る、記憶媒体のような機能があるのか?

 よく分からないが、ともかく剣を合わせればいいみたいなので、そうしてみるか。

 何かの罠……って訳ではなさそうだし。


 少しビビりながら剣身同士を恐る恐る重ねてみた。すると一瞬キィンと金属音が鳴り、マーヤは目を閉じ全く動かなくなった。

 いや、薄っすらと汗を浮かべ顔は引きつった笑い顔だ。


「セシリィ様とカノープス様の戦いを再現……いえ体験といえばいいですかね。あのレベルの戦闘を疑似体験している訳ですよ。ブラックロウにはそういった能力があるのです」


 記録だけじゃなくそれを元に疑似体験もできるのか。

 成程、配下を傷付けずに訓練するには良い機能だよな。

 ブラックロウはあのチートな聖剣ルーンライズと何十、何百と打ち合っても刃こぼれ一つしない名剣だ。ルーンライズとまではいかなくとも不思議な便利機能くらいは持っていてもおかしくはない……ような気がする。だってあのカノープスの愛剣だし。

 そう言えば剣を翳すだけでアンデッド兵が跪いていたな。それも能力の一つなんだろうな。


「プハッ、無理! 化け物かぁ!」


 勿論化け物はカノープスの方だよな? 可愛い少女の姿の俺の事ではないよな? そうだよな?


「認めよう、カノープス様以上の化け物だという事は……よし分かった、私を使うがいい」


 俺の事だった……ぬぅ。


「使う……って事は……」

「傘下に入るのは吝かではないと言っている、セシリィ様よ」


 おおっ? 意外な程すんなりと……っていいのか? 総大将の冥王の許可は?


「それは嬉しいが、冥王に報告してからじゃなくていいのか?」

「信頼する冥将を倒したセシリィ様を許すほど、冥王様の度量は大きくないと聞いてますが?」


 おおっ、言うねぇマーヤ。

 俺は早口で捲し立てる口調で上から目線の、自己中でオタクな冥王を思い浮かべる。

 あまり顔を合わす機会のない序列将にも冥王プロキオンはあまり好かれていない様だ。


「俺の側に付くと冥王プロキオンに殺されるかもしれないぞ……多分」

「ふむ、玉砕は趣味ではありませんね。いざとなったら他の王の所へ亡命でもしますか……ご一緒にどうです?」

「いいなそれ~、じゃあそうするか」


 別の王、つまり龍王とか獣王とか魔王のことだよな。うむ、一考の価値はあるな。

 俺とマーヤの会話にダライアとクレアが呆れた顔をしている。


「セシリィ様もマーヤも……はぁ」

「あはは、お二人はよく似てますね……良くも悪くも性格が」


 え、そうなの? と言うか悪くもって、良くもだけでよくない?


「マーヤと申します、お嬢さん」

「あ、はいクレアです」


 手を出してクレアに話しかけたマーヤに、手を握り返し名前を名乗るクレア。


「ああ、やはり噂の聖女様か。成程ねぇ」


「え、噂ですか?」

「ああ、気分を悪くしたら申し訳ない。アルグレイド王国に見捨てられ、冥王の研究材料にされる不幸な聖女だと噂されていたのだが……セシリィ様と共に居られたのか、それは僥倖」


 そう言って柔らかく笑うマーヤ。

 マーヤは性格が俺と似てるとクレアは言ったが、俺は何となくアリスに似てると思うんだがな。


 これから俺達はハルナラ砦に行って序列七位の序列将と会い、それからオーガスト領に駐在する序列三位の序列将に会う予定だとマーヤに告げると、「あいつ等は変わり者だから大丈夫だろう」と話してくれた。

 それはそうとマーヤ、お前もダライアからその二名と一緒に変わり者扱いされていたぞ? 当然、それを口にはしないけど。


 フォーブル砦を守る兵は十分とは言えないが、ここを攻める程の戦力がアルグレイド王国側にはない。

 フォーブル砦から王都方面、オーガスト公爵と並んで二大公爵と言われているゲルド公爵が収める領地があるが、そこには一応纏まった戦力があるらしい。

 だがゲルト公爵領の領軍は守備にまわせられる兵力だけで、とても砦を攻めるような戦力はないそうだ。

 王国側には他にも侯爵や伯爵の領地が有り、そこにも領軍がいるが、冥王軍を王国領土だった場所から追い返すような大戦力はない。そもそも戦闘をする為の兵糧も足りてないらしい。

 難民が溢れかえっているらしいからな。

 侯爵や伯爵の領軍がこれである、子爵や男爵等の領軍など話にならない。

 油断するわけではないがフォーブル砦は暫くの間、アルグレイド王国が国力と戦力をある程度元に戻さない限り安泰だとマーヤは話す。

 そもそも砦である以上、万が一攻められても持ちこたえられるだろうし、場合によっては反対に撃退することも可能だろうしな。


「序列七位のアインが居るハルナラ砦はもっと安心だけどな。変わってほしいくらいだ」


 次に行く予定のハルナラ砦の序列将はアインというらしい。

 攻めにくい砦である上に、王都方面には冥王国が占領した領土が広がっている……アルデバランの黒の冥将軍が暴走したのが原因でだ。

 ハルナラ砦の先にある元オーガスト公爵領には序列三位の将がいて、もし王国が攻めて来るなら場所的にそちらが最初になる。

 だが先程言ったように王国には、守備に回す兵力で精一杯で攻める戦力はないみたいだけどな。


「まぁロナウドの所よりはマシか……序列三位のロナウドが駐屯している元オーガスト公爵領には、無傷の砦なんか残ってないだろうしな」


 確かに序列三位はマーヤ達より大変だろうな。ロナウドとか言う将は荒廃した都市で指揮を取っているんだろうしな。


 砦が破壊されることなく理想的な形で占領した砦を見て思い出した。


「そう言えば、ローランド辺境伯の身内が冥王国に協力したと聞いたが…息子と孫だったか? そいつ等はどうなったんだ?」

「ああ、それか。セシリィ様は知らないのだな」


 ニッと悪戯っぽく笑うマーヤ。

 俺の上位の序列将が何も教えてくれなかったので、後からある程度アリスから聞いてはいたが。

 マーヤは自分を指差す。

 俺が分からないと首を傾げると、マーヤは耳にあるイヤリングに触れた。


「お、おお?!」


 つい驚いて声を上げてしまった。

 マーヤの見た目が人間になったのだ。

 顔や背格好は同じだが、肌の色は白く耳は人間と同じ形に変化している。


「ローランド辺境伯の孫娘という設定になっている」


 ……そうか、何十年も前から準備してきたと聞いているしな。まさかの変化アイテムで身内に潜り込んでいたとは。

 全くの別人になる魔道具は非常に稀な物らしいが、マーヤの様に特徴を変えるだけの魔道具なら手に入れる事も可能だそうだ。それでも珍しい物である事には変わりがないらしい。

 変化と言えば身体を変化させずに、幻覚魔法で見た目だけを変える事もできるらしい。ただその幻覚魔法はちょっとしたショックで直ぐに解除したり、声なども変えれないので今一使い勝手が悪いとか。そもそも高レベル魔法なので使える者が非常に少ないらしい。


「辺境伯のクソジジイは領都の城で監禁してたはずだが、アルグレイド王国への侵攻開始と共に始末したと聞いているな……アレは碌な人間じゃなかったしな、当然の報いだ」


 ……マジか。事実上ローランド辺境伯領は冥王国に支配されていたって事じゃないか。

 しかし碌な人間じゃなかったって、そんなに酷い奴だったのか?


 <>


 マーヤと別れ、俺達はハルナラ砦を目指す。

 フォーブル砦からアルグレイド王都方面に対し山間部方向に垂直に移動するとハルナラ砦があるらしい。

 予想はしていたがこの辺りも戦闘の跡が顕著に残っている。はっきり言ってかなりの荒れ具合だ。

 そんな中ハルナラ砦が見えてきた。

 フォーブル砦と同じ様に戦闘する気満々で近付いてくるアンデッド兵に、ブラックロウを翳して道を開けさせる。

 フォーブル砦とほぼ同時期にアルグレイド王国が作った砦だそうで、そのせいか造りがよく似ている。

 両砦間の領地であるローランド辺境伯領は既に冥王国に落ちている為、移動は元アルグレイド王国側を通って来た。

 なので今回は位置的にアルグレイド王国側の門から砦に入る。

 司令官、確か名前はアインだったか、奴は正面の門が開門して驚いているかもしれないな。


「な、な、何事だぁ!」


 おおう、予想通りというか、予想以上に驚き焦っている黒い体毛に覆われた狼顔の男。

 獣人だな、こいつがアインなのだろうか?


「兵を無効化して俺の砦に攻め入るとは、お前等何者だぁ?!」

「落ち着きなさいアイン。私です、ダライアです」


 ここの司令官、灰の序列将七位のアインが俺達の前に現れた。

 指令室から門まで飛び出てきたのは余程驚いたのか、いやしかし司令官が出て来ちゃっていいのか?


「ダライア……? 嘘をつくな、ダライアはもっと気持ち悪い黒い馬だ、そんな小奇麗な白馬じゃねぇ!」

「気持ち悪いとは失礼な! 私の主が脳筋のカノープス様からそこの可憐なセシリィ様に変わったからですよ。私が契約者によって姿が変化するは知ってるでしょう?」

「……の、脳筋……その会話にシレっと混ざる毒舌……まさか本物のダライアか?」

「そうだと言ってるでしょう、全く」


 そんな事で本人と認めるんだ。

 しかし俺が可憐って……よせやい、照れるじゃないか。

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