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46・平穏

 赤の冥将の居城の一室で城の主であるアリスとクレアが対面して見つめ合っている。

 クレアの手には料理の乗った皿と肉を刺したフォークが握られていた。

 どうやらまだ身体が再生してないアリスに食事をさせたいようだ。

 アリスはヴァンパイアだが、別に普通の食べ物が食べれない訳ではない。ちゃんと食べたら栄養にはなる。

 ちなみに血も頻繁に飲む必要もないそうだ。

 アリスの身体は胸の下あたりまで再生しているが手はまだ肘の辺りまでしか戻っていない。なのでクレアがアリスに食事を食べさせようとしているのだ。

 ……しかし胸の辺りまで再生しているのなら、内臓はどんな風になっているのだろう、断面図みたいになっているのかな?

 机の高さに合うように用意された台の上に乗っているので、再生面は台と接地していて見えないし、上着でも隠されているので確認できない。

 もし見えてしまってスプラッタな光景だったら嫌なので、敢えて見るような真似はしようとは思わない。


「ク、クレアよ、無理をせんでもいいのじゃぞ?」

「はい、でもアリス様にはお世話になっているので、何かしたいのです……」


 クレアが肉が刺されたフォークをアリスの小さな口に運ぶ。

 上手く口の中に入りモグモグと咀嚼をしてゴクンと飲み込むアリス。

 そして一番の疑問……食べたものは何処に行くんだ?

 どう見ても胃のある辺りまではまだ再生してないんだけど。

 いや、今更だな。

 今まで散々ゾンビやスケルトンを見てきたが、そいつ等が食した物は中から飛び出ることなく、いつの間にか消えてなくなっている。ゾンビの俺が言うのも何だが。

 魔素に変換しているのか? よく分からないが消化器官で消化せずとも何らかのエネルギーに変えているみたいだ。

 冥王やアルデバランならそのあたりの事に詳しそうだが、別に不便な訳でもないし、魔素以外からもエネルギーを得られるのは良い事だ。

 だが感覚的に、食料から取ったエネルギーは魔素を吸収するより効率が悪そうに感じる。基本的にアンデッドは魔素で動くものだと思った方が良さそうだ。


 クレアが介護をするようにアリスに手を貸している光景なのだが、お互いに少し緊張しているように見える。

 別に間柄がぎこちない訳ではない。何故だが分からないがクレアとアリスは非常に仲が良い。アリスは俺との戦闘前にはクレアと一線を引くように接していたが、俺との戦闘後は吹っ切れたように仲が良くなった。

 アリスは元々クレアの様な素直な娘が嫌いではないようだ、むしろ好きな部類の方だろう。アリスの周りの者や配下には変な奴が多いからな……俺? 俺はまともだろ? え、違う? 嘘、マジで?!

 ともかく緊張しあってるのは、クレアがアリスに触れるとアリスに激痛が走るらしい。触れるだけでアンデッドにダメージを与えるとか、正に聖女恐るべし。

 いかにヴァンパイアロードだろうと、聖女の神聖力には弱いらしい。身体がまだ半分以上無いので抵抗力が落ちている事もあるとか。

 それを考えると俺は異常だな。静電気くらいで済んでいるし。

 幸いクレアにはドジっ娘属性は無いらしく、お約束通りの参事にはなっていないけど。


 俺がクレアの神聖力にある程度耐えれるのって、結構レアな能力だよな。

 アンデッドの日光耐性でさえ珍しいのにな。

 日光耐性はアリスや側近の二人も持ってはいないそうで、直射日光の下ではある程度弱体化してしまうとの事だ。

 日光耐性はともかく、もしアリスが神聖力に多少でも抵抗を持つエンシェントゾンビの特性を冥王プロキオンに報告していたら、クレアではなくて俺が研究対象で拉致されていたかもしれない。

 一般の鑑定は俺のステータス画面と同じで、完全耐性を得たものしか表記されない。以前鑑定を持つ冥王プロキオンと会った時にバレなかったのは、多少の耐性がある程度ではステータスに表示されないからだ。

 ありがたい事にアリスは、俺が明らかに大変になるような事柄をプロキオンには報告しないでいてくれた。アリスには本当に感謝している。


「何じゃセシリィ、気持ち悪くニヤニヤ笑いおって?」

「いえ、ただ生温かく見守っているだけですよアリス様」

「意味が分からんわ!」

「尊いと言っているのですよ」

「余計意味が分からん。たまに私が理解できない事を口走るな、お前は」

「セシリィの事です、きっと何か深い意味があるんですよアリス様」


 ……深い意味なんてないけどな。

 バストアップで見れば美少女お姉さんが美幼女にアーンしている様に見えるから、素直な感想を述べただけだ。

 うん、本当に尊い……眼福、眼福。


 <>


 暫くの間、冥将のアリス以下、序列一位、二位の側近達も俺にやられたせいで政務などが滞り、殆ど何もできてなかった……アリス達はする気も失せていただろう。

 流石に何日もスローライフの様な日々は続かない。

 世界の情勢、特に冥王軍内では大変な事になっていると思う。

 倒されたアルデバランは俺が考えてた以上に重要な役目を担っていたらしく、冥王軍内では混乱が続いているらしい。

 僅か数日でアリスの身体は腰の辺りまで復元し、手や背中の翼が自由に使えるようになった為に公務を再開させている。

 足の部分がまだ復元していない今のアリスを見て、昔の有名なロボットアニメの主人公のライバルがラストあたりに乗っていたロボットを思い出す。

 ……いや、知らんならいい、気にするな。


 そんな混乱の原因を作ったのは俺なのだが、その尻ぬぐいはアリスに丸投げである。頑張れアリス愛してるぜ。

 そんな冗談はさておき、俺は今クレアと共に城外にあった村から城の外郭内に移動した、元村人達が住む区域にいる。

 俺はその村の管理者だったからな、ここにいても何の不思議もないだろう?


「おおっクレアちゃんありがとう。凄く楽になったよ」

「いえいえ、私はこのくらいしかできないので気にしないで下さい」


 そもそもアンデッドの住む地域なので、ここには生きている者が使うポーション等がほぼ無かった。ポーションはアンデッドにダメージを与えてしまうからな。

 その為にここに住む者達は怪我を負った場合、非常に雑な処置で怪我を対処されていた。

 それをクレアが無償で癒してやると非常に喜ばれたのだ。

 しかもそこは聖女、治癒の効果が高い為に何年も前に骨折して曲がったままくっ付いた骨が元通りになったり、完治まではいかないが持病持ちも生活に全く支障がない程に回復したりしていた。

 村人の中には人の町で生活していた者もいる。普通こういった治療には多大な金額が要求されるものだ。それなのにこのアンデッドの国で、ただで治療が受けれるとは思わなかっただろう。

 すっかり人気者になったクレアだった。

 ここが冥王領の作られた場所ではなく、普通の村ならどんなに良かっただろうか。思わずそう考えてしまったとしても仕方がないと思う。

 あ~、そう言えばアンとロロが赴任している占領した町はどうなっているのかな? まぁアリスの配下でもアリス寄りの序列将だから、殺略などはされてないと思うけど。


 そしてこの平和な時間は長くは続かないものだと相場が決まっている。

 平和な空気を否定するように、ドンと大きな音が辺りに鳴り響いた。

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