51・譲渡
どうやら俺と同じくらいの衝撃を受けたらしく、俺が立ち上がるのと同じくらいのタイミングで起き上がるカノープスを視界に捉えた。
「むぅ……そう言えば容姿が少々変わったな。何をした?」
ほ? 容姿が変わった?
自分の姿は見えないのでよく分からないし、俺の視界から見える自分の身体におかしい所はないように感じるが……いや、ちょっとだけ違和感があるけど、それが何かは分からないし調べる余裕はない。
「さぁな、気のせいじゃないか?」
「ふん、まぁいいだろう。どの道、我に倒されることになるのだからな」
カノープスの言う容姿の変化は間違いなく進化の影響だろうけど、それをわざわざ教えてやる必要はない。
しかしカノープスは鑑定のスキルを持っていないようだな。
アリスの様な上位鑑定ハイアナライズでなくても、冥王やアルデバランの通常の鑑定スキルでも今の俺の進化種族が分かる筈だしな。
そうだよな、冥将だからって鑑定スキルを持っているとは限らないか。
ゆっくりと俺とカノープスはお互いの距離をつめる為に歩み寄る。
カノープスは馬には跨らないようだ。たしか馬上だとかなり有利になるんじゃなかったけ? 奴の心境がどうなのかは知らないが、乗らないのならその方が助かる。
そのアンデッドの馬は離れた所で待機している。
たまに城兵に攻撃されているが、蹴り倒して撃退している。中々の強さだ。
「さて、心行くまで楽しもうではないか!」
そう言葉を発するや否や、俺の返事を待たずに剣を振り上げ俺と奴の剣の応酬が始まる。
カノープスは片手で兜を抱えているので片手攻撃なのだが、剣術が達者な為に中々隙が無い。
しかしあの大剣をよく片手で扱えるものだ。
俺の方はさっきやられた時と違って、しっかりと両手で剣を握れているし、掌の火傷もない。
レベル差が20近くあるにも関わらず、俺とカノープスは互角に打ち合っている。
普通に考えたらおかしな状況だ。
普通でない回数の進化を繰り返した結果だろうが、強くなり過ぎのような気がする。
いや、もしやこれはアレか? 聖剣とセイクリッドゾンビの相性が良い為に、神聖力が相乗効果を上げ、対アンデッドの攻撃力が異常に上がっているとか。
そんな俺との戦闘中「ふはは」とか「良いぞ」とか呟きながら剣を振るっているカノープス。
……俺には理解できないが、奴は己と対等に戦える者がいて嬉しいのではないだろうか?
全くもって迷惑な奴である。
元々アリスの居城に来たカノープスの兵数は思ったより多くは無かったのかほぼ鎮圧され、見える範囲の敵はカノープス一体のみだ。
やはり占領したフォーブル砦に大半の兵を置いてきたんだろう。
まぁ相手が一体のみと言っても冥将だ。俺以外の奴がカノープスに突っ込んだら瞬殺されるだろうから、見守るアリスの兵達は俺とカノープスの戦いには手を出してこない。
長い長い時間、互角の打ち合いを繰り返していた俺達だが、徐々にバランスが崩れ始めてきた。
均衡を保ってきた秤が徐々に傾いていく。
「ぐっ!」
唸り声を上げたのはカノープスの方だった。
エンシェントゾンビの時の攻撃は傷を負っても直ぐに修復されてしまっていたが、今回は修復速度が遅く確実にダメージを蓄積させているカノープスだ。
セイクリッドゾンビに進化した事により、種族としてもアンデッドに対し強力な力を有したようだ。同じアンデッドのゾンビなのに不思議な話だが、実際そうなっているんだからしょうがない。
「くくくっ、良いぞ、実に良い。我と同等の力を持つ者は魔法を使う奴が多くてな、剣での語らいは久しぶりだ」
剣での語らいって……凄く詩人的な表現をする奴だな。
しかし、ちょっと不利になってきているのに嬉しそうだなんて、こいつマゾか?
時間が経つにつれ、カノープスの身体にルーンライズのつける傷が増えていく。こちらの攻撃が強くなった為に修復が追いつかない事に加えて、俺が新たにつける傷もどんどん増えていった。
やはり聖剣の力が上がっている。
いや聖剣の力を引き出しやすくなったと言った方がいいだろうか。
剣身は白く輝きを増していく。
今の俺、セイクリッドゾンビなら直撃を当てればアルデバランの様に一撃で倒せる可能性もある気がする。
「むぐっ!」
遂にカノープスの握る魔剣を腕ごと切り落とした。
武器を失ってもカノープスの動きが止まる事はなかったが、それでも一瞬できた隙を逃さず、俺は追撃を入れる。
残った片腕に抱えられた兜目掛けて聖剣を突き刺そうとしたが、カノープスは身体を捻り、聖剣は兜の縁とそれを持つ指を掠めた。
兜はゴロンとカノープスの手から落ちる。
拾い上げようと伸ばす手に聖剣を振り下ろすが、それは躱された。
チャンスとばかりに兜に身体を向けようとする俺。
突然、ブンと言う轟音を響かせて俺の前に刃が走った。それを辛うじて躱す。
危な! もう少しで俺の首が飛ぶ所だったじゃん。
見ると頭と片腕が無いカノープスが手に大斧を握り、それを振りぬいていた。おいおい、いつの間に違う武器を持っていたんだ?
……って俺と同じか、収納の魔道具かもしくは収納のスキルを持っていたんだろう。
しかし今度こそ本当にチャンスだ。奴の身体は大物の武器を振りぬいた直後で、直ぐには対応できないだろう。
そして俺は無防備になった兜を聖剣で貫いた。
「や、やりおった!」
アリスの声が背後から聞こえた。
アルスはまさか俺が勝つとは思っていなかったようだ。でもまぁ俺自身も勝てるとは思っていなかったけど。
頭部が収められただろう兜を貫かれて、大斧を振りぬいた姿で停止していたカノープスがゆっくりと後ろ側に身体を傾けさせると、次の瞬間大きな音を響かせて仰向けに倒れた。
「見事だ、剣士よ……」
兜から声が。うげっ、まだ生きて(?)いるのか?
聖剣を突き刺したんだぞ? アルデバランは割とすぐに消えたんだけどな。
やっぱり鎧系のアンデッドは耐性が高いのかな?
「楽しかった、実に楽しかったぞ。もうこれ以上戦えんのが心残りではあるが……」
額の部分に剣が貫いた跡があり、徐々にその場所がパラパラと灰になっていくカノープスがそう呟く。
「カノープス、お主……」
ボコボコにされたと言っても同じ冥将であるアリスは何か思う所があるのかもしれない。だがそれを口にする事はなかった。
「ダライア」
「はっ」
カノープスは聞いたことのない名前を呼ぶと、それに答えて返事が返ってきた。ダライアって誰だ?
振り返るとカノープスが騎乗していたアンデッドの馬が、倒れたカノープスに近寄って来た。
「お呼びですか、カノープス様」
「我が配下、灰の序列将十位のダライアよ。これからお主は儂を倒した剣士セシリィに仕えよ」
「はっ、承りましたカノープス様」
は? いやいや、どう言う事?
と言うか俺の名前を知っていたんだな、カノープス。
それ以前に馬、お前喋れたんだな……いやいやそんな事よりこいつが灰の序列将十位だって?
理解が追い付かす、唖然としている俺に構わずカノープスは話を続けた。
「我の剣もこ奴に授ける事にしよう。言っている意味が分かるなダライア」
「承知しました。ではその様に」
……本人そっちのけで話を進めないでほしいんだけど?
俺カノープスに気に入られる事した? 何とか勝ちはしたけど、さっきまで殺されそうだったんだけど?
「何を不思議そうな顔をしている。武人として戦い武人として勝ったのだ。当然の対応であろう」
「……そ、そういうものなのか?」
つい聞き返してしまった。
俺もハルクを倒した時に金棒を気に入ったので手に入れたが、あれは俺が勝手に頂戴したものだ、戦利品として。
ああ、戦利品と考えればおかしい話ではないのか……ないのか?
「そういうものだ。我も配下に我を倒せれば全てを譲るといつも言っておったしな」
「そんな抑えた言い方ではなかったでしょうに。カノープス様は奪えるものなら奪ってみせよと殺気を放ちながら仰っていたと記憶してますが」
「ふっ……そういう訳だ、後はダライアに聞くのだな。我にはもう時間が残っておらぬようだしな……」
勝手に話を決めたカノープスの兜はすでに半分灰となって消えていた。
その様子をダライアとアリスが黙って見つめている。
「いずれ冥王様と事を構えるのなら、十分に準備を整え十二分に注意する事だ……セシリィよ」
最後にそう俺に忠告して兜は灰となった。




