48・青の序列将
盾の鎧騎士を倒したら、今度は斧を担いだ鎧騎士が「情けない、今度は俺の番だ。楽しませてくれよ」と俺の目の前にやって来た。少し離れた所には別の鎧騎士が並んでいる。
……さっきの盾の鎧騎士の台詞からして、こいつ等は灰の冥将の序列将だと思うが、幹部である同じ序列将がやられても何とも思わないのか? 思わないみたいだよな。
斧の鎧騎士は盾の鎧騎士より強かった。とは言え、十回打ち合うことなく倒すことができたのだが。
次は槍を持った鎧騎士が「はははっ面白い、俺が相手をしてやろう」と、楽しそうな声を出しながらに俺の前に来た。
こいつは斧の鎧騎士よりも強かったが、それでも倒すことができた。
律儀に弱い順から並んで来るとは……まぁいいけどな。
そして列についていた最後の鎧騎士が俺の前にやって来る。
両手にそれぞれの剣を持った、二刀流スタイルの鎧騎士だ。
剣、盾、斧、槍ときて二刀流でやっと最後のようだ。
「こんな小娘相手に情けない奴等だ……灰の序列将の面汚し共め」
そう吐き捨てた二刀流の鎧騎士は、確かに俺に倒された鎧騎士より強かった。とは言え、他の鎧騎士より時間こそかかったが特に危なげなく倒す事ができた。
どうやら二刀流の鎧騎士も、奴の言うところの面汚しとなってしまったようだ。
不気味なのはその様子を見ていたのに、灰の冥将カノープスが微動だにしていない事だ。配下将がやられているのに、何を考えているのか?
いや、動かないのならその方がいいんだ、何せまだ残っている敵兵は多いのだから。
今はそんな事よりあいつだ……。
「むっ!」
村人を逃す為に障壁を張っていたクレアの方に俺は駆けて行く。
そのクレアの張る障壁を何度か破壊していた、くすんだ青色の大柄な鎧騎士に俺は聖剣を振るった。
鎧騎士はそれを大剣で受け止める。鎧騎士達が持つ武器は魔剣等の類で、直接本体である鎧に切り付けないと倒す事はできない。
しかも強さに比例して鎧に当たっても若干だがダメージを与えにくくなった気がした。聖剣に対する抵抗力は黒の冥将であったアルデバランよりも高いみたいだ。それでも聖剣を直撃させれば倒すことは可能だが。
「ふん、あいつ等倒されおったのか、使えん奴らだ……生意気にも弱い癖に一対一で戦うからだ」
順番に俺に挑んで来て倒された鎧騎士を馬鹿にする台詞を吐く、大剣の青い鎧騎士。
「まぁいい、あそこで邪魔な障壁を張っている小娘は後で仕留めるとしよう。貴様は俺様が相手をしてやる」
そう言って大剣を振り上げ俺に攻撃を仕掛けてくる大剣の鎧騎士。おおっ、大口を叩くだけあって速っ!
ガキィン! と聖剣と奴の大剣が交差するように交わると互いの剣が弾け合う。やはり奴の大剣も魔剣のようだ。
「ほう、あいつ等を倒したのは運だけではないようだな……俺様の名はアーロン、灰の冥将カノープス様配下、序列将一位だ!」
巨体に似合わず速い攻撃の上、一撃一撃もかなり重い。こいつ赤の冥将の序列一位より格段に強いぞ?
「ほう、やるな。俺様は近々冥王様から新たに冥将の位を授かる事になっている。そんな俺様の剣を受けるとは、面白い奴だ、はっはっはっ!」
いやいや、面白い事なんて何一つないっての!
こいつの言ってる事はつまり、冥将クラスがもう一人居たって事だろ? しかも今俺が剣を交えている相手がだ。
……魔法を使わないアリスと同等か、若干上ぐらいの戦闘力くらいか。アリスの時は聖剣を不意打ちに使ったお陰で勝つ事ができた。
アルデバランの時も完全に不意打ちだったしな。正々堂々と戦っていたらまず勝てなかっただろう。
……ちょっとマズいな。
そもそも俺は前の世界と今の世界において、ちゃんとした剣術を習っていた訳ではない。
割と思った通りに剣が振れるのは恐らく、元の身体の持ち主である勇者のセシリアのおかげではないだろうか。
ゾンビは生前の記憶や能力を受け継がない筈なんだが、この身体の場合、例外っぽい。
原因は元々転生者のセシリアの亡骸に転生者の俺が宿った事が事の始まりだと思う。
そう、しかもセシリアは死者の迷宮で俺と入れ替わっている。今はどうか分からないが、少なくともあの時点ではセシリアは俺の中に居たのだ。
そもそも勇者とゾンビが変な具合に混ざりあった結果、やたらと進化が多くなったし、完全耐性ではないが聖属性にもそこそこ耐性がある。
アンデッドはまず習得できないらしい日光耐性が割と早く習得できたのは、元が勇者だった影響ではないかと俺は考えている。
うんそう、つまりこれらの事は普通じゃ有り得ない、恐らく転生バグをこの身体は起こしてるんじゃないかと思うのだ。
……まぁ明確な証拠がある訳じゃない、全て俺の推測なんだが。
俺のセシリアからの借り物の剣術に対して、アーロンは一流の剣術を俺に披露してくれている。嬉しくないことに実戦でだ。
素人対達人とまでは言わないが、かなり剣術に関しては差がある。セシリアはまだ成長しきってない内に殺されたからな。剣術の腕はそれなりだが、アーロンと比べると心許ない技量だ。
聖剣の能力が高いお陰で押し負けてない感じだろうか。
アーロンの大剣も上位の魔剣みたいだが、聖剣ルーンライズには及ばないようだ。何度かの打ち合いで魔剣が刃こぼれを起こしている。
このまま打ち合いが続けば魔剣を折る事ができそうだが、その前に俺が切り倒される可能性の方が高い。武器の性能で勝つことは難しそうだ。
まぁ鎧が本体のアンデッドの鎧騎士とは言え、聖剣が身体である鎧に当たればダメージを与えられるし、上手くすれば倒すことはできる。
だが剣術が達者なアーロンがそれを許してくれないそうもない。
この区画の村人達はまだ一部逃げ遅れている者もいるが、俺がアーロンと対峙している間に殆ど避難を完了している。
アリスの配下の兵達もかなりの数が駆け付け、カノープスの兵達に対抗している。この城を守るのがあいつ等の仕事だ、頑張れ。
村人が全員逃げ切るまで障壁を維持するつもりのクレアはかなり酷そうだ。
障壁を破壊していたアーロンが俺の相手をしている為、障壁の維持が多少楽になったとしても、現状までの無理が祟って限界が近そうだ。
俺としてはもういいから逃げろと言いたいが、多分クレアは村人が全員避難しない限り逃げないと思う。
カノープスはまだ動かない。
奴の周りにはアリスの兵が距離を置き手を出さずに取り囲んでいる。下手に手出しできないようだ。
まぁそれはそうだろう、冥将を相手に切りかかれば返り討ちが確実だしな。
おっと、危なっ!
余計な事を考えている余裕はなかったんだった。
剣術はアーロンの方が上、剣の性能はこちらが上、身体能力はほぼ互角か若干俺の方が上くらいか? 結果的に中々決着がつかず拮抗した戦いが続いている。
「ぬぅ、俺様は冥将になる男、こんな得体の知れぬ小娘に負ける訳にはいかんのだ!」
得体の知れぬとは心外だ。鎧のアンデッドであるお前に言われたくはないよ。
そしてお互いリスクを承知で相手を倒す為の攻撃を繰り出す。お互い今まで躱し防いでいた攻撃が双方の身体に傷をつける。
アーロンの動きに若干の焦りを感じる。
ほぼ冥将の地位に手が届くまで上りつめたアーロンが、たかだか序列七位の者相手に手こずっているのだ……まぁ多分、俺の序列順位は知らないとは思うが。俺の事は下位の序列将を倒したとはいえ、格下の相手だと思っていた様だし。
「ぬっ!」
「ぐっ!」
遂にお互いの武器がお互いの身体に攻撃を叩き込んだ。
アーロンの魔剣は俺の肩口に切り込み、俺の聖剣は奴の脇腹に食い込む。
魔剣は肩口から身体の中央付近まで切り込まれ、左腕も落ちそうな程に傷が深い。
対して奴に食い込んだ聖剣は人間だったら致命傷になりかねない傷だが、アンデッドなら問題にならない程度だ。
……しかし。
「ぬぐぁっ!」
アーロンが苦しみだす。いやアンデッドである筈の奴が痛みを感じているのだ。
俺とアーロンの違いはここだった。
アーロンの魔剣は俺に対しては切れ味の良いだけのものだ。だが俺の聖剣はアーロンに対してかなりのダメージを与える。恐らく今まで感じた事の無かったと思う痛みとしてのダメージをだ。
お互いの攻撃が決まった状況は、俺の方がよりダメージを受けた様に見えるが、実はその逆である。
「セシリィ!」
クレアが思わず声を上げてしまう程に、俺の方が深い傷を負っているように見えるみたいだ。
この機を逃すつもりはない。
心配するクレアに返事を返す暇はない。直ちに動きの鈍くなったアーロンに追撃を仕掛ける。
俺の左腕は役に立たないが問題はない、無事な右腕で握る聖剣で隙のできた場所に次々と攻撃を叩き込んだ。
切り込まれた身体の方の傷は流石上位種のゾンビだけあってくっ付きかけているが、あまり無理をするとまた傷口が開きそうだ。だが構わず剣を振るう。傷が開いても人間の様に血が吹き出る事はないからな。
例の如く……そう、アルデバランやロダンと戦った時と同じように、チャンスの時は遠慮せずに攻撃を仕掛ける俺だ。だって反撃が怖いだろ? 攻撃は畳み掛けられる時は迷わず叩き込むのが基本だと俺は思う。
「ぬおわっ、ば、馬鹿な、この俺様がこんな小娘に!」
「小娘言うな! と言うか魔物なんだから見た目で判断するな!」
正論を吐きながらアーロンをボコっていく俺。余裕を見せて手を緩める事などしない。
聖剣の付ける傷が増えていき、それに比例して動きが悪くなるアーロン。
魔剣で致命傷になる攻撃を防いでいたが、徐々に魔剣で捌ききれなくなり、焼かれた様な深い傷が増えていく。
遂に俺の一撃がアーロンの頭部を捉え、兜を真っ二つに切り裂く。
「おおおおっ!」
雄叫びを上げた後、動かなくなった鎧騎士アーロンがゆっくりと倒れ、ズシンと大きな音を立てた。




