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54・砦

 流れる景色の割には正面から身体に当たる風が全く無い。

 正面どころか巻き込む風も無いのは、騎乗している馬が魔法で防御膜を展開している為らしい。

 進行方向の遠くの空はどんよりと曇っていて、この先にはあまり楽しい事はないぞと示唆しているようだ。

 そんな暗雲とした俺の心境とは裏腹に、馬に乗る俺の背中にくっ付きながら興奮した様子で喜んでいる少女がいた。


「速い速い~、凄いよ! ダライアさん」

「ふっふっふ、大したことはございませんよクレア嬢」


 俺の腰に手を回し後ろで掴まっている少女と、俺達を乗せ疾走している馬との会話だ。

 普通なら喋る馬に驚くのは当然としても、通常の馬の何倍もの速さで走っているのに通常の馬程の揺れしかないってどう言う事? むしろ揺れが少ないんじゃないかとさえ感じる。

 先日、元灰の序列将十位のアンデット馬のダライアは俺と契約を交わし、俺の配下となった。

 ダライアの持つ能力は契約主と同じ特性になるというもので、カノープスが主だった頃の黒く少しおどろおどろしい姿から、毛並みの良い白馬に様変わりしていた。

 まるで生きてる馬のようで、とてもアンデッドの馬には見えない。

 巨大だった体躯は俺の進化に合わせ少し小さくなったが、それでも通常の馬よりは少し大きい。


 速い速度を全然怖がらない、むしろ喜んでいるクレアにダライアが実に満足そうだ。

 ダライア曰く俺と契約して走行スピードがかなり上がったらしい。ふむ、契約者によって姿形だけじゃなく能力も変化するのか。

 速度はともかく、この見た目なら人族の居る所まで行っても、何ら問題はなさそうだ。

 繰り返すが、この尋常ならざる速度で走る姿さえ見られなければだが。


 俺は気が進まなかったが、ダライアにそそのかさ……ゴホン、勧められカノープスの配下だった序列将に会いに、占領したアルグレイド王国内に来ているわけだ。

 冥王と万一事を構えた時の事を考えて……なんてことではなく、そいつ等の主であるカノープスを倒した俺が、アルグレイド王国に居る残った序列将を配下なり仲間なりにして、手綱を締めて来いとアリスに言われたからだ。アリスが行って自分の配下にすればいいのにな、とは思うのだが……はぁ、正直嫌々である。

 そもそも主であるカノープスを倒した俺の言う事を聞いてくれるとは、とても思えないのだが。


 溜息をつく俺の背後でクレアがポツリと呟いた。


「……だんだん景色が酷くなっていきますね。やっぱり戦争があったのですね……」


 最初にカノープスがフォーブル砦を攻めた時は、ローランド辺境伯の身内の裏切りで砦の城門は解放され、冥王軍が圧倒的優勢のまま砦は落ちた。

 その後にギルバート王子率いる一軍が王都に戻る際に、フォーブル砦を占領したカノープスの灰の冥将軍と戦闘になった。

 砦を越えなければ王都には戻れないからな。

 一応回り道もあるらしいが道が狭く大軍では難しい上に、相当の日数がかかるみたいだし。

 ちなみにカノープスの灰の冥将軍がフォーブル砦を攻める時は、侵攻するアルグレイド王国軍とかち合わないように魔の森を大きく迂回し、アルグレイド王国軍が侵攻する何か月も前からフォーブル砦に向って進軍していたそうだ。

 ギルバート王子の王都軍と戦闘になった際には、カノープスの軍は砦に籠らず、打って出たらしい。あの脳筋共め……鎧騎士に脳はないだろうけど。 

 まぁそのせいで、フォーブル砦の魔の森側には王国軍との戦火の跡が広がっていた。

 草木が荒れ、壊れた武器や防具が所々に転がっている。

 よく見れば死体も見える。その死体は首が切られ頭部が落とされているものが多い。

 戦場では蘇生方法が無い為に亡くなった者はその場に放置される事が多いが、その際にできるだけ首を切り頭を落としていく。

 これはネクロマンサーによるアンデッド化を防ぐ為だ。

 死体の頭と体を切り離しておけば殆どの場合、ネクロマンサーによるアンデッド化は防げるものらしい。

 ちなみにアンデッド化して魔物となってしまった場合、首を落としただけでは倒せず、頭部を潰す必要がある。

 よって冥王軍と戦っているアルグレイド王国軍は、わざわざこのような変わった一手間を行なう必要がある。他の三王、竜王、魔王、獣王に相対している人族の国の軍にはない、アルグレイド王国軍独自の行動だ。

 しかし死体とは言え首を落としていく行為はメンタルにくるよな。戦争をしていること自体でさえ、精神状態がおかしくなりかねんのに。

 

 さて今更だが実は俺、本当はクレアを連れて行く気は無かったのだ。

 何故連れて来たかと言うと、冥王軍に蹂躙されたであろう故郷のオーガスト領を一目でも見ておきたいと、クレアに懇願されたからだ。

 元の公爵令嬢グレースの時も、冒険者クレアの時もアルグレイド王国には良くされなかった事が多い彼女だから、暫くは王国に行きたくないと思っていた。

 かと言って冥王国にいても危険な事には変わりはない。今はアリスが保護しているとは言え、基本的に聖女は冥王国の敵だからな。

 別にアルグレイド王国の王都まで行くつもりはないし、大丈夫だろうとアリスにも言われ、連れて行くことを承諾した。

 まぁ王国にだってダン達の様な良い奴らもいるからな。万が一にも人族と会うような事があっても、それ程気にする必要はないだろう。

 俺やダライアはそのまま人と馬にしか見えないしな。但し鑑定されたらアウトなのでそこは気を付けないといけない。

 冥王やアルデバラン、そしてアリスのように鑑定スキルを持った者は滅多にいないらしいし、俺が持っているような鑑定のアイテムもそうそう流通しているわけでもないらしいので、多分大丈夫だろうとは思う。


 やがて遠目でも分かるくらいの巨大な建造物が見えてくる。

 あれがカノープスが落としたフォーブル砦らしい。

 中央の大きな門がある場所が一番高く、左右に高く長く砦の壁が伸びている。砦の端は岩がむき出しの自然の絶壁の壁になっていて、回り込むこともできない。

 砦の周りはスケルトンやゾンビで溢れかえっているかと思っていたのだがそんな事はなく、 鎧姿のスケルトン兵がきちんと列をなし城門を守る様に整列していた。

 スケルトン兵に近付くとそいつらは武器を構え俺達に襲いかかろうとして来た。


「灰の序列将十位の私なら大丈夫かもと思ったのですが、やはり今の状態では駄目でしたか。仕方がありませんセシリィ様、アレを」

「アレだな、分かった」


 俺は収納鞄からカノープスから譲り受けたブラックロウを取り出し、鞘から剣を抜く。

剣を翳すとスケルトン兵は動きを止め、その場で頭を垂れて俺に跪いた。

 おおっ、マジか。

 虎の威を借る狐みたいな気がするが気にしちゃ負けだ。無事に通れる事が大事なのだから。

 開門を命じると正面の大門が開く。

 なかなか立派な砦である。当然ながら砦内は、今は人ではなくアンデッド兵が砦内を歩いていた。

 砦内にを進んでいき、階段を上へ上へと登っていく。そして指令塔だろうか、砦内にある最も高い建物の最上階に到着した。


 そこには俺達が来るのが分かっていたのか、一人の女性が足を組み椅子に座りながら侵入者である俺達に対して怪訝な目を向けていた。


「やれやれ、まさか何の抵抗もされずにここまで来られるとは。しかも侵入者は冥王国側の門からとはな……何者だ貴様ら?」

「何者とはつれないではないですか、マーヤ殿」


 ダライアにマーヤと呼ばれた女性は目を見開いて驚く。


「まさかダライアなのか? なんだその姿は、色も違うしすっかり良い毛並みになりおって、見違えたぞ!」

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」


 椅子から立ち上がり生気溢れる姿になったダライアを褒めるマーヤ。

 その言葉に気を良くしたダライアは自慢気に返事を返す。馬の顔なので自信はないが、ドヤ顔をしているように感じるな。


「むっ貴様、その剣は……そうか、そういう事かダライア」

「そういう事ですマーヤ」


 マーヤは俺の持つブラックロウを見て勝手に納得したようにウンウンと首を縦に振り頷いている。

 ダライアからマーヤと呼ばれた女性は、カノープスやアリスの城に攻めて来ていたカノープスの配下の序列将の様なアンデッドの鎧騎士ではない。

 尖った耳に褐色の肌そして美しい容姿……所謂ダークエルフだ。

 ちなみに冥王軍の中でアンデッド以外で一番多い魔族と特徴が似ているが、当然別の種族である。

 

「さて、貴殿の名を教えてもらおうか?」


 褐色の整った顔の女性が俺にそう問う。俺への呼び方が貴様から貴殿に変わっていた。


「名はセシリィ。一応赤の冥将軍の序列将七位って事になっている」


 この身体になって随分と経つのに、未だに名乗る時には若干の抵抗があるのは何故だろう? いっそ男女どちらにでも使える名前に改名しようかと思ったが、今更だしな。


「セシリィ殿か、序列など只の番号に過ぎんから気にする必要はないぞ」


 肩を竦めてそう返事を返すマーヤ。

 態度からして俺に敵対する気はないようだ。

 カノープスの愛剣ブラックロウを持っていることから、彼女の主を俺が倒した事にも気付いている筈だと思うのだが。


「マーヤは序列五位ですが、序列一位のアーロン並みに強いですからね」

「序列が上がって面倒臭い仕事なんかを命令されるの嫌なんだよ……だけど私より上位の序列将が面倒事を押し付けてくるのは何故だ? 偉い者には偉い者の立場と責任があるだろうが、あのボケ共が!」

「本音が駄々洩れですよマーヤ。落ち着いて下さい」

「ああ、すまん。少々取り乱してしまったな」


 何となくマーヤの気持ちはわかる。

 俺も前の世界では社畜と呼ばれる側の人間だったからな。今度一緒に飲みに行くか? と言いってやりたい気持ちで残念美女のダークエルフ、マーヤを見る俺だった。

 ちなみにクレアはその様子を何とも言えない生温かい目で見守っていた。

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