5・断念
階下の魔物はやはり強かった。
ウルフゾンビは単体では対応できなくもないが、集団で襲ってくる為に厄介だ。何より獣のゾンビだし動きが素早くて、こちらの攻撃が当たりにくい。
スケルトンも上の階のボス部屋にいたスケルトンナイトよりも若干弱いくらいの、鉄鎧を纏った強めのスケルトンが出て来る。しいて言うならアーマースケルトンってところか。
そして厄介なのが、白いフワフワした魔物……あれはゴーストと言うべきか。
そのゴーストは魔法を使う。ゴーストは呪文を唱えると火の玉が現れたのだ、所謂ファイヤーボールというやつだった。
初めて魔法を見たぁ~と喜んでいる場合ではない。なにせその魔法の矛先が俺なんだから!
加えてもう一つの問題の方がより深刻だった。
効かないのである、そう物理攻撃が。
当然俺は魔法は使えない。もう一方的に攻撃され放題だ。逃げるしかない。
幸いゴーストの足(?)は早くはなく、逃げ切る事に成功した。
ちなみに階段から元居た上の階に上がると、魔物は追いかけてはこなかった。実にゲームっぽくて結構な事である。
ゴーストは単体で出る上にエンカウント率は高くはなく、逃げようと思えば逃げれるので、奴を避けつつ二階層を歩き回った。
そうしたらあったよ、あの扉が。
そうボス部屋である。現在俺のレベルは15。
念の為にもう少しレベルアップしておくか。
レベル17になってボス部屋に挑む事にした。
これ以上はレベルが中々上がらないのだ。恐らくこの階のゴーストを倒せるならレベル20までは行くと思う。だが物理攻撃しかできない俺にゴーストを倒す術は無い。
上の階でボスを倒して宝箱から手に入れたあの剣は、質は良いが魔力などは宿ってはおらず、ゴースト系の魔物にはダメージを与えられなかった。
くそ、一階層(多分)とは言え階層ボスを倒して手に入れたから、きっとこの先で役に立つ剣だと思ったのに……人生(ゾンビだが)上手くいかないものである。
そう言う訳でとりあえずはこのレベルで挑んでみる事にする。
恐らく上の階のボス部屋と同じく、出ようと思えば部屋から出れるのではないかと思うのだが……。
そして俺がボス部屋に入り目にしたものは……。
ダッシュで駆け寄ってくるウルフゾンビ数体の奥にはスケルトンナイトが二体。そのスケルトンナイトの間に挟まる様に中央には、薄茶色のフワフワ浮いている大きめのゴーストとは形の違う魔物が……もしかしてあれはレイスってやつじゃないのか?
ゴーストの唱えていた呪文とは違う詠唱が聞こえたと思ったら、氷の矢……いや槍が俺に向かって飛んできた。
ドガシャっと大きな音が響く。
俺はさっさと扉を締め外に飛び出していた。今の音は閉じた扉に魔法の氷の槍が当たった音だろう。
しかし丈夫な扉だな。貫通どころかびくともしていない。
扉の鍵は閉まってはいなかった……と言うか、俺は扉を閉めてさえいなかった。
扉を開けたまま中を伺っていたからな。扉を閉じないように支えたまま部屋に入ったら、さっきのように襲って来たのだ。
部屋に足を踏み入れる事で、ボスが襲ってくる仕様らしいな。
しかし、詰んだなこれは。
俺は幽霊型の魔物を倒せないじゃん!
二階層(多分)にて早くも手詰まりとは……。
ボス部屋を離れ一階に上がる階段を登る俺。
こちらの攻撃が通じないゴーストのいる階下にいるのは安心できないし、どうせなら安全な場所まで戻ろうと思ったのだ。
とぼとぼと一階のボス部屋に戻った俺を出迎えてくれたのは、巨躯の骸骨騎士……ふぁっ?! ボス復活してんじゃん!
何回かゴーストから逃げるのに階段を上がりボス部屋に戻ったが、ボスは復活してなかった。
もしかして暫く時間が経つとボスが復活する仕組み?
ともかく心の準備をしないままに戦闘に入る。
いや、階下に戻っても良かったんだが、ボスのスケルトンナイトは一体で変わらないが、取り巻きのスケルトンは一体とゾンビが二体の弱い編成だったから、このまま戦闘に移る事にしたのだ。
戦闘は時間がかかったものの、危なげなく決着がついた。
前回スケルトンナイトを倒した時はレベル10だったのだが、今はレベル17だ。流石にレベルが7も違うと戦闘がかなり有利になる。今のレベルなら、油断しなければ負ける事はないだろう。
加えて俺が今、愛用している前回スケルトンナイトを倒した時に宝箱から手に入れた剣だが、剣のくせにメイスのようにスケルトン系のアンデッドに高ダメージを与えられる、予想以上に使える剣だった。
一階層(多分)で手に入る武器なので効果はそんなに強くはないが、この剣は魔法剣の一種なのかもしれない。但しゴースト系には効果はなかったが。
一階層のボスを倒し、安全地帯に戻った俺。
そう言えばボスを倒したのに宝箱は現れなかったな。ランダムなのかもしれない。
さて、考えを纏めたいが……う~ん、うむむむ……。
……ふっ、万事休すじゃん。打つ手がないよ!
頭を両手で抱え床をゴロゴロと転がる俺。
壁にぶち当たり動きを止めた俺は屍の様に動かなくなった……ゾンビも屍か、動くけど。
じっとしているとズズズッと何かの音がした。
首だけを音の方向に向けると、そこに驚きの光景があった。
壁が動き出入り口ができていたのである。
……マジか、隠し扉かよ!
直ぐに起き上がって出入り口に駆け寄りたかったが、そういう訳にはいかなかった。
何故ならそこには……。
「うわっ、臭! 本当に行くの? 考え直さない?」
「このダンジョンのあるアイテムが依頼の品でしょ。我慢しなさい」
「確かにこの臭いは強烈だけどな。だがここの魔物はアンデッドだけだし、俺達なら下層に降り過ぎなければ危険は少ない筈だ」
「……そう言う訳だ、行こうか」
……人だ。
四人の人間がそこに居た。
彼等は鎧やローブを身に付け剣や杖で武装している、所謂ゲームで言う冒険者の姿がそこにあった。
俺は動けない。正確には動きそうになって思い止まった。
だってそうだろ、俺ゾンビだぜ? 下手に近寄ったら討伐されちゃうじゃないか!
息を潜め、動かない死体のふりをして冒険者が通り過ぎるのをじっと待つ俺……ゾンビだし息してないけど。
冒険者達は臭い臭いと文句を言いながら、ダンジョンの奥に消えて行った。
彼等の後を付いて行って奥へ行く? 馬鹿を言うな、出入り口から外に出るに決まっているだろ。
たった二階層まで進んだだけで、攻略を諦めるヘタレな俺。
外の方がダンジョンに居るよりはまだ自由に動けそうだ。その分どんな危険があるか分からんが、それは何処に居ても同じだ。
俺のゲーム脳で判断するのは危険だが、冒険者っぽい奴等が居るって事は魔物もそこら中にいる世界なのではないかと思うのだ。
俺は冒険者が入って来た場所に移動をする……もう既に俺の中では彼等は冒険者なのだ。
……そう言えば、ここは前の世界……前世になるのかな? そことは世界が違うみたいなのに、俺はあの冒険者(多分)達の言葉が理解できたよな……これって転生特典ってやつか?
……もしくはこのゾンビの元の主の記憶か?
多分このゾンビはこの世界の人間がゾンビになったんだと思う。少なくても前世の俺ではない。転生じゃなくて転移した後、ゾンビになった可能性も無くはないが……多分違うと思う。
う~んでも、この身体の人間だった頃の記憶がないんだよな。それなのに言葉だけが分かるとか……あるのかな? あるかもしれない。昔テレビ番組で見た記憶喪失とかそんな感じだったし……。
うん、分からんことはいくら考えても分からん。保留だ保留。
言葉が分かる、これが大事な事なんだからそれでいいじゃないか。
入り口は直ぐに閉まってしまったので、そこは只の行き止まりの様に見える。
冒険者達も恐らくここからまた外に出るのだろう。だとしたら何処かに開閉スイッチみたいなものがある筈だ。
……別の場所に専用の出口があったり、特定の鍵となるアイテムが必要な可能性もあるけどな。
ともかく調べてみる事にする。もし何もなくても冒険者が来る以上、何処かに出口がある筈だしな。
……ビンゴだ。
壁をよく調べてみると、目立たない隅の方に凹凸のあるスイッチらしきものを見つけた。
ふふふっ、よし。
ポチっとな!
グゴゴゴッと重い音を響かせながら壁が動き、出入り口が現れた。
ガッツポーズを決めてからハッと我に返り、周りと出口を慎重に見渡す。
冒険者が来たんだ、何処に人が居るか分からんからな。今の俺は魔物だし、見つかれば問答無用で襲われるだろう。
……自分では分からないが臭いみたいだし、見つかっても襲われず放置されるかもしれないが、それでも見つからないようにした方がいいと思う。
慎重に出口を進むと、眩しい光りと共に外の様子が見えて来た。
おおっ、出口の周りは草原の様に開けた場所になっている様だ。その草原の周りには取り囲むように鬱蒼とした森が広がっていた。
外は青空が見え日が高く、日差しがさしている。
出入り口付近に人が居ないのを確認して俺は外へ足を踏み出した。
これで俺は自由だ……ん、あれ?
日差しに当たった瞬間、ガクリと力が抜けた。
え、まさか日差し駄目なの? アンデッドだから?
あまりの具合の悪さに、そそくさとダンジョンに戻る俺。
日陰に入ると何ともないので、直射日光を浴びなければ大丈夫なようだ。
これは今すぐ外の世界へ行くのは危険だ。
夜間か昼でも日差しを避ければ移動は可能だと思う……曇りや雨の日なら大丈夫かな? だが行動が制限されるのはよろしくない。
ともかく日が暮れるのを待って、それから森の様子を見てこようか。それまではダンジョンに戻って大人しくするとしよう。